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5話 礼儀と関係性

 ○


 寒い冬を越え、春頃に僕は4歳になった。

 同時に礼儀作法の勉強が始まり、思いのほかすぐ終わってしまう。

 というのも過去の僕が知る礼儀もどきでどうにかなったからだ。


 礼儀作法の最初の勉強で知ったのだが、7歳になると屋敷に近隣の貴族を招待してお披露目会をするらしい。

 その為に礼儀作法を覚えるのが普通のようだ。

 僕の場合は外に出るための必須技能として礼儀作法がある。


 そんな礼儀作法を勉強して分かったのは、この世界における貴族は少し頭がおかしいということだ。

 貴族がなぜ、礼儀作法を教えられるのか。

 外に出る、お披露目会のため、だけじゃない。貴族としての面子というものがあるからだ。


 この面子というのを僕なりに解釈した結果、なめられないように礼儀を知り、礼儀を失した相手に手を出すための大義名分みたいだ。

 なめられないようにして、なめた態度を取ったら手を出す。僕が想像したのは、暴力的な組織だ。

 貴族というのは随分と生きづらそうだ。


 心配性の僕は7歳のお披露目を鍛えられるタイムリミットにした。

 襲撃を受ける可能性が高いのはここだろう。

 もちろん、それより早かった時のため、自己防衛手段を得るため、勉強と運動は続けている。

 今日は礼儀作法が実際にできるか確認するため、父様の友人貴族が屋敷に来た。


「よお、お前がレイシャールの子か」

「はい! ベックス・ムリーヨともうします。本日はよろしくおねがいします」

「んあ? ああ、おいレイシャール。ベックスが子供らしくない、どういう教育してるんだ?」

「イラリオ、礼儀のチェックで呼んだと言っただろう」

「んなこと言ってもよ、ガキは騒がしい方がいいだろう?」

「頼むよ」

「分かったよ。ベックス、俺はイラリオだ」

「よろしくお願いします」


 互いに年齢は似たような感じらしく、イラリオさんは体が全体的に大きく老け顔だから歳が離れて見えるな。

 事前に次期伯爵で勉強中だと聞いている。

 そういえば、祖父祖母と会ったことがないがどこかにいるのかな。


「それじゃあ、ベックス。少し話して礼儀作法を確認するか」

「はい、おねがいします!」


 イラリオさんと僕の部屋に移動して、本当に軽く話をした。

 なんてことのない食事の話だ。

 すると、手を叩いて笑いかけてくる。


「合格合格、ガキがかしこまった話し方するな。背中が痒い」

「そうですか?」

「それ! もっと、そうかなぁ、とか」

「へー」

「それでいい」


 父様より鍛えていないが、体の大きい人が熱く語っていると変な感じだ。

 しかも子供の話し方に口出してくるのは、余計に。


「どうして、話しかたを気にするの?」

「近くにある孤児院のガキたちがそんなだからな。貴族の子供でもガキらしくあればいいんだよ」

「へー」


 孤児院?

 今、何か思い出しそうだったんだが、出てこない。

 NPCとかボスとかに関わってたと思うんだが。


「それにしてもベックスは、随分と早く礼儀を教えられたんだな」

「おっちゃんは違うの?」

「おっちゃんじゃない。お兄さんな」

「おっちゃん」


 打てば響くこの感じ。

 つい、意地悪したくなって再度呼ぶと、しきりに首を振った。


「お兄さんは7歳で教えられた」

「7歳はおひろめでしょ」

「そうだけど。ああ、ベックスはもしかすると合同のお披露目会に出るのかもな」

「え、なにそれ?」


 冷静な僕の部分がが子供らしさを失って、イラリオさんに質問をした。

 7歳のお披露目を7歳で礼儀作法を学んだ人がいる。

 4歳で礼儀作法を学んだのは僕の選択だが、それは父様と僕の考えが合致しただけなのかもしれない。


「公爵様のとこの長男が6歳だから、7歳になると近隣の貴族子女をまとめてお披露目するかもしれない」

「そうなんだ。父様にきかないと」

「礼儀作法は問題なかったから、安心しろ」

「うん」

「それより、礼儀作法は出来たんだから、外に出るんだろ?」

「うん」

「どこ行くんだ?」

「わかんない。どこに、なにがあるんだろう?」


 そもそも外に出たことがないから、分からない。

 騎士の訓練も見てみたいし、魔術を発動させる道具も見てみたい。

 発動体って言うらしいが、魔術具という名前が広がっているとアルバロは言っていた。

 ラスモントにあるなら、行ってみたいな。


「うちの領は、農地が多くてな。辺境伯領とも結構取引してるんだぜ」

「へー、人は多いの?」

「少なくはないけど、辺境伯領全部と比べると少ないな」

「ここは人が多くて、広いの?」

「人は多くて、領地は広いぞ。辺境伯家は4家あるけど、その中でもムリーヨ家が一番大きい」

「へー」

「だから、ベックスの父さんとその兄弟が管理してる」

「そうなんだ」


 次期伯爵の領には何があるのか聞こうとしていると、扉がノックされた。

 薄っすらアルバロの声が聞こえてきて、ダニエラが扉を開けるとそこには父様がいる。

 アルバロはイラリオさんの目を避けるように、扉近くで待機した。

 真剣そうな顔だったから、意図しての事なんだろう。


「どうだった、イラリオ?」

「問題ない、合格だ」

「思った通りだな」

「公爵様んとこと一緒にお披露目するのか?」

「誘いが来れば行くことになるだろうな」

「5歳でお披露目なぁ、俺は無理だったろうな」

「12歳であれだからな、イラリオは無理だろう」

「12歳でふたりは会ったの?」

「そうだぜ、ベックス。貴族院ってとこでレイシャールと会ったんだ」

「きぞくいん?」


 まだ知らないことがあったらしい。

 5歳でお披露目はするかもしれないし、12歳で貴族院に行くみたいだ。

 ゲームではベックスのボスステージだったはずだ。

 高校とか大学くらいに考えていたが、12歳から通うとは。


「ベックスは12歳で貴族院という貴族子女が通う学院に行くんだ」

「がくいん?」

「そう。そこで貴族同士の接し方を覚えたり、人脈づくりをしたり、必要なことをするんだ」

「必要なの?」

「必要だぜ、ベックス。レイシャールは碌に勉強してなかったから、兄貴に騙されて当主になったんだぞ」


 父様、そんな重要な勉強してなかったんだ。

 騙されて貴族家の当主になるとは。


「そうなの?」

「ああ」

「イラリオ、言わないでくれ」

「いい教訓としてベックスに教えてやろう」

「うん」

「おい」


 父様は止めようとしていたが、イラリオさんは止める気がないようだ。

 知りたいから助かるが。


「レイシャールは爵位を継ぐはずの兄貴がいてな、こいつはテキトーに生きるつもりだったらしいけど」

「そうなの?」


 次男から辺境伯家の当主になったのか。

 それなら俺も同じことを弟にすれば、辺境伯家の仕事をせず生きられるようになる?

 そもそも弟がいないが。


「本当だよ。兄さんの手伝いをしていれば楽に生きられると思ってたんだ」

「で、兄貴が国に出す書類のサインと提出をこいつに頼んだわけだ」

「そう。その書類が父から渡された家督相続の証明書だったんだ」

「碌に読みもせずにサインして国に出したこいつは貴族院で勉強中に辺境伯を継いだわけだ」


 放蕩息子ってやつか。

 ヤンキーみたいな子供だったのかな。


「父様の父様はどこにいるの?」

「王都の屋敷でつつましく夫婦そろって暮らしてるよ」

「どうして子供につがせたの?」

「怪我したからだね」

「けがしたらダメなの?」


 どう説明をしていいのか、頭を捻る父様。

 それを見て、イラリオさんが説明してくれた。


「辺境伯ってのはな、ベックス」

「うん」

「国を外から守る貴族なんだ」

「そうなんだ」

「だから、戦えない者は向いていないとされて、爵位を縁者に譲るようにと言われるんだ」

「へー」

「分かってないな」

「わかってるよ。けがしたらダメで、戦えないって思われたらダメなんだね」


 貴族の面子に辺境伯家の面子が加わった。

 戦えない者は辺境伯家の者に相応しくないということか。


「そうだけど、爵位を継ぐ者がそうなだけで、両親は王都で仕事をしてくれてる」

「貴族のしごと、いっぱいだね」

「あー、言うなよベックス。お兄さんも伯爵を継ぐのに」

「おっちゃんでしょ」

「ベックス言いすぎだ。イラリオはおじちゃんだ」

「おっ、見た目はあれだけどな、レイシャールと同い年だからな。ベックス」

「僕、4歳。おじちゃんは?」

「お兄さんは22歳だ」

「え?」


 父様が22歳というのにも驚いたが、同い年のイラリオさんが老けすぎな事に一番驚いた。

 口が開いたまま塞がらない。

 髭を生やして、体が少し大きいから中年に見える。

 服の問題か。お腹が出ているように見えるから、より中年らしいのかも。


「イラリオ、お前があまりにもおじちゃんだからベックスが驚きっぱなしだ」

「本当だよ。おじちゃん」

「ひでぇよ。ふたりとも」

「はははは、悪いな」

「ごめんね」

「はいはい、レイシャール様、ベックス様、お客人で遊ばない」


 扉の近くで待機していたアルバロが会話に入ってくる。

 一瞬で場が静寂に満たされた。

 イラリオさんがアルバロを見ると、顔が引き攣ってゆっくりと歪み始める。


「ナ、ナバスさん!」

「おや、先ほどからずっといましたけれど、ようやく気付いたんですね」


 恐怖で顔が歪んでいるようにしか見えない。

 どういう関係性のふたりなんだろう。


「ダニエラ、そろそろ食事です。おふたりを頼みます。私はブスタマンテの次期殿と話をしていますから」

「はい」

「しっかり話をしておけよ、イラリオ」

「またね、おじちゃん」


 僕以外は理由を知っているのか、当たり前の対応に見える。

 食事中にふたりの関係性について聞くことができた。


 父様が言うにはアルバロは子爵家の次男らしく、歳の離れた仲の良い妹がいるらしい。

 その妹の婚約相手がイラリオさんで話が決まってから、まったく会えていなかったようだ。

 執事の仕事もあって動けないアルバロの所に来たのは、父様が礼儀作法の確認で呼び寄せたかららしい。


 恐怖していたのはなぜかと聞いたところ、アルバロはイラリオさんの妻だけは嫌だったみたい。

 イラリオさん以外ならいいのに、妹はイラリオさんを選ぶから嫌だと。

 しかし、それを口に出せないから態度で示しているとのことだ。

 話し合いで解決してほしくて、ふたりにさせたと父様は言っていた。


 どういう話し合いが行われたのか分からないが、翌日帰る時にはすっきりした顔のアルバロ、頬を腫らしたイラリオさんが笑い合っている。

 イラリオさんがキョロキョロしていたが。

 アルバロは拳を握りしめていたが。

 どうにかなったと思うことにした4歳の春だった。


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