第5話 娘を信じる心
クルチアが出血多量で気絶した後で、マー坊から知らせを聞いたクルチアの両親がやって来た。 鋤や鎌で武装している。 その後ろには、やはり農具で武装した村人たちが恐る恐る続く。 クルチアの両親が動いたから後に続いたに過ぎない。 状況次第では逃げるつもりである。
クルチアの両親とマー坊は、熊と並んで倒れているクルチアの姿を見つけて、駆け出した。
「クルチア!」「クルチア!」「ねえちゃん!」
他の村人たちはクルチアではなく倒れている熊に注目する。
「熊は死んでるのか?」「クルチアちゃんが1人で倒しちまったのか?」「一体どうやったんだ?」
父親シンジはクルチアが生きているのを確認すると、抱きかかえて村へ連れ戻った。 大きく育った娘は重かったが、緊急時なのでいつもより力が出た。 火事場の馬鹿力だった。 シンジの後に母親ルザとマー坊が続いた。
他の村人は後に残り、熊を鋤で突っつき死んでいるのを確認すると、どうやって村へ持ち運ぶかを相談し始めた。 熊の肉を食べるつもりだ。 解体して持ち帰ると決まり、村人たちはウキウキし始めた。
「俺、村に戻ってナイフを取ってくる!」「俺も!」「私も!」
棚からボタ餅で転がり込んだ大量の熊肉は、村人たちにとって天の恵みに等しかった。
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包帯でぐるぐる巻きにされ布団に寝かされていたクルチアは、外から漂ってくる良い匂いで目覚めた。
「いい匂い。 焼肉の匂い」
でも、何の肉だろう。 鶏ではないし、豚でもない。 牛でもない。 クルチアは匂いで焼肉の種類を識別できるが、嗅いだことのない匂いだ。
「ハッ、まさか...」
クルチアは直感した。 あの熊の肉で焼き肉パーティーをしてるんじゃ...!? 嗅覚に偏っている注意を聴覚に回すと、外からざわめきが聞こえる。 楽しそうな雰囲気が伝わってくる。 もはや間違いない。 熊肉で焼肉パーティーが開催されている!
クルチアは許せない気持ちで一杯になった。
(ひどい! 私が倒した熊なのに!)
寝床から起き上がろうとして、激痛が走る。
「グッ」
激痛は主に体の左側だ。 熊に脇腹を齧られ、肩を引っ掻かれた。 しかしクルチアは健気に頑張る。
「この程度の痛み... 負けるもんか!」
這ってでも外に出て、焼肉パーティーに参加してやる! 鋼の意志で以て布団から抜け出そうと奮闘していると、襖がすっと開いた。 父親シンジが顔を覗かせ、厳しい声で命じる。
「クルチア、寝ていなさい」
娘の身を案じるシンジは、焼き肉パーティーにも参加せず隣の部屋に控えていた。 衣擦れの音で、クルチアの意識が戻ったと気づいた。
「でも、外で焼き肉パーティーをしてるんでしょ? 私が倒した熊の肉で」
シンジは物悲しそうに首を横に振る。
「重傷のお前に焼き肉は重すぎる。 粥を作ってやろう」
「いやよお粥なんて。 肉がいい」
「しかし...」
「私が倒した熊なのよ? 私には食べる権利がある!」
権利とか難しい言葉を使い出した娘に、シンジは尚も難色を示す。
「だが...」
重傷者に肉を与えたところで、弱った体では消化できない。 嘔吐してしまうのがオチだ。
「私を信じてパパ! 絶対に肉を食べれる。 傷ついた私の体には肉が必要なの」
クルチアのひたむきな視線に、シンジは娘を信じる気になった。 フッ、この子なら本当に食べて、そして自分の血肉にしてしまうかもしれんな。
「わかった。 外に行って焼き肉を分けてもらってこよう。 お前はここで寝ていなさい」
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皿に盛られた焼き肉を持ってきたのは母親ルザだった。
「元気になったのねクルチア」
クルチアはペロリと平らげお代わりを要求した。 ルザはシンジと違って大らかなので、求められるままにお代わりを持ってきた。
「あんたが倒した熊だからね。 たんとお食べなさい」
クルチアは2皿めもペロリ。 あまつさえ米の飯を要求した。
「肉だけじゃなくゴハンも食べたい」
「ちょっと待ってなさい」
そう言って部屋を出たルザは、お盆の上に焼き肉と飯とお茶を載せて持ってきてくれた。 クルチアはそれを食べ終えて、また眠りに落ちた。 体が睡眠を欲しているのだ。
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外から戻ってきたシンジは、クルチアがいかに大量に食べたかを妻であるルザから聞いて驚いた。
「そんなに食べたのか。 それでクルチアはどうしてる? 気分が悪くなったりしなかったか?」
ルザは首を横に振る。
「しなかったわ。 今は気持ち良さそうに眠ってる」
「そうか。 あれだけの深手を負って大したもんだ」




