慶喜の弟10
4️⃣邂逅
明治24年 再び東京
どのくらいたった頃だったのか?
チリンという、風鈴を掠めた風の音に慶喜はハッと我に返った。
軒先にひと足早く夏を先取りしたような風情のガラスの風鈴が揺れている。病床の喜徳を楽しませるために使用人の誰かが用意したものらしい。慶喜は立ち上がってガラス戸を開けた。
『誰が吊るしたのかー?気の利いた者がいるのだな』
たった1人、病と戦っていたであろう弟のことを気にかけてくれる者がいたと知って慶喜は救われる思いだった。
喜徳には家族がいなかった。守役であった手代木弥兵衛はとうの昔にこの世から去っていたし、会津から帰ってきてその後、支藩であった守山藩に再度養子に出たものの、フランスで発病した鬱の病のためにこれも不縁となって以来、妻子を持つこともなく身の回りの世話をする者を僅かに置いたのみの1人暮らしであったのである。
いつの間にか雨はすっかり上がったらしかった。風に流された雨雲が異様に早く通り過ぎていく。慶喜は湿りを帯びた風に身を晒しながらふと視線を庭先に移した。
「……」
猫の額ほどしかない殺風景な庭の隅に、今を盛りの紫陽花がたわわに花開いていた。先ほど玄関で見たあの紫陽花だー慶喜は直感的に悟っていた。
薄い花色の紫陽花はやはり喜徳を思い起こさせる。重たげな花頭を風に揺らせて枝をしならせる様は、まるで慶喜に対して抗議をしているようだった。
「私を恨んでいるか、喜徳…当然だな」
呟いた慶喜の脳裏で紫陽花と喜徳の姿が重なってある光景を思い出させた。
☆
それは喜徳が2度目の養家から帰ってきた時のことー。将軍の座を降りたとはいえ一族の中では未だ中心人物である慶喜である。喜徳は水戸家に帰ってきた挨拶を兄にしないわけにはいかなかった。
戊辰戦争以来、会津から帰された時には喜徳はすぐに守山藩に行ってしまったので、この時が江戸城で別れて以来、初めての兄弟の体面だった。
気まずい雰囲気の中で、それでも慶喜は年長者の威厳を保って喜徳に話しかけた。
「ー長い間、苦労であった。これからはしばらくゆるりと休むがよいーそなたの労をねぎらい、何でも望みのものを遣わす…何がよい?」
「…何でもーでござりまするか…?」
「うむ」
一瞬、喜徳の瞳の中に狂おしい光が宿ったが、彼はそれを封じ込めるように下を向いてしまった。
「では兄上ーこの喜徳が自ら望みましたる姓を御賜り下さいませ」
「何?」
慶喜は眉をひそめて喜徳を眺めた。が、それはすぐに無表情に取って代わった。
「して、どの姓を名乗りたいのだ…」
「…松平とー」
瞬間、慶喜と喜徳の視線が絡み合った。
そして慶喜は悟ったのだ。表面上、何事もなかったようにしていても、弟は幕末の折の江戸城での出来事を決して忘れてはいない、一生慶喜を許すつもりはないのだということを。慶喜はふいに脱力感に襲われて脇にあった脇息にもたれかかった。
「…水戸…徳川の名など名乗りたくもないかー」
「ー」
喜徳は否定も肯定もしなかった。ただ頭を垂れて黙ったのみである。慶喜の面にはふいに自嘲的な笑みがのぼってきた。
「いいだろうー喜徳、松平を名乗るがよい」
喜徳の望む"松平"が、守山藩の"常陸松平"を指すのか会津藩の"会津松平"のことなのかはわからない。だが喜徳が慶喜と同じ姓を名乗ることを拒絶したことだけは明らかである。素直だった喜徳をこんな風に変えたのは他ならぬ慶喜自身だった。
自分は何と大切なものを失ってしまったのかー喜徳の眼差しは大政奉還の時にさえ動じることのなかった慶喜の心に波紋を投げかけたのだった。




