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18th.DIVE 賭け試合

 眼に痛い光とともに広がったのは、奇妙な世界だった。

 未来都市にも似た、しかし何かが決定的に違っている、夕暮れの世界だ。俺たちの立っている通りの両側にそびえ立つ建造物群は建物のようでいて、目を凝らせばそうではなかった。

 0と1で形作られた、ディジタルの物体。西日を薄く透かしているにもかかわらず、遠目にでは普通の建造物としか見えない。まるで精密なドットで成り立つ、立体的な印刷物の世界だ。


「不気味だな、なんか」


 純白の鎧をその身にまとわせた慎也のエインが呟く。全く同意見だ。

牙を剥く野獣を連想させる荒々しいフォルムをした紅蓮のエインが俺の横に立つ。


「もう一度確認するけど、大沢さんはこの勝負に同意したのね?」

「ああ、何度も言ったが、大沢さんが勝負を受けて構わないと言ったんだ。やる以上本気で叩き潰す、とも。間違いない」


 ヴァルハラカフェに帰ってからも幾度となく繰り返したやり取りだ。返答のぶれる様子がない俺に根負けしたか、伊織はまだ腑に落ちない様子ながら引き下がる。それを見届けた萩山が俺の背中をフルパワーでど突いた。


「まあ細かいことはいんじゃない? 大沢サンと言えば開発者内でも群を抜いて上手い人って聞くよ。そんな人と戦うんだから余計な事をうじうじ考えてちゃぶち殺されちゃうよ?」


 軽くぶっ飛ばされた俺は冠を被ったような不気味で神秘的なフォルムのエインを見返す。萩山は俺の恨みがましい視線を意に介する様子もなく無意味に呵々大笑している。

背中をさすりつつ、俺は暮れなずむ陽を見やった。


「やる以上、おとなしく負けるつもりはさらさらない……ね。我ながら大口叩いたもんだ」


 鮮やかな赤に染まる空、スクルドが舞い厳かに試合の開始を告げていた。


「よっし、やるよ! 迅速に散開! 各個応戦じゃ危険すぎるから敵影を確認したらすぐに皆を呼ぶこと!」


 仕切り屋の気があるらしい萩山が簡単に作戦を立案する。

 そして俺たちはすぐに分散しようとしたが、しかしすでに遅すぎた。ヴァルハラというゲームは常にどこまでもシビアなのだ。

 最初に伊織が気づいた。次に慎也が気づき、一瞬遅れて俺と萩山が気づいた。

 慎也が撃たれていたことに。


「あ、う、あ? う、ああ、あああああああああああああああああああああ!?」


 右足の太ももが爆散し、膝から下の足が生々しく跳ねて転がる。次の瞬間には黒い影が慎也に覆いかぶさった。左手で純白のエインの(たてがみ)ごと頭を鷲掴み、勢いそのままにその頭を地面に叩きつける。潰れ砕けるような音がして、慎也の顔の横幅が3分の1縮んだ。

 砕けた地面の破片が舞い上がる、その中に慎也を踏みにじるそいつの姿がスローモーションのように脳裏に焼きついた。

 膝や肘、肩などから角のような装飾が目立つ。外装甲が灰色だが、関節部の色は白い。頭頂から額にかけて濃度の揺らめく黄色いラインが走っている。その無機的な双眸は鋭く、孤高の鷲を連想させた。

 右腕に持つ長大でごてごてした武骨な得物を慎也の頭に突きつけていたが、それを用いた追撃はかなわなかった。


「リバイバルして! 逃げてっ!!」


 伊織だ。

 紅蓮のエインが突如襲撃してきた灰色のエインに向かってタックルを敢行したのだ。伊織の長銃とそいつの武骨な武器とで鍔迫り合いをするように押し合い、体勢の不安定だった相手が飛び退くのを追って伊織は猛然と攻め立てた。

 あっという間に二人の姿はビルを飛び越え遠のいて行く。紅く染まった空に二人の姿が呑み込まれたのを呆然と見届けた俺は、ようやく我に返り慎也の様子をうかがった。

 頭が潰れるほどの衝撃を受けていながら即死できなかった慎也は、横たわったまま頭を抱えてうずくまっていた。その手足は憑かれたようにがくがくと激しく震えている。

 萩山が立ちすくむ俺の横をすり抜けて慎也の隣にひざまずき、様子を調べる。腕の隙間から慎也の顔をうかがい、安心したように肩を落とすと慎也の腕をとって大声で呼びかけた。


「慎也くん、分かる!? しっかりして! 傷なんてないから、治ってるから、大丈夫だから!」


 慎也はその声が聞こえていないようだ。言葉になっていない悲鳴とうめき声の中間のような声でうわあ、うわあ、と言いながら萩山の手を払いのけ、全てから逃避するように頭を抱えてうずくまる。

 その異様な光景に俺はまだ何もできず立ち尽くしている。

 萩山はめげない。慎也に我を取り戻させようと声をかけ続ける。その光景をぼんやりと眺め、もどかしいほどの遅さで俺の頭が通常モードに回帰していく。

 慎也はひどく錯乱している。が、それは当然だろう。突然足がもげて、動転した次の瞬間には頭を叩き潰されたのだ。仮想とはいえ全ての感触は現実と遜色ないこの世界で、ここまでされて恐怖を覚えない人間が居たら、精神科に行くことを勧める。

 ただ、ストレス計算でダメージを定めるヴァルハラにおいてこれほどの錯乱はあり得ないはずだ。ここはまさかワルキューレの管轄外だとでも言うのか。


「スクルド」

「なにかしら」


 呼びかける間でもなく、彼女は俺の傍に降り立っていた。彼女に向き直り、慎也を示す。


「俺の眼には慎也が極度の錯乱状態にあると見える。心的外傷を残すとしか思えないのだが、まだアウトさせていないとはどういうことだ?」


 スクルドは慎也を氷像のような無表情で見つめていたが、ふっとその表情を緩め俺を見上げた。


「大丈夫よ、あくまで一時的な混乱に過ぎないわ。あんなもんじゃなんてことない。すぐに治るわよ、あの様子じゃね」


 言って、微笑みを浮かべたまま慎也とそばに付き添い励ます萩山を指し示した。果たして、慎也は我を取り戻したようで、呆けたように萩山の顔……橙のエインを見つめていた。俺は一応の納得を得つつ、スクルドにぽつりと漏らした。


「慎也はヴァルハラが運用中止になってワルキューレに会えないことになったとき、衝撃で授業中唐突に泣き出すほど情緒不安定になったんだが……そんなやつの精神が丈夫な方とはとてもじゃないが思えないな」


 それを聞いたスクルドは目をまん丸に見開いて俺を見上げた。そして慎也を見つめ、何やら複雑な感情の込められた細い吐息を吐く。俺はスクルドを横目で見ながら、問うてやる。


「どうかしたか?」

「別に、これからはもっと気をつけようと思っただけよ」


 俺は失笑を漏らし、慎也へと歩み寄る。完全に正気に戻ったらしい慎也は俺を見上げ、ゆっくりと立ち上がる。


「もう大丈夫か」

「ああ、まあ、多分な」


 慎也は曖昧な返事をして、純白の鎧を揺らし苦笑した。本人が良いと言うならいいだろう、問題なしと見ることにする。


「そうか。早いとこ伊織の援護に向かうぞ。あんなやつを一人で抑えられるわけがない」

「急いだ方がいいわよ、彼女はあんた達が束になって掛かってようやく対等になれるぐらいじゃないかしら、でたらめに強いから」


 スクルドが口をはさみ、忠告した。慎也は胡散臭そうに呟く。


「んだそりゃ。チートかよ?」

「違うわよ。あんた達とは実績が違うわ、実績が。学生時代は空手でインターハイ出場だっけ? それに、未だになんかジムだかに通ってるらしいわよ」


 実戦経験者ということか、彼女の自負は伊達ではなさそうである。不安げな空気を察したのか、スクルドは明るく笑って俺の背中を平手で叩き、発破をかけた。


「ほらほら、何しけたツラしてんのよ。単純な戦力比はそうでもあんた達は数的有利があるでしょ、コンビネーションとかを活かせばちょろいもんよ。さっさと伊織を助けに行きなさい」

「ったく、ツラなど見えないだろうに。慎也、萩山、行くぞ」


 大袈裟に溜め息を吐き、二人を軽く手招きする。俺はそのまま身を翻し、伊織たちの去って行った方向に跳ぶ。次いで二人が追いかけてくる。

 俺はそのままディジタル建造物を回り込み、夕暮れに染まる背景の中、開けた視界をさまよわせて伊織の姿を求めた。

 そしてその瞬間を見た。

 鮮やかさの褪せたような灰色の、おそらく大沢広巳であろうエインが体勢を崩した伊織の長銃を蹴り飛ばし、その武骨な得物の先端と思しき突起を伊織の腕に向けた。

 よく見ればその突起は孔になっており、大沢さんの武器の持ち方から見るに、どうやらその穴は銃口のようだった。

 大沢さんが引き金を引いたかどうか、という瞬間。

 伊織の腕が、肘から先が弾けて吹き飛んだ。ずいぶんと前衛的なデザインの銃が丁度ポイントしていたところだった。だが、銃声などはしなかったし、着弾するのが早すぎるため射撃したとは思い難い。どういう手口で伊織にあれほどのダメージを負わせたのだろうか。

 思う間に片膝をついた伊織は右腕を押さえてリバイバルを実行した。一秒と待つことなく伊織の腕は元通り回復する。

 しかし大沢さんはその一瞬さえも待たなかった。一歩鋭く踏み込み、右腕が直ったばかりでまだ体勢が整っていない伊織の右頬に、容赦のひと欠片もない蹴りを叩き込む。伊織は悲鳴すら上げられずにきりもみ回転しながら吹き飛んだ。


「伊織!」


 俺は飛び出して伊織を空中で担ぎあげる。回転していたところに割り込んだため伊織の腕が側頭部を直撃したが文句も言ってられない。あのままでは頭から落ちるところだったのだ。

 闖入者に虚を突かれたようなようすの大沢さんが我に返る前にとそのまま建造物の陰に身を隠す。

 伊織を地面に下ろし、現在の伊織の状態ではなく、戦況について短い言葉で端的に問う。


「大丈夫か?」

「かなりまずい。もうリバイバル二回も使っちゃった」


 驚いた。今の実行が最初ではないのか。伊織を圧倒する大沢さんの技術に改めて舌を巻く。

 伊織は長く休んでいるつもりはないようだった。立ち上がり長銃を構え、建物の陰から飛び出し首をめぐらせる。

 俺も後を追うように立ち上がったところで伊織が敵影を捉えたのか走り出す。俺は慌ててその後を追いかけた。

 視界に飛び込んできたのは、慎也と萩山が大沢さんと交戦しているところだった。大沢さんは慎也の構える長剣を武骨な大型銃で弾き、蹴りを叩き込もうと足を振り上げる――。


「危ない!」


 萩山がおもむろに腕を振り抜き、それと察した大沢さんが強引な体勢で飛び退る。その直後に彼女の居た場所を塗り潰すような爆炎の華が咲く。ウィザードスタイルお得意の魔術だ。

 だが大沢さんは冷静沈着だった。動揺の欠片も見えない動作で銃口を萩山に向ける。


「ふん……っ」


 その銃が火を噴くことはなく振り上げられた。鈍い音を立ててぶつかり合う伊織の補助武器、揺らめく焔のような歪な刃のナイフ。

 伊織が大沢さんに向かって斬りかかったのだ。俺の目には死角から襲い掛かったようにしか見えなかったが大沢さんは真っ向からそれを受け止めている。

 鍔迫り合いが均衡を保ったのはただの一瞬だけで、大沢さんは絶妙な力加減と獲物の取り回しで伊織のナイフを流す。その場でクルリと素早くターンし、流されてたたらを踏む伊織を蹴り飛ばした。自分は蹴りの反動で後退し、やはりその場に巻き起こるウィザードの火炎を見事にかわして見せる。

 その飛び退いたところに斬り込む慎也。回避行動を取ったばかりでまだ体勢の整っていない大沢さんはやはり冷静に足を捌き慎也の剣を持つ手を蹴り上げる。

 俺は大沢さんの背後を取ってここぞと踏み込み、柄を取って鞘から刀を走らせた。居合だ。

 が、大沢さんは無造作に銃を立て防ぐ。この人は背中に目でも付いているのか。

 大沢さんはそのまま鋭く身を回し延髄を刈り取るような強烈な後ろ回し蹴りを放った。とっさに深く礼をしてかわす。伊織との戦いでも同様な動きで避けることができた記憶がちらりと脳裏をかすめる。

 次いでお辞儀で下げた視界に掬いあげるような武骨な銃の一打が視界いっぱいに迫ったとき、この無自覚な油断のおかげで俺は本来の二倍も三倍もビビってしまった。


「うおおおおおおおっ!?」


 頭を下げていたのも束の間、背筋が吊るほどの勢いで頭を振り上げる。鼻先一寸の間を置いて銃身が空間を引き裂いた。面で風圧を感じる。

 とっさにそのまま後退し、視線を大沢さんに戻した時にはすでに銃を構えていた。ギョッとしている間もなく慎也や伊織の手足が吹き飛ばされていた光景がフラッシュバックする。背中にヒヤリとしたものを感じる刹那、大沢さんの右後方にいる伊織が銃を放っている姿が視界をかすめた。

 それこそ驚く暇もなく、条件反射で身をかわす。伊織の撃った弾はどういうわけか俺を狙ったものだったのだ。

 彼女に限って撃ち損じたということは考えにくい。抗議しようと顔をあげた俺の背後で壁が爆散した。大沢さんの銃を見る限り彼女の射線の先だ。

 俺だけでなく萩山も慎也も自分の目を疑って呆ける。その俺たちを置いてきぼりにして大沢さんは舌打ちし、伊織はナイフを抜き大沢さんに斬りかかる。

 大沢さんは銃身で斬撃を跳ね返し、銃把で伊織の側頭部を狙った。伊織はナイフを取り回しその殴打を受け止める。だが思い切りのいい大沢さんの一撃を受け切ることはできず伊織はよろめいた。

 俺はとっさに体を二人の間にねじ込み、続けざまに放たれた銃身の打ち下ろすような一撃を大刀で受け止めた。打撃の衝撃で刀身が添えるようにして支えている右手に食い込む。

 そこに慎也が飛び込んだ。大上段からの一撃を大沢さんは飛び退ってかわし、流れるような剣さばきでぶつけられた横薙ぎの斬撃を銃身で受け流す。


「下がって!」


 萩山が叫ぶ。見れば、彼女は魔方陣を布陣して火炎を生み出していた。足元から吹き上がる火の粉が壮麗だ。

 萩山は両腕を舞わせて熱量を収束させる。もはや炎とは呼べないようなオレンジの輝きが眩いばかりに辺りを紅く染め上げる。

 俺が飛び退こうとしたときは、すでに伊織も慎也もとっくに退避した後だった。薄情ではなかろうか。

 俺に合わせるように大沢さんが動き、跳んだ。彼女は建物に身を隠すべく動いたようだ。

 萩山が狩る者の目で大沢さんの動きを追う。腕を向け、ギリギリの一線でつなぎとめていた業火の奔流が大沢さんに向けて放たれた。勢いが強すぎるせいで何かの光線兵器のように見える炎が大沢さんに殺到する。


「く……っ!」


 うめきながら大沢さんは盾にしようとしたのか銃を構えるが、どう見ても炎の勢いが強すぎる。防ぎきれないだろう。彼女もそれと悟ったのか腰だめに銃を構え、引き金を引く。

 放たれたそれは火炎放射を真っ向から貫き、切り裂いた。一瞬丸く風穴の開いた炎が次の瞬間にはそのまま四散する。

 火炎を放っていた萩山まで貫くかに思われたが、彼女はすでに場所を変えており、大沢さんの銃撃は消え掛かった魔方陣が残る床を穿つのみにとどまった。そしてその萩山はといえば、


「……上!?」


 跳躍した橙色のエインは夕焼け色の空に呑まれ、一瞬その姿を見紛う。

 両腕を大きく振りぬき、ねずみ花火のように跳ね回る火炎を多数ばらまいた。それらはミサイルのように大沢さんのエインを追尾し、炸裂する。銃身を盾のように立てた大沢さんの姿は爆炎と粉塵に呑み込まれ見えなくなった。


「笹田くん! ここは引くよ!」


 萩山は着地するなり身を翻し、駆け出していく。伊織がそれに続いたため半ば無意識のうちにその後を追いかけた。慎也もついて来ている。

 慎也が奇襲を受けたときなどを鑑みれば、ここで俺たちが引くことで逆に大沢さんを見失うことは不利な結果を招くだけであろう事に気づいたのは、大沢さんの姿が西日を透かすゼロとイチの構成する建築物に遮られ見事に見失った後のことだった。


 そして俺たちは適当な建築物の屋上で、貯水槽の陰に隠れて顔を突き合わせていた。といっても伊織は話半分に聞くだけで見晴らしがよく見つかりにくい位置から見張りに立っている。

 どういうわけか屋内には入れないため、やむなく地上からは見えず屋上からの探索は見落としやすかろうという場所に避難したのだ。

 俺はとりあえず大沢さんを見失った直後に気付いたことを萩山に申し立ててみた。


「……ということだから、逃げるのは得策ではなかった気がするんだがどうか」

「んなこと言われたってあのままじゃ一方的にジリ貧でしょうが。じゃあ聞くけどアンタ私たち全員で掛かってあいつの体に何回触れたか覚えてる?」

「……、……。ゼロ……だな」

「でしょ? それに対して私たちはイオが二回に慎也くんが一回リバイバルを使ってる。何とか打開策を見つけないとリアルな話きついわよ」


 俺は説き伏せられ、異論を挟むことができない。というか、今の話を総合するに逃げても逃げなくてもやられるという事ではないだろうか。


「とにかく、何とか打開策を見つけないときびしいわけよ」


 それはさっき聞いた。

 どうやら、打開策を見つけないことは分かるが肝心の策が思いつかないらしい。俺と萩山とスクルドは、猫背をより曲げたり、しゃがみ込んで頭を抱えたり、眉根を寄せたりとめいめい勝手な体勢で頭を悩ませる。

 ふとスクルドが顔を上げ、じっと立ち尽くしている慎也を振り返った。


「慎也くん、もう平気?」

「……? ああ……大丈夫だ。もうあんな目に遭うのはごめんだけどな」

「そ。なにか気分が悪くなったりしたら言いなよ、カウンセリングしてあげるから」


 ニカッと笑みをひらめかせるスクルドを見て、当初思ったほど母さんに似ていないかもしれないと俺は突然思った。がさつなようで気が利くところなどは似ているが。


「……カウンセリングなんてできるのか?」

「当然よ。軽度なものならその場で適当に本人が処理できるように誘導するし、それを抜きにしても本格的な診断が必要かどうか判断するために絶対必要な技術だわ。それにここだけの話、脳みそを扱うシステムだけに本人が気付かなかったり無視したりするような症状も精神が関わるかどうか大まかに判断できるのよ。まあ、個人差がめちゃくちゃでかいからその機能での診断結果を根拠にすることはないけれどね」


 そこまで気を回すくらいなら始めからトラウマを残す恐れのあるこのリアルさを改善すればいいものを。

 忌憚なき意見をスクルドに話して聞かせたところ、一笑に付して吐き捨てられた。


「そんなこと言うやつは始めからやんなきゃいいのよ。怖いのが嫌ならゾンビゲームなんかやめりゃいいのよ」


 ホラーゲームとバーチャルリアリティを同列に並べるのはどうか。それにそれらのゲームは自分の顔が潰れる感触なんて感じっこない。

 そんな感じで舌鋒鋭く討論を繰り広げていた俺たちを呆れた風に見ていた慎也が億劫に口を挟んだ。


「そもそもよ」

「どうした」「なによ」

「……妙に息合ってんなお前ら……。で、どうしてスクルドがそこに居るんだよ。ちゃっかり当然みたいな顔して会話に参加してるけど」


 萩山が立ち上がり、そうだそうだと慎也に合わせた。策は思いつかなかったらしい。

 俺はこの建築物の横を走る狭くもなく広くもない路地を指差した。


「さっき向こうからトテトテと歩いてきてたぞ」

「アンタたち気づいてなかったの?」


 少し意外そうな顔をしたスクルドが続けた。

 がっくりと肩を落とす慎也は額を押さえて呟くように漏らした。


「そーいうことは早く言えよな……」


 俺は慎也を放っておくことにして、エインの高身長から見れば胸ほどしか身長のないスクルドを見下ろし、改めて尋ねた。


「そもそも何しに来たんだ? こんな雑談しに来たわけじゃないんだろ?」

「あー、まあそうだったわね。私としてはまだ無駄話したいところだけど。ほら、ヴァルハラ窓口ってワルキューレじゃない。私でしゃばれないし」

「気持ちは察せないこともないが、そろそろ俺も本腰入れて作戦会議に戻りたい。世間話なら今度付き合ってやるよ」

「お、マジ? 約束だかんね。いやあ、私も暇でね、その申し出は正直助かるわ」


 からからと笑っていたスクルドは唐突に表情を引き締めると「で、本題だけど」と切り出した。もう少し空気を考えた方がいい気がしないでもない。


「私が来た理由は、情報提供よ。大沢(チーフ)はアンタたちのことを知ってるのにこっちは知らないなんて不平等だからね」


 急激に変容した作戦会議の空気に置いてきぼり気味だが、なんとかついて行こうと俺はとりあえず相槌を打って先をうながす。


「情報?」

「そ。彼女の武器は光線銃よ。俗にいうビームライフル? そんなやつ」


 全員がいわく言いがたい表情をしたのが手に取るように分かった。

 一同を代表してその複雑極まる心中を口に出す。


「……いや、ビームライフルって、……どうよ?」

「まあ、そういう近未来兵装の試験も兼ねてね。こっちはこっちでいろんな企画が立ち上がってるのよ」


 苦笑とともに肩をすくめるスクルド。業界人は大変そうだ、と思うことにした。

 しかし、いくらリアリティを重視するヴァルハラだからってビームをホントに光速で撃ち出すこともないと思う。回避が難しすぎる。おまけにあの威力だ。確かにリロードに掛かる時間は長いようだが、一撃で仕留められるあの威力なら大したハンデにならない。

 ビーム兵器といったら、もっとこう、ピーっと音がして薄緑やら黄色やらの色をした曳光弾が飛んでいくやつではないのか。


「まあ、そういう意見は置いといて。にしてもチーフったらちゃっかりチューニング前に持ち出してきたわよ」

「チューニング?」

「そ。あれはまずビームとしてまともに撃てるかどうか確認するために作った試作品で、これからは実際にゲームに出すにはどのくらいのパラメータなら平等かを微調整していくとこだったのよ。それはこれからの課題なんだし設定してないのは当たり前といや当たり前なんだけど」


 慎也が難しい声で不機嫌そうにつぶやいた。


「ってことはつまりチートじゃねえか」

「違うわよ、彼女のデータカードではその武器データが設定されてることになってるの。それに、伊織なんかは気付いたと思うけど、威力の分弾丸の径が異常に小さくなってるわよ。これも威力同様、設定前ならではのミスね」


 俺は伊織を振り返る。伊織は軽く首肯した。

 スクルドは意味があるのかどうか疑わしいほど適当な手振りを交えつつ話を続ける。


「威力を適当に詰め込んだ代わりに使い勝手は最低ランク。パラメータが偏ってるだけで、数値だけ見れば平等は平等よ」

「思いやりに欠ける按配ってことか。それを使いこなしてるってことは、……確かに俺らが束で掛かってようやく対等だな」


 思わず溜め息を漏らした俺に、スクルドがやれやれとばかりに肩をすくめて、


「しょうがないわね。へなちょこな若人のために私も一肌脱ぎますか」


 視線がスクルドに集中する。注目されるのが心地いいといわんばかりに目を細め、スクルドは両手を軽く持ち上げた。その手元にウインドウが現れ、何かを書き換えている演出をしてみせる。


「あのビームライフルの弱点はリロードに掛かる時間。バラしちゃうと、約四十二秒掛かるわ。カウントダウンみたいのをアンタたちのウインドウに設定してあげるから、接戦になったら活用しなさい」

「……それは、スクルドが私たちに手を貸すのは、ずるじゃないの?」


 見張りをしていた伊織がスクルドに首を向け、そっとつぶやくように抗議した。スクルドはウインドウに表示されたプログラム言語らしき意味深長な記号とアルファベットの羅列を変更する手を止め、しばし硬直する。

やがて細い溜め息とともに肩をすくめ、再び手を動かしながら、


「ま、言いようはいくらでもあるけど、そうね。……チーフは全員で掛かっていい、と言ったんでしょ?」

「……まあ、そんなニュアンスのことを」

「じゃ、それに便乗してるの。私もワルキューレが居ないせいで、特に今なんか、いらない苦労背負わされてるしね。それに、アンタたちの作戦にはじめから協力してる。……なんかなに言いたいのかよく分かんなくなってきたけど、そういう事」


 言いたいことが分からないって、それはバグじゃないのかAI。そんなことを思わなくもないが、しかし伊織は反論をしなかった。

 スクルドが言っているのは要するに、スクルドもワルキューレが廃棄されるのは望んでおらず、また俺たちの仲間でもあるのだから共闘する権利はあると言っているのだ。

 伊織は呆れたように首を振り、反対の意を引っ込める。萩山と慎也は初めから反対する気は無いようで、興味深そうにスクルドの手元を覗き込んでいる。

 スクルドの間接的参戦が俺たちからは黙認されたことになる。俺はスクルドに耳打ちした。


「よかったな、戦いに参加できて」

「……なんで私が『よかった』なのよ、手伝ってやってるのに」

「そうか? じゃあ、手伝ってくれてありがとうな」

「……………」


 スクルドは黙ってウインドウに手を走らせ続けた。とっくに設定は終わっているのだろう、文字がスクロールされているだけであることを俺はわざわざ指摘したりしなかった。

 微笑ましく思っているとスクルドがすごい目つきで睨んできたので、俺は肩をすくめて少し離れたところで見張りに立っている伊織の横に並び、周囲に目を配る。

 伊織は横目で俺を確認すると、視線を警戒に戻す。警戒を緩めることなく、話しかけてきた。


「きみは……珍しい性格をしてるよね」


 突然の発言に面食らうが、謎掛けのような含みのあるその物言いには続きを聞かれることがすでに組まれているようだった。気になるのも本音なので素直に問い返す。


「それはまたどういうことだ?」

「……なんていうか、あまり見ない、というか。スクルドとかと当たり前に接してる。ほんとの人間と接するみたいに、ごく自然に。普通、AIだと思うとほんの少し変わるのに」


 そんなことを言われても、実感が湧かないのが正直なところだ。AIなるものの定義等も俺には全く分からない。そっち方面に疎いだけだと思う。家も未だにビデオデッキだし。

 伊織はポツリポツリとどことなく愚痴じみた傍白を聞こえよがしに続ける。


「本当の人間に対するような態度の、柔らかさとわずかな硬さがワルキューレには……ひょっとしたらスクルドにも、こそばゆいんだと思う。だから、――……」


 肩をすくめる思いで俺は話を聞き流しながら目を巡らせていた。どうせ大沢さんはちらっと見ても分からないような場所に身を隠しながら捜索しているに違いない。ここから見渡すにそのようなポイントは六つくらいか、たとえばあそことか、

 そして目が合った。


「にしてもスクルドには感情の構造を作ってないって言ってたのに――っきゃ!?」

「見つかった! おい慎也!!」


 思わず俺と一番付き合いが長い、この一行の中で一番頼りない慎也を呼んでしまったが、直後俺と伊織が身を隠している貯水槽が砕かれた。

 危ないところだった、伊織を押し倒していなかったら砕けていたのは俺や伊織だったに違いない。命からがら慎也たちのところに這いずっていく。

 慎也に助け起こされ、伊織も自分で立ち上がり、萩山が周囲を警戒しながらしんがりを務め、屋上から離脱し別の建築物の陰へ向かう。流れで慎也に肩を借りたまま避難していた俺は、いざ自分の足で立った瞬間電撃のような違和感が走り足の力が抜け、膝をつく。

 一度その場に腰を下ろして体勢を変え、じくじくと嫌な違和感がする自分の右ふくらはぎを確認して、毒づいた。


「くそ、足切った」


 貯水槽の破片で切ったのだろう、あの時何かをぶつけたような感触が足にあったんだ。それどころじゃなかったから気付かなかったが。

 伊織がチラリとこちらを振り返って一言問いかけてきた。


「戦える?」


 大丈夫? と聞かれるなどと夢想した己の愚かさに失笑をひとつ。

 傷はそう深くない、無問題だ。俺は自分に言い聞かせるように胸中でつぶやき、立ち上がる。やせ我慢の通じない範囲では決して無い。こうして立っていると傷口が開いていくような妄想に一瞬駆られるが、猛々しく雄々しい紅蓮のエインの姿を借りた伊織を見ることでその思いを断ち切る。

 俺はエインの顔に表情が浮かばないことを知りつつ、口元に笑みを乗せた。


「無論だ」


 大刀を抜き、臨戦態勢を整える。

 心配そうに俺を見ていた慎也が呆れたとでも言いたげに首を振り、腰に帯びた長剣を抜いた。伊織も俺の答えを聞いたきりチラリともこちらを見ずに銃を構えている。萩山も意味深な構えを取って警戒を緩めない。よく見ればスクルドも混じっていた。

 息を殺し、気配を探る。

 弾かれたかのように伊織が首を跳ね上げた。すぐ後ろから彼女の肩越しにうかがっていた俺もつられて上を見る。

 夕焼け色の空の中。悪魔か何かのように逆光のなかで目だけをギラギラと灯した人型のそれが踊るように空を舞っていた。

 死に誘わんとするそのダンサーに手を差し出されたのはもちろん伊織だった。彼女は身を投げ出すようにして初撃を避ける。狙いを外した弾はそのまま地面を穿ち、八つ当たりのように地面を砕く。これであと四十二秒大沢さんは銃を使えない。

 伊織が勢いよく飛び出した。いつの間に抜いたのか、投げナイフを右手に構える。萩山が思い出したように腕を振り、大沢さんの背後で小規模の爆発が起こった。牽制程度のその一撃はしかし大沢さんの虚を突き、伊織の殺傷圏から逃げるためのたった一瞬を見事に奪った。

 瞬きの間に間合いを詰めた紅蓮の獣が大沢さんに襲い掛かった。牙を立てる、爪を立てる、理不尽なほどの暴力でもって大沢さんを翻弄する。

 だが大沢さんはその全てを見事に銃身で防いでいた。なんとかしのいでいる、と言うふうに見えるが彼女はかすり傷のひとつすら負ってはいない。その事実が伊織を少しずつ焦らせる。

 上段から叩きつける一撃を、大沢さんが銃身で受け止めた。瞬間に横に弾くようにして流し、銃把を伊織の鳩尾に打ち込む。一瞬の出来事で、正直どんなことをしたのかよく分からないが、大沢さんの反撃で伊織はひるんだ。

 左の籠手に映し込まれた赤い文字でのストップウォッチのようなカウントダウンは大沢さんのリロードまで十三秒を表している。三十秒しかこちらの攻勢は続かなかったわけだ。


「散れ!」


 誰に向けていったものか判然としないが、萩山がそう叫び大沢さんの立っている地点を爆破する。大沢さんは当然回避していた。そして俺と慎也は、萩山の叫びで我に返り、大慌てで伊織を援護すべく散開する。

 ちょうど伊織の前から飛び退いた大沢さんを、俺や慎也と伊織を頂点として正三角形を作るように包囲した。萩山は伊織の斜め後ろに援護として控える。

 大沢さんは俺たちを見回して鼻を鳴らし、両手で銃を持ち直す。


「ハイハーイ、ちょっとごめんね、盛り上がってるトコ悪いけどさ」


 明らかに場違いな声が水をさした。スクルドだった。確実に気分を害したと分かるような声で大沢さんはぶっきらぼうに問い返す。


「なによ」

「うん、あのさ。私もこう見えてこの若人らに肩入れしてるんだ、だから手を貸してるよ。……もちろん、節度はわきまえてるけどね」

「そう。それだけ?」

「そうよ。一応チーフの耳にも入れておかないとアンフェアかなって思っただけ。どうぞ、続けていいわよ?」


 あまりにぶつ切りな、会話らしきものをすませたスクルドは召喚したペガサスに乗りほぼ完全な傍観者と化す。大沢さんが鼻を鳴らして顔を下ろし、誰に向けるでもなく一言つぶやいた。


「行くわ」


 どんと来い、と返そうか迷った。


 はい、強引な流れで戦闘です。でもいいのです。戦闘シーンが書きたくて書いてるんだもの。その戦闘シーンがいまいちのような気がしてきましたが。動きがあるけど分かりやすい、っていう按配は難しいですね。俺には無理そうです。

 さておき、伊織があんまり強くなさそう。以前にそう言われました。

 なので、伊織に頑張ってもらうつもりでした。でも独走して目立ちません。あんれー?


 次回、敵味方入り乱れて混戦になるでしょう。

 また長期戦になるのかな? 分かりません。

 まあ、前回の戦闘よりは短く収まるはずですが……

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