9話 魔術の進展
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2度見て以降、嫌な夢は見ていない。
思い出せもしない記憶の断片を時折、見るくらいだ。
ゲームではベックス・ムリーヨがプレイヤーと戦うのは貴族院。
そこに大きな魔術刻印を刻んでいた。
恐らくは平民の正気を失わせる刻印だ。
プレイヤーはそれの破壊、そこを守るベックス・ムリーヨを倒しに行くのだから。
それにしても、ペドロの娘に言ったことは事実か?
『ここにいる者は全員死ぬ。例外はない』
一体、僕は何をしていたんだろう。
殺気立っていたダニエラ。
ベニートとペドロは他人行儀だったし、僕の体は今ほど元気じゃなかった。
父様も何かをしていたようだから、ムリーヨ家で動いていたのかも。母様の名前は出てなかったな。
「ベックス様」
「ん?」
「どうかされましたか?」
「何も。どうしたの?」
「第2階梯のコツを聞きたかったんです」
少し暑さを感じられるようになった4歳の夏前。
今は部屋で魔術の練習中だ。僕たちはまだ初級魔術から進んでいない。
夢のことは忘れて、魔術に集中だ。
「第2階梯なら、後は飛ばすだけ?」
「はい」
「魔術に飛ぶことは書かれているから、考え方だと思う」
「そうですか」
「次は僕ね。ダニエラ、第3階梯のコツは?」
「どちらですか?」
「身体強化はできたから、回復魔術の方」
少しずつとはいえ勉強の成果は出ており、身体強化を出来るようになった。
こうして互いに教え合いながらも、魔術の授業は先に進みだしている。
今までは初級魔術が出来れば進む予定だったが、アルバロが進捗を聞いてすぐだろうと、僕とダニエラは中級魔術の勉強をしていた。
だから、魔術の勉強が終わり、僕の持久走が終わってからは一緒に初級魔術を使えるように教え合っている。
「ベックス様は怪我をしたことがありますか?」
「ないかも、ね」
「でしたら……当主様に指先を切る許可を貰って、練習すると早いかもしれません」
ダニエラが言いづらそうにしているが、それも仕方ない。
子供に怪我させることを進言したとなれば、クビどころか処刑すらあるのが貴族だ。
今のところ、家では聞いたことないが。
「うん。確かに、怪我したことないと治すことも出来ないだろうからね」
ベックスの体になってから怪我をした記憶がない。
過去の記憶でも小さい頃に擦り傷とか切り傷とかしていたが、幼い頃に怪我しないとな。
大人になってから怪我すると痛みの感じ方が違う気はする。
「父様の所に行こう」
話を終えると、すぐ執務室に向かう。
体は大きく、歩幅も大きくなったが、まだドアノブが少し高いから扉を開くのはダニエラ任せだ。
ノックをして、ベックスだと告げるとダニエラに開かせた扉から中に入る。
「どうした、ベックス?」
「今、回復魔術が出来なくて困ってます」
「コツを教えて欲しいか?」
「自分で怪我して、治す練習がしたいから、指先を切ってもいい?」
聞くと、驚いた顔をしていたが言わんとすることは分かるのか、悩んでいる。
まあ、辺境伯家の長男が指先切るのに許可が必要と聞くと笑える話だ。
戦う貴族なら、怪我しそうなのに。
「父さんは許可するけど、母さんからも一応許可もらっておくように」
「はい。母様は部屋?」
「ああ、部屋にいると思うから、行ってきなさい」
「はい」
執務室を出て、母様の部屋に行く。
父様が屋敷にいる時、母様は部屋にいて、父様が屋敷を出ている時は執務室で仕事をしている。
貴族は当主もその妻も忙しいみたい。
あれ? 次期辺境伯の僕はもしかして、婚約相手が決まってるとかないよね。
恐ろしい未来を想像し、嫌になりながら扉をノックした。
「母様、ベックスです」
『入ってらっしゃい』
ダニエラが扉を開けると、本を手にした母様がいた。
我が家に本はあるが、魔術の勉強で読んだ教則本くらいしか読めていない。
本を読む時間を作るか。
「どうしたのベックス?」
「今、回復魔術の練習しています。自分の指先を切って練習してもいいですか?」
「父さんは許可した?」
「うん、母様の許可も貰うように言われたの」
「それならいいけど、ダニエラは回復魔術使えるの?」
「はい、使えます」
「うーん、そうね」
本をパタンと閉じて、母様はしばらく体を左右に振って悩んでいる。
何度か頷くと答えが出たのか、こちらを向いた。
「それなら、1日に5回だけ。1回切る毎にベックスが試して、出来なかったらダニエラが傷を塞ぐこと。この条件で試すなら許可します」
「うん」
「ナイフはアルバロに言って用意させなさい」
「うん。言ってくる」
「がんばってね、ベックス」
「うん、ありがとう母様」
母様の部屋を出て、再度執務室に向かう。
入ると父様とアルバロが仕事の手を止めて待っていた。
「母さんは許可くれたか?」
「うん、アルバロにナイフを用意させるようにって」
「そうか。アルバロ、頼むぞ」
「分かりました。ベックス様、こちらに」
「うん」
執務室を出たアルバロに付いて行き、鍵のかかった部屋に入る。
部屋には武器が整頓されて置かれ、アルバロは部屋の隅にある棚を開けた。
小さなナイフがいくつかあり、そのうちのひとつを渡される。
「このナイフがよいでしょう」
「何か違うの?」
「切れ味と頑丈さです。このナイフであればベックス様は過度な痛みを負わずに、指先を切れるはずです」
「選んでくれたんだ、ありがとう」
「いえいえ、刃物は危険ですから、十分に注意してください」
「うん」
「ダニエラ、頼みましたよ」
「はい」
部屋に戻ると服が汚れないよう腕まくりして、指先をナイフで切った。
じわっと出てくる血が赤色で少し安心する。
貴族の血は青いとか本当だった可能性もあるからな、この世界では。
ゲームでは赤色だったが。
「ダニエラが最初治して」
「はい」
詠唱を始めたダニエラは僕の指先に手をかざした。
すると、指先に溜まった血が増えなくなり、血を舐めとると傷が塞がっている。
切れ味のおかげか、魔術のおかげか、傷もない。
「すごいね」
「ベックス様、血はふき取ってください」
「人の目がないなら、舐める。それより2回目するから」
「はい」
その日は成功できなかった。
しかし、1週間経たずに回復魔術を成功させることができた。
というのも切り傷を作る時に、深くまで切りすぎて痛みを感じたことが原因だ。
初めて魔術を使った時から思っていたが、恐怖か、命の危険か、それを感じ取ると魔力が上手く動いてくれる気がする。
そこで、ふと思ったことがある。
もしかして、ゲームのボスたちが第2形態とか持っていたのは、命の危機を感じて魔力をより動かせたからかもしれない、と。
となると、命の危機を感じさせる暇もなく襲撃者を倒す技量。
もしくは、襲撃者から身を守り続ける技量が必要になる。
どちらも難易度が高い。
一先ずは物理防御や魔術防御の魔術を上手くなって、助けを呼ぶことを目標にしよう。




