第10話 娘を捕らえよ!
イロハら3人が馬を降りて待ち受ける地点に捕縛部隊がやってきた。 夜道とは思えぬ激走ぶり。 地面を激しく揺らし風を巻き起こし、土埃を立ててイロハらの前を通り過ぎる。
騎馬集団の先頭で馬を駆る男を見て、イロハの口から驚きの声が漏れる。
「兄上...」
圧倒的な力感を放つ偉丈夫。 それは確かに、イロハの異母兄にして第一王子のノシメハナ・マサムネ。 我こそがノシメハナの篭手をいの一番に試着せんと、捕縛部隊の隊長を買って出たのだ。
捕縛部隊はイロハらのいる地点を数十メートル通り過ぎ、Uターンして戻ってきた。 深夜に街道にたむろする3人組を不審に思ったか、マサムネの側でもイロハを認識したのか。
「止まれ!」
号令をかけて捕縛部隊を停止させると、マサムネは馬を降りてイロハたちの前へ歩いて来た。 クルチアが身に着ける漆黒の篭手とブーツに気づき、彼は状況を完全に理解した。
「その娘を連れ出して、どうするつもりだ?」
問われたイロハが答える。
「私の所領で保護します」
「謀反だぞ」
「覚悟の上です」
「たかが娘1人のために、そこまですることはなかろう」
「アーティファクトに目がくらみ、善良な村娘に罪を着せて投獄し惨殺する。 そんな浅ましく非道な真似を看過するわけにはゆきません。 正直言って、今回の件で兄上と父上を見損ないましたよ」
「大人しくその娘の身柄を明け渡せ。 さもなくば、謀反と見なしお前も捕縛する」
マサムネの手振りによる合図で捕縛部隊20名が下馬し、イロハたちを取り囲むように詰め寄ってきた。
「お断りします。 ヒョウゴノスケ!」
「はっ」
クズキリ・ヒョウゴノスケが進み出ると、マサムネは目に見えてたじろいだ。 スラリと背が高いヒョウゴノスケに対し、マサムネは横幅もある。 筋肉の量では圧倒的にマサムネが勝る。 だがヒョウゴノスケはノシメハナ王国で屈指の剣の使い手だ。
「クズキリ、お前もイロハの愚行に加担するのか。 後悔するぞ?」
「イロハ様の行いを愚行だとは思いません」
そう言ってヒョウゴノスケは長剣の柄に手をかける。
それを見てクルチアは暗い気持ちになった。
(戦いになるの? 私のせいで...)
マサムネは、たくましい顎を噛み締める。
「馬鹿者どもめ。 俺とイロハどちらが死んでも、ベンガラ帝国が喜ぶだけというのに」
"ベンガラ帝国" と聞いて、クルチアの顔色が変わる。
(っ! ベンガラ帝国っ!)
ベンガラ帝国はクルチアが幼い頃から急拡大を続ける北方の大国。 その非道な行いの噂は、ノシメハナ王国にも届いている。 曰く、捕虜に自国の旗を持たせて囮として使った。 敵国の城の堀を埋めるため、近隣の町や村で捕獲した住民に丸太を運ばせて住民ごと堀に突き落とし、その上から土を被せて生き埋めにした。 降伏しなかった国の王を捕らえて、クルチアが思い出したくもない残酷な方法で処刑したとも聞く。 とにかく非道で残虐。 人間としての基本的な優しさが欠落している。 そんなベンガラ帝国がクルチアは大嫌いだった。 ベンガラ帝国の支配領域がノシメハナ王国に接近していると聞くたびに、クルチアは闘争心を掻き立てられ両の拳で素振りを繰り返すのだ。 シュッシュッ。 かかってきなさい!
イロハは "ベンガラ帝国" と聞いても顔色を変えない。
「ご自分の死すら覚悟するなら、兄上が退いて下されば良いものを」
「バカを言うな。 20人を率いてたった2人から逃げるわけがなかろう」
そう言って、マサムネは後ろに飛び退りヒョウゴノスケの剣の間合いの外に出た。
「娘を捕らえよ! イロハとクズキリが歯向かうなら斬り殺して構わん!」




