*空は鈍色-そらはにびいろ-
──二十代後半の青年は、とある一軒の家の前にじっと立っていた。
彼の名は向井 時弥、自衛隊員である。年末年始の休みをもらい、実家に帰ってきたという訳だ。
どうして彼が家に入るのを躊躇うのか──そこには姉がいるからだ。休みになると弟である彼を連れ回し、荷物持ちから雑用までさせる。
数年前に結婚した姉の茜は、親よりも彼をこき使う。彼の道筋を決めてきたのは全て姉なのだ。
それが苦痛という訳でもないのだが、今度はどんな事を言い渡されるのか。その点が注目である。
さして重たくもない足取りで一般的な家庭の門を開き、鍵を差し入れてドアを開く。時刻は昼少し前、ドアを開くと年末らしいテレビの音が微かに耳に聞こえてくる。
実家への土産と少しの荷物を抱えてリビングに向かうと、そこにいた三人の目が一斉に時弥に注がれた。
「あら、時弥。おかえり」
「またたくましくなったな」
「そんなにすぐにたくましくなるわけ無いでしょ父さん」
皆それぞれに彼に声をかける。
「ただいま」
立ち上がった母親に土産を渡しながら挨拶を返す。
「行くよ」
茜は立ち上がり、まだ腰すら落としていない時弥の荷物を半ば奪うようにして床に投げ置いた。
二人がいると毎度の光景に、両親はもはや何も言うことはない。
「どこに」
「この大晦日にまだ開いてる店があるの。バーゲンしてるから付き合いなさい」
茜はそのために昨年、産まれたばかりの娘を夫と向こうの家族に預けたのだ。
もちろん愛情が無い訳ではない。この時を逃さないために預けたのだが、ことのほか向こうの家族もそれを楽しみにしていた。こちらの実家よりご主人さんの実家の方が遠いためだろう。
とにかく、帰って早々に落ち着く間もなく時弥は出かけるはめになった。





