第7話 "苦しませずに" だと?
国王の指示に従い、国を挙げてノシメハナの篭手に関する文献と伝承が調査された。
軍務大臣マスハナ・アキラも、召使や書生に命じて自宅の蔵を探させた。 マスハナ家はノシメハナ王国の建国以来の名家であり、巨大な蔵には何百年もに渡り先祖代々受け継がれてきた逸品や珍品が置かれている。 古文書の類も多い。 そんな古文書の1つに、ノシメハナの篭手に関するものがあった。
見つかった古文書をお盆に載せて、書生の1人が恭しくアキラに差し出す。
「お館様、お目当ての品が見つかりましてございます」
ページをめくっただけで崩れ落ちそうなほどボロボロの書物にアキラは手を触れず、書生に尋ねる。
「内容は? 何が書かれていた?」
「ページに欠損があり全ては読めませんでしたが、竜鱗製の全身鎧が存在していたことは確かです。 隕石に打たれて死んだ黒竜クロミノミナガの鱗で作った鎧だそうです」
「ミナガ? すると天空竜なのか? うぅむ...」
アキラは思わず呻き声を漏らした。 世界に数体のみが存在を確認されている天空竜は、単なる竜とは種が違う。 卵も幼竜も食事も不明で、生態は謎。 果てが見えないほど長い身で高空を飛び続けるその姿は、人類にとってほとんど自然現象。 月と同じような存在だ。 そんな天空竜の鱗で作られた全身鎧ともなれば間違いなく、数あるアーティファクトの中で最上級の品。 それが一介の村娘の手に落ちてしまうとは...
「左様でございます。 それでですね、古文書によりますと、その鎧はお館様のご先祖様がお使いでした」
「そうか、我がご先祖様がなあ」
聞くだけ聞いたアキラは手振りで書生を下がらせたが、書生が部屋を出る際になって呼び止める。
「ちょっと待て」
書生はドアのところで振り返った。
「はい?」
「古文書の内容は誰にも言ってはならんぞ? 古文書探しに参加した他の者にも伝えておけ。 ノシメハナの篭手に関する古文書は当家では見つからなかったことにする、とな」
このように指示するのは、アキラが何かを企むからに他ならなかった。
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天空竜の鱗で作られた全身鎧の存在を示す文献/伝承は、軍務大臣の自宅の蔵の他にも複数見つかった。 調査の結果を受けて、御前会議が開かれた。 巨大な円卓の上座に座るのは国王ノシメハナ・コテツ。 その左右に、第一王子ノシメハナ・マサムネと第二王子ノシメハナ・イロハ。 下座には軍務大臣マスハナ・アキラと軍務省の上級役人たちが座る。
会議が始まるや、軍務大臣マスハナ・アキラが自論を述べる。
「ノシメハナの篭手が本来は全身鎧なのは間違いなく、鎧は復活の兆しを見せています。 天空竜の鱗でできた全身鎧はアーティファクトとして恐ろしく強力。 所有者には、戦闘の素養と国家に対する忠誠が求められます。 すなわち王族か、さもなくば貴族であるべきです。 村娘では話になりません」
根底に打算がある。 アキラは自分の一族からノシメハナの篭手の適合者が出る可能性が高いと見ている。 先代の所有者がアキラの先祖だったからだ。 強力なアーティファクトの所有者を一族から輩出するなら、王国内におけるアキラの発言力は著しく強化される。
打算に基づく意見ではあったが説得力もあり、出席者の数名が頷いて賛意を示した。
だが、アキラの意見は重大な問題を抱える。 それを指摘したのは第二王子ノシメハナ・イロハだ。
「仮にその村娘が譲渡に同意しても、アーティファクトは現所有者が存命である限り次の所有者に譲れません。 その問題をどう解決するのでしょうか?」
軍務大臣マスハナ・アキラは淡々と答える。
「可哀想ですが、現所有者には死んでもらうことになります。 せめて苦しませずに死なせてやりましょう」
"苦しませずに" だと? 取って付けたような憐憫の言葉が、イロハの嫌悪の気持ちに拍車をかけた。
「私は反対です。 守るべき国民を自分の手で殺すなど、国として恥ずべき行いです」
強い口調で言い放ったのち、イロハは言葉を続ける。
「イナギリ・クルチアは殺さずに育てるべきです。 あの子はまだ若い。 能力も忠誠心も育て始めるのに遅くはありません」
イロハの脳裏に、あの日見たイナギリ・クルチアの姿が浮かぶ。 錆びた鉄のような赤い髪、肉付きの良い丸い頬、凛々しい眼差し、そして快活な笑顔。 殺させるには忍びない。
(あの娘は戦いに身を投じてくれるだろうか? 1人で巨大熊を倒したと聞くが、戦争は好きではないかもしれんな。 "篭手を愛でる" と言っていたものな、フッ。 だが諦めてもらうしか無い。 篭手に選ばれた者の宿命だと。 他にあの娘が生きる道はない)
イロハはクルチアの姿を思い浮かべるのをやめて、会議室を見回した。 軍務大臣は腕組みをして難しい顔をしている。 役人の中には小首を傾げる者が少なくない。 イロハの意見は受け入れられていなかった。 良しとしないのだ。 今や国宝とも呼ぶべき存在となったノシメハナの篭手を一介の村娘に持たせるのを。
イロハは慌てて言葉を続ける。
「それに、イナギリ・クルチアの命を奪った後、新たな適合者が見つからねばどうするのです? 我が国には今、ベンガラ帝国の侵略の手が迫っています。 イナギリ・クルチアは、天が我が国に与え給うた戦乙女かもしれない。 軽々に処分すべきではありません」
第一王子ノシメハナ・ムラマサは、弟と見解を異にする。
「そう悲観することもあるまい。 本腰を入れて探せば、適合者の1人や2人すぐに見つかる。 娘の処分が済みしだい、まず私が篭手を試着してみるとしよう」
どちらかと言えば華奢なイロハに対して、ムラマサは堂々たる偉丈夫。 長身で逞しい。 頬は精悍で、顎はがっしりしている。 机の上で手を組む腕もボリュームがある。
軍務大臣がすかさず同調する。
「ムラマサ殿下のおっしゃる通りです。 ノシメハナの篭手が我が国に残っていたのですから、先代の所有者は恐らく我が国の王族または貴族。 その子孫である我らの中に、必ずや篭手に適合する者がいるはずです」
黙って議論を聞いていたコテツが口を開いた。
「結論は出たようだな。 今の篭手の持ち主には死を与え、新たに篭手の持ち主を探す」
そして細部が討議された。 無辜の村娘をいきなり殺すと国の名声に傷がつくので、ノシメハナの篭手を強奪した罪でイナギリ・クルチアを捕縛・投獄し、獄中で隠密裏に斬り殺すと決められた。
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第二王子ノシメハナ・イロハは足早に会議室を出た。 会議の結末に腹を立てている暇はない。
会議室の外では、イロハの副官ソバキリ・ヒョウゴノスケが会議の終わりを待っていた。 すらりと背が高い好青年である。 イロハはヒョウゴノスケに手短に伝えた。
「カスミ村へ行く。 お前も来い」
イナギリ・クルチアの家がカスミ村にあることをイロハは覚えていた。 初めてクルチアに会ったときに読んだクルチアの個人情報は、不思議とイロハの記憶に残っていた。




