34話 ベックス・ムリーヨのプロローグ②
角を曲がると、月明かりで照らされた長い廊下に、場違いな黒いローブ姿の不審者たちがいた。
黒ローブは3人。
3人とも右手に片手剣を持ち、顔は見えない。
間違いなくお披露目会の関係者ではない。
「ッ! ベックス様、逃げてくださいっ‼」
公爵家の屋敷に入り込む賊というのは、こうも堂々と待ち伏せをするものなのか。
ダニエラの金切り声は聞こえるが、僕は逃げられない。背を向ければ切られるだろう。
武術を使われれば、この距離は一瞬だ。
「ムリーヨのベックスだな。悪いが死んでくれ」
間違いない。
これが、死にゲー世界になるかの分岐点。
襲撃だ!
「ん? 隣のメイドが腰抜かしちまったか。運がない」
さっきまで笑っていたダニエラは真っ青な顔で、へたり込んでいた。
何度も立ち上がろうとしているようだが、力が入っていない。
大事そうに抱えていた揚げパンを包んでいるハンカチは、無造作に床に転がっている。
「どうして、僕を狙うの?」
努めて幼そうな声を出す。
出した声が震えているのは、直面した恐怖からだろう。
異常な渇きで、無意識にのどが鳴る。
「気にするな。俺は優しいから痛みもなく殺してやる。安心しろ」
真ん中のひとりが進み出て、動かない僕に近づいてくる。
芯から冷え切ったように、体の震えが止まらない。
間違いなく武術を使える3人。
ここはもう相手の間合い。
どうする⁉
「ダニエラは、どうにかならないの?」
「あぁ? ああ、メイドか。無理だ、見たからな」
「だから、運がないって」
「そうだ」
「そう……なんだ」
パニックを起こしかけている僕は、どうしてまだ死んでいないのかという疑問を持った。
さっさと殺して、逃げればいい。
公爵家の屋敷で殺しをするなら、発覚する前に逃げなければならない。
近づいてくる男の片手剣。
男のために作られた片手剣でポンメルは角の取れた四角形、ガードには精緻とは言えないが高価に見える彫刻、剣は少し細身だ。
でも、イニゴの作った安い片手剣の方が出来は良い。
後ろの人たちの剣は傷ついていて、とても使い古したものに見える。
近づいているこの男、あまり殺し慣れていないのか。
子供だからって、油断しているな。
「怖いから、ダニエラを抱きしめてもいい?」
「ああ? 好きにしろ」
殺しの美学とか言いだしそうな男だ。
でも、そのお陰で僕は生きる気力と手札を得た。
男に背を向けて、震える手でダニエラを抱きしめる。
僕の体の陰でダニエラの腕をベストのポケットに向かわせた。
「ベックス様、私、無理です」
「渡して!」
背後で男が剣を振り上げるのを感じながら、僕は母様からもらった杖を握る。
魔力を操作して発動したのは、第2階梯の物理防御魔術。
僕を中心とした球状の物理防御壁が刻印魔術によって、即座に構築される。
ヴィィィンという耳に悪い音と共に、剣が弾かれた。
「なっ! クソガキッ‼」
振り返ると、先ほどまでの余裕を持たない男がいた。
へたり込んで動けないダニエラはいるが、僕は安全に魔術が使える。
勝ったな!
何度も攻撃をしている男だったが、どの攻撃も騎士ほどの強さはない。
ペドロの攻撃くらい鋭くないと、魔力の減少を僕は実感できないから、余裕はある。
少し余裕を持っていると、奥のふたりが動き出して男よりも鋭い攻撃を叩き込んだ。
ギィィィンと金属同士がぶつかる音が響いて攻撃を阻む。
だが、魔力の減少を感じて命の危機だというのに眠気に襲われる。
「ダニエラ。魔術具は使えない?」
「は、はい」
「わかった」
110番に声を届けるしかない。
防御魔術を使いながら、僕は魔力を腕輪に流していく。
同じ魔術をふたつ使うのは難しいが、別の魔術ならどうにか出来る。
『ベックス・ムリーヨ。客室1階前で襲撃を受けた。敵は3人、助けて』
どうにか発動出来たが、魔力の調整が少し下手だから異常に大きな声が屋敷を響き渡った。
これで、父様が気付いてくれる、はず。
声が響き渡ると、男たちは鬼気迫る様子で攻撃を叩き込み始めた。
その様子を見るに、どうやら対魔術の戦闘をした経験は浅いようだ。
魔術で攻撃すれば、僕は別で魔術用の防御魔術を使う必要があるのに。
子供だと侮っていたのだろう。僕の努力が実を結んだ瞬間だな。
「ベックスっ‼」
「父様っ!」
片手剣を持った父様、武器を持っていない騎士、武器を持った騎士が走ってきた。
父様が武器を奪ったみたいだ。
真剣な表情に、無事な僕を見つけて安心が見えた。
はぁ。僕もひと息吐けそうだ。
「チッ、引くぞ!」
男が声を掛けると、開いた窓から真っ先に出て行った。
最後の襲撃者が窓に足をかけたのを見て、安心した僕は座り込んだ。
途端、僕は右足に違和感を覚えた。
「ん?」
異常を感じて目を向けると、ふくらはぎに細いナイフが刺さっている。
状況を理解するのと同時に、耐えられない痛みに声が漏れた。
「がぁッ⁉」
「ベックス⁉」
痛みをこらえながら窓を見ると、襲撃者はいなくなっていた。
ただ、とても不味い!
生き残りはしたが、足にナイフが。
これがゲーム世界のベックスになる傷だとすると、僕はもう足を動かせないのか‼
何をしてるんだ僕は⁉
油断、慢心。
結局は……僕が僕の未来を潰したのか。
「ベックスを部屋に運ぶ! うちの執事を連れてこいッ!」
僕は自分が情けなくなったのと、今までの疲労で痛みより眠気を感じていた。
父様に抱き上げられると体が揺られ、部屋に入るとベッドに寝かされる。
「いまから傷を。少し待て」
「……はい」
天井を見ていると、周囲が少し騒がしくなって、すぐに静かになった。
アルバロが来たのかな。そう言えばダニエラは?
しばらくすると足に鈍痛が出てきて、意識が少しはっきりした。
眠気が頭をボーっとさせていたらしい。
顔を上げると、部屋にはアルバロ、ダニエラ、ペドロ、父様がいる。
騒がしかった時に何かあったのかもしれない。
「レイシャール様、回復薬の用意が出来ました」
「分かった。ベックス、ナイフを抜くぞ」
「はい」
「ナイフを抜いて、すぐに回復薬を掛ける」
回復薬というのは何だろう。
聞いたことがない。
アルバロが手に持っているものは、緑色のスムージーにしか見えない粘性のある液体だ。
「はい」
「痛いから、我慢しなさい」
「はい」
父様が僕の右足に刺さっているナイフを握る。
抜こうとしたけど、傷口を見て止めた。
「とうさま、まだ、いたい」
「待ってくれ。アルバロ、ナイフを見てもらえるか?」
「はい」
「青い液体が付いている」
「なッ⁉」
父様の言葉にアルバロはナイフを見ていく。
確かに僕からも見える場所に、青い液体が付いていた。
血は赤いけど、ナイフには青い液体。
まさか、毒⁉




