第9話 月夜行
カスミ村を出たイロハ、クルチア、それにヒョウゴノスケの3人は、月の光に照らされ夜道を進む。 イロハとヒョウゴノスケは帯剣し、マントを羽織っている。 クルチアは動きやすい普段着に身を包み、ノシメハナの篭手とブーツを装備している。
イロハは逸る気持ちを抑え、ゆっくり馬を進める。 クルチアを気遣ってのことだ。 クルチアは怪我が治っていないうえ、初めての乗馬が夜道。 月が明るいのが救いだった。
馬に慣れぬクルチアの固さが取れてきたのを見計らって、イロハはクルチアに声を掛ける。
「今後の計画を話しておこう。 我々は私の所領に向かっている。 君を連れ出したことで私は国に反旗を翻したわけだからね。 所領に立てこもるのさ」
イロハは第二王子として国から所領を与えられている。 でも普段は王都で暮らしている。
「申し訳ございません殿下。 私などのために」
「君が謝る必要はない。 悪いのは国だ」
イロハは国の決定を思い出して腹を立てる。
(無実の者に罪を着せて投獄し、獄中で斬り殺すだと? しかもこのように純心で快活な女の子を。 許せるものか)
クルチアが年老いた男であっても同じようにイロハが動いたかどうかは定かではない。 ただ、若い女の子が暗い牢屋の中で無慈悲な処刑人に命を奪われるのを拒絶する気持ちだけが確固として存在した。
クルチアは遠慮がちに尋ねる。
「立てこもった後はどうするのでしょう?」
「君を鍛えつつ、ベンガラ帝国の襲来を待つ。 戦になれば、私の力を必要とする国が頭を下げて参戦を求めてくる。 その戦に君を連れて行き手柄を立てさせる」
クルチアには理解できなかったが、イロハには国に頼られる何某かの才能があるらしかった。
「さて、君も馬に慣れてきたことだし、少し速度を上げよう。 早いところ西へ向かう道に入ってしまいたい。 この街道は王都にも通じる道。 急がねば捕縛部隊と鉢合わせだ」
イロハとヒョウゴノスケが馬足を早めた。 遅れたクルチアに、すかさずイロハから厳しい声が飛ぶ。
「クルチア! ボサっとするな」
「は、はい!」
クルチアは慌てて足で馬の横腹を叩いた。 でも叩き方が下手で馬に指示が伝わらず、一向に馬速は上がらなかった。
「お願い、走って」
クルチアの希望と逆に馬は速度を落とし、クルチアの焦りは強まった。 それに伴い膝の締付けも強まり、おまけに手綱まで引いてしまい、とうとうクルチアの馬は立ち往生した。
「やれやれ」
イロハは溜め息をつきながら馬首を巡らせ、クルチアが止まっている地点まで引き返した。
✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩
クルチアの乗馬技術の拙さに足を引っ張られ、一行のペースは上がらなかった。 その結果、イロハの懸念は現実化した。 街道の向こうから複数の馬の足音が聞こえてきたのだ。
「殿下」
ヒョウゴノスケが呼びかけ、イロハは頷く。
「うむ、間に合わなかったな」
こんな夜中に街道を進む騎馬集団など、イナギリ・クルチア捕縛部隊の他に考えられない。
「戦うしかない、か」
戦闘は避けられない。 それも、同じノシメハナ王国の者同士で。 現場の指揮官は命令を白紙に戻す裁量を持たない。 相手が王子と判明しても任務の遂行を目指すしかない。 ゆえに戦闘は不可避だ。




