1話 死にゲー世界前
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「M.DIGNITY」という死にゲーがある。
中世風で貴族制のある架空の国を舞台に、国を混乱に陥れた強敵たちを倒し、国を救うゲームだ。
プレイヤーは『時返り』という王家の剣を手に、死んでは戻り、強敵に何度も挑戦し倒していく。
高難易度ゲームだから、ゲームに不慣れな層が断念するボスがいくつかいる。
中でも最も人を断念させたのは、中盤で圧倒的な理不尽を押し付けてくるボス。
ベックス・ムリーヨというボスだ。
車いすの第1形態では、回避無敵時間で避けなければダメージを受ける攻撃。
それを避けて攻撃しても、吹き飛ばされて何度もそれを繰り返す。
体力が半分になると第2形態に移行。
車いすから立ち上がり、理不尽な攻撃を避けている時に、近接攻撃を追加でしてくるようになる。
あまりの難易度とストーリーで明かされていく悪事。
最もプレイヤーたちを断念させ、最も嫌われたボス。
数多のプレイヤーたちは嫌っているからこそ、ボスに関して深く調べた。
すると、領地の者からは全く嫌われていなかった。
そういうアイテムやフレーバーテキストが見つからなかったのだ。
他にそのような整合性が取れていないと思われるものはない。
「M.DIGNITY」においては最も不可解な設定とされている。
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なんだ?
目を覚ますと違和感を覚えた。
伸ばした手が小さい。
髪を触り、顔を触ると気付いた。
自分の体じゃない。
「ベックス様」
服を見ると、質の高い子供服を着ているが、時代錯誤なシャツとスラックスだ。
髪の毛の色は黒っぽいが、真っ黒じゃない。
俺は髪が真っ黒の日本人で……あれ、どういう人だったっけ?
直近のことで薄っすらと憶えているは、異常な発光で眩しかったこと。
何してたんだろう?
「ベックス様……坊ちゃん」
「え、あ、ダニ、エラ?」
俺じゃない3歳の微かな記憶から茶髪にメイド服姿の子供の名前を思い出した。
メイドのダニエラだ。
両親は母のエルバ、父のレイシャール。
ん? レイシャール?
「ぼく、さんさい。ベックス・ムリーヨ⁉」
「はい、ベックス・ムリーヨ様、3歳です」
口から出た僕という言葉にあまり違和感を覚えないのは、このベックスの記憶だからだろう。
名前に既視感があるのは、あるゲームをしていたからだ。
ベックス・ムリーヨ。
死にゲーと呼ばれる系統のゲームでボスとして出てきて、プレイヤーは弾幕アクションゲームをさせられる。
車いすで動きながら何度も魔術を放って回避を強要。
近づいて攻撃すると無条件に吹き飛ばされて、弾幕が再開する。
体力を半分削るとムービーで怪しい薬を飲んで立ち上がり、近接攻撃と魔術で数多のプレイヤーにゲームを断念させたクソボスだ。
「本当に、ベックス・ムリーヨ?」
「はい。坊ちゃんはベックス・ムリーヨ様です」
ん? 坊ちゃん?
思い出したのは俺の記憶のはずなのだが、定かではない。
ゲームでメイドの手記というものがあった。
確か、そこに坊ちゃんと書かれていたはずだ。
『坊ちゃんが襲撃を受け、足を怪我されてから、当主様は様子がおかしくなった』
ゲームの最終ボスがベックスの父、レイシャール・ムリーヨ。
ということは、俺が足を怪我すると今の平和な世界ではなく、正気を失った平民が襲ってくる死にゲー世界になるのか?
「起きてから調子が悪そうですけど、大丈夫ですか?」
「うん、だいじょうぶ」
いいや、大丈夫じゃない。
訳が分からなくて、頭を抱えたいのにベックスの体が考えないという選択肢を拒否してくる。
ベックスの記憶がない俺だったら、寝て忘れようとしただろうに。
重要なのは、どうすれば死にゲー世界にならないようにできるかだ。
考えたそばから、ベックスの若く優秀な脳みそが解決策を提示してくる。
襲撃を受けるなら、はねのけるくらい強くなっていればいいじゃないか!
なんとも脳筋な答えだが、ゲームでボスになれるくらいの強さがあるから問題ないのか?
ひとつ解決策が出てきたところで、ベックスではない俺が心配事を生み出していく。
どうやって強くなる?
そもそも3歳児が強くなれるのか?
文字を覚えている記憶がない、生活できるのか?
ベックスは貴族の子供だ、勉強の時間が多そうだ。暇はあるのか?
心配事は大量に生み出されるが、ベックスの考えと記憶を持つ僕がすばやく対応していく。
魔術を教えてもらい強くなる。
3歳児が強くなれないなら、この世界を知って代案を考える。
文字はこれから覚える、生活はメイドに任せればいい。
3歳でまだ勉強はしていないから、勉強を先取りして負担を軽くしよう。
過去の俺が僕と自称するのを拒否しているのか、脳内にまとまりがない。
「ベックス様、そろそろ夕食の時間です。お疲れであれば」
「だいじょうぶ」
10歳くらいに見えるダニエラがメイドをしている。
ゲームの考察を見たことはなかったが、どういう世界なんだ?
尽きない俺の疑問を解消するために、僕は記憶を頼りに部屋を出た。
過去の日本人の俺と今のベックスの僕は同じなのに、見る景色に真新しさを感じるのは変な感覚だ。
廊下の高い部分にある窓には透明度の低いガラスが入っており、沈み切る直前の太陽が差し込んでいる。
今、何時?
俺の疑問に僕は答えられない。
「ダニエラ、おれのご飯は?」
「まあ⁉ 俺なんて。もう少し大きくなってから、友人同士で使ってください」
「はーい」
「それと今日の食事は――」
その日の夕食に父と母はいなかった。
3歳の記憶には悲しいこととして、数日前に見送ったことを覚えている。
ゲームと同じであれば、ここはムリーヨ辺境伯家。
大きな大陸の真ん中に王都があり、北の辺境伯をしている。
大陸の外と内にある脅威から国を守るという設定だったはずだ。
食事を終えてしばらくして、ベッドに寝かせられゲームの事を思い出そうとする。
でも幼い体は睡魔に負け、眠りの中で酷く生々しい感覚と一緒に、夢を見た。
ベックス・ムリーヨの業の記憶を。
翌朝、ダニエラに起こされて朝食を食べに向かうと、父と母が穏やかに食事をしていた。
両親の顔を見ると、心が喜びに満たされて口角が上がる。
「おはよう、ベックス」
レイシャール・ムリーヨ。
貴族家の当主には見えないラフな格好だが、彫りの深いイケメンだから様になっている。
ちょっと顔が冷たいのは惜しい点だ。
「おはよう、ベックス。ダニエラ」
エルバ・ムリーヨ。
レイシャールとは違って多少おめかししており、優しさが滲み出ている顔立ちだ。
夫婦が並ぶと冷たいイケメンと優しい美女でお似合いである。
「おはよう、とう様、かあ様」
父様母様⁉
呼び方に俺は驚きつつもすぐに落ち着いた。僕自身は違和感を感じていないからだ。
俺と僕の境界が少しずつなくなっている?
俺は僕だ。誰かの生きた記憶とゲームの知識を持つ、ベックス・ムリーヨ。
僕がその知識を使って業を回避するために、死にゲー世界になることを全力で阻止するんだ。
食事を始めると、死にゲー世界阻止の目標を達成するため良い機会だから、父様と母様に話をすることにした。
「とう様、おねがいがあるの」
「言ってみなさい」
記憶にあるゲームの最終ボス、レイシャールは眉間の皺が取れないくらい渋面のキャラだった。
圧倒的な近接攻撃と第3形態の魔術攻撃は適度な難易度で良ボスだった覚えがある。
そのボスが口調は厳しいながらも、微笑んで子供の話を聞いている。
顔から冷たさがまるでなくなったから、僕は愛されているんだろう。
死にゲー世界になってしまえば、こんな穏やかな時間は無くなる。
言い出すのを躊躇していたが、平和な時間を失いたくはないと覚悟が決まった。
「まじゅつをつかいたい」




