20話 ベックス・ムリーヨ 5歳
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長い冬が開け、5歳の誕生月になった。
外へ出られるようになってから初めての誕生月ということで、街を挙げての祝いをするらしい。
冬の間も変わらず、運動と勉強を続けている。
努力の甲斐もあって、第6階梯の回復魔術も使えるようになった。
今は魔術の開発をしている。
これが予想以上に難しくて、手こずっているところだ。
運動は毎日の持久走に加えて、ペドロから素振りの仕方を教えてもらっている。
初めて木剣を持った時は、想像以上に重くて驚いた。
今では問題なく素振りを続けられているが、最初の頃は筋肉痛になったから体は子供なんだと再認識した覚えがある。
「ベックス様、そろそろ街に出ますか?」
「うん」
暖かくなってきたから、中庭で地面に魔術の構想を書きながら考え込んでいると、ダニエラから呼ばれた。
あまり意識していなかったから分からなかったが、ダニエラが分かりやすく女性になっている。
前に聞いた時は15歳だと言っており、ベニートは16歳らしい。
13歳から僕のメイドをしていると思うと、とても働き者だ。実際に何歳から始めたのかは知らないが。
門まで移動すると、ベニートとペドロがいた。
最近はふたりの事も分かり始めているから、ベニートがダニエラを幸せにできるかのチェックも終えている。
現状は合格だ。未来はまだ分からないから現状は、だ。
「ベニート、予定は?」
「はい、屋敷を出て農地までの道を往復します。外を見たところ想定より多くの人たちが集まっています。騎士を少し増やしますから、待っていただけますか」
「うん」
ベニートが外に出て行き、ダニエラとペドロと3人になった。
ペドロは素振りを教える関係で僕の先生的な人だ。
素振りをしながら聞いたことによると、どうやら妻子があるらしい。
他に聞いたことは年齢で、25歳と父様より高かった。
どうやらも何も、夢のベックスが子供と話していたはずだ。
ひどい夢を見せられるのは、どうにかならないのか。
「ペドロ、いつになったら武術を教えてくれるの?」
「当主様が5歳になればと言っていましたから、もうすぐでしょう」
「先生はペドロ?」
「はい、その予定です」
もうすぐ、で予定も立ってるなら本当にすぐらしい。
地味な練習が続くだろうが、ペドロみたいに馬鹿げた力で攻撃する方法を持てるなら、楽しみだ。
襲撃されても渡り合う力を持てるだろうし、もしも魔術が使えない状態でも体ひとつでどうにかなるかもしれないし。
「ベックス様、騎士を連れてきました。向かいますか?」
「うん」
開かれた門から外に出ると、仕事をせずに集合させられたのか、自ら集まったのか、少し心配になるくらい大量の人がいた。
もしや⁉ 今、襲撃を受ける可能性を考えた方がいいのか?
騎士が追加で5人、近くにダニエラとベニート。
街にも少数の騎士がいるように見えるから、襲撃する状況ではなさそうだが。
変わらずダニエラの手を握り、屋敷の敷地から出た。
『ベックス様ー!』
『5歳、おめでとー!』
僕が外に出ると、途端にざわめきがまとまりのある声に変わっていく。
貴族子女のお祝いというのは、割とよくある行事なのかもしれない。
手を振って返すと歓声が大きくなる。
みんな楽しそうだから、サクラってことはないよね。
過去の記憶にはない状況なのか、嬉しさがこみあげてきた。
何もしていない5歳にここまで歓声を上げるというのは、僕が辺境伯家当主になった場合に期待しているのかもしれないな。
戦う貴族らしいから。
手を振りながら往復して屋敷近くに戻ってくると、子供3人組の姿が見える。
3人とも笑いながら、僕に手を振っていた。
その近くには3人の親らしき人達もいる。
「おーい、ベックス様よ!」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「同い年なんだな、おれたち!」
「ありがとう」
ルイサは普通に話しかけてきたが、ガビノとフェデリコはお祝いをしてくれた。
確かに3人の年は知らなかったが、同い年とは嬉しいな。
苦労を理解はできないだろうが、それはお互い様だろうし、出来るだけ長く友人でいたいものだ。
屋敷に戻ると、騎士たちは解散していく。
ゆっくり歩いたから、割と時間を掛けて移動していた。
「夕食前に呼びに来ますから、食堂に来ないでください。ベックス様」
「分かってるよベニート。ダニエラが止めるから問題ない」
「ダニエラさん、お願いします」
「はい、ベニートさん」
ふたりの関係はまるで進展がない。
それも仕方ないのは分かるが、ベニート次第な気はするからもっと押してほしいんだが。
ダニエラだってベニートがいると、終始楽しそうだし。
僕相手より表情豊かになるから、押せばいいと思う。
「ベックス様、夕食まで何しますか?」
「中庭で魔術を考えるよ」
「今はどういう魔術を考えているんですか?」
「効率の良い防御魔術」
「ベックス様は困らないほど魔力があると分かりましたよね?」
「それでも減る感覚はあるからね。消費量は少ない方がいいに決まってるよ」
僕の魔力量は現状調べてみたが、よく分かっていない。
というのも疲労は分かりやすく感じるのだが、いつまでも魔術を使い続けられるからだ。
疲労さえなければ、チートと言われても仕方ない性能なのに。
だから、疲労を出来るだけ感じないように効率の良い魔術を考えている。
「私もベックス様くらい魔力を気にせず魔術を使えればいいんですけど」
「メイドのダニエラがそれだけ使えれば、僕の立場がないよ」
「そうですか?」
「今だって、母様が言うには普通の貴族よりも使えるらしいよ」
才能の塊らしいのがダニエラだ。
運動はそこそこだから僕の面子は保たれているが、運動も出来てとなると笑えなかっただろうな。
今もそうでしょうか、と言わんばかりの顔をして両手で同じ魔術を発動させている。
僕の苦手な同じ魔術を並行して発動することを片手間でするメイドのダニエラ。
属性とかに適性はないのに、こういう技術的なものには適性があると知ったのは最近だ。
第3階梯の練習をする子供3人組は習得速度が遅くなっているが、それでも早い。
才能ある人が周りに多いんだな僕は。
中庭に移動をすると、愛用している枝を手に取った。
いま考えている防御魔術は、局所的な防御で物理と魔術を防ぐものだ。
魔術そのものの刻印は出来たのだが、上手く発動させることができない。
その理由は地面に刻印を書いていると分かった。
攻撃に対して同じ防御ではなく、違う防御をしているからだ。
魔術に対しては被害が拡がらないように包む防御を、物理に対しては点の防御を。
一定でないと難しいらしい。
そもそも魔術の発動する理由を分かっていないのが問題だ。
光の魔術を発動したのだって、恐怖から。
回復魔術を使えるようになったのは痛みから。
練習で使えるようになる仕組みも分からない。
魔力を操作できるのもなんとなくでしかないから、開発した新しい魔術となると手探りでしかないわけだ。
「難しいね」
「ベックス様は本当に勉強熱心ですね」
「この勉強は今だけだからね。貴族院に行く前は国の勉強するらしいから」
「7年先の話ですよ?」
「それでもだよ。素振り以外に武術の指導があるなら、もっと少なくなる」
だから僕は勉強するんだ。
襲撃を受けても怪我ひとつなく生き延びられるように。
ゲームで出てきたベックスが何歳か分からないが、体が大きかったから15歳以上だと推測している。
それまでに襲撃を受ける可能性があるわけだからな。
命が助かっても、傷を負えばそこからは死にゲー世界になることは想像するに難くない。
夢では右足を怪我していたし。
「ベックス様」
「うん? ベニート、準備できたの?」
「はい。夕食の準備が出来ました」
「ベックス様、向かいましょうか」
「そうだね」
朝から屋敷がゴタゴタしているのは知っていた。
誕生会とかあるのかも、と少し楽しみに待っていたからニヤニヤとするのが止められない。
「ベックス様」
ダニエラが柔らかく微笑みながら、両手の人差し指を口元に持っていき、にっこりと笑う。
いや、僕が笑っていると教えているのか。
口元に手をやると、しっかり笑っているようだった。
感情が顔に出やすいみたいだ。
「今日は良いの!」
「はい! 笑いながら入ってください」
ベニートが食堂の扉を開くと、父様と母様、アルバロ、ペドロ、メイドたち、執事たちが出迎えてくれた。
みんな笑って、手を叩きながら口々に「おめでとう」と祝ってくれる。
「ありがとう、みんな」
いつもの席へ座る前にお礼を言うと、みんなの笑みがより深くなった。
「まだあるぞ、ベックス」
「父様?」
「さ、まずはメイドたちだ」
「はい」
返事をしたメイドたちは質素ながらも彫刻が美しいループタイを渡してくれる。
楕円型の金具には硬皮馬の顔が彫られていて、どこの領地の者か見れば分かりそうだ。
マントの留め具もこのくらい彫刻が凝っていた方がよかったな。
メイドたちは共同でお金を出したのか、僕が付けていても問題なさそうなくらい質が高い。
「うわぁ、ありがとう」
人からプレゼントをもらった経験が過去を遡っても少ないことから、うれしい。
メイドたちが給金を取られてプレゼントしているのか、自主的に出したのか、センスを信じて辺境伯家が出したのか、少し気にはなるが知るのは怖いから、深堀しないでおこう。
「次は私たちです」
ベニートはそう言うと、食堂の端に控えていたメイドから布を受け取った。
僕の所に来ると、それを広げて何を渡すのか見せてくる。
「こちらケープです」
首元と端に刺繍がされており、さりげないから日常使いしやすそうだ。
派手な色だったら困っていたが、明るい茶色でそれも問題ない。
ベニートたち執事の気遣いが分かるプレゼントだ。
「ありがとう。少ししたら暖かくなるから使うよ」
「はい」
広げてケープを見ていると、ダニエラが耳にそっと声を掛けてきた。
「ベックス様」
「ああ、これよろしく」
「次は、私です」
食堂にいるペドロはプレゼントを渡すために来ていたようだ。
騎士らしいプレゼントは木剣と片手剣だった。
剣のつくりは分からないが、ペドロが渡すなら間違いないだろう。
「ありがとうペドロ。武術の先生よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
プレゼントを渡し終えると、ペドロは食堂から出て行った。
騎士ってのも忙しいんだな。
当主の子供にプレゼントする必要があるんだから。
「次は私です。ベックス様、これを」
知らぬ間に近づいていたアルバロは万年筆のようなものを渡してきた。
羽ペンと違うのか、受け取ってじっくり見ていくがよく分からない。
「アルバロ、これは?」
「これは紙を使いたがらないベックス様が使ってくれるように購入した魔術具ペンです」
「魔術具⁉」
「はい。ペンの後ろからインクを入れ、刻印されている魔術を使うとペン先から適量のインクが出てきます」
「すごい! 知らない魔術だ」
「はい。このペンのために作られた魔術です」
「紙を使うよ。アルバロ」
「はい、おねがいします」
構造だけじゃ万年筆は作れないようだ。
だから魔術を使って似たようなものができている。
構造で万年筆が出来るなら、魔術具の刻印ももう少し小さくなっているはずだからね。
「さあ、今度は私よ、ベックス。おめでとう」
「ありがとう母様」
母様は小さな杖の魔術具を渡してくれた。
木製の杖で刻印が刻まれているけど、手で握った時に違和感がない。
刻印には金属が流し込まれており、質が低いとデコボコしているらしいけど、この杖はそれがない。
質がいいというのは、僕でも分かるようだ。
「この杖は防御の魔術を刻印してるから、いつも持ってるのよ」
「うん、母様」
「じゃあ、最後は父さんから」
渡されたのは短剣だった。
鞘に入った短剣の太い鍔には辺境伯家の紋章がある。
「うわぁ、これは?」
「身分を証明するための短剣だよ。これから外に行く時は持っていくようにしなさい」
「うん、父様」
みんなからプレゼントを貰って満足して笑っていると、父様が笑っている。
「ベックス、5歳になったことだからお待ちかねの武術を覚えるか?」
「はい! おねがいします」
「ああ。みんなベックスへのプレゼントありがとう」
「みんな、ありがとう」
「本当にありがとう、アルバロも魔術のペンをありがとう」
「いえ、奥様。ベックス様が紙を使いたがらないの事実ですから」
「フフフっ、ベックスもあのペンを貰ったからには紙を使うわよ」
「そうだよアルバロ、ありがとね」
その日の食事はいつもより豪華だった。
肉も柔らかく赤身の多い肉で、焼き加減がレアなのは恐ろしかったが。
ただ、口に入れた時の油の甘み、噛むと抵抗なく切れていく柔らかさは特別な肉だとよく分かった。
僕は貴族ではない生き方が出来ないだろうと理解した瞬間でもある。
夕食の時に、武術の話、お披露目会の話をされた。
武術はこれからペドロが教えて、セルバント流を教わるらしい。
お披露目会に関しては収穫祭前の秋頃に向かうという。
夏前にはお披露目会用の服を誂えると言っていた。
お披露目会に向けてしていくことはあるが、変わらず勉強と運動をがんばろう。
次、明日18時




