31話 お披露目直前
「ベックス・ムリーヨ様、どうぞ」
「ああ」
扉が開けられて入ると、中には6人の子女たちがいて僕は最後に到着したようだ。
運の良いことにここでは2番目の爵位を持っているから、挨拶に向かうところはひとつだけ。
ゴドフレド様の所に向かい、頭を下げる。
「ゴドフレド様、おはようございます」
「お、おはよう、ベックス」
「……ベックス様、おはようございます」
名前を碌に覚えていない年上の貴族子女たちから挨拶を受ける。
挨拶を終えると、僕はギジェルモの所に行き、お披露目会の話をすることにした。
「ギジェルモ」
「ベックス、ど、どうしました?」
「ん? ギジェルモどうしたの?」
緊張しているようで返事をもらえなかったから、仕方なくギジェルモのメイドのマイテに顔を向けた。
キリっとしているマイテは、顔を向けただけで把握したのか会釈をして答えてくれる。
「ベックス・ムリーヨ様。ギジェルモ様は先ほど公爵様のメイドに教えられた手順を覚えている所です」
「ああ。たぶん爵位の低い子からお披露目で、ギジェルモは早いからね」
「はい」
若い脳細胞は覚えられると思うがな。
なんとなくでもどうにかなるだろうし、幼いというのはミスを許容される特権だ。
「ギジェルモ、大丈夫だよ。公爵様のメイドが扉を開けたら、台まで歩いて待つ。公爵様が促したら挨拶をして、終われば台から他の子が並んでいる場所に動くだけだよ」
「はい、覚えてるんですけど、不安で」
こういう時は不安が出てくるみたいだ。
変人らしさが溢れている時は、不安そうな感じはないのに。
「ギジェルモの服は、質が高いね」
不安から目をそらしてもらおうと話を変え、ギジェルモの服に注目した。
男子はみんな似たようなスーツにベスト、シャツとスラックス、腰巻だ。
ギジェルモのスーツは黒っぽい茶色で、似たような色のスカーフをネクタイとしているように見える。
「これは母の実家から送られた布で誂えたものなんです」
「良い色だね。それと比べて、僕のこれ」
ゴドフレド様や他の子たちが挨拶を躊躇っていたのは、スーツが問題だ。
地味というより落ち着いた感じのあるギジェルモと違い、僕のスーツは何とも言えないものだった。
ワインレッドと言いたいが、実際は何で作られたのか乾いた血の色にも見える。
上下とベストがそれでシャツは白いから異様さが際立っていた。
蝶ネクタイも同じ色で、刺繍が施されており、それも目立つ。
これを頼んだのは両親だと思うが、僕をどういう風に見せたいんだろう。
「素晴らしいです。少し派手ですけど」
「だよね。そうだ、お披露目会の挨拶はどういう感じでするの?」
「普通に行います」
「どんな風に?」
「初めまして、グラシアノ・バハモンデ男爵の長子、ギジェルモ・バハモンデと申します。6歳でお披露目となること、大変うれしく思います。です」
前の人の挨拶をパクろうと思ってたけど、びっくりするほど固いんだな。
ギジェルモに聞いておいてよかった。
「そんな感じなんだ」
「ベックスはどんな感じですか?」
「考えてない」
「えーッ⁉」
「声が大きいよ」
「でも考えてないって、どうするんですか?」
「テキトーにしておけば大丈夫だよ」
たぶん。
短いから、全員の挨拶は似たようなものになる。
ギジェルモのから似たような言葉を並べればいい。
「去年の私には出来ません」
「僕だってそうだよ」
「本当ですか?」
緊張がなくなったギジェルモは僕に疑いの目を向けてきた。
緊張と一緒に遠慮もなくなったようだ。顔もずいっと近づけている。
悪くはないけど、他の貴族子女もいるから場は考えて欲しい。
「本当だよ。ほら、それよりも近いよ」
「失礼しました」
話していると、扉がノックされた。
内部の視線が扉に集中すると、部屋付きのメイドが対応する。
扉を開けて入ってきたのは、公爵様の執事だった。
「皆様、お披露目会が始まりました。ホセ様、ギジェルモ様、こちらへお願いします」
「頑張って、ギジェルモ」
「はい」
ギジェルモともう1人がメイドを連れて、部屋を出て行く。
すぐに扉から大広間の騒がしさが聞こえてくる。
お披露目会が始まったようだ。
ギジェルモがお披露目に向かってから、僕はソファに座って挨拶を考えていた。
そうしている間にも1人ずつ減っていき、残るは僕とゴドフレド様だけになる。
「ベックス」
「はい、ゴドフレド様」
周辺視野に捉えていたからレスポンスは早い。
近くに来ていたゴドフレド様に立ち上がって体を向けると、ソファに促された。
「昨日の魔術具店の話だ」
「はい」
「昨日、父上に報告した」
「はい」
「知っていたみたいなんだ」
「どういうことでしょう?」
「あの店の商品の質が悪いということを知っていたみたいだ。私が商品の質の低さに気付くか試しながら、調査をしていたと聞いた」
公爵様も7歳の子供相手に何をしているのか。
子供が分かるのは飯の美味い不味いと親の機嫌くらいだ。
それも比較対象があるから分かるだけ。
「ゴドフレド様は他の魔術具を使ったことがありますか?」
「魔術の先生のを1度だけ」
「それじゃ分からないのは仕方ありませんよ」
「そうだろうか」
途端に落ち込み始めたゴドフレド様。
他の貴族子女たちがいないから、気にする性質が出たのだろう。
僕は5歳、ゴドフレド様は7歳。
世界は子供に優しくしてほしいものだ。
「そうです。でも、これからは悪い魔術具を知りました。他の貴族子女はこんな機会ありませんから、悪い見本として杖を持っていましょう」
「ハハハ、そうだな。次こそ見抜く機会があるだろうから、悪い指標を得たのだな」
「私も大事に指輪を持っていますから」
「そうだったな。私の魔術具は別の店で買うことになった。気付かせてくれて助かった。ありがとう」
「いえ、力になれたのであればよかったです」
すっきりしたように見えるゴドフレド様。
どうやら僕にお礼を言っていなかったのが心残りだったらしい。
残念だけど、心残りを今から増やしますよ。
「ベックス様、待機をお願いします」
「わかった。ゴドフレド様」
「なんだ?」
「ギジェルモにもお礼を言ってあげてください」
「う、うん、うむ。わかった!」
助けを求めるように視線がメイドに向かっていたが、当のメイドは頷いてゴドフレド様の助けを拒否したようだ。
下の者を労うのは上の者の務め。
ギジェルモにお礼を言うのはお披露目会の大広間だろう。
ギジェルモは注目を浴びるだろう。
公爵子息と仲の良い男爵子息、悪くないな。
移動して大広間前の扉で待機していると、挨拶は終えていたのか聞こえてこなかった。
しかし、公爵様が魔術を使わせているのが聞こえてくる。
『得意な魔術、いや安全な魔術を発動してもらえるかな?』
『はい』
聞いてないよ、父様。
でも公爵様は第1階梯魔術で良いと言っている。
得意な魔術じゃなくて、安全な魔術。
光の魔術で良さそうだな。
「準備をお願いします」
「うん」
貴族仕草にも慣れてきて、ダニエラに服のチェックをしてもらう。
たった2年、されど2年。
これから何年貴族をするのか分からないが、僕の貴族子息としてのお披露目会だ。
扉の前に立っていると、中からノックされてメイドが扉を開いた。




