5 魔法騎士詰め所へ引っ越しです
マリア姫の執務室に置いていた仕事道具を風呂敷に包んで私は頭を下げた。
気分は完全に売られた羊だ。
私の後ろでは無表情だが圧を発しているアウリス様が仁王立ちしている。
今にも背中から斬られそうな恐怖を感じている私にマリア姫はヒラヒラと手を振った。
「アウリスの侍女のお仕事を頑張って来なさいね。でもこっちが忙しくなったら戻ってもらうから」
呑気なマリア姫とは違いソフィーは顔を顰めている。
「ミユールがいなくなると困るわ」
「私もできればここに居たいです」
不安でいっぱいの私にアウリス様の厳しい声が飛んでくる。
「だから不安になるな!迷惑だ」
「はいぃ。すいません」
「俺も忙しい、さっさと行くぞ」
私を監視するためとはいえアウリス様の侍女になるなんて青天の霹靂だ。
魔法騎士に侍女がつくなんて聞いたことがないがマリア姫様の許可が降りているので問題ないのだろう。
しょんぼりしながら私はアウリス様の後に続いて歩き出した。
アウリス様のせいなのになぜ私がこんな目に遭わないといけないのだろうか。
アウリス様の侍女と言ってもやる仕事などあるんだろうか。
落ち着かない気分でいると、アウリス様が足を止めて振り返った。
「なぜお前は不安なんだ」
舌打ちをしつつ胸を抑えているアウリス様に問われる。
なぜと言われても今の状況全てが不安だ。
「仕事が移動したからです。私、環境の変化に弱いんです」
しょんぼりしている私にアウリス様は胸を抑えたまま頷く。
「なるほど。不安になったところで何も変わらんだろう。誰かが同情してくれるのか?手を差し伸べてくれるのか?」
無感情に言われて確かにそうだなと私は頷いた。
「変わりませんが、それでも不安なんです」
しょんぼりしている私にアウリス様は胸を抑えながら大きく息を吐いた。
「なぜ俺まで不安な気分にならないといけないんだ。最悪だ!」
そう言い残すとさっさと歩いていく。
トボトボとアウリス様の後ろを歩く私とその後ろをゾロゾロと魔法騎士の人たちがついてくる。
フランシス様は面白そうに大きく頷いている。
「いやー、あいつも感情を表すことがあるなんて新鮮だな。どんな時も無表情だからてっきり人形が動いているのかと思っていたよ」
「分かります」
アウリス様の人並外れた容姿は人間とは思えない。
私が頷くとフランシス様はニヤリと笑った。
「あいつとはさ、幼馴染で赤ちゃんの頃から過ごした仲だけれど絶対に泣かないし、怒らないし……いや怒ることはあるな」
何かを思い出したよううなフランシス様に私は視線を向けた。
「どんな時に怒るんですか?まぁ、今も怒っていますけれど」
元はと言えば自分の魔法が暴発したせいなのになぜか私が怒られている理不尽な状態だ。
「魔法の研究を邪魔された時かな。まぁあとは色々あるな……よく考えたらあいつ怒っていることあったわ」
「なるほど、無表情なだけで感情はあるんですね」
怒っていることは理解できるが、笑うことなんてあるんだろうか。
そこまで思って私はため息をついた。
これから先どうなるんだろうか。
不安な気分のまま魔法騎士の研究室へと辿り着いた。
広い室内には机が置かれておりその上には魔法の研究をする道具が並んでいる。
「私何をすればいいですかね」
一応聞いてみると、持ち場に戻った魔法騎士の人たちは軽く首を傾げる。
「適当にしていればいいんじゃないですか?」
「そうそう、座ってお茶でも飲んでいればいいよ。気分を落ち着けてリラックスしていればそのうちアウリスが契約魔法を解除する方法を編み出すでしょう」
フランシス様は明るくいうが魔法騎士の人たちは微妙な顔をしている。
私が不思議そうにみると魔法騎士の1人が首を傾げながらアウリス様を見つめた。
「禁忌の契約魔法ってそもそも解除する方法がないから禁忌になったのであって。それをアウリスが発明できるのだろうか?それができたら大発明だろうな」
「……確かに、アウリス様でもできないこともありますよね」
魔法騎士の話を聞いて私は真実に気づく。
このまま思っている感情がアウリス様に伝わり続けたら私の生活はどうなってしまうのだろうか。
むしろアウリス様に殺される確率が上がるだけでないか。
先の見えない不安から不安になっている私をアウリス様の冷たい視線が向けられる。
「また不安になっているな。俺を誰だと思っているんだ、俺にできないことはない」
「おっ、アウリスが他人を励ますような言葉をかけているぞ」
フランシス様が揶揄うようにいうとアウリス様は覚めた視線を向けた。
「こいつが不安になると俺も不安な気分になるからだ。いいか、何も不安になることはない!俺がなんとかする、お前はただ座ってじっとしていろ」
無表情だがアウリス様の圧を受けて私は何度も頷いた。
頷いている私をみてアウリス様は納得したのか自らの机に向かって魔法の実験を始めた。
また巻き込まれるのが恐ろしいので私は離れた場所で見守ろうと壁に置いてある椅子へと腰掛けた。
このまま無感情で過ごせばアウリス様が契約魔法を解いてくれるに違いない。
今は信じるしかないのだ。
何度も自分に言い聞かせて私は不安な気分にならないように深呼吸を繰り返した。
魔法騎士の詰め所は裏庭をつたい離れ場所にある。
窓からは先ほどまで私がいた城が見えた。
早く通常の業務に戻りたい。離れてみるとわかるが、マリア姫の執務室は居心地が良かったのだと改めて感じる。
ただ座っているだけという苦行に近い状態に立った5分ぐらいしか経っていないが既に辛い。
アウリス様は黙々と机に向かって何やら怪しい液体を混ぜ合わせてノートによくわからない文字を書いている。
真剣に魔法を解除する方法を編み出しているのだろう。
「暇だなぁ……」
窓から差し込む太陽の日差しがポカポカと暖かく眠くなってくる。
うとうとしそうになり一応勤務中だということに気づき目を見開く。
寝てしまわないように指をつねったり唇を噛んでみたりするが全く効果がない。
私は諦めて立ち上がった。
「あの、暇なので部屋の掃除をしてもいいでしょうか」
誰ともなしに言うと、実験をしていた魔法騎士の人たちが頷いてくれた。
「いいんじゃないか?ここは危険だから俺たち以外は入らないし」
「そうだな」
そう言ってくれたので私は立ち上がった。
「ありがとうございます」
人間暇すぎるとよくないものだ。
魔法騎士の人たちが働いている横で居眠りをするなどということがあってはならない。
私は気を取り直してバケツと雑巾を撮りに向かった。
水の入ったバケツと雑巾片手に部屋に戻る。
雑巾を絞って埃が溜まっている棚や壁を一心不乱に磨き始める。
丁寧に掃除をしていない様子が埃の積み上げ具合からわかる。
無心で雑巾掛けをしながらアウリス様の様子を伺う。
私の心が安定しているからだろうか、彼も無表情で研究を続けている。
「初めから掃除をしていればよかったわ」
無心になる作業をすればおかしな思考にならないのだ。
アウリス様の機嫌を損ねないように無心で掃除をした。




