3話 魔術と祭り
○
文字の勉強をはじめて2週間ほどで大体の文字を覚えた。
文もほぼ日本語のようなもので、一応日本のゲームだから似ているのだろうと考えている。
運動も続けており、間違いなく持久力は上がっていて、鍛えている成果は出ていた。
今日はようやく魔術の勉強が始まる日だ。
部屋で勉強すると伝えられ、朝食後に待っていると本を抱えたアルバロが入ってきた。
「ベックス様、魔術の文字や図形を覚える前に、魔術の仕組みを覚えましょう」
「はい」
アルバロは本を読み、見せながら、僕に教えてくれる。
どうみても3歳児に向けた教本ではない。記憶にある6歳児でも無理だ。
「アルバロがおしえてくれないの?」
「いえ、貴族子女用の教則本に沿って教えようかと」
「あとからよむ。だから、アルバロ、おしえて」
「分かりました」
「かんたんに」
「はい」
アルバロが教えてくれた魔術の仕組みは、覚えるのが面倒だった。
どの魔術も初めて使う場合は詠唱が必要で、それに加えて魔力操作が必要らしい。
対応した体の場所に魔力を流し、魔術を指定、記憶から魔術を抽出して、既定量の魔力を注ぐと発動するようだ。
他にも詠唱以外の発動方法や、魔術の種類、発動状態、発動形態など色々ある。
「アルバロ、はつどうたいってなに?」
「発動体とは一般的に魔術具と呼ばれています。魔術を簡単に発動するための道具です。先ほど説明した刻印魔術が使われているものですね」
「それつかったら、みんなまじゅつ使えるの?」
夢の道具だ。
どんなものかは分からないが、体中に着ければ大量の魔術が使えるのか。
「いえ、その魔術具に刻印されている魔術を1度詠唱で発動させなければ使えません」
「なーんだ」
まずは魔術具なしで使えてから、楽ができるということか。
地道だな。
大雑把に仕組みを覚えると、魔力を操作してみようということで昼食まで練習することになった。
「そもそも魔力はどこにあるの?」
「いい質問です。左胸を手で押さえてみてください」
「はい」
「振動しているのが分かりますね。そこから魔力が生み出され、体中を満たしています」
心臓から魔力が生み出されているのか。
どうやって分かったんだろう。
「そうなんだ。どうやってうごかすの?」
「分かっておりません」
そんな馬鹿な。
先人たちは本まで用意しているのに、一番重要な所が分からないとは。
「アルバロはどうやってできるようになったの?」
「気付けば魔力操作ができ、魔術が使えるようになっておりました」
「ダニエラはつかえる?」
「いいえ、魔術の勉強はしておりません」
「それなら、いっしょにおぼえて、おしえあおうよ!」
僕の言葉にアルバロはダニエラをジッと見て、何度か頷く。
その後、アルバロは僕を見て微笑みながら頷いた。
「いいでしょう。教則本にも根気よく続ける、としかありませんから、試行錯誤してみましょう。ダニエラも魔力操作できるようベックス様と練習するように」
「は、はい!」
そうして、魔術の勉強、魔術で使う図形や絵、記号の暗記、魔力操作を午前に。
昼食を終えて午後から運動するのが日課になった。
持久力が増えて走る距離が伸びていくのに、魔力の操作はいつまで経っても出来ない。
そのまま過去の記憶が戻ってから、季節は流れた。
今は夏らしい、想像以上に涼しいが。
「ベックス様、魔力操作はどうでしょう?」
「あと少し、なにかたりない感じ」
「では、もう少しですね。ダニエラはどうです?」
「私も似たようなものです。あと少しだと思うんです。少しだけ動かせはしたので」
いいなぁ。僕なんて、動きそうで動かないのに。
体に満ちる謎のエネルギーを感じられたが、現状はそれだけだ。
「ベックス様。今日はお昼から酒と豆の祭りがあるので、明日は午前の勉強はないと思ってください」
「なあにそれ?」
「お酒に合う豆がとれる時期なので、それに合わせて酒を飲む祭りです」
「どんな、まめ?」
「緑色の豆で今日の夕食に出ます」
枝豆じゃないの、それ。いや、ソラマメかもしれない。
僕の記憶から、茹でた枝豆をスライスしたニンニクと炒めて、塩を振ったつまみを思い出す。
あれは簡単で美味いんだ。
「ですから、今日は簡単な魔術の詠唱を覚えて、発動できるように練習しましょう」
「はい」
「ベックス様、これが詠唱です」
紙に書かれた文字は詠唱というか、ただの文だった。
『発光体は火、形状は球、指先で即座に光れ』
これが詠唱のようだ。
詠唱そのものは文だが、他の発動方法では火や球、指先が謎の図形や絵、記号になるのだろう。
「今日と明日はその練習をお願いします。私はこれから明日の仕事を片付けて来ます」
アルバロは楽しそうに笑いながら、軽い動きで部屋を出て行った。
酒を飲んでいるのは見てないから、今日は久しぶりに飲めるのかな。
「ベックス様、魔力操作をしていきましょうか」
「うん」
未だ進展のない魔力操作をしていく。
心臓で生み出され、体に満ちる魔力を感じ取る。
感じ取れはするのだが、動かすというところで出来ない。
自販機の下に落とした硬貨へ手を伸ばす、あの感じ。
届きそうで届かない。動きそうで動かない。
「ずっとうごかない、ダニエラは少しうごいたんだよね?」
「はい」
「どんな感じでうごかせたの?」
「目に見えない手が魔力を引っ張るような感じでした」
分からん。
魔力そのものが目に見えないし、他人の魔力を感じ取れることもないから分からない。
でも、よく分からないのにあと少しで動きそうな気がするのは、不思議なものだ。
教則本にもあったように根気よく続けるというのは、確かな情報に思えてくる。
結局、その日は魔術を教えてもらったが変わらず魔力操作に時間を費やした。
午後の持久走も終わり、夕食時。料理の中にどうみても枝豆があった。
僕が食事を終えると、大人たちは酒を飲むために残っているようだ。
楽しそうなざわめきを聞きながら、部屋に戻ってそのまま寝た。
ふと起きたのは恐らく夜中、音もしない屋敷で小便がしたくて目を覚ます。
漏らしてもいい年だが、できれば避けたいことではある。
「ダニエラ」
隣の部屋で待機しているダニエラを起こすため、ノックするも反応がない。
夜中にハンドベルでダニエラを呼びつけるのを僕が拒否している。
貴族だからいいと思うが、これは過去の記憶にある日本人的な感覚なのだろう。
何度もノックするが反応はないため、仕方なくアルバロの部屋に向かう。
窓から入る月明かりを頼りに移動していると、暗い廊下の角に何かがいた。
3歳の僕より大きく、丸っこい!
ゴォォォ、という音が断続的に聞こえてきて、少し揺れている。
黒く、蠢く何か。
背筋を汗が伝って、体の震えが止まらなくなる。
恐怖とは、それが正体不明ということから起こされているものだ。
動く黒い何かに恐怖を感じながらも、体は震えを払拭するために動き出す。
「は、『発光体は電気、形状は球、指先で即座に光れ!』」
声は震えていたが生存本能に応えたのか、魔力は動き、魔術が発動した。
想像していた蛍光灯のような光が指先に灯ると、黒い何かを照らし出す。
そこにはイビキをかいて寝るアルバロがいた。
廊下の角で丸くなり、口から涎を垂らして、酒臭い。
執事らしさが微塵も感じられない姿だった。
「はぁ。おしっこ漏れたかとおもった」
「あ、ああ。……ま、まぶしい」
「アルバロ、おしっこ」
「ああ、坊ちゃん。分かりました、向かいましょう」
寝ぼけていたアルバロは魔術に気付かず、汲み取り式便所まで向かい、僕が落ちないように支えている。
用を足し、傍で手を洗っていると「坊ちゃん!」とアルバロが呼んだ。
「なあに?」
「何ですか、先ほどの魔術は?」
「ねむたいから、あしたね」
「そ、そうですか、分かりました」
恐怖した所為か。
魔力を使った所為か。
おしっこを出し切ったからか、ベッドに戻ると眠気が強くなってすぐに寝た。
翌日、ダニエラに着替えさせてもらっていると、アルバロがやって来た。
好奇心が抑えられない目を見るに、昨日の話だろう。
「ベックス様、昨日の魔術について教えてもらえますか?」
「うん」
「魔術? ベックス様、使えるようになったのですか?」
「そうだよ、ダニエラ。すごいでしょ?」
僕の人に褒めてもらいたい欲が、羞恥を上回って言葉となる。
どや顔でダニエラを見ると、驚きながらも拍手してくれた。
「はい。おめでとうございます」
「ベックス様、昨日の魔術は何だったんでしょう?」
「おしえてくれた光のまじゅつだよ」
「そうですか、普通であればランタンの灯が出るはずですけど」
「そうなんだー」
屋敷の外に出ていない僕はこの世界について何も知らない。
電気を利用してなさそうのは分かるが。
もしも光の魔術が異端の技術認定されたら、殺されるとかありそう。
死にゲー世界だから、可能性は高い気がする。
増えた心配事に怯える僕を安心させるため、魔法の言葉を唱える。
『襲撃受けても、はねのけられるくらい強くなればいいじゃない!』
問題が起こっても、ものともしない強さがあれば、問題ないはずだ。
その為の魔術は勉強して、魔力操作もできるようになった。
体は子供だから、武器を使ってはいないが持久力も上がっている。
着実に強くなっているよ、僕。




