表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

銃声は夜に消える

銃声が夜を裂く。


お前は死に、俺は生まれた。


あの時の笑みは今も俺の中に生きている。


濁った路地裏で、煙草の灰を落とす。



あの日から俺はお前が生きた裏で血を流しながら生きてきた。



今夜。



俺は、お前と死ぬ。



——


紙切れに書かれた名前。炎に溶けて灰になった。


任務は一つ。


「殺せ」


銃を忍ばせる。


濡れた路地を踏みしめた。表の通りは笑い声と音楽で溢れていた。


夜でも眩しい光は裏路地に一筋も届かない。


裏口から一人の男が現れた。


油断した笑顔。


振り返るときには、もう遅い。


銃口が上がり引き金が引かれる。銃声は短く夜に消えた。


男の体は崩れ落ちる。


鮮やかな赤が地面を濡らしていた。



携帯を取り出す。

短い呼び出し音のあとに低い声が応じる。



「……終わった」

「ご苦労。次を待て」


通話を切ると黒い画面に自分の影が映った。



——私はNo.13。命令は絶対。



——


「お前も腕が上がったな。……ならば特別な依頼だ」


紙切れに記された名前はこれまでとは違っていた。



表の街で評判の実業家だが

裏では恐れられた殺し屋だった。



淡々と足を進める。

命令は絶対。それだけを胸に。



扉を開けた。

温かな灯りが静かな部屋を照らしていた。


机に向かっていた男はすぐに立ち上がる



少女を見た。



「……来たか」


驚きはない。待ち構えていたかのように。


「お前がNo.13か」


少女の指が銃に触れる。男の目は穏やかだった。



「構わない。命令だろう」


「ただ一つだけ伝えておく」


「俺の息子を恨むな。 お前も、だ」



少女は答えなかった。

銃口を向けて引き金を引いた。


銃声が部屋に短く響く。男の体が崩れ落ちる。


手から一枚の封筒が滑り落ちた。


宛名は「ノヴァ」


少女は拾わず背を向けた。



「ご苦労」


電話越しに響く笑い声は今までにないほど長かった。



——私はNo.13。命令は絶対。



——


父の手元に落ちた封筒を拾う。

震える指で開いた。


ノヴァへ


これを読んでいるということは

私はもういないのだろう。


ノヴァの胸が痛む。


彼女は悪くない。憎むな。

彼女もまた、奪われた者だ。


「……彼女……」


いつかお前は真実を知る。

そのとき彼女を救え。

二人で表に生きろ。


「二人で……」


声が震えた。

ノヴァの目から涙がこぼれ落ちた。


この場所に彼女はいる

ノヴァ、お前は――


そこから先は涙で滲んで読めなかった。


ノヴァは手紙を握りしめる。


震える指先は父の温もりがまだ残っている気がした。


——


路地裏は夜の湿気に沈んでいた。

薄暗い通りの奥で怒声と呻き声が交わる。


父の手紙に記された場所。


ノヴァは駆け出していた。


「彼女」がいると書いてあったから。


角を曲がった瞬間、息を呑んだ。

少女が男に銃口を向けていた。


次の瞬間、男が倒れ伏す。


銃を下ろした少女がこちらを振り返った。


その瞳には父を撃った時と変わらない無機質な光が宿っていた。



「……お前は」


ノヴァは息を詰めた。

間違いない。彼女だ。


「僕はノヴァ。君の名前は?」


沈黙。


少女の瞳が淡々と射抜く。



「……私はNo.13。名はない」


「番号で呼ばれるなんておかしいよ」



少女の眉がかすかに動いた。

だがすぐに冷たい瞳に戻る。



「お前は表の人間だ。ここに来るな」



ノヴァは怯むことなく真っ直ぐに見返した。

「……僕はまた来るよ。君に会いに」



少女は答えなかった。闇に溶けるように姿を消した。


——


ノヴァは何度も裏の路地に姿を現した。

冷たい目をした少女に向かって声をかけ続けた。


「今日は名前、教えてくれる?」

「……私はNo.13」


「じゃあ、どうして人を殺しているの?」

「命令だからだ」


「命令って、誰の?」

「お前には関係ない」


会話はいつも一方的に切られる。

それでもノヴァは諦めなかった。


翌日も、また翌日もやってきた。



「僕は君と友達になりたいんだ」



その言葉に少女の瞳がかすかに揺れた。

だが口に出た声は冷たい。



「……くだらない」


背を向けて歩き去る。

足取りはいつも通り迷いがなかった。



その背中にノヴァの声が追いかける。

「また来るから!」



少女は振り返らなかった。足音が闇に消えていく。



それで終わるはずだった。



冷たいはずの胸に、微かな痛みが残った。



——


新しい紙切れに名前が書かれていた。


女。子供あり


と、走り書きされている。



夜の裏路地。



母子は怯えながら身を寄せ合っていた。



表の灯りは届かない。闇が二人を閉じ込めている。



少女は歩みを止める。



銃口を向けた。



「……」



母親の腕に抱かれた子供の瞳が

まっすぐこちらを見ていた。



恐怖ではない。ただ、無垢な光で。



指が引き金にかかる。だが力が入らなかった。


(撃て……私はNo.13。命令は絶対……)



心が拒んでいた。



少女は銃を下ろす。



一瞬の逡巡だった。



その隙に母子は裏路地を駆け抜けて闇の向こうに消えた。



銃声は響かなかった。



夜は、静寂のままだった。



——


「……どういうことだ?」


電話越しの声は低い。すぐに怒号に変わる。


「なぜ撃たなかった!子供がいたからか? 腕が落ちたな」


少女は無言だった。ただ黙っていた。


「クク……やっぱりそうか。ガキを見ると手が止まる。お前の親もそうだったな」


声が急に湿り気を帯びる。酒に濡れた笑いだった。


「あいつも邪魔だった。だから殺した。拾ってやったのは俺だ。感謝しろよ?」


「お前をNo.13にしたのは、この俺なんだ」


少女の指先が微かに震えた。


「……お前の親は俺に逆らった。俺を見下しやがった。だから消した」


「残されたお前を番号で呼んで駒にしてやったんだよ。ハハハッ! 」


電話が切れる。


黒い画面に映った自分の顔は無表情だった。


胸の奥で何かが軋んでいた。


私はNo.13。命令は絶対。


何度も繰り返すように心で呟いた。


それは、呪いの言葉のようだった。


——


数日後。少女は呼び出された。


男は笑っていて寒気がした。


「お前、最近あのガキと会ってるな」


少女の心臓がわずかに跳ねた。顔は動かさない。


「あの男は子供を守ったつもりで死んだが結局は俺の手の中で終わったんだよ」


男は嗤った。



「今度こそケジメをつけろ。ノヴァを殺せ。できないならお前も死ね」



少女の胸に冷たい重みが落ちた。



命令は絶対。

その言葉はもう呪いにしか聞こえなかった。



夜。



路地裏にノヴァが現れた。

変わらぬ笑みを浮かべて少女を見ていた。


少女は銃を持ち上げた。



その笑みを、撃ち抜けという命令を背負って。



——


照準の先には、ノヴァ。


「……命令だ。お前を殺せと」


声は淡々としていた。


感情を一切含まないNo.13の声。



だがノヴァは怯えなかった。

その瞳はまっすぐに少女を見つめていた。



「……逃げないのか」

「逃げない」


「殺されるぞ」

「うん」



少女の指が震えた。命令は絶対。

そう繰り返し叩き込まれてきたはずだった。



「……なぜだ」



「なぜ逃げない!ここで死ぬ気か!?」



「それが君の選ぶことなら僕は受け入れるよ」



沈黙が落ちる。



「……お前は…いつもそうだな」


そして少女の唇が初めて柔らかく歪んだ。



優しい笑みだった。



「……命令は絶対。そう思い込んできた」


「でももう違う。これは私の選択だ」



そのまま銃口はゆっくりと自分へと向けられた。



「……私の名はリナだ」



「お前はお前を生きろ。私はここに生きる」



引き金が落ちる。銃声が夜を裂いた。


リナは崩れ落ちる。



静寂が戻った。



ノヴァの耳に残ったのは彼女の名と、その笑みだけだった。



——



私はリナとして生まれた。



引き金を引く前に心の奥底から声があふれた。



No.13はお前を殺せなかった。

だからリナを殺した。



No.13のまま死にたくなかったからだ。



ノヴァ。

お前はノヴァだ。



お前となら表で生きられたかもしれない。

だからこそ私はここで終わる。



お前はノヴァを生きろ。裏ではなく、表で。



私のように生き方を繰り返さないで……



——



湿った闇に足音が近づく。


ノヴァは咄嗟に物陰へ身を隠した。


酔ったようにふらつきながら男が現れた。


リナの倒れた体を見下ろすと口元を歪めて笑う。


「チッ…連絡ねえから来てみりゃこのザマか」


靴先で無造作にリナを蹴る。


その身体は微かに揺れるだけで何の反応も返さなかった。


「男を知ったらこれかよ。女はほんと使えねぇな」


唾を吐き捨てる。


「ま、あの時ガキも殺させりゃ良かったな」

「結局はただの使えねぇ小娘だったってわけだ」


男は下卑た笑いを漏らした。



「……まあ、あの野郎を殺ったことだけは褒めてやるよ」



顔を上げ、夜空を仰ぎながら嗤う。


「だがよ、ガキに殺されて終わるとはな!所詮は情けねぇ野郎だったってこった」


「ハハハッ!俺の方が一枚上手だったな!」


また唾を吐き、闇に紛れて去っていく。



ノヴァの拳は物陰で固く握られていた。

声にならない怒りが胸の奥で燃え上がる。



「……使えないのは、あんたの方だ」



——


物陰から出たノヴァ。

崩れ落ちたリナを見つめる。


瞼は閉じられて安らかな笑みを残していた。


「……リナ」

その名を初めて口にしたとき、胸が痛んだ。


父の言葉がよみがえる。


——彼女は悪くない。二人で表に生きろ。


現実は違った。彼女はここで命を落とした。



裏の世界で。



「……表なんて、ないんだ」


声は低く震えていた。

だがその瞳には涙ではなく



怒りの光が宿っていた。



「……俺は裏で生きる。お前が生きたこの場所で、あの男を必ず殺す」



小さな手がリナの銃を握りしめる。

冷たい金属の重みが心に刻まれた。



——これがリナの生きた証。

そして、自分の歩む道。



ノヴァは夜の闇を睨みつけた。



そこに消えていった嗤い声を決して忘れないために。



——


ノヴァの歩みは静かだった。


幼さの面影は消えていた。

そこにあるのは冷酷な影だけ。


背広は擦り切れて灰色に染まる。

長い煙草の煙が夜に滲む。


腰のホルスターにはいつもリナの拳銃を収めている。


彼女の命を奪い、自分に生を与えた銃だ。

その重みが年月のすべてを刻み続けてきた。


笑みは消えた。声も抑えられた。

ただ任務を遂行する。機械のように。


だが胸の奥には変わらず一つの名が残っていた。



「……リナ」


呟いた声は闇に吸い込まれて消えた。


——


夜を裂いた銃声。

それがお前の終わりで、俺の始まりだった。


あの日から俺は裏で生きてきた。

血を流しながら歩き続けた。


お前が生きた、裏で。


幾年もの間ただ一つのために動いた。

小物を探し出すために裏の路地を這いずり

血と影の中を潜り抜けてきた。


そして今夜。ようやく辿り着いた。


冷たい煙草の煙が闇に溶けていく。


足元のアスファルトにはお前が倒れた痕がまだ残っている気がした。


「……リナ」

その名を呼ぶと胸の奥で静かに疼きが走る。


お前は死んで生まれ何度でも俺の中で生きている。


俺は裏で生きてお前と共に歩いてきた。


だが今夜。


決着をつける。



お前が願った表へと、俺は向かう。



——


薄暗い部屋。


酒をあおり足を投げ出していた小物の男。

ドアが軋み、ノヴァが踏み入れる。



「……誰かと思えば、ガキじゃねぇか」


笑い声が酒臭く漂う。


「まだあの女のこと根に持ってんのか?」

「所詮は使えねぇ小娘だったろ」


ノヴァの瞳は氷のように冷たかった。


ゆっくりと銃を抜き、静かに言葉を落とす。



「命令じゃない。 これは俺の選択だ」



ノヴァの指が静かに動く。

……銃声。



余韻だけが部屋に残った。



リナの拳銃から放たれた弾丸が男の額を撃ち抜いていた。


酒の匂いと共に崩れ落ちる肉塊。



ノヴァは銃を収め、背を向ける。


灰色の煙が闇に溶けていった。



「……リナ。やっと、表に立てるな」



——



奥の暗がりから小さな声が漏れた。



「……助けて」


怯えた瞳がノヴァを見つめていた。

震える声にノヴァは応えなかった。



ただゆっくりと手を差し伸べる。



少女の手がその掌に触れる。

細い指先がわずかに震える。



やがて握り返してきた。



ノヴァは振り返らずに歩き出す。

少女の小さな影が隣に寄り添う。



二つの影は並び闇を抜けていった。

足音だけが静かな夜に溶けていった。



——銃声は夜に消える。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ