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8  胸がドキドキするのはしかたながないことです

「聞いたわよ。アウリスとミユールの元カレと揉めたらしいじゃない。あのアウリスが女を取り合ったって巷の噂よ」


 マリア姫は私を揶揄うようにふふんと微笑んだ。

 とんでもない噂がなれているようで私は軽く眉を顰めた。

 書類を届けにきただけなのに、居心地が悪い。


「違います。元カレでもないし、取り合ってもいませんから」

「知っているわよ。でも、みんな噂しているわよ。あのアウリスがとうとうミユールに将来の伴侶を決めたようだって」


 自分で言っておいてマリア姫は手を叩いて大笑いをしている。

 

「ある意味運命の人なんじゃないかしら?禁断の契約魔法で結ばれた仲だし、私ならあんな無感情な人嫌だけれどね」


「わかります。私も一は無表情で怖いなと思っていましたが最近アウリス様の様子を伺っているせいか無表情でも怒っているかどうかわかるようになってきましたよ」


 眉を顰めながら言う私に、マリア姫はますます笑う。


「いいじゃない。ミユールは結婚できないって落ち込んでいたけれど、いい人を見つけたわね。なんならお相手のご家族にお話ししておくけれど」


「やめてくださいよ」


 マリア姫がいうと冗談に聞こえない。姫様から話あればそれはもう承諾決定ではないか。

 面白がって私たちを結婚させようとしているのがわかりマリア姫に首を振った。

 私は姫様のおもちゃじゃないのだ。

 

 彼の様子を伺っていて、最近は無表情だがそれほど機嫌が悪いわけではないこともわかってきた。

 タイミングを間違えなければ話しかけても怒られないし、無視もされない。

 想像していたよりもいい人なのだ。


「あの男、ミユールを倉庫に連れ込もうとしたんでしょ。前からあの倉庫でいかがわしいことをしているらしいって噂が出ていたのよ。まさかフェルナンもその一員だったなんて気持ち悪いわね」


 マリア姫にお茶を出しながらソフィーが顔を顰めた。

 まさかの事実に私はますます顔を顰める。

 あのまま倉庫に連れ込まれていたらどうなっていたのかと思うとゾッとする。


「そうなの?私なんであんな男が好きだったのかしら」


 呟く私をソフィーが冷たい瞳で見つめてくる。


「知らないわよ。私は何度もどこがいいのあんな男って言ったわよ。アウリス様の方が百倍いいわ。……よくわからない人だけれど」


「意外といい人よ。仕事の邪魔さえしなければ怒られないし無視されないし」


 私がいうと、マリア姫とソフィーがニヤリと笑う。


「あらぁ〜、いいじゃない。ミユールの結婚相手が見つかったから今度お祝いしましょうね」


 2人揃って揶揄うように言われてこれ以上この部屋にいるととんでもないことになる。

 書類を置いて私は軽く頭を下げた。


「じゃ、戻ります」


「仕事もしてないのに早く戻る必要ないじゃない。ゆっくりしていきなさいよ」


 ニヤニヤ笑っているマリア姫におもちゃにされそうな気配を感じて私は愛想笑いをして部屋を出た。

 


 いきたくないと思っていた魔法騎士の詰め所も数日経てば慣れてきて第二の仕事場になりつつある。

 今では掃除と簡単な書類整理を行うまでになっている。

 

 魔法を研究している部屋までたどり着いてアウリス様の元へと向かう。

 机に向かって書き物をしている無表情なアウリス様に挨拶をする。


「ただいま戻りました」


 アウリス様はちらりと私を見て鼻で笑った。

 

「だいぶ感情を抑えることに慣れたようだな」


 無視されるだろうと思っていたが意外と反応があり驚いて一歩下がってしまう。

 皮肉めいた微笑みが美しすぎて私の胸が高鳴った。

 私の反応を見てアウリス様はまた胸を抑えた。

 私の驚きが伝わったようだ。


「褒めた側からこれか」

「……アウリス様が笑うから、驚いてしまって」


 普段無表情の人間が微笑んだら誰だって驚いて胸がときめくだろう。

 正直に私がいうとアウリス様はバカにしたような瞳を向けてくる。


「バカにして笑ったんだ」


「わかっていますよ。それでもアウリス様はほら、顔がよろしいから女性なら誰でも胸が高鳴ってしまうんですよ」


「ならばこの顔に慣れるんだな」


 アウリス様はグッと顔を近づけてきた。

 美しすぎる顔にますます胸がドキドキしてしまい慌てて顔を背ける。


「無理ですよ。自分の顔がどれだけ女性に影響を与えているか考えたほうがいいですよ」


 異性に近づかれたことと、それがアウリス様であることで私の心臓が異様にドキドキして高揚感が増してしまう。

 気を逸らそうとするが、アウリス様は自分の胸を抑えてなぜか首を傾げる。


「これが胸の高鳴りというやつか?」


 面白そうな様子のアウリス様に私はため息をつく。


「初めて里に降りてきた人間じゃあるまいし。胸ぐらい高鳴ったことあるでしょう?」


 今度は私がバカにしていうとアウリス様は肩をすくめる。


「ないな」


「……」


 当たり前のように言われて絶句していると様子を見ていたフランシス様が手を叩いて笑っている。


「やっぱりな。要するにアウリスに恋心なんてないんだよ」


「人間なのにそんなことあります?私なんて今はなんで好きだったのかわかりませんが、あのフェルナンにときめいていた事があるんですよ」


 私がいうとアウリス様はバカにした目を向けてくる。


「あんな男のどこがいいのかさっぱりわからん。倉庫に連れ込まれていたら終わりだったな」


「本当ですよ。助けてもらえてありがとうございました。感情の共有も便利ですね。私がピンチになると助けてもらえるし、嫌な気分になったらすぐ飛んでくるし」


「俺はお前の護衛じゃないんだが」


 護衛という言葉に私は手を叩いた。


「あ、この契約魔法ってそういう意味があるんですかね。好きな人のピンチに駆けつけられるっている」


「絶対に違う」


 アウリス様だけでなくなぜかフランシス様も首を振っている。


「俺にいい事が一つもない」


 アウリス様はため息がちに言うが私の心は暖かくなる。


「助けに来てくれて嬉しかったです」


 力強い味方のような何があっても守ってくれるという妙な安心感を感じて私は微笑んだ。

 アウリス様は私をちらりと見るとまたため息をついた。

 その顔は無表情ではなく少しだけ口元が緩んでいるように見えた。

 アウリス様に感謝している気持ちが伝わったと思いたい。


 

 

 

 

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