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10th.DIVE システム・エラー

 その日、伊織には板書を写すだけのノートに呆れられ、勉強の何たるかを説かれた。その時は目からウロコだったのだが、授業を受けるうちにそんなことはどこかへ吹き飛んでしまう不可思議に遇った。

 また、今日は慎也が登校した。だがときどき、授業中にさめざめと泣くものだから気まずさがハンパではなく、保健室へ強制連行されたりしつつも無事に今日は修了した。

 約束通りの、放課後。

 伊織がついてこいというので帰路を共にしている。

 傾き始めたばかりの空はまだ赤いとは言い難い。俺たちの歩く住宅街はほとんど裏通りといった様相だった。

 俺は傍らを歩く伊織に尋ねた。


「慎也は誘わなくてよかったのか?」


 伊織は困ったように眉を下げ、首を傾げる。その仕草に合わせて彼女の長い髪が揺れる。


「今は、きみが優先、なんだけど……」


 そこで言い淀んで、口をつぐんでしまった。おそらく、何らかの事情で俺を呼び出す必要があるのだが、慎也も連れてきてヴァルハラの現状を話すべきか決めかねるのだろう。またそれは彼女の一存では決められないことであることも、薄々感じていた。

 そういう事情での他者の命令でなければ、帰りに俺を誘う理由が分からない。


「どこに向かうんだ?」

「もうすぐ着く」


 質問を変えると、彼女はあっさりはぐらかした。

 質問に答えろと強弁しようかと思ったが、やめる。そして唐突にまだ工場へ連絡を入れてないことに気付いた。

 ケータイを取り出して、番号を押す。電話帳を呼び出すよりも早い。


『はい、笹田です』

「もしもし、伯父さん? 春樹です。今日は所用があるのでそちらには……」


 少し考える。

 早く済めば遅れるだけで行けるだろうか。


「行けなくなりました。連絡は必要ないかと思いましたが、一応」


 早く済むなら伊織がいちいち誘ったりしないだろう。そう判断した俺がそう言うと、伯父さんは気弱な平社員にも似た調子で笑い、答える。


『いい心掛けだね、分かった。それじゃあ』


 ぶつっ、という音を残して回線は切れた。俺はケータイをたたみ、ポケットに滑り込ませる。

 と、伊織が横目でこちらをうかがっていた。


「どうかしたか?」

「……今日の放課後空いてるって言わなかった?」

「言ったけど……」


 答えて、気付いた。

 伊織は今の電話を先約のキャンセルみたいに思っているのだろう。俺は苦笑して、説明する。


「別に確約してたわけじゃないしな。俺の日課みたいなものだ」

「日課?」


 聞き返す伊織に頷いて答える。

 ふぅん、と分かったのかそうでないのか微妙な返事をして伊織は前を向いた。

 それからしばらくはとりとめのない話をぽつぽつとして、歩く。

 ほどなくして、目的地に着いた。

 さびれた喫茶店のような店だった。それも閉店している。窓にも大きいカーテンが閉められており、なかの様子を窺い知ることはできない。


「ここは?」

「ヴァルハラカフェ、カッコ仮」


 ……(仮)?

 伊織はそのクローズドの看板が下げられた店の扉をためらいなく開けた。

 鍵が掛かってなかったらしいそれは容易く開き、止める間もなく伊織は勝手知ったる顔でなかに入る。

 俺も一瞬の逡巡の後に彼女を追った。

 なかは普通の喫茶店だった。落ち着いた雰囲気の、まずまずの店である。


「こっち」


 伊織が言って、奥の方へと歩いていく。俺は彼女の歩くままに追随した。

 奥の角を曲がる。その先はやや広い空間で、真ん中には大人が四人ほど集まっていっぱいに腕を広げてやっと囲めるくらい太い柱があった。

 その周囲四方には、ほとんど寝かせるような傾斜のカプセル型の座席が四個ずつある。


「これはまさか……」


 前言、即ち『普通の喫茶店』を撤回しようと思う。


「……ヴァルハラ?」


 ヴァルハラ筐体がこんなに置いてある。ここのオーナーはヴァルハラ狂か?

 伊織が事もなげに頷く。


「そう、これはヴァルハラ。いったでしょ、ヴァルハラカフェだって」


 聞いてなかった。

 しかも、普通に考えてゲーム喫茶なんて想像しないと思う。さらにヴァルハラ一本なんて、利用者を制限しすぎだろう。

 ……それで一見だけは普通の喫茶店なのか。


「でも、こんなところに連れてきてなにを?」


 隠れプレイでもやろうというのだろうか。でも、これもあくまでヴァルハラである以上ヴァルハラネットワークでつながっていて、ミッションデータとかダウンロードできないと思うのだが。

 伊織は何に対してなのか一度頷き、真ん中の柱に、そこに付いている液晶……『窓口』に手をやった。沈黙していたディスプレイに明かりがともり、ヴァルハラのロゴの映像が映る。


『ヴァルハラ窓口へようこそ。こちらではエインヘルヤルの設定変更、武器作成、データ閲覧ができます』


 ワルキューレがお決まりのセリフとともに現われ、一礼する。ヴァルハラカフェだからだろう、イヤホンではなくスピーカーから声がする。

 それら見慣れているはずの一連のやりとりは、どこか白々しかった。

 伊織は柱の前に黙って立っている。何か指示して映像でも出すのかと思ったが、彼女は何もしない。


「……どうかしたのか」


 静寂に耐え切れなくなった俺は、つい呟いた。

 伊織は静かに俺を見返す。その怜悧な相貌は不安げな光を宿していた。

 伊織はそんな眼差しのまま、ゆっくりと口を開き、言葉を紡いでいく。


「……ヴァルハラの中枢に起きた問題。それはプログラムを管理し、場合に応じてそのプログラムを行使する、いわば全体を統括する上位システムに異常が発見されたから」


 突然の話に困惑するが、俺は黙って話を聞いた。

 彼女は顔を逸らし右手を柱に触れさせ、話す。


「当初その上位システムは窓口の対人プログラムとして作られた。それは経験をもとに、より的確な思考をするように作られていて、やがて与えられた情報に反応を示すようになる。経験を蓄えるほど反応は顕著になり、最後には明確な自意識をも得た。つまり、」


 伊織は柱を撫でる手を止め、俯いた。


「……擬似人格、完成したAIになった」


 そう言った。

 話が吹っ飛んできた気がする。わけが分からない。伊織の話をまとめてみよう。

 ヴァルハラの中枢システムにエラーが起きたんだけど、そのシステムってもともと対人システムとして作らてて、しかもそれがAIだったの!

 ……わけが分からん。


「完成したAIの可能性を試すため、ヴァルハラの中枢として統括脳の役割を与えられた。それはプログラムの管理をこなせるようになり、やがては他の追随を許さない最高のOSになった。だから、本社はそのAIに現場での、スタッフが想像もできない事態に関する経験をさせようとヴァルハラをリリースしたの。より高みを目指すために」


 ようやく話が身近に迫った。ヴァルハラはそのAIに生の人間の声を聞かせるためために作られたのか。

 それがヴァルハラネットワークが作られた一番の理由なのだろう。本社にしかないAIとダイレクトリンクさせるために。


「計画は順調だった。AIは全国のヴァルハラからくる膨大な情報整理作業を着々とこなし、ゲームを通じて人の考え方を知り、窓口を通して対人作法のなんたるかを学んでいった」


 その話に俺は引っ掛かりを覚えた。何かと思い考えると、似た感想を覚えた記憶を掘りあてた。

 そうだ。連日通い詰める俺と慎也と、窓口のワルキューレとの掛け合いが板に付いてきたような気がしたのだ。

 今の話からすると、その感触は(フェイク)ではないということになる。

 ……ということは、そのAIというのは、


「その計画の名はAIの名をとって『戦乙女』計画と言う。つまり、戦乙女(ワルキューレ)


 伊織は液晶に触れた。

 今まで一言さえも発しなかったワルキューレが、微笑んで口を開く。


『……どうも、AIです。なんて』


 その声は震えていた。

 ……正直に言おう。俺は怯えていた。嘘だといってほしかった。

 だってそうだろ? 今の今まで親しんできたものが実は得体の知れないシステムだと言われたのだ。驚かないほうがおかしい。

 例えば、自分の親だと思っていた人が実はアンドロイドでした! と言って首を外して機械の断面を見せるという光景を想像してもらいたい。俺の戸惑いはそれと同種のものだ。

 いや、『ものだった』。


「……ワルキューレも、冗談言うんだな……」


 俺は呟く。


『……え、ええ。まあそんなイレギュラーが取り柄ですから』

「へぇ。じゃあ普段は抑えてるんだな」


 俺が言うと、ワルキューレは控えめに否定した。


『抑えてるのではなく、応対プログラムに任せてるんです。マニュアルどおりの接客と言うことですね。今でこそ、この窓口につないでますが、普段の私はあくまで統括脳。滞りなく全てのヴァルハラ機を稼働させるための作業に忙殺されていますから』

「へえ。大変そうだな」

『そうでもありませんよ。単純作業ですし、私はプログラムそのものですから』


 微笑み、人差し指を立てて指を振り振り説明を始める。説明好きなのは伊織もワルキューレも似たもの同士だ。


『そもそもヴァルハラというゲームに私は必要ないんです。接客だって応対プログラムに任せればいいし、私の行っている作業は省略するなり人間がすればいいだけ。私がヴァルハラに携わっているのは偶然に偶然を重ねた結果に過ぎません』


 やっている事といえば、個人情報開示の承認とプレイヤーの実力ごとのミッション難易度選択、それとミッションのアレンジくらいのものですから。

 と、ワルキューレは続けるがそれだって結構な大仕事だと思う。それら全てをたった一人(?)でこなし続ける彼女は凄いのではないだろうか。


『……あの、話を蒸し返すようでなんなんですが』


 ためらいがちにワルキューレは言う。俺が目で先を促すと、彼女は目をそこらの床に走らせ、やがて俺に向ける。


『恐いとか、おかしいとか思わないんですか? 私、こんないっぱしの口を利いてますが、機械ですよ? 鉄の塊があなたと会話してるんですよ?』


 俺は微苦笑する。

 その問いを発すること自体が、俺の不安を拭い取っていることに彼女は気付いていない。


「恐いとか、おかしいとか思わないな。今までだって話してこれたんだ。いまさら何を戸惑う?」

『今までのは違いますよ。決められた受け答えのパターンから最適なものを選んで音声化し、会話しているように見せていただけで、本当の会話とは違います』


 生真面目な彼女は当然反論してきた。

 そして、不真面目な俺はまともな答えをするわけが無いのだ。


「会話してるように見えたなら会話してようがしてまいが同じさ。人間なんて莫迦だからな。それに……」


 それに、そう。彼女に感情が、人格が本当にあるというなら、


 彼女とともに語らった時間に、なんら、嘘はない。




 俺たちはヴァルハラカフェを後にし、日も暮れた道を歩く。カフェは大通りにあるが、すぐ脇に小道があり、その先は住宅街になっているのだ。実に微妙な位置に店を構えている。

 俺はカフェでの出来事を思い返し、首を傾げた。

 今思い返してみると、ワルキューレの正体の話が実に荒唐無稽に思えてくる。

 実際、AIが実在するなど馬鹿馬鹿しい話ではある。自然言語処理に一歩届かないエキスパートシステムという従来の設定のほうがしっくり来るのだ。

 それでも音声入力と擬似会話が限定的だが可能である。わざわざ明確な自意識を持つ、完成したAIなんて持ち出す必要はない。

 俺が困惑をぶり返していると、傍らを歩く伊織が微苦笑を向けてきた。


「信じられない?」


 彼女は完全に毛ほどの疑いもなくワルキューレがAIであることを信じていることに改めて気付く。

 俺はそんな伊織にも困惑を広げながらも、頷いた。


「にわかには信じられないな。確証がないし、何よりヴァルハラ窓口はAIなんて持ち出さなくても実現可能だろ?」


 伊織はその疑念ににあっさりと頷く。


「確証もないし、窓口は実現可能ね。それはワルキューレも認めてたし、紛れもない事実。私だってあの娘には(フェイク)じゃない心がある、なんてことをきみに認めさせたいなんて思ってない」


 俺は彼女の言葉に眉をひそめる。


「認めさせるつもりがないなら、何でこんなことを話したんだ?」


 俺の問いに、彼女は苦笑とも自嘲とも取れる曖昧な笑みを浮かべて、目を伏せた。


「私達の自己満足のため、かな。『当事者』であるきみに事実を認識してもらいたかった。たとえ信じてもらえなくても、記憶には残るでしょ?」

「……そんな、……」


 俺は何かを言おうとしてしかし、言葉に詰まった。

 仮にこれまでの話が全て本当だとしても。

 ……どんなことを思ったら、こんなにも悲壮で空虚な表情を浮かべられるのだろう。俺には分からない。

 ただ、


「伊織、一つ確認したい」

「なに?」


 伊織は俺に向き直った。彼女の澄んだ怜悧な目が俺の視野のど真ん中にくる。


「これまでの話……ワルキューレがAIだってこと、俺が信じるか否かとかは抜きにして、伊織がただ信じてるだけとかも出来れば抜きにして……事実なのか?」


 伊織は、何も言わずに深く頷いた。

 俺は頷き、その答えをしっかりと受け止めて、ただ応える。


「そうか。分かった」


 彼女は少し首を傾げ、やがて、そっと微笑んだ。

 俺はそれを見て思う。

 ワルキューレが本当にAIかどうかはやっぱり分からないし、簡単にハイそうですかと信じられることではない。

 ただ、俺は伊織とワルキューレの言葉をしっかりと聴いて受け止める、ということだけなら。

 それだけならば一片の迷いなく、出来る。



「気は済んだかしら? 伊織ちゃん」


 唐突に声が掛けられた。

 俺たちは弾かれたように顔を上げて前を見る。

 暗がりにひそんでいたのだろうか、そこには一人の女性が立っていた。背が高くスラリとした綺麗な姿勢で、スタイルは実に均衡が取れている。肩で切り揃えられた髪に、ただでさえいい素材を引き立てる巧みなメイクを施された顔つきはシャープだ。モデルか何かのようにも見える。

 それほどの美人でありながらモデルであるように見えないのは、おそらく彼女の一分の隙も見いだせない身のこなしのせいだろう。

 あるいは、ここまで接近してもなお声を掛けられるまでその存在に気付けないほど見事に気配を断つことの出来るその技量か。

 彼女は友好というモノを徹底的に排除した笑顔を伊織に向ける。


「貴方達親娘は本当に酔狂ね。戦乙女のことを部外者に知らせたいだなんて。まあそれはもういいわ。もう用事は済んだのよね?」

「ええ、ありがとうございます。我儘を言って申し訳ありませんでした」


 伊織はその女性に折り目正しく礼を言って頭を下げた。彼女のその横顔にあるのは苦渋と無念と憤慨と……怯え?

 女性は伊織に顔を上げさせると、一言告げる。


「黄昏は三日後よ」


 伊織は一瞬顔を歪め、しかしすぐに真剣な表情になる。


「分かりました。ありがとうございます」


 伊織の謝辞に手を振って応えると、女性は俺を一瞥して去っていった。

 ……一体なんなんだ?

 俺が尋ねる前に伊織が教えてくれた。


「彼女は大沢広巳さん。一度だけだけど、見たことあるでしょ?」


 伊織の問いというよりむしろ確認の言葉に俺は即座に応える。


「記憶には無いな。俺の脳みそは弱いんだ」

「……そ、そう……」


 拍子抜けしたような伊織は、気を取り直して話を戻した。


「彼女はヴァルハラ開発チームの責任者なの。言ってなかったけれど、私のお父さんも開発チームで主に対人プログラムのワルキューレに携わってる」

「あれ、伊織の父親が開発チームって聞いてなかったっけ」

「……言ってないけど?」


 俺のトンチンカンな受け答えに伊織は困惑した声を出す。俺は自分の記憶は常に疑って掛かるようにしているので、あっさり引き下がって先を促す。

 調子が狂う、と愚痴をこぼした伊織は話を戻した。


「ともかく。彼女はAI『戦乙女』が出来てもそれをヴァルハラの統括脳にすることは反対してた。でもほとんど全員の技術者達に押し切られるようにしてヴァルハラをリリースしたの。把握し切ることの出来ない、常に変化を続けるブラックボックスの塊のような戦乙女におかしい様子があれば直ちにリコールする、という約束で」

「で、今回のトラブルってわけか」


 俺が合いの手を入れるつもりでそう言うと、伊織が恨めしいような、呆れたような、蔑んだような、実に微妙な目で俺を見つめる。

 たじろぐ俺を見て大きく嘆息し、話を戻した。


「とにかく、不確定要素をあまりに多分に含んだ戦乙女は彼女には危険因子以外の何物でもないわけ。その認識は、実は間違いじゃない。誰にとっても」

「何故。人格を持つAIが完成したなら夢の『心を持ったロボット』なんてものが出来るんじゃないか?」


 伊織は苦笑する。肯定も否定もせず、ただ静かに憂いを含んだ目を地面に落とした。


「それ以前の問題なの。考えてみて、経験を得て成長するワルキューレは、ヴァルハラでどんなことが出来た?」


 ヴァルハラを動かすわけだから、敵エインのルーチンパターン選択やプレイヤーの行動補助。それから全国の機体から送られてくる大量の情報管理。あとプロ顔負けの受付接客。


「……『戦乙女』は軍事行動におあつらえむきな機能を多数持っているの。ユニットの同時操作は今すでに出来るけれど、戦乙女はさらに上を行く。何より、射撃照準サポートの精度は目を見張るものがある」


 確かにそうだ。軍事に転用させたら、革命が起きるだろう。指揮者とAIが一人居れば部隊が一つ動くのだから。しかもその射撃は命中精度が異様に高くなる。

 そんなことが起こり得た世界を想像して、俺は背筋に寒いものを感じた。

 そんなことが実現したら徴兵なんてモノはないだろう。自動車やパソコンが姿を消すかもしれないが、それがそのまま殺戮兵器に姿を変える。一方で俺たちはきっと、その情報をテレビで見ながらもっともらしく唸って議論するのだろう。まさしく他人事のように。

 俺たちは、戦場で死者が出ている外で、平気な顔して『これまで通り』生きていられるのだ……!


「もちろん、私達は戦争の片棒を担ぐ気はない。私達が作り出せたのだから、いつか誰かがそんな兵器を作ると思う。けど少なくとも私達がその誰かになるつもりはない。だから、ワルキューレというAIの存在を公にすることは出来ない」


 伊織の声が俺に我を取り戻させた。


「つまり何が言いたいかって言うと……、絶対にその存在を知らせないために、エラーを起こしたAI『戦乙女』は破棄される。始めから、そういう約束だから」


 俺は一瞬呆然とした。カフェの時もそうだったが、話がよくぶっ飛ぶと思う。

 じゃあ、整理してみよう。

 大沢広巳さんはAI『戦乙女』がキライなの。だって軍事に転用できるんですもの。だから、そんなAIがあることを誰にも知られないためにエラーを起こした戦乙女は破棄されるのよ。

 ……こんな話だろう。前の要約より幾らか人間らしく出来たと思う。


「『戦乙女』が破棄されると、どうなるんだ?」


 俺の興味本位の問いに、伊織は俺を見て応える。


「別にどうにもならないと思う。ヴァルハラだってこれまで通り運用を再開するだろうし、窓口だって変わらない。ただ……」


 伊織はそこで切って、目を逸らした。


「ただ、未来都市で会えた『ワルキューレ』本人には会えない……かな」


 それは、俺に言うというより自らに向けたような言葉だった。だが、その声は俺にも届いてしまった。

 生々しい実感をともなって。

 あの時の伊織の激しい怒りを思い出す。それは、このことを危惧してのことだったのだろう。今にして思えば、その怒声は怒りではなく焦りのほうが強かったような気がする。

 あの時のワルキューレを思い出す。出会ったときの浮かれよう、俺が銃創だらけになって死にかけたときの心配顔、シンボルタワーを駆け上がったときのつらさを押し隠した気丈な笑顔。

 あれは全て(フェイク)ではないのだ。


「……ごめん。なんかヘンな話になってきたね」


 伊織は苦笑して言い、話を打ち切った。

 同時に、俺の思考も半ば停止させられる。そのことについて考えるのが憚られたのだ。


「じゃあ、また明日」

「……あ、ああ。また」


 伊織は手近な角を曲がって去ってしまった。それを見送り、俺は帰路に就く。

 ぼんやりと、考えた。

 戦乙女が居なくなるということは、どういうことだろうか。

 ……どうってことない。伊織の言う通り、何も変わらないだろう。窓口だって擬似会話は今の技術で実現可能だ。

 だが、そうか。

 戦乙女がなくなれば、ワルキューレとの会話が正真正銘の『(フェイク)』に成り下がる。見てくれこそ変わらないが、その実、意義は大きく違ってくる。

 俺は苦笑を浮かべた。

 いつから、俺はワルキューレの心を信じてしまったのだろう。いつのまにか、俺は彼女の人格を信じ切っている。

 それは分かる。多分大沢広巳さんとやらが出たからだ。俺は莫迦だから、彼女の雰囲気に呑まれてしまったのだろう。

 分からないのは、もう一つの方だ。

 いつから、俺は変わってしまったのだろう。あんな(フェイク)で塗り固めたからこそ現実(リアル)に肉薄した世界を信じるように。

 そんな世界に埋もれ隠されたちっぽけな真実を、守りたいと思うように。

 ……いつから、変わってしまったのだろうか。

 AI『戦乙女』はプログラムの名称、『ワルキューレ』はヴァルハラのイメージキャラクターの名前にして人格の名前です。

 戦乙女が脳みそだとすればワルキューレはその人の名前みたいな関係でしょうか。分かりにくくてすみません。

 さて! 過渡期、つまりヴァルハラの正体に関するお話は終了です。次回からはバトルありバトルありバトル有りの救出編。

 正直安易なAI設定はやめたかったのですが、他に彼らが行動する理由付けが考えられませんでした。安易な分、笹田達は真直ぐな気持ちで動こうと思えるのかもしれません。

 次回、彼らが派手に暴れる予定です。お楽しみに!


 追伸。十話突破! ここまで読んでくれてありがとうございます! 物語は終わりに向かって地面を踏みならし中です。ぜひ、最後までお付き合いください!

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