6 初恋の嫌な思い出
魔法騎士の詰め所へ通うこと数日が経った。
通うことにも慣れて、毎日掃除をしているおかげか私の感情も安定している。
アウリス様も私に慣れたのか怒ることも無くなった。
無感情に私をチラリと見て特に関心がなさそうに魔法の研究をしたり書類を書いたりしている。
私もアウリス様を刺激しないように挨拶だけをして掃除をする毎日だ。
毎日掃除をしているおかげで魔法研究室はピカピカになり、とうとう部屋の外の廊下まで磨き始めてしまっている。
きっとこのまま私が掃除を極めて心を安定していればマリア姫の元へと帰る日も近いだろう。
廊下を磨きながら窓の外を見る。
窓からは城の裏庭が広がっている。
裏庭は木々がうっそうと茂っており、山のようだ。
山を見つめていると窓ガラスの汚れが気になり、側にあった台に登る。
「今日も精が出るね」
軽く声をかけてきたのはフランシス様だ。
フランシス様の後ろには無表情のアウリス様が立っている。
手に書類を持っているから会議にでも行っていたのだろう。
「廊下も結構汚れていますね。掃除しがいがあります」
雑巾片手にいう私にフランシス様は笑った。
「無心で掃除しているからかアウリスも平和だな」
話を振られたアウリス様は無表情に頷く。
私に全く関心がなさそうだ。
台の上に登ったままなのも失礼かと思い降りようとしたところで足を踏み外した。
「うわっ」
頭だけは守ろうと妙な体制で廊下に尻餅をついてしまう。
お尻は痛いがほかに打ったところがないことを確認をしているとフランシス様が心配そうに手を差し伸べてくれた。
「大丈夫?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
フランシス様の手を借りて立ち上がるが、その後ろで胸を押さえているアウリス様と目があった。
「急に驚くな」
「そんなことを言われても、今のは事故です」
どうやら私が椅子から落ちた時に驚いた感情が伝わったようだ。
不快そうな顔をしてアウリス様は私を睨みつける。
「事故でもお前は驚きすぎだ」
「ふつう、台から落ちたら驚きますよねぇ」
フランシス様に同意を求めるが、苦笑している。
「いやーアウリスは驚くことがそもそもないのかもしれない。演習で剣が当たりそうになっても驚かないもんな」
まさかのフランシス様の言葉に私が驚いてしまう。
「えっ、アウリス様ってそんなに無感情なんですか」
「逆に聞きたいが、なぜお前はそんなにいちいち驚くんだ」
不機嫌なアウリス様に言われて私の方が不審な顔をしてしまう。
「人間ってそんなものです」
私がいうとアウリス様はギロリと睨んで部屋へと入っていってしまった。
「まぁ、あいつは変わっているから仕方ないよ。アウリスには他人の感情を理解するいい機会じゃないか?」
あははっと楽しそうに言って去っていくフランシス様の背中に私はいう。
「いい機会って、私が困ります」
「それは直接アウリスに言ってよ」
ヒラヒラと手を振って魔法研究の室内へとフランシス様入っていった。
困ったものだとため息をついて右手首の内側を見る。
アウリス様との契約魔法は消えておらず、契約を表す紋章のようなアザも消えていない。
私も行動が制限されて辛いが、アウリス様も意外と辛いのだろう。
だったら早く解約の魔法を生み出して欲しいものだ。
「ミユール。仕事慣れた?」
一心不乱に廊下の窓を磨いている私にソフィーが声をかけてきた。
久しぶりに会う同僚に私は笑みを浮かべる。
「慣れるも何も掃除をしているだけよ。精神修行みたいなものだわ」
「大変ねぇ。こっちはこっちで大変なのよ。また魔法騎士の人たちの書類が止まっているようなの。特にアウリス様の書類を取ってきてくれないかしら」
ソフィーの頼みに私は眉を顰める。
「えー、あまり関わらないようにしているのに。でもいいわよ」
ここ数日アウリス様に怒られることもなくなり以前より話しやすくなっている。
私が頷くとソフィーは安心したのか息を吐いた。
「良かったわ。あの人何を言っても無視するじゃない」
「わかるわ」
私が頷くと、ソフィーは思い出したように手を叩いた。
「そういえば、マーガレットのこと知っている?」
マーガレットいう名前を聞いて私の心が乱れそうになり慌てて息を吸い込んだ。
マーガレットいえば、私の初めての彼氏らしい人を奪った女だ。
数年前下級騎士の普通の男性といい感じだったのに、マーガレットが颯爽と出てきて恋人同士になったかと思えばその騎士の男性を捨てていった。
私はといえばその騎士の男性はもう興味がなくなったが、マーガレットの事はいまだに許していない。
きっと彼女が邪魔しなければ私は結婚できていたかもしれないからだ。
平然とした気持ちで私は首を振った。
「知らないけれど。知りたくもないわ」
「そう?話したいから言うけれど、あの女また人の男に手を出して振ったらしいわよ。どうして恋人がいる人とかいい感じの女がいる男に色仕掛けをするのかしらねぇ」
鼻で笑うソフィーに私はまだ笑うことができない。
せっかく恋人ができそうだったのに。
悔しい気持ちを思い出して私は唇を噛んだ。
「いい加減1人の男に決めて欲しいわね」
アウルス様が部屋から不機嫌な顔で出てくると私を見下ろすように立った。
彼の圧を感じながら私は引き攣った笑みを浮かべる。
「あの、何か?」
「お前はまたどうしようもないことを考えていただろう」
「いや、どうしてですか?」
胸を抑えているアウリス様を見て、私が思い出した胸の痛みを共有しているのだと認識するが敢えて聞いてみる。
アウリス様は微かに眉を顰めた。
「不安ではないが気分が重くなった」
不快感を表しているアウリス様にソフィーは吹き出しそうになりながら頷いた。
「あ、すいません。私がミユールの昔恋してた人の話をしたからだと思います。その男の人は騎士だったんですけれど、マーガレットっていう女に取られたんですよ」
笑いを堪えながらいうソフィーにアウリス様は不思議そうに首を傾げた。
「男を取られただけでこんな気分になるのか?少しおかしいんじゃないか?」
「失礼ですよ。私はその人のこと好きだったんですから」
ムッとする私にいつの間にかきたフランシス様も面白そうに聞いてくる。
「恋人同士だったんだ」
「違いますよ。ミユールの片思いです。ミユールがその下級騎士に話しかけられていい感じになったところでマーガレットが出てきてすっかりイチャイチャな恋人同士になってすぐ振られてましたその男」
面白そうにいうソフィーにフランシス様は頷いた。
「なるほど。ミユール嬢からしたら恋人同士になる前に取られたんだね。傷は浅いよ」
「浅い?いまだに引きずっているぞこの女は」
胸を抑えながらいうアウリス様に私は頷いた。
「そうですよ。例え恋人同士になれなくても私は好きだったんですよ。もうちっとも興味ありませんけれど、いい感じになっていた所をマーガレットっていう女に取られたのが辛いんです」
「へぇ、どんな男か見てみたいな」
フランシス様が冗談めかしていうとソフィーが窓の外を指差した。
「あ、ほらあれがミユールが一方的に好きだった男ですよ」
フランシス様となぜかアウリス様も窓の外を見ている。
私ももう彼に興味はないがちらりと窓から確認をする。
青い騎士服を着ている冴えない男性が見回りをしているのが見えた。
今思えばなぜあんな男が好きだったのだろうかと不思議になるが、あの時は彼が好きだったのだ。
「なんだ、平の騎士じゃないか。あんなのがミユール嬢の趣味なの?」
フランシス様にズバリ言われて私の心が痛む。
私が胸を押さえる前にアウリス様が自らの胸を抑えた。
「あんな男の何がいいのかさっぱりだな。地位もない、剣の強さもない、家柄だって悪いんだろう」
言われるたびに自分がなぜ好きだったのかと思い返されて胸が痛む。
思わず胸を抑える私とアウリス様にフランシス様が呆れて声をかけてくる。
「お前のその言葉がミユール嬢の心を傷つけているんだよ。そしてそれがお前に返ってきているというまさに、因果応報」
「……なぜ俺がこんな思いをしなければいけないんだ」
舌打ちをするアウリス様に私も頷いた。
とっくに忘れいてた男なのに、まだ胸の痛みは消えていないようだ。
「ミユールも恋人でもなかったくせにまだ気があるの?」
呆れているソフィーに私は首を振った。
「どうしてあんな男に恋をしたのかしらって思うと胸が痛むのよ」
「それがこの痛みか……」
アウリス様は自分の胸を抑えながら呆れていた。




