1 禁忌の魔法事故?
城の裏庭に建っている魔法騎士の詰め所へと私は向かいながらつぶやいた。
「毎回書類を止めているのは魔法騎士の人たちなのよね」
マリア姫の侍女である私は書類整理も仕事の一環だ。
今日中に提出予定の書類が届いていない。
白い石造りの四階建の建物へと辿り着き、開いたままの入口から重い気分で中へと入る。
マリア姫の書類を回収しに来たのだとわかったのか事務員の人は苦笑しながらジェスチャーで中へ入るように許可を出してくれた。
本日回収したい書類は魔法騎士アウリス様だ。
研究熱心な彼は毎回書類を止める。
私はため息をつきながら階段を登って魔法を研究しているアウリス様の部屋へと向かった。
開いたままの研究室のドアから中に入ると広い部屋では数人の魔法騎士の人たちが作業をしていた。
その中でも一際存在感がある男性がアウリス様だ。
金色の少し長い髪の毛に青い瞳、そしてまるで人形のように美しい顔をしている。
そんな彼は女性からも人気だが、ひとつ欠点がある。
無表情で何を考えているかわからないことだ。
私も毎回彼と話すのはとても緊張をして重い気分になる。
顔が整いすぎて彼が怒っているのではないかと錯覚をするからだ。
実際怒っているのかもしれないが、怒られたことはないのでわからない。
それが毎回ストレスで、彼と接するのは妙に緊張して気分が重くなる。
アウリス様は私に気づくことなく机の上に並んでいる謎の液体を合わせて右手を掲げた。
研究を邪魔すると無言で怒られそうだからしばらく近くで様子を見ようとそっと近づいた。
アウリス様の近くにいても全く私の存在に気づくことなく、掲げた手の平から青い光が発せられる。
一瞬大きく光ったかと思うとボンと大きな音を立ててビーカーから煙が上がった。
「ひぃっ」
大きな音に驚いて悲鳴をあげて私はしゃがみこんだ。
何かが燃えるような匂いが一瞬鼻をつくと同時に右腕の内側にピリッと痛みが走った。
一体何が起こったのかわからずドキドキする胸を抑えながら顔を上げると、いつも無表情なアウリス様も少し驚いた顔をして机の上のビーカーを見つめていた。
青白い炎はゆっくりと空中で円になり、何かの紋章が浮かび上がるとゆっくりと消えていく。
「大丈夫?」
優しく声をかけてくれたのはフランシス様だ。
いつもと同じく優しい笑みを浮かべて私の後ろから声をかけてくれる。
魔法騎士の人たちの中では一番優しい人であり話しやすい人だ。
私は頷いて立ち上がった。
「一体なんですか?」
ドキドキする胸を抑えながら誰ともなしに聞くとフランシス様は肩をすくめる。
「さぁ、アウリスが魔法失敗したんだろう。一体何をしていたんだ?」
アウリス様が魔法を失敗するなど珍しいことがあるものだと、私も彼を見つめる。
何かが爆発したせいで耳が少しおかしい気がするが、それよりも驚きで心臓が落ちつかない。
胸を抑えている私をアウリス様はゆっくりと見つめてくる。
「……なんてことだ!」
珍しくアウリス様は取り乱した様子で眉を顰めて絶望的な声を出した。
アウリス様は胸を抑えながら片手で机に手を置いて俯いた。
珍しく取り乱した様子のアウリス様にわたしも含め集まった魔法騎士達も顔を見合わせる。
先ほどの爆発とアウリス様のいつもと違う様子を見ていると何かとんでもないことが起こっているのではないかと不安になってくる。
アリウス様は胸を抑えると私を睨みつけた。
「お前は何をビクビクしているんだ!もういい加減にしてくれ」
「私ですか?」
不安でいっぱいなのは確かだが、何故それを名指しで怒られないといけないのだろうか。
無表情のアリウス様は珍しく取り乱しながら青い瞳で私を睨みつけてくる。
話しかけても返事もしないようなアリウス様に睨みつけられて恐ろしくなる。
フランシス様の後ろに隠れるようにいる私をアウリス様の青く鋭い瞳が貫いた。
「なぜミユール嬢を責めているんだ?」
様子のおかしいアウリス様をフランシス様が咎める。
アウリス様は私を指差した。
「その女が不安になっていると俺がおかしくなる!やめろ、なぜ平然としていない」
女と言われて私はドキリとしながらもフランシス様の後ろに隠れた。
「ミユールです。私は何もしていません」
強い口調で言われて何もしていないのに悪いことをしたような気分になる。
意味がわからないと私の心臓がバクバクと音を立てたと同時にアウリス様も自分の胸を抑えた。
「ミユール!お前はなぜ不安になっているんだ」
「……アウリス、お前何を言っているんだ?」
フランシス様の問いに私も頷いた。
アウリス様はため息をついて諦めたように天井を見上げる。
彼らしくない様子に集まって様子を見ていた魔法騎士達がざわついた。
「一体なんの魔法を研究していたんだ?」
再度フランシス様が聞くと、アウリス様は諦めたように再度私を見つめた。
気持ちが落ち着いたのかいつもの無表情の彼は私に近づいてくる。
無表情すぎて殺されるのではないかと不安になるぐらいの迫力を感じる。
恐ろしくなり離れようとする私の右腕をアウリス様が力強く掴んで引っ張った。
「ヒイィ」
驚きで悲鳴をあげる私に無表情だったアリウス様が不快な表情をする。
「いちいち驚くな。……やはりな」
私の手首を確認すると冷めた瞳でつぶやいた。
何がやはりなのだろうかと私も自らの手首を確認する。
「何これ……」
手首の内側に黒いアザのようなものが浮かび上がっている。
アザというには何かの文字や記号のようなものに見える。
後ろから覗き込んできたフランシス様が驚いた様子で声を上げた。
「契約魔法じゃないか」
契約魔法、聞いたことがある。
その昔、忠誠を誓わせるために主人と使用人が行っていた魔法だとか。
私には魔法の知識はないが、契約魔法など今使っている人を聞いたことがない。
不安そうな私にアウリス様はまたギロリと睨んでくる。
「なぜお前は不安になるんだ!」
「契約魔法って、私が誰かと契約させられたってことですか?」
まさか先ほどの爆発で?
何が起こっているのかわからず不安で呼吸が浅くなる。
アウリス様は不快な顔をして大きく息を吸うと私を見つめた。
「その誰かは……俺だ」
そう言ってアウリス様は右手首を見せてきた。
彼の手首にも私と同じ形のあざが浮かび上がっていた。
それを見ていた魔法騎士達がざわついた。
フランシス様も驚いて私とアリウス様を見つめる。
「……契約魔法は禁止されているぞ」
「事故だ」
アリウス様は無表情に言った。
「事故?確かに何か爆発しましたけれど」
不安で声が出にくい私にアウリス様が頷いた。
「契約魔法を改造していたら暴発した」
「どういう契約なんだ?」
フランシス様が真剣に聞くとアウリス様は珍しく眉を顰める。
「感情の共有だ」
「え?」
理解が追いつかず固まっていると、アウリス様が額を押さえた。
「……お前、今何を考えた」
「こ、怖いなって……」
言った瞬間、彼が露骨に顔をしかめる。
「やめろ」
私の心臓が跳ねるたびに、彼の肩がびくりと揺れた。




