7 嫌な男とアウリス様
「はぁ、毎日気を張って疲れるわ」
ため息をつきながら書類を片手に魔法騎士の詰め所から出る。
アウリス様とフランシス様たちの書類をマリア姫様に届けに行くためだ。
仕事もできるエリートの集団なのになぜ研究に没頭して出さないといけない書類を溜めてしまうのだろうか。
書類を抱えている私の前から会いたくない人物が歩いてくるのが見えた。
私が以前好きだった下級騎士フェルナンだ。
数日前に散々みんなに馬鹿にされたことを思い出して憂鬱な気分になるが、あまり落ち込むとアウリス様に迷惑がかかる。
大丈夫、何も気にすることはないと自分に言い聞かせてフェルナンに軽く頭を下げた。
「お疲れ様です」
恋人同士もなかったが、私が一方的に入れ上げて話をするような仲だった。
無視するわけにもいかず私は無表情で一応挨拶をする。
見回り中だったフェルナンはなぜか嬉しそうに笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「お疲れ様、ミユールもしばらく見ないうちに綺麗になったね」
「そうですか?では失礼しますね」
じっくり見れば見るほどなぜこんな男が好きだったのかと不思議になってくる。
数年経っても出世もせずに与えられた仕事は見回りだけ。
向上心もなく、言い寄られた美人の女性にふらふらと好意を寄せる。
そして、髪の毛もよく見ればボサボサだ。
惚けた顔をしているフェルナンをまじまじと見てあの時の私は、結婚を急いでいたのだろうと自分を納得させる。
きっと私の都合のいい男を見つけてこの人なら結婚してくれるかもしれないと夢を見ていたのだろう。
それでも日頃の訓練がいいのか感情の揺れはなく一歩引いてフェルナンを観察することができた。
冷静に対応しつつ軽く頭を下げて歩き始める私の手をフェルナンが掴んだ。
「ひっ、なんですか?」
「冷たいじゃないか。俺に気があるんだろ?ここで会ったのも何かの縁だし、少しそこで話さないか?」
フェルナンが指を刺したのは倉庫だ。
いやらしい顔をしながらフェルナンはニヤリと笑う。
「鍵は持っているんだ。だから俺たちしか入れないから大丈夫だよ」
「やめてください。あなたのことなんてなんとも思っていませんから」
気持ちが悪いから離して欲しいと腕を振るがますますフェルナンは私の手を強く掴み倉庫に連れ込もうと引っ張っていく。
嫌悪感でいっぱいになり、フェルナンの腕を振り解こうと乱暴に振ったが離れることはない。
2人で引っ張り合いをしてるとアウリス様の声が響いた。
「何をしているんだ」
助けが来てくれたと喜んで顔を上げるとうんざりしているアウリス様が腕を組んで立っている。
その背後にはフランシス様と魔法騎士の人たちが数人立っていた。
「何って、ミユールが俺と話したいというので、人目のつかないところに移動をしようと思いました」
ヘラヘラと平然としていうフェルナンに驚きながらも手を引き抜こうとジタバタずる。
「話したくなんかありません。もう2度と私に関わらないで」
フェルナンへの嫌悪感と腹が立つ気持ちが入り混じる。
平然としていたつもりだが、アウリス様は私の気持ちを共有しているから自らの胸を抑えているから間違いないだろう。
きっと私がフェルナンのことが嫌だなと思う気持ちが伝わったのだろう。
フェルナンを不快な顔をして見つめる顔が物語っている。
「ミユールが気持ち悪いと言っているから手を離せ」
アウリス様は胸を抑えながらいうがなぜかフェルナンはヘラヘラ笑って私の手を離そうとしない。
「ミユールは俺と話したいんですよ。邪魔しないでください」
ヘラヘラ笑っているフェルナンを見て気持ち悪さで背中がぞゾッとする。
アウリス様も私の感情を感じ取って珍しく顔を顰めている。
無表情がトレードマークのアウリス様は眉間に皺を寄せて虫ケラを見るような目でフェルナンを見つめている。
「気持ちが悪い」
アウリス様は呟くと近づいてきてフェルナンの手を掴んでそのまま引き倒した。
騎士であるはずなのにフェルナンはあっけなく地面に倒されて情けない姿になる。
「何をするんですか」
フェルナンは地面に手をついたままアウリス様に文句を言った。
「気持ちが悪いんだ。ミユールが嫌がっているだろう」
無表情に言うアウリス様をフェルナンは不満そうに見上げる。
「そんなことないですよ。どうしてわかるんですか」
「わかるんだ。ミユールがお前に触れるのが気持ちが悪い、かなりの嫌悪感を感じている。2度と触るな、話しかけるなよ」
圧をかけるようにアウリス様が言うと流石のフェルナンも押し黙った。
少し離れて様子を見ていた魔法騎士とフランシス様たちは感動して手を叩いている。
「あのアウリスが女性を庇ったぞ。感激的な瞬間だ」
「よっぽど気持ち悪いんだな。あの男に言い寄られるのが」
感心した様子だが明らかに自分の悪口を言われているのがわかったのかフェルナンは居心地悪そうに立ち上がった。
アウリス様は虫ケラを見る瞳を向けたまま私の前に立っている。
フェルナンと私の間にアウリス様が立っているだけで安心する。
もうフェルナンに変なことをされないと思うと心底ホッとしてアウリス様の影に隠れるようにする。
アウリス様と魔法騎士の人たちの視線に居心地が悪いのかフェルナンは不満そうに唇をとんがらせながらも軽く頭を下げた。
「わかりました。なるべく話しかけません」
捻くれたようにいうと振り向かすに早足で去っていった。
やっと解放されたとホッと息を吐く。
「お前はなぜあんなくだらない男に振り回されているんだ。あんな男の何が良かったんだ?」
ホッとしたのも束の間、アウリス様が振り向いて私に問いかける。
無表情だが声色は明らかに怒っている。
私は首をすくめた。
「わかりません。私も不思議で仕方ないです。どうしてあんな男が良かったんですかね」
「知るか。不快感を感じるほど嫌ならば、さっさとあの男の手を離せばいいだろう」
胸の辺りをまだ抑えているアウリス様に私はしょんぼりと項垂れた様子を見せる。
「すごい力なのと気持ち悪さで無理でした」
「しょんぼりしている割りに反省していないだろう」
腕を組んでアウリス様の青い瞳が私を見下ろす。
「どうしてわかるんですか」
反省しているかどうかなんて感情の共有でわかるはずがない。
アウリス様の冷たい瞳と目が合った。
「お前の態度だ」
偉そうにいうアウリス様の後ろでフランシス様が感動したように手を合わせる。
「幼馴染の俺に対しても興味がないお前が、他人の態度で感情を察知するなんて立派になったなぁ」
「俺はバカじゃないんだ。いちいち言わないだけだ」
ギロリとアウリス様に睨まれてフランシス様は肩をすくめた。




