29話 思いがけない対面
「な、なに?」
「そのメイス、どう思った?」
「イニゴは、これ作ってない」
「ハハハハ、分かってんじゃねぇか、です」
「なに、イニゴ。これ作ってないのか⁉」
「そう怒らない、ゴドフレド様」
静かに見ていたゴドフレド様は声を上げた。
近くのギジェルモは全く気にせず、武器をジッと見ている。
周囲を気にするタイプだと最初は思っていたが、それはゴドフレド様かもしれないな。
「良いものを見せてくるのではなかったのか?」
「悪いものを見ねぇと、良いものの価値は分からん、です」
「なるほど」
「メイスは最近入った奴が作った安物だ。売り物にもならないくらいのもんだ、です」
楽しくなって言葉遣いが荒くなったイニゴは、僕たちの後ろを見て直していた。
何かと思って後ろを見ると、ダニエラ、マイテ、もうひとりゴドフレド様のメイドが微動だにせずイニゴを見ている。
名前は知らないけど、迫力はマイテよりもありそうだ。
気を取り直して、最後の斧を見ていく。
木を切る時に使うような斧で、戦闘で使うものじゃなさそうだ。
木製の握りが伸びて、その先が刃の部分に差し込まれている。
刃に注目していると、今までの4つの武器よりも仕上げられているのが分かった。
不釣り合いなくらいギラギラと輝く刃からは、間違いなく今までの武器よりも妖しさがある。
過去の僕が日本刀を見た時に感じた、自然と黙りこむ、あの何とも言えない畏れに似ていた。
「ゴドフレド様だけわかってねぇ、です」
「なにがだ?」
「この斧をしっかり見ろ、です」
「あ、ああ」
僕が顔を上げた時には、意味の分かっていなかったゴドフレド様も斧に魅入っていた。
ギジェルモも似たような感じだけど、変人だからだろう。
「イニゴ、この斧はなに?」
「言っていた変な武器だ。分からねぇけど、たまに出来るんだよ、馬鹿みたいに出来の良い武器がな、です」
「もう、です。いいよ」
「あ、そうか?」
その提案にイニゴは、驚きよりも安心している。
会話相手の方が疲れてくる話し方だ。
「斧を作ろうとして、これが出来たの?」
「ああ、研いでる時におかしいって気付いた。それで武器と同じだけ刃をつけたんだ」
木を切るならここまで研ぐ必要がないからか。
変な武器がたまに出来上がるのもすごいが。
「武器作るところで、斧を作ったのはどうして?」
「頼まれたんだよ。腕が良いのならって木こりのハイメに」
ハイメ?
名前を聞いて、途端に記憶がよみがえる。
ゲームで中盤以降に出てくるNPCだ。
平民なのに正気を失わなかった結果、妻子に襲われ殺した男。
イベントの詳細は忘れたけど、最終的に死亡して斧が手に入る。
『ハイメの首伐斧』という両手武器だったはずだ。
間違いなく、この斧だ。
死にゲー世界になると、ハイメはこの武器で妻子を殺すことになるだろう。
ああ。
どこに行ってもゲーム世界の現実に追われるな。
「ありがとう。楽しかったよ」
「ああ。そういや、ベックス様はどうして公爵様の領に来てんだ?」
「お披露目会だ。ゴドフレド様のついでにする予定でね」
「そうか。ってことはすぐに遊びに来ることはねぇのか?」
「ない。外に出るとしても辺境伯領だけだと思うね」
「そうか。なら、少し待ってろ」
笑いながらイニゴは奥に消えて行った。
武器に魅入られたゴドフレド様、魅入られたフリをしているギジェルモ。
ふたりを武器から離す。
ギジェルモはすぐに離れたからフリだろう。
ゴドフレド様は体は離れたが、目はずっと斧を見ている。
「ベックス、この武器はすごいです」
「そうだね。ゴドフレド様、大丈夫ですか?」
「これほどのものが斧とは惜しい。できるなら片手剣がよかった」
「正気ですね」
「たしかに、正気を失わせるほどの魅力がこの斧にはある」
少し無礼な発言をしても、武器につなげるゴドフレド様。
やはり、まだ大丈夫ではなさそうだ。
近寄らずにジッと斧を見続けるゴドフレド様を無視して、待っていると奥の扉が開いた。
笑いながら出てきたイニゴの手には、小さなナイフらしきものがある。
「3人ともこれをやる。ほら騎士さん、確認してくれ」
一言も発していない騎士がイニゴから受け取り、3本を確認していく。
「これは刃がほとんどついてないナイフだ。貴族様の手紙を開けるナイフだ」
特に装飾が凝っている訳でもなく、奇抜でもないペーパーナイフらしい。
見た目は同じ3本が騎士からゴドフレド様に渡された。
「3人は子供だから短剣をやるわけにもいかねぇからよ。こいつをやる」
「良い! イニゴ、これは私たち3人だけのお揃いだ」
「いや、裏にいくつかあるから、それともお揃いだ」
一応貴族様なのに、イニゴはひどいツッコミしやがる。
上手いこと言って、満足させて帰らせればよかったのに。
「おい、それを捨てろ」
「すまねぇな。商品なんだ」
「どうすればいい?」
「どうにもならん。いや、大きくなった時にそれを持ってきてくれ」
「なぜだ?」
「うちで武器を作ってやる」
上手いな、イニゴ。
見た目は変えられないから、見た目以外で価値を与えるわけか。
しかも自分の店で作ることによって、先の顧客を確保する。
「分かった。ふたりともそれでいいか?」
「はい」
「はい、ゴドフレド様」
「武器とこれ、助かったぞイニゴ」
「おう、デカくなったら来いよ」
「ああ。また来る」
馬車に戻ると、ゴドフレド様はすぐに叩いて出発させた。
手元にあるペーパーナイフ3本のうち、2本を僕とギジェルモに渡す。
その顔には隠し切れない喜びが見えた。
子供らしい、貴族の子では見せない良い笑みだ。
「魔術具店では悪かった。しかし武器屋ではいいものが見られたな」
「はい」
「あの斧はすごかったですね」
「ああ、2人との外出は楽しかった。帰ってから父上に魔術具店の事を報告する」
「はい」
「分かりました」
帰りの馬車では終始、斧の話が続いていた。
謝罪をした時以上に晴れやかな顔をしているゴドフレド様を見ていると、本当に僕たちと一緒に外出したことは楽しかったことが分かる。
僕も色々あったけど、楽しいことが多かったと思う。
ギジェルモが変人だと分かったり、ゴドフレド様が思いのほか気にするタイプだったり、僕自身は武器が多少分かるようになった。
アクセサリーとしての指輪を、日用品としてペーパーナイフを貰ったから、僕としては良いことばかりかな。
停止した馬車から降りると、ゴドフレド様は笑いながら手を振り、屋敷に入っていった。
こうなると、今日はもう部屋に戻ってよさそうだ。
「ギジェルモ、僕は部屋に戻るよ」
「私もそうします」
「それじゃあ、明日ね」
「はい」
ダニエラを連れて、部屋に帰った僕を迎え入れたペドロ。
僕の様子を見て、親の顔をしたペドロは微笑んだ。
「嬉しそうですね。外出は楽しかったですか?」
「うん。楽しかったよ」




