2 大丈夫です。平常心を保ちますとも
「えぇぇ?ということは私とアウリス様は思っていることがわかっちゃうってことですか?」
私の考えていることがアウリス様に伝わっているとしたら死んでしまいたいぐらい恥ずかしい。
悲鳴をあげる私にアウリス様は嫌そうに胸を抑えながら首を振った。
「感情だけだ、思考ではない。いちいち驚くな不快だ」
感情とは?考えていることは大丈夫なの?
パニックになる私をアウリス様は睨みつけた。
「次は不安になるのか!全て伝わってくるやめてくれ!」
「だって、私の思っていることが伝わるんですよね!」
アウリス様が怖いとか、恐ろしいとか伝わっていたら最悪だ。
人並外れた美貌の持ち主だとか思っていたことも本人に知られたら気まずい。
青くなったり赤くなったりしている私にアウリス様は胸を抑えながら首を振った。
「お前のその妙な感情だけが伝わってくるんだ。不安になったり胸が高鳴ったりするのがわかるだけだ」
「どういうことですか?」
意味がわからない私と文句を言うアリウス様の間にフランシス様が入って両手をあげる。
「まぁまぁ、お互いパニックになっているから一旦落ち着いて。ミユール嬢の感情だけがアウリスに伝わって、思考までは伝わらないであっているかな?」
「そうだ」
アウリス様が頷いた。
「私の考えていることまではわからないんですか?」
「そこまでわかる魔法などこの世に存在しない」
アウリス様が断言してくれて私はホッとする。
思考まで読み取られなくて良かった。
「なら良かったです」
「良くない。お前の気分が上がったり下がったりとうるさすぎる。俺の生活の邪魔をするな」
無表情に酷いことを言われて私はフランシス様の陰に隠れた。
「お前じゃなくてミユールです。何度もマリア姫様宛の書類を撮りにきているのに名前ぐらい覚えてください。がっかりします」
「がっかりと言いつつ、落ち込んでいないだろう」
確かに私の気分は乱れていない。
アウリス様に指摘されて私は言葉に詰まった。
間をとりなしてくれているフランシス様がアウリス様に視線を向けた。
「まぁ、アウリスが悪いんだからさ。禁忌の魔法を使ったのは処分ものだよ」
「禁忌の魔法を使ったわけではない、たまたまそうなっただけだ事故だ」
「それは後で団長に報告しよう。とりあえず、ミユール嬢は仕事に戻ってくれ天才魔法騎士アリウスがなんとかするからさ」
軽い調子でフランシス様に言われて私は困惑しながら頷いた。
魔法のことは良くわからないし、どうにかできることもないだろう。
それよりも早く書類を回収して仕事にも取ることが最優先だ。
「わかりました。書類をいただきたいのですが」
珍しく不機嫌な雰囲気を出しているアウリス様にビクビクしながら聞いた。
ただ聞いただけなのにギロリと睨まれる。
「書類ならそこだ」
軽く指を刺した先にはマリア姫宛の書類が置かれていた。
また怒られないように書類を回収してフランシス様の後ろに隠れた。
「ありがとうございました。では失礼しますね」
帰ろうとする私の腕をアウリス様が掴んだ。
「待て」
「ヒィ」
無表情のアウリス様はやはり恐ろしく私は悲鳴をあげる。
ただ腕を掴まれただけなのに今度は何を言われるのかと身構えている私にアウリス様はため息をついた。
ため息をつきつつアリウス様は自分の胸を抑えて不愉快そうだ。
「事故とはいえ禁忌の魔法で契約をしたことは謝ろう。だが、こちらも困っているんだ」
「はぁ」
気の抜けた返事をする私をアウリス様の青い瞳が鋭く見つめてくる。
「俺は他人にも興味がなければ自分にもあまり興味がない。だからお前の常に不安な感情が厄介だ。俺の研究に支障をきたす」
「そう言われましても……」
何も感じるなと言われても困る。
常に無関心な人なんてアウリス様以外にいるわけがないだろうと助けを求めるようにフランシス様を見つめた。
フランシス様は面白そうに軽く笑った。
「仕方ないよ。俺はアウリスと長い付き合いだけれど今ほど感情を露わにしているところを見るの初めてだ。それほどミユール嬢の感情が嫌なんだろう」
「嫌と言われても……どうやって無感情に過ごせばいいか……」
「お前が不安な気分になった時は俺も不安になるんだ。そうなるとお前と感情を共有している魔法を解除する研究に支障をきたす」
アウリス様に説明されてなんとなく納得ができたような気がして私は頷いた。
「なるほど。私が平常心を保つ努力をしていればいいんですね」
「そうだ」
美しすぎるアウリス様の顔を見ながら、平常心を保つように心の中で何度も呟いた。
私は愛想笑いをして頷く。
「大丈夫です。がんばります、すぐに魔法解除の方法を生み出してくださいね。私の感情が誰かに共有されているなんて嫌ですから」
私はそう言って机の上に置かれていた書類を手に持って頭を下げた。
「ではこれで失礼します」
これ以上この場にいるとアウリス様にもっと怒られるような気がして私は早足で研究室から飛び出した。
駆け足で階段を駆け下りて事務所の前を通る。
「書類回収したので失礼します」
事務員の男性が片手をあげて答えてくれるのを横目に見て私は自分の持ち場であるマリア姫様の執務室へと戻った。
「ただいま戻りました」
息を切らして戻ってきた私をマリア姫と同僚のソフィーが迎えてくれる。
執務室の机でやる気のない様子で頬杖をついていたマリア姫様は息を切らしている私を見てひらひらと手を振った。
「遅かったわねぇ」
黒い髪の毛に美しい美貌の持ち主だが、仕事のやる気は全くない残念な人だ。
アウリス様と2人並べば素敵なカップルになりそうだが性格的に合わないだろうと勝手ながら私はそう思っている。
アウリス様から回収してきた書類をマリア姫の机の上に置いて私は息を整えた。
「大変だったんですよ。アウリス様が魔法を研究していて、私が巻き込まれたんです」
顰めた顔をしてる私にマリア姫の大きな黒い瞳が輝いた。
形のいいぷっくりとしたマリア姫の唇がニヤリと笑う。
「ふふっ、巻き込まれたなんて生やさしいものじゃないでしょ。これ、契約魔法じゃない」
そう言ってマリア姫は私の右手を掴んで手首のアザを見て微笑んだ。
マリア姫は仕事のやる気がないが知識は誰よりも持っている。
魔法の知識も持ち合わせているようだ。
ソフィーも後ろから覗き込んでくる。
「アザにしてはしっかり形があるわね」
「これは契約魔法の紋章よ。かなり前に禁止されているはずだけれど、アウリスはミユールのことが好きなの?」
マリア姫の言葉に私は驚いて声を上げた。
「好き?そんなわけないですよ!どうしてそうなるんですか!事故ですよ事故!」
「だって、禁忌の魔法になったのはわけがあるのよ。特に相手のことが知りたいときにかける魔法よそれ。恋人は本当に自分のことを好きなのだろうか、夫や妻は今でも自分にときめきを感じているんだろうかってね。感情と思考が読み取れるらしいわ」
マリア姫様の解説にソフィーが私の顔を見た。
「そうなの?」
「知らないわ。ただ、感情を共有する魔法だって言っていました」
唇を尖らせて言う私にソフィーは揶揄うように頬に手を当てる。
「やだ、それってお互いの気持ちとかがわかるってこと?馬鹿なこと考えられないじゃない」
「思考は伝わらないんですって、私の気持ちだけがアウリス様に伝わるらしいです」
マリア姫は楽しそうに頷いた。
「なるほどねぇ。アウリスは魔法の研究バカだから禁忌の魔法を改造したのね。だから自分にだけミユールの感情が伝わるようになったのね」
ソフィーなるほどと頷く。
「禁忌になったのもわかる気がしますね。恋人同士や夫婦は、気持ちが冷めたのがわかったら喧嘩になりますしね」
「そうね。過去には殺人も発生したこともあったらしいわよ。まぁ、魔法なんてそうそう使える人はいないからお察しだけれどね」
ふふんとマリア姫は鼻で笑うが私は笑える状況ではない。
「私、アウリス様に殺されません?」
「あんたたち恋人同士だったっけ?」
マリア姫に言われて私は首を振った。
「違いますけれど」
「なら平気じゃないの。アウリスがミユールに興味があれば嫉妬で殺すかもしれないけれど、あの人無関心じゃない。きっと今頃何も考えず解除の魔法を考えているわよ」
気楽にマリア姫は言うが先ほどのアリウス様の様子からしてそんな呑気なものではないような気がして私は気分が重くなった。




