11 暖かい気持ち
「うふふっ、聞いたわよ。アウリスとラブラブなんですって」
マリア姫は笑い出すのを我慢しながら私を見つめてくる。
執務室の机に座ったままのマリア姫は私が提出した書類を傍に置いてフフンと笑う。
「アウリスとミユールはもうすぐ結婚するって城の中ではその噂で持ちきりらしいわよ」
「付き合ってすらいませんが」
怪訝な顔をする私にマリア姫はププッーと吹き出して笑った。
「面白いことになっているじゃない。だって、あのアウリスが女性を庇ったって噂になっているのよ。愛する女性を命懸けで庇ったらしいじゃない」
「命懸けでもなかったですけれど」
何が起きたかは直接見ていないが、アウリス様は大したことがないように飛んできた魔法を押し除けていたような気がする。
首を傾げている私に、マリア姫は頷いた。
「でしょうね。アウリスからしたらどんな魔法攻撃も大したことないのよ。ただ、女性を庇ったことが重要なの」
「そんな噂が流れていたらアウリス様にご迷惑かけていますね」
私みたいな人と噂になっていたらアウリス様も嫌だろうに。
それでもアウリス様と噂になるのも少しだけ嬉しいと思う私もいる。
1人で天井を眺めて思案している私をマリア姫がからかってくる。
「ふふん、アウリスと噂されるのも悪くないと思っていたりするんじゃない?」
「まぁ、確かに。慣れてくると微かな感情が分かってきて意外といい人だなーって思うんですよ」
「随分上から目線ねぇ」
笑いを堪えながらマリア姫は言うと私に一枚の紙を見せてきた。
「今度、お兄様主催の夜会が開かれるのよ。あなたも参加しなさいね」
「はい。もちろんです」
予定が書かれた紙を受け取ってざっと確認をする。
マリア姫の侍女として姫様の準備を行い、私たちも着飾りマリア姫様のお側にひかえる役割があるのだ。
動きにくい姫様の介助や変な男から守ってみたりと色々忙しいのだ。
「舞踏会まで姫様の衣装とか準備したいからこっちに顔を出す回数を増やして欲しいの」
マリア姫にお茶を出しながらソフィーが入ってくる。
「大丈夫よ。魔法騎士の詰め所での私の仕事なんて掃除と書類整理ぐらいだから私が抜けても問題ないわ」
「でしょうね」
当たり前のように頷かれて一瞬ムッとしたが心を落ち着かせようと慈悲の笑みを浮かべる。
目を細めて微笑んでいる私を見つめてソフィーは奇妙な顔をして低く呟いた。
「その顔、気持ち悪いわよ」
「気持ちを落ち着けているのよ。精神を安定させているの」
「その安定のさせ方はやめた方がいいわよ。変な顔」
変な顔と言われても笑っていれば心が落ち着く気がして私は微笑み続けた。
マリア姫が私の顔を見て飲んでいたお茶を吹き出した。
「その変な顔やめなさい。……お茶を吹き出してしまったわ。行儀悪いじゃない」
咳き込みながらも美しい顔を保っているマリア姫。
私はどれだけ不細工な顔をしているのだろうかと不安になって慌てて心の平穏を取り戻すべく微笑んだ。
「だからその変な顔やめなさいって!」
マリア姫とソフィーに腹を抱えながら笑われる。
釈然としないままマリア姫の執務室を後にした。
魔法騎士の詰め所へと戻り、入り口の事務室に軽くお辞儀をして中へ入る。
階段を登り、魔法研究室に入った。
広い部屋の中では数人の魔法騎士達が魔法の研究をしていた。
アウリス様は自分の席に座ってくつろぎながらお茶のカップを眺めていた。
どうやら休憩中らしい。
彼に慣れていない時ならば無表情で恐ろしいと思って近づきもしなかったがよく観察していると彼が今何を考えているかわかってきた。
無表情にカップを見つめているが、二杯目が欲しいが立つのが面倒だなと思っていることまで私にはわかる。
廊下を挟んだ向かい側が給湯室なのだから少し歩いてお茶を入れにいけばいいのにアウリス様は意外と面倒がり屋だ。
仕方なく、給湯室でお茶を入れてアウリス様の元へと持っていく。
「お疲れ様です。どうぞ」
空っぽになったカップを回収する私にアウリス様は軽く頷いて新しく入れたお茶を飲み始める。
隣の席のフランシス様にもお茶を出すと私とアウリス様をみてニヤリと笑う。
「まるで夫婦の風景だね。黙って出されたお茶を飲むアウリス、それを受け入れる妻みたいな……」
「やだー。フランシス様ったら」
満更でもないと笑っている私をアウリス様が覚めた目をして見つめてくる。
「冗談ですよ。私だって本気で思っていませんよ」
アウリス様のお嫁さんも悪くないなと思うこの頃だが、それをアウリス様に悟られては行けない。
想像していたよりも怖い人でないし、よく観察して入れればわかりやすい人でもある。
そして意外と優しいし、フェルナンよりも何十倍もいい男だ。
それに気づいたらアウリス様と結婚したらいい未来を築けそうな気がする。
それに彼と一緒に居たいと思っている自分もいる。
知らない間にアウリス様が好きだなと気づきじんわりと心の奥が温かくなってくる。
温かい気持ちが伝わったのかアウリス様は不審顔をして眉を顰めた後私を見つめてきた。
「何を考えている?」
「何も考えていませんよ。まぁ、今日はいい天気ですしのんびりしていていい日だなと思ったら幸せだなぁと思っていただけですよ」
アウリス様のことを考えていたとは言えず、誤魔化した。
「……天気がいいだけでこんな気持ちになるのか?」
不審な顔をしているアウリス様に私は肩をすくめる。
彼はきっと誰かを好きだと思ったことがないのだろう。
私の気持ちが伝わらなくて助かった。




