*壮絶なるバトル
時弥のジープではなく実家のワンボックスカーを転がし、いざ都心へ──姉は事前に調べていた店を携帯で確認し、先に車から降りて店に向かう。
買い物をしている間に時弥が駐車場を探して駐めるという流れだ。今回はいつもより早く見つけられたので姉が言っていた店に向かう。
「あ~……」
時弥は、並べられたワゴンに群がる女性たちの背中に複雑な心境をにじませた。これほどまでに大勢の女性が、同じ目的のために集まっている様子はなかなかお目にかかれない。
この時に賭けた気迫というものが全身から漂っていて、なんともコメントのしようがない。時弥は、近寄りがたい光景を遠目で眺めた。
だが、茜はそんな戦場から颯爽と抜け出し、両手にショッパーをいくつも抱えていた。
爽やかな風に艶のある肩までの黒髪をなびかせ、照射のごとき笑みを浮かべている姉に歩み寄りショッパーを受け取る。
姉は女の戦場でも冷静に軽やかに駆け抜けてお目当てのアイテムを手にする。額の汗は戦った跡ではなく、店内の暑さのためだ。
まるで冷酷な殺し屋のように不敵に笑い、この寒空の中オープンカフェの椅子に腰掛けた。
時弥は荷物を椅子に置いて店内に入り注文を済ませて姉の元に戻る──
「!」
すると知らない青年たちが睨みを利かせながらこちらに歩いてくるではないか。
「?」
初めてお目にかかる面々に時弥は首をかしげたが、目の前に来る頃にはなんとなく察しが付いていた。
店を出て姉の方に顔を向けた時、彼女と彼らが何やら話していた事を思い出す。彼女の足下にはタバコの吸い殻らしき物体……このエリアは喫煙禁止区域だ。
姉はタバコを吸っていた彼らに近づき毒づいたのだろう。
「注意した」と言えば正義感からだとも感じられるが、彼女は穏便な言い方はしていないと時弥は考える。
そして出てきた時弥を指さしこう言った──
「文句があるなら今出てきた男を倒してから言いなさい」
うん、きっとそうだ。
時弥は一人納得して自分の目の前で立ち止まったやや背の高い青年を少し見上げた。
「俺に何か用?」
「……」
無言の威嚇で男たちは見下ろす。
一人がぴくりと動くと、姉がすかさずどちらの援護をしたいのか解らない言葉を投げかけた。
「時弥は自衛隊員だよ~」
「!?」
男たちの表情が一瞬で曇る。
「……」
いや、あのね……そう聞けば確かに相手は躊躇するもしれませんけどお姉さん。こっちは公務員なのでむやみに手を出せない事もバレちゃうじゃありませんか。生憎と休暇中だから公務執行妨害もきかないしだね。
童顔で自分たちよりも小柄な時弥に怪訝な表情を浮かべる青年たち。いや、もしかすると少年かもしれない……なんとなく未成年のような感覚がある。
「いいからぶっちめてやりなさいよ」
こっちの立場も解って姉さん。
「! あ」
当惑している時弥の前方二十メートルほどに見知った顔──天の助けだ! と彼は足早にその人物に駆け寄った。
「おーい杜斗!」
「?」
男は声の方に振り向く。
緑のフライトジャケットにブラウンのカーゴパンツがよく似合う大柄の青年は駆けてくる時弥を見て眉をひそめた。
「……」
時弥の後ろから質の悪そうな連中も来ているが……とさらに眉間のしわを深くする。
「こんな所で会うなんて奇遇だねぇ~」
「そうだな」
「待てよコラ!」
「逃げるつもりか?」
見た目も頭の悪そうな連中を杜斗と呼ばれた青年はギロリと睨み付けた。
「──っ」
百八十五センチから放たれる威圧感は尋常じゃないほど効果的に青年たちを黙らせた。
「彼も自衛隊員ね」
「! おい……」
仲間のように言われて杜斗はなんとなくムッとする。
男たちはさすがに自衛隊員を2人相手にするのは無理だと判断したのか、舌打ちして去っていった。
「や~助かった」
「なんなんだよ」
「誰?」
姉が杜斗を見上げる。
「あ、俺の同期で八尾 杜斗っていうんだ」
「へえ……」
「俺の姉さん」
と今度は杜斗に姉を紹介する。
「どうも」
「こんにちは、時弥の姉の世良 茜です。いつも弟がお世話になってます」
名字が違う事で姉は既婚者なのだと察した。
「やるじゃん」
「……なにが」
杜斗を見て茜が時弥に肘を打つ。まるで可愛い彼女を見つけた相手にするような言動に2人は当惑した。
「とりあえず助かったよ」
「ああ」
何がどういう事なのかさっぱり解らない杜斗だが、詳しく聞くような事でもなさそうだったのでそのまま別れる。