30話 お披露目前と案内
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お披露目会の当日、ダニエラに起こされて遅い朝食を済ませた僕は誂えた服に着替えていた。
少し離れた場所で父様もアルバロの手を借りながら着替えている。
僕が着せられている服はスーツのようなものだが、謎の腰巻が付いていた。
どう考えてもいらないと思うが、これには意味がある。
「ダニエラ、この腰巻はなに?」
「礼儀作法で教えてもらった、爵位が分かるように着けるものです」
「もっと小さいのかと思ってたよ」
正方形の腰巻を対角で折って右腰で縛ると、左膝までかかる大きさだ。
僕の腰巻は黒地に白で辺境伯家の紋章が刺繍してある。
紋章の刺繍が白だと子女、金が当主、それ以外は血縁だ。
辺境伯家は黒地で他の貴族家は爵位ごとに違っているという。
つけられる装飾も爵位ごとに違うらしいが、僕の腰巻は特に装飾がない。
貴族の子供は華美な装飾がダメらしいから、結構簡素だ。
「この腰巻のお陰で、服に関しては色の制限がなくなったみたいですよ」
「そうなんだ」
蝶ネクタイをつけながらダニエラが教えてくれる。
僕よりも貴族の事に詳しいのは、僕よりも長生きだからだろう。
靴も何度か履いて慣らしておいた、お披露目会用の靴に変える。
かっちりしすぎて勝手に背筋が伸び、気が妙に引き締まってしまう。
「ベックス様、準備できました」
「肩に力が入るから、上着はお披露目会まで脱いでおくよ」
「はい、分かりました」
少し気が楽になった僕は椅子に座って、昨日の魔術具とペーパーナイフを手に取った。
じっくりと見ていると、昨日のことを思い出して笑ってしまう。
「ベックス、嬉しそうだな」
「うん、父様」
「それが昨日言っていた指輪か」
「うん」
昨日の内に魔術具店での話はしている。
着替えて対面の椅子に座った父様は、興味深そうに僕の手にある指輪を見ている。
渡すと、刻印や石をじっくりと見ていく。
「魔術具に悪いものってあるんだね」
「もちろんだ。ラスモントのパンチョは優秀だからな」
「そうなんだ」
「印を刻む腕、印に流す金属の割合と温度、いろいろな要素があるけど、どれも一定以上の腕がないと、この指輪のように魔力が流しづらいものになる」
父様も色々なことを知っているようだ。
魔術具の話は貴族院でもあるのかもしれないな。
「ゴドフレド様は公爵様に報告すると言っていたのか?」
「うん。店主はどうなるの?」
「金銭の弁償だろうな」
「死罪にならないんだ?」
「故意に騙していればなるけど、指輪を見たところ違うだろう。とはいえ、公爵家のために働くことになるだろうね」
「働くって、どういうこと?」
「儲けの出ない仕事を頼まれるから、辛いだろうってことだよ」
「面子だね」
「そうだ。ベックスも平民を裁く時は、面子を考えて決めなさい」
「はい」
指輪を返してもらいながら、父様は5歳児に何を言っているんだろう。
でも、物分かりが良い所為だと思うと何も言えない。
ペーパーナイフを手に取った父様は指輪の時よりもじっくりと見ていく。
父様の魔術や武術を見たことはないが、戦う貴族だから上手いんだろうな。
魔術具よりも興味がありそうだから、武術の方が得意なのかもしれない。
「これは良い、ベックス、どこで買ったんだ?」
「イニゴの店でもらったよ」
「ああ、偏屈ジジイの武器屋だな」
指輪を眺めていたのを止め、顔を上げると父様は苦い顔をしていた。
良い思い出のある知り合いではなさそうだ。
「知ってるの?」
「ああ、昔は王都で店を構えていてな。貴族院にいる頃は武器を頼んでいた」
「そうなんだ」
「公爵領にいたとはな」
苦い顔を変えないままの父様は大きな問題だと感じているようだ。
僕としてはゲームで出てきた武器がそのまま現れて、複雑ではある。
間違いなく、いつか起こる襲撃次第で死にゲー世界に早変わりしそうだから、どうにか怪我無く生き延びなければ。
怪我をしたら最終ボスの父様を止めるのは無理だろうし、怪我をしないことが一番重要だ。
「ベックス」
「うん?」
「魔術具は身に着けたか?」
「うん。腕輪、杖を持ってるよ」
渋面から親の顔になった父様を安心させるように、左腕の腕輪とベストのポケットに入れた杖を見せる。
安心したように頷いた父様はペーパーナイフを返しながら、注意事項を伝えてきた。
「ベックス、何かあれば、自分の身を守ること。防御魔術を使って、そのあとに腕輪の魔術を使いなさい」
「はい」
耳タコと言ってもいいくらい聞かされていることだ。
まあ、親の愛というやつだな。
「父様、イニゴが公爵領にいると困るの?」
「いや、うちの領に勧誘していたからな。ここにいて驚いたんだ」
「そうなんだ。腕は良いもんねイニゴ」
「ほう、イニゴの武器を見たのか、ベックス」
魔術具の話よりも食いつきがいいイニゴの話。
イニゴの武器は父様も魅了しているようだ。
「すごい武器を見たよ。イニゴのたまに出来るとっても出来の良い武器を見たんだ」
「どんな武器だった?」
「斧だったよ。頼まれて作ったみたい」
「良かったなベックス。イニゴの良い武器は滅多に見られるものじゃないからな」
「そうなんだ」
「ああ。自分で武器を選ぶ時の基準にするといい」
「わかった」
ちょうど話が終わった時に扉がノックされた。
ペドロが対応すると、部屋に公爵家のメイドが入って来る。
「お披露目会の準備が整いましたので、ベックス・ムリーヨ様のご案内に参りました」
「私はどうする?」
「レイシャール・ムリーヨ様は別の者がご案内します。しばしお待ちください」
「分かった」
「ベックス様、上着を」
「ありがとう、ダニエラ」
上着を着せられて、身だしなみの確認をした僕は扉の前まで移動した。
ペドロ、アルバロ、ダニエラ、父様を振り返り、手を挙げる。
「行ってきます」
「ああ、父さん見てるからな」
「お披露目、楽しみにしています」
「さ、ベックス様、行きましょう」
隣にいるダニエラは見上げた僕の顔を真顔で見ている。
お付きのメイドは一緒に行くようだ。
「うん」
公爵家のメイドに付いて行くと、客室のある場所からしばらく歩いた。
窓に面した廊下を歩いていくが、誰もいないのか、防音が素晴らしいのか、人の声、音が全くしない。
窓の外には庭があって、外壁に囲まれている。ここは内も外も人がいないみたいだ。
しばらく歩いて、人の気配がする大きな扉を開いた。
扉の先には机がいくつかあり、つまめるような料理がメイドの手によって並べられているところだ。
ここがお披露目会をする大広間だろう。
扉から真っすぐ進んだ場所にはお立ち台が見える、お披露目の挨拶はそこでするみたいだな。
「お披露目の前になると、メイドの方とここで待っていただきます」
「うん」
「メイドが扉を開きましたら、この先の台に上がってください」
「うん」
「公爵様が自己紹介を促しますので、挨拶をしてください」
「うん」
「挨拶を終えましたら、近くに同じくお披露目を終えた子女の皆様がいますので、並んでください」
「うん、覚えた。うちのメイドは僕が挨拶に行くと、どうなるの?」
「メイドが案内して、会場の端で控えています」
「わかった」
慣れたように教えてくれるメイドだ。
説明はすべてのこのメイドが担当しているんだろう。
「待機する部屋に向かいます」
「うん」
大広間の近くにある扉をノックしたメイドは僕が来たことを告げると、頭を下げて去っていく。
公爵家は屋敷の広さから大量にメイドがいるけど、質が高いな。




