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恋愛短編集  作者: 長野智
4/5

君と、少女漫画みたいな恋を

僕には好きな女の子が居る。

その子はとても綺麗で派手で、クォーターということで過去に嫌な思いをしてきたと、以前に少しだけ聞いたことがある。

派手な彼女とは住む世界が違う。分かっていたけど、強気で勝気で、それでも繊細なその子のことを好きになってしまったから、ちょっとずつ距離を縮めていたつもりだったのだけど……。


ある日、ラブレターを渡された。


両思いだったのかと、喜べたのは一瞬だ。

すぐに彼女からの自分への態度に特別な気持ちが見えなかったと思い出し、ああまたかと落胆した。

僕には男前な従兄弟が居る。従兄弟はモテるけれど、直接声をかけても相手にしてもらえないからか、僕をダシにして近づく女の子も多かった。


「じゃあ湊人に渡しておくよ。大丈夫、あいつ冷たく見えるかもだけど、いいやつだからさ」


だけど素直に二人をくっつけたくなくて、従兄弟と彼女が会わないように、悪足掻きすることしかできなかった。

この恋がうまくいきませんようにと、彼女のためにならないことばかりを考えながら。


 こんなこと、少女漫画の中だけで起きることだと思っていた。


「じゃあ湊人に渡しておくよ。大丈夫、あいつ冷たく見えるかもだけど、いいやつだからさ」


 彼は少し驚いたように間を置いて、すぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべた。


 彼、北沢幸人とは、高校からの同級生で同じクラスで、委員会も二年になる今まで同じで、席も奇跡的にずっと隣だから、自ずと仲が良くなった。

 必然的に彼とばかり話していたし、普段女の子と喋らない彼も、私とは打ち解けてくれていたと思う。


 彼は大人しいタイプで私が普段話す男の子とは正反対だったけれど、だからこそ彼の隣は落ち着いたし、何よりその人柄に自然と惹かれた。


 私自身、いつも派手な人とばかり絡んでいたから疲れていたのだなと、彼と会話をすることで深層心理にも気付けて、勝手に救われた気になっていたということもある。


 彼を独り占めしたいと思った。

 今は密やかにしか人気がない彼だけれど、これからどうなるかは分からない。

 彼が受験する予定の大学が、私では到底手も届かない偏差値のところで焦ったというのも本音。そして、私が好きと伝えたらきっと彼は受け入れてくれるだろうと、自惚れていたのも本音である。


 けれど。

 彼の手には、私が渡した手紙があった。いわゆるラブレターだ。見た目のせいで自分が異性から軽く見られていることを分かっていたから、せめて本気だと伝えるために、頑張って慣れないことをした。

 それが、裏目に出たのか。


「高岡さん? どうかした?」


 彼はさっさと手紙をカバンに入れて、帰る支度を進める。

 まさかこれほどまで、自分が彼の恋愛対象に入れていないとは思ってもいなかった。


「…………ああ、いや、あのさ、それ、一回返してもらっていい?」

「……どうして? 僕、ちゃんと渡すよ?」

「そうじゃなくて……やっぱり、やり直そうかなって」

「……直接、湊人に渡しに行くってこと?」


 気がつけば、放課後の教室からは誰も居なくなっていた。


「大丈夫だよ、僕に任せて。それじゃあ、今日は図書室に寄って帰るから」


 お互い部活に入っていないこともあり、都合がつけば一緒に帰っているのだが、今日はどうやら別らしい。

 にこやかに去った彼を引き止めることもできないまま、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


 これは、失恋になるのだろうか。

 気持ちを受け取ってもらうことすらできなかった恋心には、いったいどんな名前がつけられて、どうやって処理をすればいいのだろう。


「……好きって、言えば良かったかな……」


 言ったところで、何かが変わっていただろうか。

 私のことを恋愛対象として見ていない彼のことだ、きっと「なにが?」なんて素っ頓狂に答えるのだろう。

 そんな想像が正しい気がして、思わず乾いた息が漏れた。


 人生で初めての恋は、あっさりと終わった。

 相手に「好き」と伝えることもできず、意識されることもなく、ただ静かに私の中だけで昇華しなければならないようだ。


 ――なんて理不尽な話だろうか。

 それもこれも、彼の従兄弟である北沢湊人という男が悪いのではないか?


 そう思ってしまえば腹が立ってきて、翌日にでも一発殴ってやろうかと決意した。

 そんなことを思っていたからかもしれない。

 

「高岡梓」


 失恋した翌日の昼休み。

 彼の態度は普段と変わらずで、本当にまったく恋愛対象になんてなれていなかったのだと打ちのめされた上に、「手紙は渡しておいたから」と追い討ちをかけられて自販機に逃げてきたのがつい先ほど。


 とんでもなく甘いと噂の飲料を自販機から取り上げるのと、背後から声をかけられるのは同時だった。


「……出たな、北沢湊人」

「は? おまえこれ、幸人に渡しただろ」

「渡したけどなに? なんであんたが持ってんの?」

「はあ?」


 身長は一八〇オーバー。愛想なし、デリカシーなし、協調性なしのくせに、その顔と体格だけで女の子に人気のある男である。

 今日が初対面で、これまで会話をした記憶はない。もちろん、これからも会話をする予定なんかなかった。興味なんか一ミリもなかったからだ。


「返してよ」

「……おまえが俺宛に幸人に渡したんじゃねえの」

「はあ? 自惚れんなよ。誰があんたみたいな顔だけ男に」

「てめぇ……」


 手紙を持っていた北沢の手が、怒りで微かに震えている。しかし私は悪くない。中指を立てて挑発してすぐ、北沢から手紙を取り返した。


 開けられた形跡はなかった。

 こればかりは、北沢が女関係において「手紙は読むことなく捨てる」と言われるほど最低な男でよかったとも言える。


(……あれ? 捨てるはずなのにどうしてこれ……)


 なぜ北沢は、わざわざ私に……?


「まさかあんた、私のこと好きなの?」

「んなわけねぇだろぶん殴るぞ。おまえが幸人と仲良くなけりゃ聴取もしに来ねぇわ」

「あー、ハイハイ。アレね。あんたに近づくために幸人に近づいたのかってことね。幸人からよーく聞いてるよ、過去にそういう女が多かったって」

「分かってんなら、」

「うっざ。私さぁ、あんたのことまったく好きじゃないし、今はめちゃくちゃ殴りたいくらい腹立ってんの。分かる? あんたのせいで告白もできずに失恋したんだけど」


 なんて、本当は北沢のことがなくとも、いずれは失恋していただろうけれど。

 今はそんなことを認める余裕がなくて、うんざりとため息を吐く。


「……あー、なるほど?」

「分かったんなら一発殴られてほしいんだけど」

「誰がさせるか。つーかおまえら、それなら、」

「高岡さん!」


 普段とは違う慌てた声だった。

 それに振り向けば、ちょうど彼が焦った様子で駆け寄ってきた。

 彼は状況が理解できないのか、私と北沢を交互に見ている。そして私の手に手紙があることに気付き、ぎゅっと眉を寄せた。


「湊人、どうして返したの」

「……返してねぇよ、こいつが勝手に取り上げた」


 そうなの? と確認でもするような顔で振り向いた彼に、私は肯定するように頷く。


「……どうして? あ、返事の仕方が悪かったとか? 湊人って口は悪いけど本当にいい奴だから、誤解するかもしれないけど……」

「幸人ってさあ」


 遮るように言葉を落とせば、彼はようやく口を閉じた。


「馬鹿だよね。馬鹿。大馬鹿。頭はいいくせに、従兄弟にこんなのが居たから馬鹿になったんでしょ」

「おい」

「世界が狭い。思い込み激しいし。マジありえないから」

「……え、ごめん。怒ってる?」

「超怒ってる」


 渡したところでどうしようもないし、怒ったところで結果が変わるわけでもない。分かっていても感情はどうにもならなくて、無意識に手紙を握りしめていた。


 手の内でしわくちゃになるそれ。彼は驚いたように目を見開くが、私に怒っていると言われたからか、迂闊に何かを言うことも出来ないらしい。


「……俺はとりあえずもう行くが……おい幸人、おまえきちんと聞いてやれよ」

「……言われなくても」

「どうだかな。……死にそうな顔して渡してくるくらいだ、なんか言っとくことぐらいあるんだろ」

「おい!」

「とにかく俺を巻き込むな。ったく……無駄に噛みついてきやがって……」


 北沢は渋い顔で、ぶつぶつと何かを言いながら去って行く。もちろん引き止めることはしない。一発殴れなかったが、これ以上関わるとロクなことにならないだろう。

 北沢がその場から消えると、北沢を遠目に見ていた女の子たちも居なくなった。


 取り残された私たちは、なんとなく気まずい空気に何も言い出せないまま。彼を見ても、目を伏せてどこか苦しげな顔である。


 手紙を持っていない方の手にあるとにかく甘いと噂の飲み物は、すでにややぬるい。冷えていないとんでもない甘さとは美味しくないのではと、現実逃避をしたい脳みそがそんなことを気にし始めた頃だった。


「湊人宛じゃなかったの?」


 口を開いたのは、彼だった。


「……そうだね。だから返してもらった。けど、もう渡す予定も無くなったからどうでもいいよ」

「どうでもいいって……」

「別に関係ないじゃん、幸人には」


 誰宛だなんだと言われているうちは、私に勝算はない。

 手の内でしわくちゃになった恋心に決意する。


 今回ダメだったからなんだ。

 大学が離れても会えば良いだけだ。彼が好きな相手を見つけるまでは、好きでいることくらい自由である。

 もっと分かりやすくアプローチしよう。

 積極的に遊びに誘って、連絡を取って、もっと特別に思ってもらえるように、


「それが僕宛だったら、嬉しかったのに」

 

 教室に戻るかと彼に背を向けたところで、言葉が追いかけてきた。

 あまりにも小さく、聞き間違いかもしれないと振り返れば、彼はやはり苦しげな顔で眉を寄せている。


「って、思った。……本当は、湊人が羨ましかった」

「……ああ、モテるもんね、北沢」

「そうじゃなくて」


 彼が大きく数歩、私に近づく。

 思わぬ距離感に身を引きそうになったところで、彼が手紙を握りしめる私の手を捕まえた。


「これが! 僕宛だったら嬉しかったのにって!」


 必死な彼は気恥ずかしそうだったが、それでも強い瞳が私から逸れることはない。

 言葉の意味を理解するために瞬きを繰り返していると、彼は私の手からその手紙を奪い取った。


「あ、ちょっと」

「高岡さんは鈍いよ。僕がどれだけアピールしても全然気付かない。挙げ句こんなものまで渡してきてさ……思わせぶりすぎる」

「は、はあ!? 別に思わせぶりなことなんかしてないし! てか幸人アピールなんかしてなかったじゃん!」

「してた! そもそも僕、女の子とあんまり喋らないし! 高岡さんにだけ好きな本共有したり、休日遊びに誘ったり、誕生日だって祝ったし!」

「…………普通じゃない?」

「えっ……ふ、普通?」

「友達なら普通にそのくらいするんじゃないの」


 まさかの価値観の違いに、彼は驚愕な表情を浮かべた。


「ふ、普通じゃない……! 少なくとも、僕にとっては普通じゃないよ! しかも異性となんて!」

「そ、そうなの? ごめん、それは分からないかも……」


 あれ、つまり。


「……てかそれ、幸人宛なんだけど」

「えっ」

「開けてみたら」


 彼の手の中でしわくちゃになったそれ。彼は少しばかり見ていたが、そっと封筒を開く。

 私にしては珍しく、便箋と封筒は可愛い系のものを選んだ。告白といえばそんなイメージがあったし、何より普段は可愛げがない自分でも、告白のときくらい可愛く見てもらいたいという気持ちがあったからだ。


 彼は取り出した便箋を開き、じっと目を滑らせていた。


 すると、ゆるりと頬が染まる。やがて瞬きを繰り返し、彼は困ったように上目で私を見た。


「……ほ、本当に僕宛てだ」

「だからそう言ってる。なのに幸人は北沢に渡すとか言ってさぁ」

「ぐっ……だって、高岡さんみたいな女の子に好きになってもらえる男じゃないだろ、僕なんか。地味だし、面白みもないし……高岡さんみたいに派手で可愛い人はみんな、湊人のことが好きなんだよ」

「……っ、え! 幸人、私のこと可愛いって思ってんの!?」

「え! か、可愛いんじゃないの? だってすごく目立つし、人気者だし、性格だって明るくて優しくて、意外と気遣いがすごいし……」


 それは幸人が相手だから……!

 と、口から出かけた言葉を必死に食い止めた。


 彼相手でなければ気を遣うなんて絶対にしない。他人なんかどうでも良い。この見た目で吸い寄せられてくる有象無象に対して、そのせいで嫌味や陰口を叩く陰湿な同級生に対して、どうして私が気を遣ってやる必要があるのかとさえ思っている。


 派手な見た目というのは、集団の中では良い認識を生まないものだ。

 それが、知らないところで友人の好きな人に好ましく思われてしまうのなら尚更に。


『あーあ、最悪。クォーターだかハーフだか知らないけどさぁ、日本にいんなら髪ぐらい黒にしろよ。承認欲求だろアレ』

『アズってクールぶってるけど、絶対うちらのこと見下してるよね。旭川くんのことも、ユカへのマウントじゃない?』


 どろりとした感情が、常に私の周りにあった。

 ついさっきまで笑顔で話していた『友人』たちは、私が居ないときにはいつも知らない顔をしている。


 息が詰まる。他人は嫌いだ。知れば知るほど、醜くて汚い。


 だからこそ高校は、中学から離れたところを選んだ。

 知った顔はもう見たくなかった。新しい土地で、誰も私のことを知らないところで、静かに一人で生きたかった。


 そう思って進学した高校で、幸人と出会った。


『綺麗な色だね。髪も……目も、光が当たるとビー玉みたいにキラキラしてる』


 なんだこいつ、というのが第一印象である。

 真っ黒な髪。遠慮がちな雰囲気。いつも笑っているような締まりのない表情。地味で目立たず、休み時間はよく本を読んでいる。

 

 そんな彼は、誰に対しても”同じ”だった。


『中田さん、爪のお手入れ上手だね。ツヤツヤだ』

『佐藤くんはいつも遅くまで図書室で勉強してるから、成績がいいんだね。真似できないよ』

『え、山田さんってダイエットしてるの? ああ、好きな人がいるからか。素敵だね。今のままでも綺麗だから、無理はしないでね』

『鈴木くん髪切ったんだ。すごく似合う。僕も鈴木くんくらい男前だったらなぁ』


 ゆっくりとした口調で聞き取りやすく、いつも優しい言葉を使う。

 彼は自分を地味な奴だと言うし、私も最初はそう思っていたけれど、見ているうちにそれが間違いであると気がついた。


 彼の周りには人が集まる。

 それは彼が優しく、誰に対しても平等だからかもしれない。


 斯くいう私も、彼に吸い寄せられた一人だった。


 好きだと思った。だけどきっと潜在的なライバルは多く、そして彼は偏差値の高い大学を受験するらしいと聞いた。

 だから、告白をしなければと手紙を書いた。


「……高岡さんは可愛いよ。初めて見たとき驚いた、こんなに綺麗な人が居るのかって……」


 彼の目が、伺うように私を射抜く。


「本当は、湊人に会わせたくなかったんだ。湊人って格好いいから、もっと好きになるんじゃないかって不安だった。湊人も高岡さんを気に入りそうだったし……」

「私別に、北沢のことなんとも思ってないし、むしろ今さっきまで殴るつもりだったけど」

「殴る!? ダメだよ、そんな細い手で分厚い湊人を殴ったら傷めるから」

「私が好きなのは、幸人だし」


 改めて言葉にすると、彼の肩がびくりと揺れる。


「………あ、えっと……僕も、好き、です……」

「うん」

「……いや……その……あの……」

「なに」


 好きというひと言を伝えることすら、彼は躊躇うらしい。

 普段から恥ずかしいとも思える褒め言葉をさらりと言うくせに、なんだか彼の感覚が不思議だった。


 真っ赤になって何かを言おうとしている彼の言葉を、急かすことなく待ってみる。

 すると何度か口を開閉したところで、ようやく「あの!」と強い声を出した。


「僕と、付き合ってください」


 たったひと言。それだけでそんなに緊張するのかと、思わず笑いが込み上げた。

 同時に、そんなたったひと言でとてつもなく幸せになれることを、生まれて初めて知った。

彼はイケメンではないけど、優しくて穏やかだから密やかに人気がある

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