11th.DIVE 懇願
「伊織」
昼休み、俺は伊織に話し掛けた。昨日の、ワルキューレを守りたいと決心したことを伝え、そのための知恵を借りようと思ったからだ。
彼女は俺を振り返り、何かと尋ねる。
「俺、あれから考えてさ。やっぱり、ワルキューレを守りたいと思ったんだ。窓口に出るワルキューレを嘘に成り下がらせたくない」
唐突な話だったが、伊織は悟ってくれた。小さく微笑み、頷いて口を開く。
「信じてくれたんだ、ありがとう」
「あ、ああ、いや」
俺は苦笑いを浮かべて誤魔化した。急にAIを信じたことを不審がるかと思ったが、伊織は思いのほかあっさりと受け入れた。
俺はそれをさて置いて、戦乙女を救うための手立てに心当たりがあるか尋ねようとしたが、伊織は先の続く言葉を重ねる。
「これでもうあの娘も悔いを残さず逝ける」
今、何かスサマジイことを聞いた気がした。
「今、なんて……」
「ワルキューレも、聞いてもらうだけでいいなんて強がり言ってたけど、やっぱり信じてもらいたかったと思う。きみがそう言ってくれて、あの子もきっと報われる」
声がかすれる俺の問いに答えず伊織は続けた。
彼女の言葉は俺に一つの事実を指し示す。
――助けるつもりは、ない……?
ありえない。至極当然のようにその可能性は否定する。が、俺の内心とは裏腹に彼女の言葉はAI『戦乙女』の喪失を、ワルキューレの死を受け入れたものだ。
愕然とする俺に、伊織がもう一度、礼を重ねた。
俺は――、
「あの娘の最期の願いに応えてくれて、ありがとう」
理解した。
彼女にはワルキューレを救う気がないことを。
彼女の言葉ではなく、これまでの俺が抱いていた幻想こそが、誤りだったのだと。
伊織は、自身の実力に自惚れず、親身になって相手のことを考えられる、向上心と努力に満ち溢れた、誰かのために自分を犠牲に出来るほど他人を想う少女などではなく。
艶やかに黒く輝くほど手入れを怠らない髪は背中に掛かるほど長く、勉強が出来て、ただちょっと人よりヴァルハラが好きなだけの普通の女子高生なのだ。
「…………悪かったな、急にヘンなこと言って」
先程まで交わした会話も覚えておらず、俺は適当に言った。首を振る伊織に対し、粘着質な暗い感情が腹の底から沸き上がる。
俺はそのマグマのようにたぎる憤りを押し殺してその場を後にした。
この感情を伊織にぶつけるのは間違っている。彼女がワルキューレを助けないのも一つの選択だ、責められる謂われはない。
その事実と、近くで不安そうにこちらを見ている快活そうな少女の存在が……正しくは他人の目が俺の暴走を水際で食い止めた。
「……見損なったけどな」
無二の戦友に裏切られたような、そんな思いが胸を占める。席に戻って椅子に腰掛けても、窓に目を向け空を見ても、情緒不安定な慎也を眺めてもその感覚は拭えなかった。
放課後、暗澹たる気持ちを抱えたまま俺は家路を急いでいた。工場には行く気にもなれない。
ワルキューレを守るための算段を思考をフル回転させて捜し求める。だが『当然』、絶望的だった。
一企業の方針に、一個人しかも全くの部外者その上未成年が口出ししたところで、どうこうなるはずがない。
俺は苛々とガムを噛んだ。ともすれば爪を噛んでしまいそうだったので、コンビニで購入したのだ。
「……クソッ」
自分の無力に腹が立つ。
伊織と協力すれば簡単ではないにしろ為し得るだろうと思っていたが、この分ではそううまく行かなかったかもしれない。
「……クソッ」
伊織のことを思い出し、思わず悪態を吐く。我ながら荒れている、とどこかで嗤う声が聞こえた。
大体、なぜ俺はこの件に伊織をこれほどまでに頼っているのだろう。
慎也ではダメだ。それは分かる。彼が情緒不安定だからではなく、彼は戦乙女のことを知らないからだ。
戦乙女がなくなっても、ワルキューレというキャラはヴァルハラのイメージキャラクタのままだろう。これでは彼を焚き付けられない。全て説明したとて信じてもらえるかどうか。
……そもそもあいつの事だから、いかがわしいものがワルキューレのはずがない侮辱するな、などと喚いて俺をくびり殺しそうだ。今は情緒不安定だからなおさらありえそうである。
「おお、恐ろしい」
俺は独語して身を震わせてみた。
では、伊織はどうなのだろうか。
確かに本社にコネを持ってそうだし、少なくとも俺よりはヴァルハラというものの仕組みには詳しいだろう。だが、今回は子供が持つようなコネや知識が役に立つとは思えない。俺が彼女に頼っているのはもっと別の部分だ。
それはなんだろう。共にヴァルハラで戦った信頼? 戦乙女という秘密の共有? それとも何か俺の個人的な感情……?
違う。
その程度のくだらないモノじゃない。
俺が彼女に求めていたのは、
「そうか……」
……『同志』か。
『伊織が、ワルキューレを助けるつもりがない』
そんなことがありえないことなど、始めから自明だったのだ。
カフェでの沈痛。
大沢広巳さんとやらを前にしたときの悔恨。
それ以前から見せていた、窓口のワルキューレに対する親愛。
全てが、ワルキューレに対する想いを表していた。
ならばなぜ、今日はあんな事を言ったのだろうか。それはいかようにも考えられる。
俺を救出から除外させるためかもしれない。怒りに我を失わさせて無謀な行動をとらせ、囮にするつもりだったかもしれない。またワルキューレが助けられることを望まず、恨まれるのを自分だけにしたいとか考えているのかもしれない。
馬鹿馬鹿しい。
「早く帰って自転車用意しなきゃな……!」
全く、馬鹿馬鹿しい。
そんな小細工で俺が引き下がると思っているのか!
全力で自転車を漕ぐ。漕いで漕いでああ疲れたとサドルに座ってまた立って漕いで漕ぐ。
住宅街を駆け抜けるが、すでに二回ほど角を曲がった際に自動車とぶつかりそうになった。事故ったらいけないと自粛してるつもりだが、まだ結構危険運転かもしれない。
しかしその甲斐あって、ヴァルハラカフェ(仮)へはもう少しだ。俺は最後の角を曲がり大通りに出る。
握力最大でブレーキング。整備を怠っているためかタイヤが悲鳴を上げた。
珍しく制服姿のままの俺は自転車を飛び降り鍵を掛けて窓に立て掛けると、カフェの扉に取りついた。鍵は、開いている。
住居侵入罪デスネごめんなさい、と呟きながら俺はカフェのなかに入り、奥に向かう。角から光がうっすらと漏れていた。
「……ゴメンなさいお邪魔します」
言いながら角を曲がる。
そこには二つの人影が振り返って俺を見ていた。ヴァルハラ窓口の液晶が放つかすかな光がそれぞれの頬を照らしていた。
一人は長い黒髪の少女。言わずもがな、伊織だ。
もう一人は……
「あっれー? 笹田くんじゃん、どうしたん?」
ショートヘアの快活そうな少女がいた。普段伊織とよくつるんでいる女子だ。
「ちなみにあたしは萩山陽子。二度は名乗んないから気ぃ付けてなー」
萩山陽子さんだそうだ。
ここで忘れたら代名詞のみで萩山陽子を呼称せねばならなくなるので俺は反射的に念仏のように萩山陽子の名前を連呼して覚える。これで一週間くらいは萩山陽子のことを忘れないだろう。
「何の用?」
伊織が素っ気なく尋ねてきた。その顔は心なしか不機嫌そうである。
「住居侵入してゴメンなさい」
まず、誠心誠意謝った。背中を腰から四十五度ほど曲げ、頭は垂れる。
顔を上げた俺は伊織に向かって分かりやすく動機を述べた。
「戦乙女をどうにかするの俺も手伝いたい」
萩山陽子が突如けたたましく笑いだした。笑ったまま伊織の背中を強く叩く。痛そうである。
「こりゃあ無理っぽいね。イオ、諦めたらー? あたしの演劇指導は功を奏さなかったみたいだし、もう言い逃れはできないっしょ」
「でも」
伊織は顔をしかめて萩山陽子の手を払いつつ、困ったように呟く。その親しさから見て、おそらく萩山は救出行動に参加する関係者なのだろう。
俺は少々不安になって尋ねた。
「なんで、俺は手伝ったらダメなんだ?」
その質問に萩山は爆笑する。俺が眉をひそめて彼女を見ると、彼女は伊織の肩に手をやって答える。
「そいつは言えないわ、やんごとない難し〜い事情があるのよ」
どういうことか分からず、俺は口を引き結んだ。聞いたところで答えてもらえそうにない。
「まあせっかくここまで来たんだし、いいじゃん。笹田くんくらい腕の立つ人欲しかったし。人手が足んないのよ」
「でも」
あっさりと言う萩山に伊織は困ったような目を向ける。俺はそこまで頑なに拒否する伊織に困惑した。
萩山は俺たちを見ると思い切ったように手を打つ。
「じゃあ! せっかくここに居るんだしヴァルハラで決着付けよう!」
俺と伊織の視線を一身に受ける彼女は、思いのほかまな板な胸を張って笑顔で声を張る。
「決闘よ!」
……………。
意味が分かりません。
「簡単じゃん。ここのヴァルハラ筐体使って勝負して、勝ったほうの希望通り。幸いここのは特殊なケースだから、ヴァルハラネットワークから切断してもバレないしミッションデータも個人データも落としてある。おお見事なお膳立て! 据え膳食わぬは男の恥!」
そんな状況あるんですか。ていうか据え膳のくだり明らかに意味が間違っておりますが。
「別にいいじゃん細かいことは。それより笹田くん、誰か一人呼べる?」
はあ。多分呼べますが。
「じゃあ早く呼んでおくれ。急いては事を仕損じるだよっ」
早くしろといいながら慌てるなという。派手な矛盾でござりますな。
思いつつケータイで呼び出しを掛ける。あいつならすぐに来れるだろう。
「……陽子。決闘になんで一人呼ぶの?」
混乱のあまり思考停止の俺と違って、物事を考えられるらしい伊織の問いに萩山は分からないことが分からないというふうに答える。
「えー? 決まってるじゃん、二対一は卑怯っしょ」
伊織はしばし黙考し、その言葉の意味を考える。
「……陽子も参加するの?」
「トーゼン」
言って、にっこりと笑った。
「こんな楽しそうなゲームに参加しないなんて嘘だね!」
と、表の方からブレーキの高い音が響いた。おそらく彼だろう。俺は時計をちらりと見て、呆れた。
「来たぞ、笹田! ワルキューレちゃんに会えるって本当か!?」
怒鳴りながら現われたのは、言わずと知れたワルキューレ馬鹿、慎也だ。
こいつときたら、普通自転車でも十分の距離を三分で駆け抜けてきやがった。
驚いたふうに萩山が気安い調子で話し掛ける。
「おやっ、慎也くん。情緒不安定は平気なのかな?」
「お、萩山。ああ、問題ナッシング。ワルキューレちゃんに会えるならたとえ末期ガンでも結核でも五年で治せる」
治るわけが無いうえに、五年という微妙な時間。五分とかなら冗談ととれるのに、どこまで本気か測りがたい。
だが、ともかく――
「この面子でやるんだね」
役者は揃った。
2on2による決闘が始まる。
カフェの奥、正方形のヴァルハラブースは一人では両手に納まらないほど太い柱を中心に、四隅に筐体が四個ずつ置いてある。
四個の筐体はそれらの真ん中にある小さな柱らしき物体を囲むように等間隔で並んでいる。柱らしき物体はスクリーンを四方に向けた宣伝用のモノで、なおかつ四機のヴァルハラとメインサーバとをつなぐ中継地点の役割をもつ。
例えるならばここのメインサーバが変電所だとすると、各柱に連絡する回線が配電線。柱が変圧器で、筐体が家だ。ちなみに本社の中枢サーバが発電所で、情報という電気をやりとりする。
腹くらいまでの高さがあるその柱は今、全員の中心にある。俺たちはヴァルハラ筐体に身を預けている状態だ。
「んじゃあ、ルールを確認するよ」
教師にばれない程度に染めているのか、軽く茶色掛かったショートヘアの萩山が言った。
「二人一組でチームを組んで、先に二人ともやられたほうが負け。方法は問わないけれど、相手もナマの人間なんだからトラウマになるようなエグい殺し方はなるべく避けようね」
身も蓋もない物言いだ。
俺と慎也が言葉に詰まっていると、伊織が横から補足説明を入れた。
「ここは始めから多人数プレイを旨として作られてるから、いろんなルールが用意されてる。ヴァルハラネットワークが使えれば他のルールでも出来たんだけど、今はここのサーバに落としてあるルール……つまり最後にやってた対人ルールでやるしかない」
「イオ、それは蛇足だね! それにこんなふうに集まってるんだから殺し合い以外の何をやるっていうのさ! シラけちゃうねっ」
マジで身も蓋もない。バッサリ言われた伊織は口をつぐみ、物騒な台詞を聞いた俺はトイレに行っておけばよかったかなと思った。後に聞いた話では慎也も全く同じ事を思ったらしい。
「さて、そろそろ始めようか。みんなボタン押して」
俺たちは全員同時にスロットにデータカードを入れて肘掛けのカバー閉鎖ボタンを押した。
ゆっくりとカバーがおりてきて、視界を阻む。やがては目を開けているのか閉じているのかも分からないような暗闇が俺の周りを占める。
頭部と頸部を覆うやわらかくて少し暑苦しい感触がして、
そして意識が反転した。
俺は路地の真ん中に立っていた。素早く辺りを見回し、現在地を確認する。
高層ビル街にも似た景観にそぐわない空に架かる透明なチューブ。目を凝らせば雲をその身にまとわせた天にも届くバベルの塔……シンボルタワーも見ることが出来た。
未来都市。伊織とともにワルキューレを護って駆けずり回った場所。
ここで伊織達と戦うのはずいぶんな皮肉に思えた。
「おっ……と。久しぶりのダイブだな。こんなステージあったのか」
傍らに純白の騎士が立っていた。兜の頂からは鮮やかな黄色いたてがみが吹き上げるように生えている。
慎也は俺に軽く手を挙げて挨拶すると、早々に尋ねてくる。
「ところで、ワルキューレちゃんにはいつどうやって会えるんだ? 今はネットワークは死んでるだろ?」
「ああ、それは……」
お前を来させるための方便だ、と続けようとした俺の声を割って可憐な声での大音声がとどろいた。
「レッディースアーンドジェントルメーン!! 終わらない戦の館、ヴァルハラへようこそ! ルールはプレイヤー同士の2on2バトル! ステージは『未来都市』っていうかこのデータしか手元にねぇんだけどどういう事よ里村ァ!」
あのありえないハイテンションはともかくとして、鎧と羽根のついた兜で身を固め、槍と盾を持つ美しい容貌の少女はワルキューレ……だろうか? ていうか里村って誰?
ペガサスにまたがり空に在る彼女の優美な姿を食い入るように見ていた慎也だが、やがてつぶやいた。
「似てるけど違う……。あれはワルキューレちゃんじゃない!」
「ワルキューレじゃない?」
俺が訝しげに訊ねれば慎也は確信を込めて頷き、聞いてもないのに説明する。
「見ろよ、目元がワルキューレちゃんより釣り上がってる。それに鼻梁も少し高い。座高は少し低いようだけど、こっちのほうが胸が小さ……」
「こぉらそこぉおおお!」
「うわぁあああああ!?」
ズドーム、と突き立つはワルキューレのそっくりさんが持っていた槍。
尻餅をついて足を開く慎也のちょうど足の間にそれは突き刺さっていた。
「オタ話はそこまでにしときなさ〜い?」
にっこりと可憐に微笑んで優しく忠告してくれた。
槍は彼女が手を振るとそれだけで地面から消えて彼女の手元に戻る。見れば地面には槍が刺さった後が残っていない。さすが、なかなか気が利いている。
「ウフフ、そっちの黒い兄さんの方はモノが分かってるわねぇ」
モノローグをやや大きい声でかました俺に彼女は機嫌よさそうに微笑み、ペガサスを旋回させた。
ふう、と俺は彼女を見送る。わざとらしい美辞麗句を加えないのがコツだ。
「おおお、おっかねぇ。なんなんだあの狂暴女は……。見た目だけは似てるくせに、淑やかさは似ても似つかねぇぞ」
慎也はガクガクと震えながら言った。俺は溜め息を吐いて慎也に手を貸し、引き起こす。
「あまり悪しざまに言わないでくれないか。なぜか知らないがあの娘は俺の母さんに性格が似ていて、他人の気がしないんだ」
「えぇ! お前あんなのに育てられたのか? ……立派に育ったなァ……!」
肩に手を置いて感動にむせび泣く慎也を突き放す。情緒不安定はまだ尾を引いているらしい。
だが、我ながら確かによく育ったと思う。先程の槍投げなど、幼少期にうかつにも「全然女らしくない」と言ったときに包丁が俺の背後の壁に突き立ったことを思い出して懐かしく思ったものだ。
と、遠い目をして回想にふけっていた俺の目を覚ます大音声を、空に戻ったワルキューレのそっくりさんかつ母さん美少女バージョンが上げた。
「プレイヤー紹介に入るよ! ちなみに私は『スクルド』って名前だから憶えといて!」
なるほど、彼女の容姿に見合った可憐かつシャープな名前だ。
……と、スクルドが意味ありげな目線を送ってきたので呟いてやった。彼女はこの世界の主みたいなものなのでこの声量でも聞き取れるはずである。
要求に答えられたのだろう、スクルドは嬉しそうに目を細めた。地獄耳、とおののいている慎也は無視する。俺だって命は惜しい。
スクルドが手を振り上げると巨大なウインドウが彼女の横に現われる。そこに映っているのは、見慣れない橙色のエインだ。
「『猛る炎の剣』! プレイヤー陽子!」
萩山らしいそのエインは手を振り上げた。冠でもかぶっているようなその頭部は優美さのうちに醜悪さを兼ね備えており、絵画的な自己矛盾を感じさせる。
ウインドウに映る映像が切り替わる。
「『妖麗たる戦鬼にして戦姫』! プレイヤー伊織!」
もはや見慣れた、牙を剥く獣を連想させる狂暴なフォルム、紅蓮のエイン。
彼女は静かにウインドウからこちらを睨み付けていた。
さらに映像が切り替わる。
「『白銀の刃』! プレイヤー慎也!」
まだわずかに膝が笑っている気障な純白の騎士がウインドウに映った。ダサい姿をさらすとは、憐れな……。
そして、俺の姿がウインドウに映った。漆黒の姿は猫背で、紅い相貌だけが輝くまがまがしい姿だ。
「『影』! プレイヤー春樹! 以上の四名がデスマッチを繰り広げるよ〜!」
司会解説をスクルドが務めるらしく、観衆なんか居ないのに語っている。
その俺の肩を慎也が軽く叩いた。
「ま、気を落すなよ。影、なんて超シンプルな称号はランダムに付いただけだろうから」
なぜか慰められた。
まあ、確かに他のみんなは猛る炎の剣やら白銀の刃やら、気取った称号を授かってたしな。
と、スクルドが槍で天を差し高らかに宣言する。
「バトル、スタート!」
俺は慎也を促して未来都市の地面を駆けた。
今は姿の見えぬ好敵手を求めて。
「っていうか、おわああああああ!」
慎也が絶叫した。その悲鳴は爆音にかき消される。
何かと思い背後を振り返れば、そこには地面を舐める慎也と焼け焦げた路面があった。
「はーっはっはっは! アマいね君たち! 勝負はもう始まってるんだよ!?」
見上げればそこには萩山の操る橙のエインが。挑発的に上げられた手に這う炎。その特徴的すぎる武器を持ち得るのは……、
「ウィザード!!」
「ご・名・答!」
萩山はおどけたように言って振りかぶり、野球で球を投げるみたいにオーバースローでピッチング。
球は当然火炎弾!
「くそっ!」
俺は地面を転がるように動いてその弾を避ける。それは着弾と同時に破裂し、コンクリートの路面を砕いて砂埃を巻き上げた。
ウィザードスタイル。それは特殊スタイルのひとつで、武器を持たない代わりに炎や雷などの魔術を行使する。変則的だが、それゆえ使いこなすことが困難なスタイルとして有名だ。
そして使いこなすことが出来れば、このように強力なスタイルと化ける。
ウィザードスタイルのもう一つの側面として、武器が変幻自在なぶん能力補正が少なく、肉弾戦は不得手であることが挙げられる。
「つまり、出会ったら怯まず接近しろってことだ!」
俺は地面を蹴り、跳躍する。壁を蹴って二段飛びし萩山の居る屋上へと着地した。その間放たれた火炎弾は幾つかにクナイをぶつけて相殺させる。
何かと接触と同時に破裂する魔術なのだろう、それらは爆発して俺の障害とならず霧散した。
俺の対面に立つ相手は口を歪めているのか少し顎を引いている。
「ちょこざいなー」
「そっくり返すぞその言葉」
言い返し、俺は腰に吊った大刀を抜き放った。仄黒い刀身と漆黒の鍔や柄。柄尻に申し訳程度に垂れる紅い緒が揺れる。
萩山はそれを見て薄く笑った。
「ふっふん。あたしも舐められたもんね。接近されたときのことを考えてないとでも思ってるの?」
軽く手を振る。大気を焦がす燃焼音のあと、その手には渦巻く火炎で作られた剣が握られていた。
猛る炎の剣……魔術の鮮やかさの比喩ではなく『そのまま』だったのか!
俺は『対人戦闘』という意味を噛み締めつつ、拳銃を構えて援護する態勢の慎也に叫んだ。
「慎也、お前は逃げろ! 多分もうすぐ伊織が来る! お前じゃ絶対に相手にならない、逃げておけ!」
慎也は一瞬迷ったようだが、やがて俺の言葉を信じたのか走っていった。日頃慎也をけなす言葉を言わなくてよかったと思う。オオカミ少年になっていればあっという間に二対一になるところだ。
萩山は肩を揺らして低く笑う。
「賢明な判断だね。でも、笹田くん。君が死んじゃうから、結局慎也くんはすぐに取り殺されるよ?」
挑発には応じず、俺は素直に答えた。
「俺だって戦うつもりはない。ただ速さなら俺のほうが上だから、慎也を萩山の足止めにするより俺が足止めして逃げたほうが可能性があるだろ?」
萩山が黙った。炎の剣を構える。
俺も体勢を整えて、地面を蹴った。
萩山は足踏みするように小さく右足を踏みならす。
俺はバーニアを吹かして体勢を強引に変え、跳躍、方向転換した。
俺が先程まで居た場所を地を奔る炎が舐めた。やはり、あの動作は魔術行使のサインだったらしい。
「やるじゃない!」
失敗したとは思えない楽しそうな声で萩山が叫び、手に持つ炎の剣を振った。
俺は鍔迫り合いに持ち込むと見せ掛けて、右小手からクナイを射出する。やはり剣は無形で、クナイは剣を貫いた。切り離された真ん中から先が四散する。
「マジやるじゃん! こんな短時間であたしの手管をいくつも見切るなんて、伊織以来よ!?」
一瞬で炎の剣を再形成した萩山は飛びすさって間合いを取った。俺はその間を詰めるようにさらに踏み込み、剣を今度は根元から大刀で吹き散らして言い返してやる。
「こっちもそっちも人間だからな。対NPCエインの戦術は似通ってくるさ」
刀を振り上げようとしたが、萩山に腕を踏まれて押さえられる。同時に手の平を顔面に向けられそうになった。
俺は即座に片手を刀から放し、力一杯萩山の軸足を引っ張った。また彼女の足の間に片足を置いてふん張りを利くようにし、両腕を振り上げる。
両足を取られた萩山はバランスを取ろうと脊髄反射で腕を振り回す。瞬間、放たれた火炎弾が彼方に消えた。
「こんの、レディを倒すなんてどういう了見してんのよ!」
背中から倒れる萩山は両手を振って炎の壁を形成した。追撃の叶わなかった俺は慌てて飛び退き、避ける。
俺は四半秒で決断した。
身を翻し、跳躍。ビルの屋上を通って一気に距離を取る。始めから逃げることを前提としていたのだから、執着する理由はない。
思いつつ、おもむろにビルの屋上から跳ばずに飛び下りた。俺の頭上を火炎弾が駆け抜けるが、あの分では慌てて逃げなくても当たらなかっただろう。
倒れていた萩山は追撃を放つのに一歩遅れ、俺はなんとか逃げおおせたのだ。
俺は路地を走りつつウインドウを呼び出す。慎也と回線をつなげた。
「慎也、無事か?」
一瞬の間のあと、ウインドウから声が返る。
『ああ。俺は無事だ。そっちはどうだ?』
「損傷なし。代わりに戦果もないがな」
それより、と俺は話を変える。そして作戦とも言えないような稚拙な戦闘方針を話して聞かせた。
『なんつーか……セコい』
「うるせぇよ」
すべては、勝つためだ。
お待たせいたしました、バトルパート復活です!
それも、なんといってもバトルモノの真髄である仲間同士の殺・し・合・い!
このシーンを書くために今まで書いてきたと言っても……まあ十分過言です。そんなわけはありません。ですが、一番書きたかったシーンのひとつではあります。
笹田と案外影の薄い慎也は伊織と新キャラ(?)の萩山陽子とどう戦うのか。果たして勝ち得るのか。
次回、変則的な変化をつけます。リバウンドが如くバトル×バトルな次回をお楽しみに!