リーフパイ
高校生になってから、もう3学期を迎えた。進級したてのあの頃は、いつも時間が長くて、早く帰りたいと思っていた。でも今は、時間が短く、気づけば学校は終わっている。
パン、取りに行かないと…
ホームルームが終わり、皆が一斉に帰りの支度をするために立つ。
部活があることに悲鳴を上げる子、ラーメン食べに行こうと約束する子、この後遊ぼうと口約束を交わす子。教室の隅で密かに帰り際の雑談をするカップル。居残りだと嘆きつつも、友達と仲良く溜め込んでいた課題に手を付ける子。
いつもの光景を横目に、友達と一緒に、調理実習室の横にある教室へと向かう。教室の前には椅子が置かれ、その上に籠が置いてある。その中には10個の包装されたパンがあった。袋の隅に名前が書かれている。その中から、自分の名前を見つけて、私は手に取る。調理実習室からは、微かに甘い匂いが漂っている。その匂いを嗅いでいると、横にいた友達が物欲しそうに眺めている。
「教室まで我慢」
私がそう言うと、友達はもらえることが確定したため、軽い足取りで教室に戻る。戻るなり、パンを作ったと聞きつけた女友達が群がって、パンを催促してきた。
二つのシナモンロール。みんなが食べれるように、四等分して、8人分にした。皆が美味しいと口々に言いながら、一瞬で完食した。
「じゃ、帰るね」
私はそう言って、教室を出た。そして跡をつけられていないことを確認して、もう一度、調理実習室へと向かった。調理実習室の隣の教室。その前に置いてある籠の中には、もう何もない。
「せんせ~い」
私は教室をそっと開き、先生に声をかける。食品科の先生が私を見て、隠してあった袋を取り、近づいてくる。それは一つのシナモンロールが包装された袋。包丁で四等分にしてもらったため、綺麗だ。
「本当に食品科でいいの?」
私に先生が尋ねてきた。そして、続ける。
「確かに科目を選ぶのは自由だし、優秀な子が入ってくれるのは嬉しいけど。小説家志望なら、人文理数に行くのが妥当じゃない。
できるだけ、活かせることを学んだ方がいいわ」
私の将来を心配しながらも、私の意見を尊重する先生の表情は複雑だった。その言葉に、私はお礼を言う。でも、と続けて、
「大丈夫です。もう活かせてます」
そう言って、足早に教室を去った。
息が少し白くなった外を出て、駐輪場へと急ぎ足で向かう。自分の自転車が止まっている所に、1人の影。その影は、私を見つけると、笑顔で手を振った。笑顔で表情が壊れないように、俯きながら、近づく。
「シナモン大丈夫?」
私が質問すると、彼は頷く。私は握りしめていた袋を解いて、彼に差し出した。
「シナモンロール、作ったの」
私の言葉を聞いて、彼は目を大きく開いて、輝かせながら、一欠片のシナモンロールを手に取る。私もそれにつられて、一欠片を取る。
私は彼を見る。彼はミニチュアのような、シナモンロールを頬張っている。私は、二欠片の入った袋を渡す。
「実習で食べたから、あげる」
私の言葉を聞いて、彼はまた目を輝かせる。ありがとうと、低く優しい声でお礼を言い、シナモンロールを取り、すぐに口に運んだ。
美味しい。美味しい。
そう何度も連呼する彼に、私は少し照れくさくなった。シナモンロールを急いで飲み込んで、自転車を動かす。彼を見ず、彼に言う。
「来月、リーフパイ作るから」
彼はまだシナモンロールを頬張っている。それを一瞥して、燃える空を眺め、彼から目を逸らす。
彼も自転車を動かして、私の横に並んだ。私よりも背の高い彼は、私を見て、
「楽しみだね」
優しく言った。
美味しいものを食べられるからだろうな
私の頭に、そんなことが過る。
だけど、美味しいと言ってくれる彼。そんな彼の幸せそうな顔。ついさっきのことを思い出して、
「楽しみにしててね」