さよならアンドロイド
アンドロイドと呼ばれる彼氏、五十嵐藤志郎。すべてが完璧な彼と結ばれた天野朱里は、彼に対して日々不満を募らせていた。
「藤志郎くんと触れ合いたいけど、拒否されてしまう。彼は潔癖症なのかも」
そう思っていた朱里だったが、ある日、藤志郎と女子生徒の指先が触れ合い、藤志郎が避けない場面を目にしてしまう。
彼はもしかして、潔癖症じゃない……?
押せ押せ女子の朱里と、とんでもなく分かり難い藤志郎が、本当の恋人になるまでのお話。
完璧超人サイボーグ、心臓のあるアンドロイド、感情を失った巨人。
彼のあだ名に関しては、これ以上にまだまだ存在する。
彼はとても完璧だ。頭の良さ、顔の作り、所作や気配りまで、誰もが認める完璧人間である。しかしそんな彼にも唯一と言える欠点がある。
そう。いくつものあだ名にあるように、彼は感情を失ったかとも思えるほどに、仏頂面で無表情で能面で感情が読めないのだ。
「もったいないよねえ、ホント」
遠くに見える彼をぼんやりと目に映して、隣に座る友人が残念そうに呟いた。
校舎から出てきた彼、五十嵐藤志郎は、少しだけキョロキョロと視線を巡らせた後、ベンチに座っている私を見つけると、すぐに小走りに駆け出した。
「いやー、よくアレと付き合えるね。見た目も頭もイイし身長も高いけど、つまんなそうじゃん」
「……うーん……いいところもあるんだよ」
惚れた者の負け、とはよく言ったもので、まんまと彼に一目惚れなんてしてしまった私がいけないのだろう。
なにせ彼は格好良い。大学の入学式、スーツに身を包んだ彼の輝かしい姿は、今でも鮮明に思い出せる。格好良くてスマートで、遠くから見ているだけでも心臓がぎゅっと掴まれたように痛くなった。
そして次には、絶対にお付き合いしたいと思った。
だからこそ、初めての一目惚れで戸惑ったけれど、モテる彼をゲットしようと押して押して押して押して、ある日無事に告白に頷いてもらったのだ。
「ごめん。待たせた」
私の元にやってきた藤志郎くんは、抑揚もなく一言だけそう言うと、隣に座る友人を見下ろす。その目はやっぱり無機質で、友人も気まずそうに立ち上がった。
「じゃああたし帰るね、また」
「あ、うん」
そそくさと逃げるように退散した友人の居たところに、藤志郎くんがすぐに腰掛けた。
その姿勢さえも完璧で、そしていったい何を考えているのか、彼は前を見据えたままである。
「ねえねえ、もうすぐ藤志郎くんの誕生日じゃない?」
言葉に、彼は首ごと振り返る。
「何か欲しいものある?」
「欲しいもの」
考える間を置きつつ、彼は再びぐりんと顔を前に向けた。
そういう動きもアンドロイドだと言われる所以なのだけど、きっと藤志郎くんは気づいていない。
「ある」
「え! 藤志郎くんが!? 欲しいものあるの!?」
「俺にも欲くらいあるけど」
彼は潔癖だ。他人と触れ合うことを嫌う、おそらく対人限定の潔癖症である。そもそも藤志郎くんに物欲があるのも驚きなのだが、それを除いても潔癖症だからきっと欲しいものなんて「ないよ」と返されると思っていた。
もちろん、勝手な思い込みではなく、それの裏付けはある。
(……藤志郎くんは恋人である私が触ることさえ嫌がるのに……!)
藤志郎くんと付き合って半年。私たちはまだ、キスはおろか手を繋ぐことさえしていない。それはひとえに、彼が私を避け続けているからだ。
さりげなく手を伸ばせば、パッと距離を取られる。キスをしようと距離を詰めれば、押し戻されて何事もなくスルーされる。
だから私は彼のことを、他人を汚いと思うタイプの潔癖症だと思っている。
「あ、五十嵐くーん」
その声に、藤志郎くんはまたしても機械的な動きでそちらに顔を向けた。
女の子が二人。見たことはないけど、きっと藤志郎くんと同じ学部の子たちだろう。
「あれ、彼女さん? こんにちは」
「はい、こんにちは」
「私たち五十嵐くんと同じ学部で……これ、斉藤君がありがとうだって。本人はデートに行くという最低な行為をしたから私が持ってきたよ」
「ああ。手間をかけた。ありがとう」
ノートを受け取る時に、二人の指が触れた。
そこにはお互いに深い意味はなかったけれど、私はそこから目が離せなかった。しかし誰もそんな様子に気づくことなく「それじゃ」と女の子は去ってしまう。
「どうかした?」
藤志郎くんの声が、どこか遠い。
だって。
だって藤志郎くんは潔癖だから、人に触れたくなくて、人を汚いと思っているはずで、そうじゃないとおかしくて……。
「藤志郎くんて、潔癖症だよね……?」
肯定を待ち望んだその問いはしかし、まったく逆の結果をもたらした。
「なんの話だ? 俺は別に、普通だけど」
――ケッペキじゃ、ない……?
だとすれば、私が散々拒否されていたアレはなんだったのだろう。恋人にしてくれたということは憎からず思ってくれてるということで、だったら手を繋ぐことはもちろん、キスだってするはずだ。
いや待って、そもそも。
藤志郎くんは、私のことをちゃんと好きなのか?
(……待って待って待って)
だってそうじゃないと、恋人になんてしないはず。押して押してって攻めてるときも無表情だったけど許容してくれていたし、告白をした時だってしっかりと頷いて……。
(頷いて……?)
「……天野?」
不思議そうに私を呼んだ藤志郎くんを見上げて、これまでのことを鮮明に思い出した。
そういえば私、付き合って半年、一度も藤志郎くんに「好き」と言われたことがない。
「ご、ごめん!」
咄嗟に、そんな言葉が突いて出た。
彼はとても分かりにくい。しかし分かりにくいだけで、感情はしっかりとある。
私が彼にアピールをしていたときだって、私のそんな独りよがりの行動を迷惑がられていた可能性は大いにある。面倒だったからとりあえず付き合っただけで、特に愛情なんて持ち合わせていないのなら、手を繋ぐことを拒否されるのもキスを避けられるのも当然のことだ。
そういえば、藤志郎くんはいつまで経っても名前で呼んでくれない。何度「名前で良いよ」なんて言っても「分かった」と言うくせに、未だに苗字で呼び続ける。
――もしかしたら私は、絶望的な現実に気づいてしまったのかもしれない。
「ごめんってなにが? ……っていうか、誕生日だけど、」
「待って」
言い出す前に、言葉を遮った。
欲しいものなんて言われたら、それを与えてしまうだろう。つまり、誕生日までこの現実と隣り合わせのまま、彼の恋人で居なければならない。
「え?」
「……あの……一応聞くんだけど」
「うん?」
「私の名前、知ってるよね?」
聞かなければ良かったと、顔を見て思った。
いつもと変わらない無表情で、答えるでもなく、ただじっと私を見ていた。それは「なんだっけ」と考えているようにも見えるし、誤魔化しの言葉を探しているようにも見える。
つまり、そういうことだ。
つまり、やっぱり、きっと、絶対、間違いなく、確実に、
「分かった!」
藤志郎くんは何か言いかけて開きかけた口を、ゆっくりと閉じた。その様子を確認して、ベンチから慌てて立ち上がる。
「……今まで、ごめん……」
別れる、という言葉だけは言えなかった。
付き合っていることに浮かれていた自分が滑稽だったこともある。それを言って受け入れられるのを見るのも嫌だ。そして何より、私は藤志郎くんが好きだから。
だから別れの言葉さえなければ、まだ付き合っていられる気がして。
「え? なに、」
「私、帰るね」
「じゃあ俺も、」
「いや、藤志郎くんはちゃんと一人で帰って。……もう私に構わなくていいから」
藤志郎くんの顔を見れないまま、その場から足早に逃げ出した。
――入学式の日、スーツに身を包んだ藤志郎くんを見たときは、あんなにも好みドンピシャの人が居るのかと心が奮えた。
顔も、身長も、雰囲気も、その姿勢の良ささえも全部が私の好みに当てはまって、どうしても付き合いたいと本能が騒ぐほどだった。
もちろん藤志郎くんはモテた。なにせ顔が良い。しかしあの表情筋が壊死しているのかとも思える鉄壁の無表情で、モテ期間は半年足らず。
結局最後まで残った私が、藤志郎くんの恋人を勝ち取った。
しかし、それだけだ。
残ったから、しつこかったから、隣に居られただけ。
それだけだった。
「え。ちょっとちょっと、どうしたの朱梨」
机に伏せる私を、やってきた友人――もとい那月が、隣からゆさゆさと揺さぶる。
――昨日。もしかしたら追いかけてきてくれるかなとか、心配してたくさん連絡くれるんじゃないかなとか、なんだかんだ諦めの悪い私はそんな期待をしながら帰った。
だけどそこはさすが、私のことなんてなんとも思っていないアンドロイドと言うべきか。
藤志郎くんからの連絡は一切来なかった。
それがなんだか答えのようで、ああ別れたんだなあと、認めたくない現実が過ぎるばかりである。
「……ワカレマシタ……」
「え! マジ……?」
「ハイ……」
「そっか……朱梨もとうとう嫌になったか……でも仕方ないよ、アンドロイド相手だったもん」
「嫌になったのは向こう。私じゃない」
「あー……なんていうか、ドンマイ」
そう言って、那月は泣く真似をしながらも背中を撫でてくれた。
きっとアンドロイドにフラれるなんてと心で哀れんでいるに違いない。
「大丈夫、朱梨にはもっといい男いるって」
「藤志郎くんが良い……」
「でもフラれたんでしょ?」
「うっ」
「恋人じゃないんでしょ?」
「ううっ」
「失恋を引きずるのも良いけど、ある程度のところで引き上げないと、しんどいよ」
そういえば那月は先月、彼氏と別れたと言っていた。高校の頃から付き合っていた彼氏で、別の大学に行った彼から「好きな人が出来た」と一方的に別れを告げられたと言っていた。
そんな失恋の先輩の言葉は重く染み込んで、素直に一つ頷いておく。
「……先輩、肝に銘じます」
「不名誉な先輩にすんなー。まあ、仕方がないから来週の合コンのメンツに加えてあげよう」
そう言いながら、那月が私の頭を撫でると同時。
伏せていた身体を突然、後ろからぐっと引っ張られた。
「ちょっと来て」
驚く間もなく荷物を掴み上げられて、勢いのまま腕をとられる。そうして体勢を整える間もなくガタガタと立ち上がらされて、半分引きずられるように教室から連れ出された。
背中を見て、藤志郎くんだと分かった。
そして掴まれた腕を見て、あんなに拒まれていたのにとなんだか感動する。
脳内が忙しいけれどどうにか今の状況を理解した頃、歩く速度を緩めた藤志郎くんが使われていない教室の扉を開けて、私を押し込めた。
「ぅわッ!」
半ば放り込まれるような乱暴な仕草だったために、転びそうになったのを踏ん張ってこらえる。
藤志郎くんはとても完璧だ。だからこんな仕草をするはずかない。いつだって丁寧な動きを繰り返す彼の頭に「乱暴」なんてプログラムはないはずで、理性的な行動を心がけていたはずなのだから。
「ごめん」
ピシャン、と強く扉を閉めたから、てっきり怒っているのかと思ったのだが。
彼の口から漏れたのは、どうしてか謝罪だった。
「え、なにが?」
「昨日、怒らせた」
「お、怒る? 私が? 怒ってないよ」
「でも急に帰った」
「いやあれはその……自分の勘違いにほとほと呆れたというか、恥ずかしくなったというか……ちょっと冷静で居られなくて」
「じゃあ、構わなくていいって言うのは?」
ずいっと藤志郎くんが大股に歩み寄ってくる。
それがなんだか怖くて後ずさるけれど、関係ないとでも言いたげな彼は止まらない。
「いや、だからそれは、」
「来週合コンに行くっていうのは?」
「聞いてたの!?」
「ほんとなんだ」
それは勝手に那月が言っているだけで私にその気はない、と言い訳をするよりも早く、藤志郎くんの手が、私の肩を掴んだ。
大きな手だ。私の肩なんかひと掴みである。
そんなことに感心している間に、そのまま壁に押し付けられた。かと思えば、退路を絶つように大きな身体で私の目の前に立ち、すぐにその手を私の両脇に置いて閉じ込める。
「ごめん」
「な……なんで藤志郎くんが謝るの?」
「俺が怒らせたんだと思うから」
「……怒っては、ないよ。ほんとに」
「じゃあなんで」
その前に、初めての距離で藤志郎くんを感じている今、緊張して言葉も出ないから、一旦この状況をどうにかしたいのだけど。
「天野」
「う……あの……」
「言えないの」
「言、える」
「なら言って」
――アンドロイドだけど、完璧な藤志郎くん。関係の精算まで誠実にしたいなんて、そんなところも本当にとても魅力的で、そしてとても残酷だ。
「その……昨日は、本当に怒ってなくて。ただ、別れようって、言おうと……」
「別れる?」
「うん」
「誰と誰が?」
その言葉に思わず藤志郎くんを見上げてしまって、そして彼の表情が変わらないことに動けなくなった。
藤志郎くんの表情が変わらないのはいつものこと。今このタイミングで違う意味を見出そうとすることが間違いなのだと分かっている。
だけど「誰と誰が」なんて。
私たち付き合ってすらなかったのかなと、そう思えてしまうわけで。
「天野?」
「私と、藤志郎くんが別れたの!」
ぐっと彼の身体を両手で押し返すと、力が入るままに大きな声が出る。
「笑ってよ、ずっと付き合ってると思ってたんだから! そうだよね、藤志郎くんは私のこと全然彼女とも思ってなかったよね! つきまとってごめん! もうしないから安心して!」
確かに、触れてくれなかったけど。
確かに、好きだって言ってくれなかったけど。
それでも最初に、頷いてくれたじゃないか。
「最悪! もう全部最悪ッ! こんなことなら告白なんてするんじゃなかった! 恥かいただけだった!」
びくともしない胸元をそれでも押し返して、まったく動かないためにそれならと横から抜けようと身体をずらす。
しかしすぐに両肩を掴まれ、再び壁に押し付けられた。
「なんて?」
静かな声はどこか迫力があり、つい動きが止まる。
「今、なんて?」
いったいどこのことを指した言葉なのか。
それが分からないために黙っていると、ぎゅう、と肩を掴んだ手に力が入って、
「俺と、天野が、別れたの?」
強く壁に押し付けられたまま。
「なんで」
「いた、」
「ごめん」
「じゃあ離し、」
「出来ない」
表情は変わらない。
それなのに、何故かいつもと違うように思えるその表情に、胸が騒ぐ。
刺すような目は強く、けれどどこか情熱的な色を浮かべているような気もする。
「天野は俺と別れないし、合コンにも行かない。だから手も離さない」
「でも! 藤志郎くんは私なんてどうでも良いんでしょ! 迷惑だったんでしょ! 私の名前も知らないし、好きだって言ってくれたこともないし、手を繋ぐことさえ拒否した!」
なのにどうして、今更そんな目をするのだろう。
もしかしたら藤志郎くんは別れたくないんじゃないか。もしかしたら藤志郎くんは私のことをやっぱり好きなんじゃないか。そんな期待をさせるような目である。
今、藤志郎くんは別れを切り出されて怒ってるんじゃないかと思うのは、私の願望なのに。
「――あ、あかり……?」
その口から、私の名前が飛び出した。
不意打ちだったそれに、頬まで熱が上る。
「いや、しゅりか……? しかし、あやり、という線もある」
「へ?」
「ごめん。名前の読み方が分からなくて……たぶんアカリだと思うんだけど、ほかの名前もありえるのかなと思ったら咄嗟に答えられなくて」
「……は?」
「あと、俺は天野のことは、運命の相手だと思ってる」
「いや、あの、」
「恥ずかしながら、一目惚れなんだ」
ほろほろと、アンドロイドの口から紡がれているそれらは、まったく予想だにしないことばかりだった。
そういえば、藤志郎くんはとても頭が良いけれど、良いからこそ考えすぎる癖がある。おバカなら一筋の道しかない答えも、藤志郎くんは頭が良いからこそ複数の選択肢が頭に浮かんで、どれが正しいのかをいつだって頭の中で選び取っているのだ。
しかし表情が変わらないから、何を考えているのかはさっぱり分からない。今だって「恥ずかしながら」と口では言っているけれど、表情はいつも通りである。だからこそ、言われたことが頭にすんなり入らなかった。
「一目惚れ……?」
「天野も俺に一目惚れと言った。だからこれは運命だ」
「……一目惚れ!?」
「想っているのに言葉にする意味が分からなくて言ったことはなかった。しかし思えば天野はいつも俺に言葉にして伝えてくれていたし、ならば恋人として、俺も合わせなければならなかったと思う。気づかなくてごめん」
「……え、えー……」
つまり、藤志郎くんは私のことが好きだし、名前だってちょっと変に考えてしまって即答出来なかっただけで知ってくれてはいるわけで、私たちが別れる意味なんて……。
「あと」
肩を掴んでいた手がするりと落ちて、腰に流れる。
片方は撫でるように背中を伝い、意味深にも下着のホックをなぞった。
「俺はとても性欲が強いから、こんなにも華奢で小さい天野に無理をさせると思って、触れられなかった」
「……性よ……!?」
アンドロイドの藤志郎くんが、性欲と言った。大事件だ。
物欲だけでなく性欲までちゃんとあったなんて……!
「でも手を繋ぐくらい、」
「ダメ。俺は性欲が強いから、手なんか握ったら絶対に押し倒す。キスなんて言語道断だ」
たくましい胸に引き寄せられながら、腰に置かれた手が裾から侵入してくるのを感じた。直接触れた手にぴくりと身体を揺らすと、真上から見下ろしてくる藤志郎くんの熱に浮かされた目が、私の唇をじっと見る。
「すごい。天野。……肌、気持ちいい」
するすると撫でるその手はまるで堪能するように、腰から背中にかけてをゆるやかに往復して、気が付けばもう一方の悪い手によってプツリと下着は開放される。
「待って! 大学!」
「大丈夫、鍵は閉めた。天野が悪いよ。俺が我慢している間に、別れるとか、合コンとか言うから」
「いやだってそれは、」
「それは?」
ツ――と、唇に親指が伝う。
「教えて」
「と、藤志郎くんが、分かりにくいから……」
明らかな欲が浮かぶ目が、物欲しそうに唇を見ている。
アンドロイドもそんな目ができるんだなとなんとなく思っていると、背を撫でていた手が下り、スカートのホックも難なく外した。
「待って! 脱げちゃうでしょ!」
「脱がしてる」
「ダメだって……!」
「分かりにくいのは謝る。顔に出すことが苦手なんだ。だけど天野が言うなら、善処する」
そうして、ゆっくりと口角が上がり、
「だから別れないで」
(と……藤志郎くんが、笑って……!)
心臓がうるさい。
その笑顔に見惚れていると、まるで吸い寄せられるかのようにゆっくりと顔が近づいてきた。
それに合わせて目を閉じながら、遠くで彼の言葉を思い出す。
「誕生日に、欲しいもの」
(……あ、キス、しちゃったら、)
我慢、出来ないんだっけ、と。
「天野、なんだけど」
小さく小さく、だけど獰猛な目を光らせて。
「……無理、させる」
キスの合間に言われた言葉はとても優しかったけれど、裏腹な手つきはまるで暴くように性急だった。
藤志郎くんはむっつり。