15話 お試し防御魔術
ダニエラはベニートを呼びに執務室を出て行った。
アルバロと父様は忙しそうに仕事に戻る。
机が高いから見えない、どういう仕事をしているんだろう。
「お仕事は忙しいの?」
「ああ、まあな」
「酒と豆の祭りのためにでしょ?」
「ベックス様、それもありますが、忙しくなっているのは事実ですよ」
「アルバロは飲み過ぎないようにね」
「はい、昨年はご迷惑をおかけしました」
「たしか、ベックスはアルバロに驚いて魔術が使えるようになったんだったな」
「うん」
「父さんもお酒は飲み過ぎないようにするよ」
「そうしてください、レイシャール様」
扉がノックされ、ダニエラがベニートを連れてきたことを告げる。
近くにいた僕が開けると、近づいてきていたアルバロが厳しい顔をする。
「ベックス様、執事かメイドに開けさせてください。いなければノックした相手に開けさせてください。分かりましたか?」
「はい」
「礼儀作法を覚えなおしますか?」
「覚えています」
「であれば、そのように対応してください」
「はい」
厳しいけど優しくもあるアルバロ。
貴族には貴族相手の気遣いが求められ、仕える者には配慮するだけだ。
たまに出てしまう日本人的な優しさは、貴族相手にだけしておこう。
「失礼します。当主様、お呼びとのことで」
「ベニート、ベックスが今から騎士訓練場に向かう」
「はい」
「防御魔術がどのくらい使えるか試すために、騎士に攻撃させるらしい」
「そ、そうですか」
顔が引きつるベニート。
返事もぎこちないから、相当嫌なことを頼んでいるんだろうな僕は。
「騎士への事情の説明と、もしものために守れるようしておけ」
「わかりました」
「攻撃はペドロにさせろ」
「はい、わかりました」
「ベックス、今から行くのか?」
「うん、父様。行ってきます」
「ああ。ダニエラ、ベニート任せたよ」
「はい。失礼します」
「はい。分かりました、失礼します」
屋敷の隣にある訓練場へ行くと、ペドロが走ってきた。
訓練中で汗だくだが、冷や汗が出そうな顔で焦っているように見える。
他の騎士たちもこちらを見ているようだ。
「ベックス様、今日の外出は午後からでは?」
「そうです。別件で来ました」
「そうですか。別件というのは?」
「ベニート、説明を頼みました」
「はい、ベックス様」
説明している間に、騎士たちの訓練を見ていく。
前来た時は、あまりの速度に目が追い付かなかったが……。
心配性の僕がまた問題を生み出した。
前回とは違い目で追い付きはしているのだが、はっきりと捉えられているわけでは無い。
だから動体視力を鍛える必要がある。
ボールに文字を書いて投げたものを読み取る練習でもしようか。
いや、魔術で似たようなことが出来れば、魔術の練習にもなるな。
「ベックス様」
「うん? ベニート」
「ペドロさんに事情を説明し、攻撃する役割を受け持ってもらえました」
「よかったです」
「今は、他の騎士に説明しているところです」
「ありがとうベニート」
「いえ、ところでベックス様」
「なにですか? ベニート」
「防御魔術は魔力の消費が激しい魔術ですから体調が悪くなれば、すぐに言ってください」
「はい」
防御魔術の詳しい話は覚えていないが、ざっくりと魔力そのものを使う魔術だと知っている。
だから、魔術防御は火や水の魔術を受けても、その影響を防御魔術の内側に伝えないらしい。
魔力によって構成される魔術を魔力で防御する。ただし、魔力消費は激しい。
今回は、物理防御の魔術だが。
一体、どの程度の魔力消費だろう。
ワクワクしながら待っていると、ペドロが木剣を持って歩いてきた。
汗を拭いたようだが止まっておらず、今は間違いなく冷や汗をかいている。
「ベックス様、準備できました」
「はい、どこでしますか?」
「ここでいいでしょう。どのようにする予定ですか?」
「まずはゆっくり振り下ろしてください」
「分かりました」
「『守護する壁、形状は球で僕を覆い、即座に攻撃から守り、合図で消えよ』」
通常は最後の部分で『即座に攻撃から守れ』と詠唱するのだが、条件指定をして常時発動にしている。
普通の第2階梯防御魔術は常時発動ではない。
即時型一時発動は、すぐに発動して数秒の防御で解けてしまう。
しかも、この第2階梯の防御魔術は物理攻撃の指定が入っている。
僕はそれを手印で覚えようとは思わない、第5階梯の物理と魔術の攻撃から身を守れる自動型随時発動の方を覚えたい。
詠唱して発動した魔術は、僕の周囲を球状に覆い淡く光る。
白っぽい蛍光灯のような光が僕の魔術の特徴らしい。ダニエラは淡い茶色に光っていたはずだ。
「ペドロ、頼みました」
「はい、軽くいきます」
ペドロは球状の防御魔術に慎重に木剣を当てた。
すると防御魔術がブゥゥゥンと電子音のような音を立てて、波紋が広がっていく。
衝撃を流しているように見える。特に魔力が減った感じは無い。
「ペドロ、素振りくらいで軽く振ってください」
「はい」
真剣な顔のペドロが木剣を振り下ろす。
しかし、防御魔術は木剣を受け切った。
今、気付いたけど、ペドロも他の騎士たちも剣を両手で握らないのか。
「ペドロ、両手で握らないんですか?」
「ベックス様、騎士は貴族の子女がほとんどです」
「はい」
「貴族は片手を空ける余裕を持つことから、片手剣の使用が好まれます」
「体面というものですね」
「そうですけれど、流派が多いのも事実です」
となると、僕が覚えるのは片手剣でその流派なわけだ。
両手で握ることが出来る剣を使って、もしもの時は両手で使える練習をすれば生き抜くことが出来そうかな?
「ではペドロ、強めで頼みます」
「はい」
真剣な顔つきが渋面に変わり始めたペドロ。
にじむ汗が増え、別の騎士に代わってほしいに違いない。
でも、頼みは忠実にこなしてくれるようで、さっきよりも鋭さの増した剣が防御魔術に当たる。
波紋が素早く広がり、音がヴィィィンと少し高音になった。
しかし、防御魔術は機能しており、魔力消費を実感できない。
「ペドロ、今どのくらいの力ですか?」
「半分ほどでしょうか?」
「は、半分⁉」
どうみても鋭い一撃で、過去の記憶にある野球選手がバットを振るのより少し遅いくらいだった。
それで半分?
「はい、武術をまだ使ってませんから」
「ああ、そういうことでしたか。どのくらいまで強くできますか?」
「ベックス様がご存じか分かりませんけれど、武術を使用すると魔力で強化したような攻撃になります」
「はい」
「その攻撃は防御魔術を壊しやすくなります」
「そうなんですか?」
「はい、魔力で強化された剣の攻撃となるからです」
防御魔術が魔力で出来ているから、魔力で強化をした物理攻撃で対抗するのか。
魔力対魔力と物理なら、ふたつの攻撃が強いわけだ。
そうなると物理防御と魔術防御のふたつ出した方安全なのか。
「では、軽く武術で攻撃してもらえますか?」
「……はい」
しばらく悩んでいたが、首を何度も振って悩みを振り払ったペドロは木剣を構えた。
今までの構えから変わり、右足を前に出して構えている。
リラックスしている様子で今から剣を振るとは感じられない。
しかし、ペドロの右足が浮いたと思った時には防御魔術が音を立てた。
気付かない間に攻撃されていたらしい。
軽く武術で攻撃、と言っていたけど半分ほどだった力が倍以上になったように感じた。
にしても、武術は対面にいると見えない。やっぱり動体視力か。
「ペドロ、今のはどのくらいですか?」
「半分と少しです」
「え? 本当に?」
「はい」
「普通に攻撃する時はどのくらいですか?」
「えー。あの……」
珍しく目をそらし、僕を見ない。
気まずそうに汗を拭うペドロを見つめる。
「ペドロ、質問に答えてください」
「えー、半分と、少しです」
思ってもいない返答に、ペドロを見上げたまま固まってしまう。
武術は力加減が難しいのかもしれない。
もしくは、ペドロがぶきっちょなわけだ。
後ろにいるダニエラやベックスを見ると、うれしそうに頷いている。
「ペドロ、本気で攻撃しても壊れなさそうですか?」
「はい、自信を持って言えます」
「では、やってみてください」
「は、はい!」
汗を拭き、真剣な顔になったペドロ。
再度、脱力した構えを取ってペドロが動いた、と思ったら軽い眠気に襲われた。
直後、防御魔術がギィィィンと耳に悪い高音を立て、波紋が物凄い勢いで広がり、淡かった発光が強くなる。
金属を切断して飛んでいる火花が目に浮かぶような音は、僕の過去の記憶だろうか。
「ベックス様、とてつもない防御魔術ですね」
「でも、ちょっと眠くなりました」
「ちょっとですか?」
「はい」
ペドロが黙り込んだから教えてくれるふたりを呼んだ。
手を挙げると、駆け寄って来るが、その前に。
「魔術終了」
守っていた淡い光が消えると、想像していたより視界が悪かったと気付く。
淡い光の所為だ。
ガラスより透明度が高いだけマシだろう。
「ベックス様、無事ですか?」
「ペドロさん、よく熟してくれました」
ダニエラは僕を、ベニートはペドロを。
確かにペドロはよくやってくれた。
当主の子供を怪我させたらどうなってしまうのか、心配性の僕は考えたくもないよ。
命令はするが。
「大丈夫だよ、ダニエラ」
「少し疲れているように見えますけど」
「なんだか眠たくなったんだ」
「ベックス様、それは魔力が減って疲れる感覚です」
「でも減った感じはしなかったよ」
「そうですか。今から調べますか、それとも休んで夕方に備えますか?」
「休むよ」
たくさん魔力があるならいいが、眠くなるのは怖いな。
魔力は体調次第で量が少し変動するらしいから、規則正しい生活で体調とメンタルを安定させないと。
「ペドロ、ありがとう」
「いえ、協力できてよかったです」
「また、お願いすると思います」
「は、はい」
必要とあらばいつでも命令するのが僕だ。
顔を引きつらせても無駄だよ、ペドロ。
「ベニートもペドロも夕方からよろしくね」
「はい」
「はい」
「それじゃ、部屋に戻って休むよ」




