12 実家からの手紙
本日はマリア姫のドレスの試着のために朝から姫様のお部屋で仕事をしている。
「ねぇ、知っている?」
何着めかのドレスに着替えながら鏡越しにマリア姫の企んでいる顔が見えた。
ピンク色のドレスの裾を針で止めながら私は聞き返す。
「何をですか?」
「あの男好きマーガレットが今度はアウリスの周りを彷徨いているらしいわよ」
まさかのマリア姫の言葉に一瞬驚きはしたものの、日頃の訓練のおかげで私は平然と頷く。
「へぇ、それでアウリス様がフェルナンみたいになったら幻滅しますね」
「そうなのよ。今みんなで賭けをしているのだけれど、ミユールも賭けてみる?」
「マリア姫、賭け事は禁止ですよ」
何度言っても隠れて少量のお金をかけているマリア姫だが毎回教育係にバレて怒られている。
それでも懲りずに賭けをするその根性は見習いたいものだ。
「面白くないわね。アウリスがマーガレットとどうなるか心配じゃないの?」
「心配と言われても私には関係あありませんから」
平然と言いつつ、もしそうなったらフェルナンの時よりもかなりダメージを受けるだろう。
アウリス様が軽い女になびくと思いたくない。
心の中はぐるぐると考えているが、平然としている私をみてマリア姫は面白くなさそうだ。
「ちょっと窓の外見て!今まさにアウリス様とマーガレットがいるのよ」
髪飾りを取りに行ったソフィーが慌てた様子で飛び込んできた。
どういうことかと聞く前に、マリア姫はドレスの裾にまち針がついたままにも関わらず窓際まで早足で向かっていく。
「マリア姫様、そんな格好で誰かに見られたら……」
わたしが注意するもマリア姫とソフィーは気配を消しながら窓の外を眺め始めた。
私も2人の後ろからそっと下を見下ろすとアウリス様とマーガレットがちょうど向き合っているところだった。
赤茶色の髪の毛のマーガレットは何やら必死にアウリス様に話している様子だ。
アウリス様は無表情にマーガレットを見つめてから軽く首を傾げるとそのまま歩き去っていった。
「何を話していたのかしら?」
フェルナンのトラウマを思い出しながら私が聞くとソフィーとマリア姫は同時に答えてくれる。
「どうせ碌でもないことよ」
「ミユールがアウリス様に直接聞いてちょうだい。これは命令よ」
マリア姫に人差し指を突きつけられて私は首を振った。
「嫌ですよ。どうしてそんな個人的なことを聞かないといけないんですか」
「ミユールだって知りたいででしょ?マーガレットが何を言ってきたのか」
ズバリ、マリア姫に言われて私は思わず頷く。
「気になりますけれど……」
「ほら見なさい。マーガレットがまた男の周りをうろうろするようなら迷惑だから注意してもらわないとね。後、魔法騎士たちにも注意しておくわ」
マリア姫は腕を組んで偉そうに言った。
「何もそこまでしなくても、恋愛は自由ですし……」
あまりの迫力になぜかマーガレットを庇うような発言をしてしまう私をマリア姫がギロリと睨んでくる。
「気に入らないのよ。マーガレットは相手がいる男を確実に狙っているの。あんたのフランシスとか、他にも私は知っているのよ」
「マリア姫は情報通ですね」
常に執務室にいるマリア姫だが情報は私たち侍女よりも早いことが多い。
一体どこから仕入れてくるのか謎だ。
「ドレスも決まったし、もう今日はいいわ。魔法騎士の詰め所に帰ってアウリスに何を話したか聞いてきてちょうだい」
疲れた様子でソファーに座ったマリア姫を見て今日はもうドレス選びはおしまいだと判断して私は頷く。
「わかりました。アウリス様には聞けたら聞きますね」
「それじゃダメよ。あ、そうだ」
文句を言いかけてマリア姫は書類の束から一通の手紙を差し出してきた。
よく見ると私の実家から送られてきたものだ。
「なぜ、姫様のところに?」
「紛れてきたんでしょ?ちゃんと渡したからね」
「ありがとうございます」
手紙を受け取って封筒を確認する。
確かに実家からの手紙で差出人は父からだった。
手紙を手にマリア姫の部屋を後にして私は魔法騎士の詰め所へと向かった。
城を出て外から魔法騎士の詰め所に向かう途中で実家からの手紙が気になり封を開けた。
書面には父の直筆で元気にしているかということと、実家は変わりがないことが書かれている。
その次に目にした文章には、大好きな犬が亡くなったことが書かれていた。
唯一昔と変わらず、私が実家に帰ったことを喜んでくれた大好きな犬が死んでしまった。
小さい頃から一緒に過ごしていた可愛い犬にもう会えない。
走馬灯のようにふかふかの茶色の毛の犬と過ごした記憶が蘇り、涙が滴り落ちてきた。
ぎゅっとした胸の痛みと、喪失感に襲われて息が苦しくなる。
涙を止めないとと思うが、次々と溢れ出る涙を必死にハンカチで拭った。
「何があったんだ?」
肩を力強く捕まえれて涙を流しながら振り返ると顔を顰めているアウリス様だった。
自らの胸を抑えて私を睨みつけてくる。
私の喪失感が伝わっていて不愉快なのだろう、今までにないぐらい眉を顰めている。
「し、死んでしまいました」
嗚咽をあげている私に、アウリス様はますます顔を顰める。
「……誰が死んだんだ?」
「い、犬です。実家の犬が……」
「犬?……くだらない、それでこの悲しみか!」
吐き捨てるように言われてムッとする。
「犬だって大切な家族だったんです。実家に帰った時、昔と変わらず喜んでくれたのは犬だけだったのにぃ」
話していると茶色いふわふわの毛を思い出して涙がますます止まらな無くなる。
わぁぁつと泣く私にアウリス様は不機嫌になっていく。
「たかが犬だろう」
そう言いつつもアウリス様は私と同じ深い悲しみを味わっている。
私の感情を共有して苦しんでいるアウリス様を見て少しだけ申し訳なくなるが、犬を亡くした苦しみは治らない。
たかが犬という言い方にムッとしつつも涙は止まらない。
「雑種でしたが茶色くてふわふわしてて可愛い犬だったんです。小さい頃は一緒に寝たし、実家に帰れば一番喜んでくれていた犬だったのにぃ。あのフワフワの犬の毛をもう一度触りたい」
アウリス様はため息をついた。
「犬の毛を触るぐらいなら、我が家に犬がいるから見にくるか?」
「いいんですか?」
飼っていた犬でなくてもいい。
どんな犬でもいいから触りたい。
アウリス様は私の心痛な気持ちをわかってくれているからだろう、嫌そうに頷いた。
「犬を触れば少しは落ち着くだろう。俺まで巻き込むな」
「ありがとうございます」
違うう犬でも触れることに嬉しくなって思わずアウリス様に抱きついた。
アウリス様は一瞬固まってからゆっくりと体の力を抜いた。
「仕方がないだろう」
「ありがとうございます」
アウリス様の体温を感じながらもう一度ゆっくりとお礼を言った。
犬を亡くした悲しみは癒えることがないけれど、アウリス様の体温を感じていると落ち着いてくる。
アウリス様もそれがわかったのか、私を無理に離すこともをせず諦めたようにされるがままになっていた。




