4 アウリス様の侍女ですか?
「すごい寝不足の顔をしているわよ」
マリア姫の執務室で書類の整理をしている私の顔をソフィーが見つめてくる。
たっぷり眠りを必要とする私にとって睡眠不足は体に堪える。
「朝方悪夢で起きてから寝られなくて」
「どうせ、アウリス様に殺される夢でも見たんでしょ。そんなに心配しなくても大丈夫よ、殺されるなら一瞬だから」
あははっと楽しそうに笑うソフィーを私は睨みつけた。
「恐ろしいことを言わないでよ」
その光景が目に浮かび私はゾッとして手にしていた書類を落としそうになる。
硬い表情をしている私にソフィーは半笑いで肩を叩いてくる。
「ほら、気分を落ち着けないとそれこそアウリス様に殺されるわよ」
冗談半分で言ったつもりだが私は笑うことができない。
今にもアウリス様がやってきそうだからだ。
何度か深呼吸を繰り返していると、部屋の外が外が騒がしくなりドアが乱暴に開かれた。
マリア姫の執務室に礼儀もなく入ってきたのはアウリス様だ。
無表情だが明らかに不機嫌な空気を纏っている彼は部屋に入ってくるなり私を睨みつける。
「お前は一日中感情を抑えることができないのか」
静かに言うアウリス様だが仄かに怒りを宿しているのがわかる。
アウリス様に殺される悪夢を思い出して私は咄嗟にソフィーの陰に隠れた。
「これでも頑張って押さえていました」
アウリス様は腕を組んで私を見下ろす。
「押さえていた?一晩中お前は何を心配しているんだ、ゆっくり寝ることもできなかった」
「な、なるほど。本当に感情が伝わっているんですね」
恐怖のあまり愛想笑いをしながら私は頷く。
頷きながらもやはり考えていることは伝わっていないのだと安心をする。
なぜ私が恐怖心を持っているのか理解できていない様子のアウリス様は無表情だが鋭い瞳を向けてきた。
「なぜお前は今もビクビクしているんだ。平然として生きろ、戦場にいるわけでもあるまいし」
「そんな生き方まで言われましても」
アウリス様が恐ろしいからとは言い出せずソフィーの後ろに隠れながら私は深い深呼吸を繰り返す。
今も恐怖から心臓がバクバクしている。
きっとこれも伝わっているのだろう。
アウリス様は微かに眉を顰めて自分の心臓のあたりを抑えている。
「くそっ、息が苦しくて生活もままならん」
私の恐怖の感情が伝わっているのだろう。
私にしては普通の恐怖だがアウリス様には初めて感じる恐怖なのかもしれない。
耐えられないというようにアウリス様は自らの心臓を抑えて顔を顰めている。
「いいことを思いつたわ!」
いつの間にか執務室へとやってきてたマリア姫が美しい微笑みを浮かべながら立っていた。
その後ろにはフランシス様や魔法騎士の人たちが集まって様子を見ている。
「いいことですか?」
どうせ碌なことではないだろうと私が聞くと、マリア姫は楽しそうに私たちを見つめた。
「ミユールがアウリスの侍女になればいいじゃない。そうすればミユールの気持ちに振り回されないんじゃないかしら」
「……どう言うことですか?」
全く理解できない私だったが、アウリス様は満更でもない様子で腕を組んで頷いている。
「それはありかもしれませんね。突然おどろいたり不安になる感情が入ってくるから不快なだけで、この女を監視していれば不快があらかじめわかると言うことか」
「えっ」
明らかに不機嫌なアウリス様と四六時中そばにいる事になるのは避けて欲しい。
思わず声を上げる私に、マリア姫は美しい笑みを浮かべて私の背中を撫でた。
「大丈夫よ。アウリスだって城の名誉ある騎士よ。突然素人を殺したりしないわよ」
姫様の言葉にアウリス様が眉を顰めた。
「俺がお前を殺す?」
「この子、不安が強いから。アウリスに殺されるかもしれないって思っているのよ」
マリア姫は面白そうに高笑いをする。
本人になんてことを言うのかと驚く私にアウリス様は珍しく口の端を微かに上げて笑った。
「なるほど。それでこの不安が続いているのか」
低く言うアウリス様の腰にある銀色の剣に視線がいってしまう。
あの剣で今にも殺されるのではないかと言う恐怖が蘇る。
アウリス様は心臓のあたりを抑えて低く笑い出した。
やはりとうとう頭がおかしくなってしまったのだろうか。
不安になりながら見守っている私にゆっくりと視線を合わせる。
「お前を殺して俺に何の徳があるんだ」
「た、確かにそうですけれど、私を殺せば契約も切れますし……そうすれば不愉快になることもありませんし」
「殺したら俺が罪人になるだろう。いいか覚えておけ、お前を殺すことなど絶対にない!だからいちいち不安になるな!不愉快だ!」
静かに声を荒げるアウリス様に様子を見守っていた魔法騎士達が手を叩いた。
「おぉ、アウリスも他人に対して意見を言うこともあるんだな。それもあんなに真剣に……。いつも大体無視されるよな。それに笑っていたぞ……やばいな」
フランシス様が言うと魔法騎士達が頷いた。
アウリス様は腕を組んだままフランシス様をギロリと睨みつける。
「お前らがくだらないことを言うからだ」
「それにあれだけ怒りを表現できるのも驚きだ。感情があったんだ」
感心した様子のフランシスにアウリス様は視線を向けた。
「人間だから感情ぐらいあるだろう。くだらないから外に出さないだけだ」
「なら良かった。お前が人間だとわかって、それに天才だと思っていたらちゃんと失敗したしな」
アリウス様の眉がぴくりと動く。
今まで感情がないと思っていたがよく観察するとちゃんと人間ぽいところもあるものだ。
私はビクビクしながら観察しているとアウリス様にまた睨まれる。
「俺の顔色を窺ってビクビクするな。不愉快だ」
何度不愉快と言われたらいいんだろうか。
悲しくなってくる。
顔が整い過ぎているアウリス様が悪いのだ。
私より頭二つぐらい背も高いせいで余計迫力を感じる。
私は泣きたい心を堪えて頭を下げた。
「すいません。気をつけます」
「泣きたいのは俺のほうだ」
ため息がちに呟いたアウリス様には私が泣きたいのが伝わっているようだ。
なんとか気持ちを持ち直そうと思ったがやはり悲しい気持ちは消えなかった。




