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ログ・ホライズン  作者: 橙乃ままれ
カナミ;ゴー・イースト
81/134

081

「やった! やりやがった! あいつ最高だな! そうこなきゃ! なぁ、ガーたん? これ最前席はお買い得だぜ。そう思うだろ? カナミ様様だなっ!」

 KR(ケイアール)は焼け焦げたローブをちぎり捨てながら、からからと大笑いした。

 敵もさるものだ。レオナルドの体当たりに巻き込まれながらも、置き土産だけは残していったのだ。自ら切断したような十数個の触手片は、酸をたっぷり含んだ空中機雷となってKRとその紅竜を巻き込んでいた。

 少なくないダメージを受けながらもKRは上機嫌だった。

 世界が動く瞬間に立ち会うことは、彼にとって最大の愉悦なのだ。彼がカナミの擁護者であり信奉者だったのも、カナミに「その力」があると認めたからであった。

 何かが変わり、どこかの歯車が動き、物語を、世界を、動かす。そうとしか表現できないような出来事が時に起こる。そこに立ち会い、目撃し、あるいは介添えすることが、KRの人生の目的だった。それは、もとの地球世界であろうが、この異世界だろうがまったく変わりがない。いやむしろこちらの方が派手な分だけ判りやすくて望ましいといえるほどだった。


 数千の弦を引きちぎるような叫声。

 それは苛立ち、主人を失った黒竜のものだった。

 レオナルドは気が付いていなかったようだが、そのステータス表示はめまぐるしい明滅を繰り返している。〈瘴雷の黒竜〉、〈灰斑犬鬼〉、〈瘴雷の黒竜〉、〈灰斑犬鬼〉――余りの速度に、表示そのものがぶれて見えるほどだ。二人の乗り手は、やはり黒竜になんらかの影響を与えていたのだろう。明らかに黒竜は落ち着きを失い狂ったような攻撃性を顕わにしていた。

 いまや狙いをつけることも忘れ、その口からは稲妻がもれだし木々の梢を焦がしているほどだ。

 KRは紅竜の首筋にしがみついたままでばたばたと風をはらむマントを無理やり体に巻き付けた。この機動戦闘は〈冒険者〉の身体能力がいかに優れていたところで振り回されることを避けられない。

 黒くひずんだ空間に稲光が集まり、それが黒竜の口元から放たれる。黒竜の〈ネガティブサンダー・ブレス〉だ。その雷光を〈ガーネット・ドラゴン〉は紙一重で避ける。まるで空中に軌道があるかのように身をひるがえした回避。しかしすべての威力が無効化されるわけではない。余波が発生するほどの見切りだ。竜種のように強固な防御力を持っていればある程度の攻撃は無視できるゆえの荒っぽい選択だった。しかし〈冒険者〉とはいえ人間に過ぎないKRは「はいそうですか」と受け流すのにはダメージが大きすぎる。

 〈冒険者〉とモンスターでは戦闘能力に対するアプローチが違う。モンスターはその多くが強者として生まれた存在だ。その開始時点から一定以上の戦闘能力が与えられている。一方〈冒険者〉は、成長し変化するのが適応戦略なのだ。そのなかにはレベルアップや新技術の習得も含まれているが、装備入手による生存性上昇も無視できない割合で含まれている。

(くあああ。冷気耐性装備、気圧耐性装備、圧力耐性装備――なんもかんも足りねえし!?)

 KRはごうごうと吹き付ける、もはや剛体ともいえる風の暴力の中で〈ガーネット・ドラゴン〉の首筋に必死にしがみつく。

 〈ブラックドラゴン〉からの追撃はなかった。

 黒竜はわずかな時間の間にKRたちをはるかに見下ろす上空へ猛然と登っていく。

 空中戦はいくつもの選択肢をもちいて相手の選択肢を奪う高度な頭脳戦でもある。紅竜の運動性能は黒竜をはるかに上回り圧倒している。直線の速度でも勝てるだろう。しかしその差は絶対的なものではない。風向きや気圧によっても影響を受けるし、何よりも高度差によってたやすくひっくり返される。

 羽ばたきや魔力推進によって得られる速度よりも、降下によって得られる速度のほうがよほど大きいのだ。つまり相手よりも高い高度を持つというのは、そのまま、相手よりも大きな位置エネルギーを持つということであり、重力を味方につけるというのは空中戦における圧倒的なアドバンテージなのだ。

 紅竜はその背にKRを載せている。竜種であれば高高度の気圧減少や低温に耐えることもたやすいが、KRはそうではない。空中機動戦闘においてKRの存在は紅竜のハンデとなっているのだ。その最たるものが高高度での位置取りである。黒竜はタフネスに任せて気圧の低い高度へと上昇し、急降下によって速度差を埋め合わせたのだ。


「ガーたん、上っ、上っ」

 風を切って接近してくる黒竜の迫力に青ざめたKRは紅竜へ警告を発する。〈ブラック・ドラゴン〉と〈ガーネット・ドラゴン〉では、同じ竜種とは言ってもその属性も性格も全く違う。空中機動戦と遠距離からの〈竜の吐息〉による射撃戦に特化した〈ガーネット・ドラゴン〉にくらべ、機動力はないが範囲攻撃性能と耐久力に優れる〈ブラック・ドラゴン〉は拠点防衛や蹂躙突撃に優れた、重量級のレイドモンスターである。

 空中要塞といっても過言ではない巨体が重力を味方にして突っ込んでくるのだ。しかも、逃がさないとばかりにあぎとを大きく開き、ハルバードのような爪をめいいっぱい開いた前足を差し出している。

 鋭い風切音を立てて二頭の竜が交差した。

「――っ」

 くぐもった打撃音、あたりを焦がすイオン臭。

 黒竜の急降下攻撃をしのぎ、KRはへらへら笑いを浮かべた。

 すれ違いざまに振るわれた〈ブラック・ドラゴン〉の短い前足。その襲撃を退けた代償として、KRの右腕は黒く焦げてぶらぶらとぶら下がったような有様になっていた。〈天蝎宮(スコルピウス)の杖〉を保持していられるだけで奇跡というありさまだ。

「なんだよ、ガーたん冷たいな」

 不本意そうな小さな声を立てる相棒にKRはぼやく。

 小ばかにされたような気配だ。

 そんなことはないんだけどな、とKRは笑った。

 アオルソイの空は高く青い。その群青を背景にして光をすかす紅竜の翼はため息が出るほどきれいなのだ。その名に冠する柘榴のように、透き通り、輝いている。だから別にかばったわけではない。その翼を汚い鉤爪の餌食にするわけにはいかないだけだ。

 代償としても順当なところだろう。そもそも相手はレイドランクのモンスターだ。その攻撃を受け止めるためには、専門の戦士職(タンク)回復職(ヒーラー)複数名および強化職(バッファー)の支援を受けてようやく釣り合うという代物である。魔法攻撃職(メイジアタッカー)のKRが腕一本で済んだというのならば、むしろ安いといえるだろう。


「――日米対決スペシャルと行こうぜ」

 マーベルvs石森プロってところだ。

 KRはそう嘯くと懐から小さな獣を誘い出した。

 白いハツカネズミのようなその生物は〈クリューラット〉。三レベルのモンスターでもあり、イベント生物でもある。

 〈召喚術師〉は一風変った職業だ。

 〈冒険者〉は戦闘やクエスト達成によって経験値を得る。経験値が一定の値にたまった時点でレベルが上昇し、新しい特技を習得してゆく。また、この経験値とは別に習熟ポイントと呼ばれるものがあり、特技を選択してさらに強化することも出来る。

 しかし、一部の特殊な特技はレベルアップではなく、クエストにより習得されることもあり、そういったクエストが最も多いのが〈召喚術師〉であった。

 〈召喚術師〉の主力特技ともいえる〈従者召喚〉。

 この特技は、正確にいえば単体特技ではない。〈従者召喚:ハクタク〉、〈従者召喚:セイレーン〉というように、召喚する対象ごとに個別の特技として存在している。そしてそのほとんどはクエストにより習得されるのだ。同じレベルの〈召喚術師〉といえど、今までこなしてきたクエストや冒険の過程によって操る従者が違うのは、このような理由による。

 〈エルダー・テイル〉におけるクエストは、サーバー運営会社が独自に設計するものである。それゆえ、世界の十三サーバーには特色豊かな無数の召喚生物取得クエストが存在するといわれ、その総数を把握するのは難しい。

 しかし、個人の〈召喚術師〉が何十という特技を習得できるというのは、他の職業と比べてバランス上望ましくない。そのためにクエストによる特技取得には上限が設定されていた。その数は十二。その制限数を超えて新しい〈契約〉を結ぼうとした場合、既存の契約からひとつを選んで〈召喚術師〉は〈契約〉を打ち切らなければならない。


 小さくて単純な呪文をKRが呟くと、その手にあった〈クリューラット〉は緑に輝く魔法陣と共にその姿を消した。あの可愛らしいネズミはたったいまKRと〈契約〉を結び〈従者〉となったのだ。

 KRもあずかり知らない魔法のシステムによりその存在は格納され〈従者召喚:クリューラット〉により召喚される時を待っている。そして同時に、KRの持っている〈契約〉がひとつ、制限数超過のために解除される。


「たわけが!」

 閃光は一瞬だった。放たれた光の粒子は瞬く間に魔法陣となり、宙を飛ぶKRを中心に描かれる。巨大な紅の魔法陣は、召喚のそれとよく似ていたが性質は反転し、解放を意味していた。

「ようやっと妾を呼んだかっ。エルフの魔術師(ぼんくら)よっ。善哉! 善哉! 再び妾の贄になるとっ」

「ガーたんテンションあがってね?」

「しゃべれない身体のままで酸のシャワーで水浴びじゃぞ!? ハイにもなるわ」

「言われてみればそうである」

「なにが悲しくて、おぬしに庇われなければならぬのだ!」

「え? そこ?」

「すかしたツッコミいれるでないわ、たわけ!」

「いやガーたん正論だったから、つい……」

「あの紅毛蛙め。〈竜の吐息〉がないだと? おぬしと一緒になってよくも妾を愚弄してくれたなっ」

「その辺は無知な人間と笑って許してやるとモテるかもしれないよ?」

「たわけがっ! 妾を卑小で無知なトカゲもどきのペットにしておったこと、忘れはせぬぞっ」

 それはそう云う契約だったからじゃないか、と口答えしかけるKRだったが、強引な機動変更と彼女が集めている膨大な熱量を感じて口をつぐむ。

 KRの乗る紅の竜は、今やその体躯を二回り以上大きくしていた。体長二十五メートル。その巨大さに似合わず優美な姿形に、活火山にも匹敵しそうな活力を秘めて、彼女は一気に上昇する。

 その上昇速度は圧倒的な力感に満ちていた。翼に込めた魔力の容量が桁外れなのだ。輝く血の一色で描かれた天へと続く一筋の軌跡。

「黒竜を引き離すだなんて、みみっちいことを言ってくれるなあ」

「無知にして蒙昧とはあの蛙人間のことよ」

「なんか新種の亜人みたいだな、それ」

「舌を噛んでも知らぬぞ!」

 輝くような真紅の三日月を口中からはなつ紅竜は、とうとうその真価をあらわした。

 レベル九〇、レイドランクモンスター。

 KRの相棒、〈ガーネット・ドラゴン〉が空を駆ける。

 レイドランクとなった〈ガーネット・ドラゴン〉は体の大きさが倍加しただけではない。HPは数千倍になり、攻撃力、防御力、反応速度、呪文能力、そのすべてが桁違いに跳ね上がっている。

 機動速度も例外ではなく、大空を翔る姿はまさに赤い稲妻のようであった。先ほどまではわずかに上回っていた程度の黒竜との差は明らかに広がっている。

「いいとこ見せなきゃ最終回に出られないからな」

「なんのことだ?」

「脇役のあがきさ」

 KRは不敵にいいはなつと、無事な左手の杖を砲塔のように掲げた。

 その長い杖の先端、角灯(カンテラ)部分には複雑な魔術文様が浮き上がり、小さな光の粒を周辺の空間から吸い込み始める。〈五なる監獄のエルレイーダ〉の涙を閉じ込めた〈幻想級〉(ファンタズマル)装備のひとつ〈深淵の悪霊の巣箱〉。その名前とは裏腹な、美しくも物悲しげな稼働音を背景に、KRは呪文を紡いだ。

 〈深淵の悪霊の巣箱〉は基礎性能も高いが、特色は〈従者〉の一時的封印だ。〈巣箱〉と呼ばれる先端部分に回復能力をもつ〈従者〉を封印することにより、ほかの〈従者召喚〉の特殊能力を底上げする。

「行けぃ! ガーたん!!」

「おおう!」

 雄叫びに乗せて人竜の一騎は莫大な魔力を込めた真紅の熱線を解き放った。




◆26





「なんかすごい格好いい叙事詩のような感じじゃが、そのあと痛みで失神してヤマトの地に帰還したじゃろ」

「おいぃぃ、ガーたん。それは言わない約束だったでしょ!?」

「そんな約束はしておらん」

「あががが。おおおおう。マジおおう。痛いっ! マジ痛いんだけど!?」

「はん。根性なしが」

 少女に軽く小突かれた肋骨がドレミのあとにファを奏でたところでKRは身を投げて逃げ出した。デッキチェアはすでに少女に占拠されている。

 指摘されたことは残念ながら事実であって、KRは黒竜との戦いに勝利したものの、無理をしすぎたあまり失神。地面に落下して死亡、そのせいでヤマトサーバの避難所へ死に戻りすることとなった。

 格好がつかないといえば恰好がつかないが、単身の〈冒険者〉でありながらもレイドボスと対決したのだ。仕方のない結果だろう。たとえ味方としてこちらにもレイドボス級の援軍がいたとしても、その戦いに巻き込まれたのだ。無傷というのは都合のよすぎる望みである。

 KRと相棒のいるこのばしょははイコマとよばれる地だ。

 ミナミの都市から東方八キロメートルほどに位置する、斎宮家の別邸である。ただし、現在の主は〈Plant hwyaden〉。ミナミを支配する巨大ギルド。彼らは、この屋敷をギルドの本拠地として使用している。

 弧状列島ヤマトに帰ったKRは3日がかりで体調を戻し、その後西ヤマトを統べる巨大ギルド|〈Plant hwyaden〉《プラント・フロウデン》へと参加したのだ。そのギルドの中枢がこのイコマの別宮というわけで、つまりKRとその相棒が起居している温室もその一部である。


「おぬしに何かを問うのもほとほと馬鹿げた行いなのじゃが」

 少女はつま先をぶらぶらさせながらKRに尋ねた。

「そもそもなんでこんな辺境の組合(ギルド)になぞ属する?」

「ああ。ううう」

 KRは奇妙な姿勢でうずくまり脇腹をなでていたが「なぜじゃ」と重ねて問われると、のろのろと答えた。のろのろだったのは、決して答えたくないとか、答えにくいとかいうわけではなく、ただ単純に蹴られた脇腹が痛かったせいである。

「だって食事の支度するのとか部屋の掃除するのとか面倒じゃないか」

「考えもしなかった方向からの返答」

 びっくりする少女にKRは言葉を重ねる。

「そもそも料理とか洗濯とか、できないし」

「なんと無能な」

「じゃあ、ガーたんできるのかよ」

「わらわは竜だぞ。そんなみみっちいことやっておれるか」

 KRはなるほどと頷いた。

 言われてみればもっともである。〈ガーネットドラゴン〉である彼女は、腹が減ったら獲物を捕らえてその肉をむさぼり、身体が汚れれば湖に飛び込むのが本来のあり方なのだ。少女の姿をしていてもモンスターなのだから、人間のやりように従わせるのはこちらの身勝手というものだろう。

「今晩の食事はエビ入りのシチューがいいんじゃが」

「すっかり人間社会に浸ってるじゃねえか、ガーたん」

 KRは肩をすくめて話題を変える。

「レオナルドは、ありゃ、どうかな」

「どうかな、とは?」

 KRはそのまま浜辺を模した床に胡坐をかいて座り込んだ。

 自分が感じた高揚感は、ある。それは事実だ。レオナルドもきっと選ばれた側の一人だろう。KRとはちがう「主役」な運命の持ち主だ。カナミやソウジロウと同じような、普通ではない活躍ができる星のもとに生まれている。KRが憧れて、助けたいと思う人々の一人だ。

 レオナルドは面白い男でもある。あの瞬間感じた共感は、おそらく、名づけるとすれば友情と呼べるかもしれない。年を取って口には出しづらくなった言葉だ。ヒーロー物語を介してそれが交感されるなどと、恥ずかしくもある。しかし、感じたものを無視するつもりはKRにはなかった。

「見込み、っていうかさ」

「バカげた質問よな」

 少女は大きく伸びをしてどうでもよいかのように「巨人の技の使い手だ。そうそう死ぬこともあるまい」と答える。事実どうでもよいのだろう。

 巨人の技――少女はレオナルドの習練をそう評した。習練と、習練をゆがめるほどの決意の表れが巨人の技だ。当時はその言葉の意味がつかみきれなかったが、いまその言葉は〈オーバー・スキル〉や〈口伝〉と呼ばれる技を指すものではないかとKRは思っている。同じ現象や技が、地方や所属するコミュニティによってさまざまな名称で呼ばれるというのはありそうな話だ。


「まー無事な旅とは縁遠い連中だよな」

「それは、こちらの街とてかわりあるまい」

 それもそうだとKRは思った。

 彼らが所属している〈Plant hwyaden〉やミナミは現在、繁栄の時を迎えている。

 長い伝統をもつ〈大地人〉の支配階級は、その長い伝統ゆえ、硬直化した官僚組織でヤマトの西方を統治していた。彼らの統治は正当性を主張するには役立っていたが、その一方で旧態然としたものであったことも確かだ。

 そこに〈大災害〉が起こり、この世界には多数の〈冒険者〉が現われることになった。この〈冒険者〉の登場が、巨視的に見た場合、ミナミの政治構造にプラスの変化をもたらしたのだ。

 〈Plant hwyaden〉の存在は治安を向上させ、モンスターの被害を低下させ、経済を大いに発展させた。〈大災害〉はある意味、この国にブレイクスルーをもたらしたのだ。


 しかし、急激な変化はひずみを産まずにはおかない。

 ましてや〈Plant hwyaden〉は単一巨大ギルドである。その内部は階級制度が敷かれ、執行委員の名を持つギルド上層部によって独裁的に運営されているのだ。

 KRは独裁が悪いことだとは思わない。旧地球の日本社会にだって、ワンマン企業等という言葉で独裁政治などは腐るほど存在した。むしろ発展の過程においては、責任者が権力を持って断行した方が効率的な事例などあふれている。

 特に海外サーバに置いて「誰もが責任を取ろうとしなかった結果、全員が等しく不幸になり、その災禍を〈大地人〉にまで振りまく」事例を見てきたKRにとって、〈Plant hwyaden〉は非常に上手くやっているように思える。

 日本サーバーの内側にだけ引きこもっている大多数の〈冒険者〉には判らないかもしれないが、他サーバーを旅してまわったKRには判ることがある。それはこの日本サーバーの混乱の少なさや、秩序の回復は、奇跡に属するものだということだ。

 しかしそれでも、その指令系統と独裁の中では、居場所を失うものが出てくるし、市中の一般的な〈大地人〉が踏みつけにされることは少なくないだろう。そもそも〈Plant hwyaden〉の支配は、一部の有能な〈冒険者〉が〈大地人〉貴族と同盟を組むことによって成立したものだ。そこに、〈大地人〉市民の権利保護という観点は含まれていない。初心者や、まだレベルの低い〈冒険者〉なども、〈Plant hwyaden〉による自治のなかでは弱者なのだ。

 KRはミナミの街に蔓延りだした理不尽を見かねたカズ彦が東西に奔走しているのも知っている。しかしそれも高い視点で見れば焼け石に水でもあり、かえって状況を悪化させている。カズ彦が人を救おうと尽力すればするほどに、〈Plant hwyaden〉は理不尽な支配を行えるようになる。〈Plant hwyaden〉の横暴でしいたげられた人々がカズ彦率いる〈壬生狼〉に救われているからこそ、決定的な不満が爆発しないという状況に陥っているのだ。

 少女に指摘されるまでもなく、こちらはこちらで無事とは程遠い状況だ。

 〈神聖皇国ウェストランデ〉の〈大地人〉貴族などは、〈冒険者〉とのきずなを深めたこの状況を、史上まれにみる大繁栄、大躍進のきっかけと、我が世の春を謳歌しているものが多いが、KRから見ればそれらはすべて薄氷である。むしろなんでそんなにはしゃげるか疑問なほどだ。

 もちろん彼らの油断は、インティクスの情報操作や濡羽の手腕によるものであるのは確かなのだが、それにしたところで無責任で無思慮に過ぎるとKRは思う。あるいはこれが代を重ねすぎたヤマト貴族の劣化というものなのかもしれない。


「そうであろうの」

 少女はKRの考えに賛同した。

「大陸で出会ったあの奇妙な二人組。わらわがかつて出会ったどのような敵とも違う不可思議な威圧感を放っていた。あのようなものに負ける、とは思わぬが、勝てるとも断言はできぬ」

 レオナルドが叫び、大地へと道連れに飛び降りたあの奇妙なモンスター。

 KRは確かな予感を胸にその情報をあの後もずっと追い求めてきた。巨大ギルド〈Plant hwyaden〉への参加を決めたのも、それが大きな理由なのだ。十席という権力の座に上がり込み、それを用いて情報を集めた。その結果いくつかの確証を得るに至っている。

 〈典災〉(ジーニアス)。そう呼ばれる新しいモンスターが、〈大災害〉あとのこの世界には人知れず闊歩しているのだ。その情報をKRはナカスでも一件、アキバでも二件確認していた。

 KRが感知できるのだからKRと同じほどの地位にいるか、情報を集める手段の者はそろそろこの件に気が付くだろう。つまり〈大地人〉貴族も気が付いてよい時期なのだ。それができないというのならば、怠惰であるとそしられても仕方がないし、事実平和ボケなのだろうとKRはおもう。もちろん現代日本人としては、平和ボケを責めることなどできないのではあるにせよだ。


 KRはアオルソイでの戦いの結末を知らない。

 レオナルドが飛び降りた後、彼が地上に降り立ち闘っている姿を〈ガーネット・ドラゴン〉の背からわずかに見たような記憶はある。しかし、それも一瞬のことだし、KRたちにはKRたちの仕事があったのだ。レオナルドの戦いはレオナルド自身の運命の一部であり、KRはそれを見届ける役目では、今回なかった。それはカナミの戦いもそうである。

 しかし、負けはしなかっただろうという確かな信頼をKRは持っていた。

 こういう乾坤一擲の勝負にカナミが負けている姿が想像できない。期待される大一番であればあるほど、カナミは結果を出すのだ。たとえその瞬間の勝負に負けたとしても、事件そのものは必ず解決するし、できる限り多くを助けるだろう。

 それがカナミやレオナルドの持っている星である。KRやカズ彦のような「脇役」とは違うところだ。だからこそ、わずかな胸の痛みとともに、もっと大きな期待感を感じる。いずれカナミたちはこのヤマトサーバーに現れるだろう。カナミがここを訪れると約束したのだから、それはもはや既定の事実も同然だ。

 そして争いが起きるだろう。その戦いがどのようなものかはわからない。

 このグロテスクに肥大してしまった〈Plant hwyaden〉が軋みを上げておこすのか、それとものぼせ上った貴族たちが〈冒険者〉に対して起こすのか、あるいはシロエが支える東方アキバの〈円卓会議〉との間に起きるのか。あるいは〈典災〉が再びKRたちをおびやかすのか。

 それはわからないが、何らかの戦いが起きるだろう。それは漠然とした予感以上のものだった。世界のあちらにもこちらにも、火種はあるのだ。いまはそれが隠ぺいされているが、その火種は刻一刻と大きくなっているようにKRには感じられた。

 その時のために、KRはKRで力をつけなければならない。

 自らは二流にしかなりえない〈召喚術師〉であっても、最後の舞台をあきらめるという選択肢はKRにはないのだ。カナミが帰還するのであれば、そしてインティクスがそれを迎えるのであれば、KRはどのような犠牲を払ってでも、その場に立つつもりだった。そのためにも介入する能力をKRは手に入れなければならない。――黒竜の血を飲み干してでもだ。

 いずれやってくる嵐を、そして嵐の後に訪れる、あのアオルソイのように青く突き抜けた空を見るために。KRもまた、このイコマの別邸の中で、孤独な戦いを続けていくのだった。


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[一言] 誤字報告 〜特に海外サーバに置いて「誰もが責任を取ろうとしなかった結果、全員が等しく不幸になり、その災禍を〈大地人〉にまで振りまく」事例を見てきたKRにとって、 「置いて」→「於いて」
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