第1話 ノシメハナの篭手
イナギリ・クルチアは16才の女の子だ。 頭髪は赤錆色。 瞳は水浅葱色。 チャーム・ポイントは、丸い頬と凛々しい眼差し。
クルチアは子供の頃から村の拳闘道場に通っている。 病弱だったクルチアを心配する両親が、体を鍛えさせようと道場に通わせた。
拳闘を嗜む者の常として、クルチアは『月刊 拳闘通信』を愛読している。 今月号の記事『ノシメハナの篭手はアーティファクト? 所有者は未だ現れず』を読んで、不覚にも胸がトキめいた。
「ドキドキ。 もし私が所有者だと認められたら、私の両手が竜鱗に包まれる...」
ノシメハナの篭手は竜鱗で出来ているとされる。 竜鱗に包まれる両手は、さぞかし無敵だろう。 何を殴っても手が痛くないだろう。
「これは―」
クルチアの目がキラリと光る。
「行ってみる価値がありそうね」
折しも学校は春休み。今はまだ午前中。 クルチアは篭手を試着しにノシメハナ市へ向かうと決めた。
「ママー、私ちょっと出かけてくる!」
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ノシメハナ市行きの馬車に揺られながら、クルチアは物思いにふける。
(ノシメハナの篭手は竜鱗製。 竜の鱗は鋼鉄よりもミスリルよりも硬く、そんじょそこらの刀剣じゃ傷一つ付かない。 そんな篭手が私の物になったなら... きっと片時も手放さないわね。 日中は装着して過ごし、夜は抱いて眠るの)
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「あれっ? ここは...」
物思いから覚めて、クルチアは自分が城の中にいると気づいた。 石造りの立派な壁、複雑な模様が描かれた高い天井、各所に配置される衛兵、行き交う雑多な人々。 ノシメハナ城内と思われる。 物思いにふけるうちに、城まで来てしまっていた。
「すいませえん」
クルチアは衛兵に歩み寄り、ノシメハナの篭手の陳列場所を尋ねた。『月刊拳闘通信』の記事によると、ノシメハナの篭手はノシメハナ城内で一般公開されている。 誰でも篭手を試着して、自分が選ばれし者か否かをチェックできる。
衛兵は親切に道順を教えてくれた。
「あっち行ってこっち行ってそっちだよ」
「ありがとう」
クルチアは丸い頬にえくぼを浮かべて礼を述べ、教わった方角へ進んだ。
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篭手が置かれているという部屋は、クルチアの予想に反して人がいなかった。 入口に衛兵が立っているだけだ。 寂れた部屋を突っ切って、クルチアは部屋の中央に置かれる大岩へ近づいた。 大岩から篭手の手首の部分が突き出ている。 ノシメハナの篭手は大岩に突き刺さっているのだ。 しかるべき者が篭手に手を差し込むと大岩から引き抜けると言い伝えられている。
大岩の横にはスタンドが置かれ、その上に説明用の金属パネルがある。 読んでみると、篭手を紹介する説明文だった。 書かれている内容は、既に記事で読んだ事ばかりだった。
大岩からは2つの篭手の手首の部分が突き出ている。 初めて見る実物に、クルチアは胸をときめかせる。
「ドキドキ、これが竜の鱗。 なんて美しいのかしら」
竜の鱗は漆黒に輝いている。 素材元である竜の巨大さを反映し、鱗の1つ1つが大きい。 傷1つなく新品のようにピカピカだ。 この篭手を家に持ち帰れたら!
「じゃあ手を入れてみるね?」
クルチアは誰にともなく宣言し、恐る恐る両手を差し込む。 差し込みながら篭手に語りかける。
(お願い~っ、私を所有者にして)
クルチアは女の子にしては大柄な方で、手もそれなりに大きい。 しかしやっぱり女の子。 篭手はブカブカ。 大きすぎた。 クルチアの心に失意が広がる。
(クッ、私には無理なの?)
篭手の指先にまで自分の指先が届かない。 サイズが合わない人物を篭手が適合者に認めるとは思えない―
しかしシュルルン。 篭手はみるみる縮まって... クルチアの両手を包み込みました!
「あらっ!」
クルチアは喜びの声を上げた。 同時に、両手が大岩からスルリと抜けた。 篭手のサイズが小さくなったためだ。
アーティファクトと目されるノシメハナの篭手が大岩から全貌を表した。 カバーする範囲はクルチアの前腕から指先まで。 色は漆黒。 金属のような光沢がある。 重厚感たっぷりの外見に比して軽い。 指先は竜の爪のように尖っている。 明らかに武器としての使用が想定されている。
両手を篭手に包まれて、クルチアの心に歓喜が満ちる。
(やった! ノシメハナの篭手をゲット!)
大岩の前で小躍りするクルチアに気づいて、部屋の入口を警護する衛兵が近寄ってきた。
✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩
衛兵は、竜鱗に包まれるクルチアの両手に強い視線を注ぐ。
「君、篭手を岩から引き抜いたのか?」
「そーなんですっ!」
クルチアは少し不安になり確認を求める。
「私が貰っちゃっていいんですよね?」
衛兵は事務的に応じる。
「手続きがある。 一緒に来てもらおう」
手続き? ちょっぴり不安になりながら、クルチアは衛兵の後に続いて部屋を出た。




