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ログ・ホライズン  作者: 橙乃ままれ
ログ・ホライズンEp14 黄昏の孤児(みなしご)
129/134

129

◆2.01




 百名を超える集団での移動となれば身軽な旅という訳にはいかない。

 また今回の移動は「多くの〈大地人〉に移動そのものを見せる」という目的もある。そのため、親善訪問団は、速度を犠牲にしてでも移動経路の主要な街では宿泊をするという方向でスケジュールが組まれているようだった。

 アキバの街から五日目、旅の道行きは極めてゆっくりと、穏やかに進んでいる。

 この日も、全体の進行を停止して落ち着いたのはまだ日が高い頃であった。日暮れまでまだ五時間はたっぷりとあるだろう。

 トウヤとルンデルハウスは、旅の二日目から続くソウジロウからの稽古を期待して手荷物の引き取りなどを行った。


 再び訪れたサザンの町は南国風の穏やかさが漂う漁村で、付近では比較的大規模ではあるがそれでも使節団全員が宿泊できる規模での施設は存在しない。イセルスや護衛を中心に主だったメンバーは宿に、それ以外は野営にといった分宿が進んでいる。


 年少組が少人数で旅をしていたときは、トウヤたちは名も無き〈冒険者〉だった。〈大地人〉に比べれば戦闘力があってその土地のトラブルを解決することができる存在だったし、産物を売りつける相手だったから歓迎はもちろんされていたが、それは町の人々が旅人に示すものであった。

 今回の旅は〈自由都市同盟イースタル〉および〈円卓会議〉というれっきとした公的機関が、その代表たる使節団を使わせる堂々たるものである。

 〈エターナルアイスの古宮廷〉までは、イースタル貴族の見送りや歓迎で迎えの密度が凄まじかった。同じ〈自由都市同盟イースタル〉に属する次世代の領主候補イセルスにたいして顔をつなぎたいという気持ちもあったのだろうが、多くは貴族としての見栄なのだろうというのがシロエの見立てだ。

 そこから西へ進むと貴族の歓迎はほとんどなくなったが、それは彼らが一行を軽んじているという意味ではなく、ヨコハマから先の土地は〈自由都市同盟イースタル〉でも〈神聖皇国ウェストランデ〉でもない、いわば自由国境的な地域であって貴族らしい貴族がいないからということらしい。

 そのかわり地元有力者からの賑やかな挨拶がどんどんと増えていった。町長や庄屋や網元などが宿屋の前で待ち構えていては、イセルス公子やシロエたちに歓迎の言葉を述べるのだ。トウヤたちが前回来た時に酒場で見覚えた顔が、実は周辺の地主だった、などという楽しいハプニングもあり、一度訪れた場所とはいえ発見が尽きることはなかった。

 意外なことにこういった歓迎に一番慣れていたのは、アイザックだったように思う。やたらに頭を下げる地元一番の漁師といういかつい男が持ってきた大きな魚を受け取ると、肩をたたいて(とてもがさつではあったが)感謝の言葉を大きな言葉で唱えたのだ。彼はその立派な鯛を、イセルスの食事に出すと約した。

 町の人々は歓声に包まれて大喜びだった。ルンデルハウスが言うには、あれで彼らは面目を保ったのだそうだ。美しい海がある漁村、周囲の集落からは立派で美味しい魚が食べたいのであるならば、サザンへ行けという評価をもらっている町。そんな町へ、東から有名な貴族の若様が旅をしてやってきた。商売のきっかけであるとか、今後の利益だとか、そんなものとは関係なく、食べてもらわなければ話にならない。そうでなければ周辺一帯の恥さらしになってしまうという、そういう事態であったらしい。


 宿屋の前でそんな大騒ぎがあったものの、貴族の館に招かれて晩餐会だの夜会だのがあるわけでもない。シロエたちは宿の中に消えていったし、トウヤとルンデルハウスは今日の任務は終了という形だ。

 季節は初夏。雨さえ降らなければ、〈冒険者〉であるふたりの少年は、テントも無しで寝袋さえあればそれでいい。ここまでの旅でも、同行している馬車の横にタープを張ってその下でごろ寝なんて方法で野営をしてきたのである。野営の準備らしい準備など必要ない。

 そもそも野営とはいっても、ただの街道や木立の中でする本格的なそれでは無いのだ。街外れのここならば、風呂に入るまではできなくても、沸かした湯をもらったり、温かい食事を飲食店から提供してもらったりと、過ごしやすさは雲泥の違いがあるのだ。


 そんなわけでふたりはソウジロウに稽古をつけてもらっている。

「伸びてますよ。大丈夫大丈夫」

 微笑みに満ちたソウジロウが、手元の打刀を小枝のように振り回すと、面白いようにトウヤは吹き飛ばされた。「トウヤ!」と叫んだルンデルハウスも一拍遅れて、そのトウヤのとなりにゴロゴロと転がってくる。

「まだまだ!」

 跳ね起きたトウヤは、ルンデルハウスを視線から隠すような軌道(コース)で〈浮舟渡り〉を使う。身体を思い切り前傾させ、地面を舐めるほどの気持ちで距離を圧縮する〈武士〉(さむらい)の歩法だ。

 しかし、ソウジロウもまた〈武士〉なのだ。トウヤの浅い手の内などお見通しで、移動経路には軽く置かれるように切っ先が現れる。その冷たい輝きを、敢えて肩鎧で弾いてトウヤは太刀を振り上げた。

「悪くないですね」

 にも関わらず、さっき肩先で弾き飛ばしたはずの刀で、トウヤの攻撃はあっさりと防がれていた。鋼の響きと言うには透き通った美々しい響きが後を引く。ソウジロウの刀術は見事で、剃刀のようの鋭い彼の刀が、攻撃するトウヤにとってはまるで城塞のように分厚くさえ感じられる。どこに切りつけても、トウヤの剣戟はただひたすらに撃ち落とされるのだ。

 トウヤが視界隠し(ブラインド)をとったルンデルハウスの攻撃も読まれていたらしい。トウヤの白兵攻撃ならまだしも、火球や吹雪を気軽に切り裂いて霧散させるのは何かの冗談のようだ。

 レベル差があるのはもちろんなのだが、では九〇レベル以上あれば誰でもそれができるのかといえば「なに言ってるんですかとんでもない!」と〈三日月同盟〉の小竜がいっていたので、そういうものでもなく技術なのだろうとトウヤは思う。

 〈叢雲の太刀〉(むらくものたち)の変形運用なのだろうとは思うが、同じ〈武士〉のトウヤにも意味がわからない強さだ。

「なんとぉ!?」と驚愕の声を上げたルンデルハウスが、それでも粘り今度は雷撃魔法で対抗したが、切り払われこそしなかったものの、今度は詠唱時間の長さに付け込まれて撃破されていた。

 それを見ているトウヤはそれ以前に吹き飛ばされて、立ち上がる体力さえなく仰向けに倒れている。


「ソウジロウ兄ちゃんつぇええ。師範すぎる」

「は、反則だろう!? 属性攻撃エレメンツを切ってたぞ」

「あはははは」

 体力が尽き果ててへたばるふたりを前にソウジロウは朗らかに笑っていた。ギルド会館の大規模戦闘(レイド)を経て腕を上げたと思っていた自信もぺちゃんこだ。


 海岸線沿いの地域特有の強い風が梢を揺らした。

 海の塩気を吹き飛ばすような爽やかな夕風だ。

 三人は駆け抜けていくそれに誘われて海岸の彼方に視線をやって、しばらく無言で休憩を取っていた。

 トウヤはなんとか気息を整えると上半身を起こして、砂混じりの広場にあぐらをかいて座った。まだ再戦するほどの余裕はない。

 〈冒険者〉の体力は無尽蔵で、その気になればそれこそ一日中山道を踏破したりできるが、それは地球時代に比べての上昇にすぎない。〈冒険者〉が強靭とはいえ、同じランクのモンスターや同業者と戦えばそれなりに消耗していくのだ。ましてや格上のソウジロウに稽古をつけてもらえれば、へとへとになるのも当然だった。


 海を見つめるソウジロウの横顔はいつも通りだったが、トウヤは疑問に思っていたことを切り出した。

「ソウジロウ兄ちゃんはなんで西行くの?」

 トウヤの言葉に可愛らしく小首をかしげていたソウジは、むむうと眉間にしわを寄せた後、微笑んで「挨拶をしに行く相手がいるんですよ」と答えた。

 トウヤは困った。

 どう考えてもそれは挨拶ではない予感がしたからだ。

 そのトウヤの困惑に気がついたのか、ソウジロウは笑みを深くする。

「僕はあんまり頭が良くないので、乗り込んで済むならそのほうが良いかと」

 ああ、暴れるんだなあ。

 その言葉でトウヤはそう思った。

 ソウジロウは指導でもそういうところがあって、つまり、言葉と行動がどこかずれているのだ。説明するのが上手ではない。ひとつの体の中に、優しくて人懐っこいソウジロウと、凶暴で苛烈なソウジロウと、面白がりで可愛いもの好きなソウジロウと、酷薄で自分さえ良ければ良いソウジロウがはいっていて、分裂しているように思う。見えている穏やかな表情は、表面であって、それは膨らんだ風船のゴムのようにも見える。

 歳上をそんな風に論評するのはとても失礼なことだから表には出さないが、ソウジロウは、ある意味困った子なのだとおもう。でもたぶん、それ以上に優しくて義理堅くて信頼できるから、〈西風の旅団〉のギルドマスターをやっているし、シロエもソウジロウを頼れと言ってくれた。

 そんなソウジロウが何かをしに西に向かって、実力行使も辞さないという意思を持っているのは大変だ。大騒ぎになるかもしれない。

 口を挟めることではないし、実力から言えば足手まといなトウヤがなにを言うこともできないけれど、それを聞いてしまって胸の中がモヤモヤとざわめいた。

「無理しないで、その、ください」

 直継についで戦いを習っている天才肌の青年は、そのトウヤの言葉が分からなかったようだ。にこにこ笑っているが、心が何処か別の場所にあるかのような声で「はい」と答えてくれた。


「挨拶であるならば僕とおなじだな、ミスター・ソウジロウ!」

 呼吸を整えたらしいルンデルハウスが前髪を払ってそう言った。

 ルンデルハウスの要件も挨拶だ。

 むしろトウヤはそれに付き添いに来たのである。

 ――〈神聖皇国ウェストランデ〉の権力者に面会してコード家の最期と騎士位の代替わり叙勲を受ける。

 それがルンデルハウスの目的で、トウヤとしては、素人ながらそれはかなりの難関なのではないかと思えた。叙勲されないと言うだけならば問題はない(し、たぶんルンデルハウスもそこにはこだわりがない)のだろうが、トラブルに巻き込まれる可能性が低くないようにトウヤには思えたのだ。

 だからの付き添いである。友人としては当然だと思う。

 胸のざわめきは強くなった。

 ふたりに比べてトウヤはこの旅に同行する大きな理由はない。もちろん、小さな理由はある、むしろその比較で言えばふたりより積み重なっているだろう。だがまさにそのせいで、胸がモヤモヤとした。

 トウヤの中に解決されていない問題があるのだ。いまはまだはっきりしないけれど、多分それこそがトウヤがここにいる理由なのだろうと思う。


 不意にミノリのことを思い出した。

 多分、自分はミノリに負けたくないのだろうとトウヤは考える。

 自慢の相棒(ふたご)であるミノリは、賭けて、戦い、そして得た。世間から見れば敗北だと言われるのかもしれないが、トウヤから見ればそんなことはない。ミノリは誰より立派に戦って、その価値を示したのだ。

 ミノリはトウヤから見ても眩しい。

 自慢の姉だ。

 でも双子だからやはり負けたくはない。ひとりで進んでいくミノリの背中を見ていたくはない。

 ミノリのことは大好きだけど、いまこの瞬間はミノリと一緒にいたくはない。ミノリを慰める役は女子に譲って、トウヤは自分自身の戦いを見つけるべきなのだ。

 ざざん、ざざざんと波の音が夕暮れに染み入ってきた。

 三人はそれぞれの旅の目的を噛み締めていた。

 すくなくとも、トウヤは自分にあるものと、自分にないものを見つめていた。

 多分この旅は試験なのだ。なにをすればよいかはわからないけれど、トウヤはその予感に身震いした。そしてそれに打ち勝てる力がこの身に宿りますようにと、低い位置で輝く半月に願うのだった。




◆2.02




 〈記録の地平線〉は現在十一人在籍のギルドで、〈三日月同盟〉は四〇人規模のギルドである。それは当然ギルドハウスの規模にも現れているが、中でも厨房の大きさは大きな違いだった。

 〈冒険者〉は大概健啖なのだが若年者の多い〈三日月同盟〉はその中でもひときわであって、調理スペースそのものも広く必要だが、食料貯蔵室も大規模だ。この異世界には、ハウジングアイテムと呼ばれる住居据え置き用の魔道具が存在している。〈魔法の鞄〉(マジックバック)に類似した〈とりおきの箱〉〈停滞の箱〉〈冷蔵の箱〉などが有名で、地球世界の冷蔵庫のようなサイズで、その数倍の容量を貯蔵できるのだ。

 そんな魔法の箱にお惣菜をしまった五十鈴は、振り返ってオーケーとハンドサインを出した。眉に気合を入れていたセララがふにゃりと微笑んで、エプロンを付けたミノリもほっとしたようだ。

「これでおわりかな」

「たくさんつくりましたねえ」

「〈三日月同盟〉はいつもこんなに?」

 ええ、まあ。とエプロンを外しながらセララが答える。

「うちは人数多いですし、腹ペコさんがたくさんですからねえ。朝は戦場ですから、少しでも楽がしてほしくて……」

 五十鈴、セララ、ミノリの三人が作っていたのは作り置きの保存惣菜だ。

 メニュー的には、きんぴら、煮豆、温泉卵、ふりかけである。これらの惣菜は作ってさえおけば、朝には出すだけで済む。専門の〈調理人〉ではない五十鈴たちでも(適切なあんちょこがあれば)調理可能でもあり、本日はそんな作業をしていたのだ。

「休憩しましょうー! 大福ありますし」

 にこにこするセララが慣れた仕草で調理室の作業テーブルの片隅に、急須と湯呑を取り出してゆく。ここは彼女のホームグラウンドのようなものだ。

「いっぱいもらっちゃっていいの?」

「山盛りですけど……」

 ためらう五十鈴とミノリのバッグには、〈三日月同盟〉で作られたお惣菜――今日の分だけではないがたくさん押し込まれている。セララがちょっと強引に詰め込んでくれたのだ。

「お手伝いしてもらいましたし!」

「そうだけど」

 本日の合同調理会は、ギルドの料理人の負担を軽減するための、三人の少女の自主活動なのだった。

 調理としてはさして複雑なものではなかった。

 最近出回る品が増えてきた〈新妻のエプロン〉があれば、料理初心者(いすず)にも作れるメニューである(むしろだからこそ選択されたわけだが)。セララを先生役として、五十鈴とミノリは生徒役。そして作り上げたのだが、作業としてはかなりの量をこなしたと自負している。

 人参を四キログラムむいたのだ。ごぼうは八キロである。

 五キロのお米は持ったことがあるのだが、ごぼうともなるとあんなにかさばるとは思わなかった。ちょっとしたではなく、完全に討伐クエストの趣だった。下ごしらえを待つ材料を目の当たりにしたときは、ミノリとふたりで今日は帰れないかもと覚悟を決めたほどだった。

 それをみるみる下ごしらえをしていくセララのまぶしかったこと!

 五十鈴の二倍以上は素早い包丁さばきなのに、おっとり雑談をする余裕まであって、完全に格の違いを見せつけられた格好だ。

 もっとも、〈冒険者〉の身体能力はこんなところにも有効で、包丁さばきがそんなに早くなったわけではないのだが、腕の疲れやだるさがないというだけで作業はするするとすすむのだった。


 料理というのは下ごしらえですからあ、と言っていたセララの言葉が染み入った。五十鈴は本当にそのとおりだと思う。

「わたし、今日で料理のことだいたいわかったよ!」

 お茶の湯気の中でほわほわ微笑むセララに、自信を深めた五十鈴は力強く宣言した。

「そうなんですか?」

「うんうん! あのね、小さく切ってね、加熱して味付けたら完成!!」

 きんぴらごぼう。煮豆。ふりかけ。今日作った料理を振り返れば明らかだ。カレーにシチューといった五十鈴でも作れる料理もこれに当てはまる。下ごしらえで刻み、熱くして、調味料を掛けたら美味しくなるのだ。

「……五十鈴ちゃん」

 困ったような半笑いで自分を見るふたりに五十鈴は頭を掻いた。

 どうやらそれだけではないみたいだ。

「あー、いや。基本! 基本ね!」

 てへへへ、と手を振ってごまかす。一般女子高生に料理の真髄はまだ早かったらしい。

「疲れたよう」

 実を言えば対して疲れてもいなかったのだが、物量の絵的な迫力に押されていたので、五十鈴は両手をテーブルの上に投げ出すようにベタンと突っ伏した。

「こんなにきんぴら作ったの初めてですよ」

「十二キログラムだよ? 十二ってとんでもないよ。洗面器みたいなので調味料作るとか」

「ボールですよう」

「それと計量カップ!」

 セララとミノリの頬を膨らませた指摘に黙って、そして三人で笑った。

 穏やかな午後だった。


 両手に挟み込むように湯呑みを持つミノリを、五十鈴はテーブルの上から横目でちらりと確認した。

 思ったよりも落ち着いているようにみえる。

 あの深夜のお出かけから数日間は、不意に口ごもったりすることがあって心配していたのだが、だんだんと日常復帰していっているようだ。

 別に相談したわけではなかったのだが、それからの日々を五十鈴はセララと、ミノリを囲むように過ごしていた。にゃん太が甘いものを差し入れしてくれたり、てとらが様子を見に来たり、レリアとリトカが周囲で丸くなっていたりすることはあったが基本はこの三人だ。

 年少組なんてよばれて五人で過ごすことが多かったから、それは久しぶりの女子グループの日々だった。まるで地球での放課後が戻ってきたようだ。


「むう」

 ミノリが五十鈴に向かって頬を膨らませて「なにか優しい顔してませんか」と抗議をしてきた。優しい顔をしてるならいいじゃない、と思ったのだが、五十鈴はそのほっぺたをつついて「ミノリかーわいー!」と言うにとどめた。

 ミノリは本当に可愛くなった。

 もちろん以前から可愛かったけれど、この半月でキュートになったし、変な話だけれど女の子らしくなった。〈ハーメルン〉から脱出した一件以来、ミノリは年齢離れして賢くて勇気ある女の子で、そんなミノリを五十鈴はすごいと思っていたけれど、今のミノリはそれに加えて正真正銘可愛い女の子だと思う。(誰から見てもそれ以外無いという意味で)プロ女子高生だった五十鈴が保証するのだから間違いない。


「もうっ」

 膨れるミノリはしばらく拗ねていたが、ちょっと困ったような表情で五十鈴に話しかけてきた。

「五十鈴さんは関西行き、行かなくてよかったんですか?」

「なんで?」

 五十鈴はきょとんと問い返す。話が飛んだ印象だ。

「いえ……。ルンデルハウスさんと一緒にいなくていいのかな、って」

「あっ。あー、うん。べつにっ! いつでもわんこと一緒ってわけじゃないし!」

 五十鈴はきっぱりと答えた。のだが、自分でも頬が熱くなるのはわかった。ミノリは辛かった仕返しにそんなことを言い出したのかと思って一瞬言い返しそうになったのだが、どうもそんな様子はなさそうだ。本気で疑問に思っているだけのような表情である。

「今回は羽根を伸ばすっていうか、そういう乙女の休暇なわけですよ」

「はあ」

 しかし、紅潮を自覚したせいかきまりが悪い言い訳を述べてしまう。一人相撲っぽくて恥ずかしいのだが、仕方ない。自分だってミノリの恋路を無責任に囃し立てたのだ。

「ミノリのそばにいるほうがいいもん」

 甘んじて追求を受けるとはとてもいえない、往生際の悪い態度でテーブルの上に顔を埋める。

「五十鈴ちゃんは最近トマトみたいですから」

 くすくす笑うセララの追い打ちが厳しい。

 二正面作戦だ。援軍はない。五十鈴隊長はピンチであるが、わんこ隊員は助けにこない。いいや、この場合わんこ隊員が救援に駆けつけたら余計に被害が拡大する可能性が高い。


 五十鈴はあの戦いの中でミノリの思いの欠片を見てしまった。

 だとすれば、ミノリやセララも五十鈴のそれを見てしまったかもしれない。そんな可能性に、熱い頬がますます加熱される。

 もちろん五十鈴のそれはミノリのそれに比べて量もきらきらも控えめで、むしろ、ほんのちょっぴりで、気の迷いのようなものであるはずだからして、ミノリがそれに気づいた可能性は高くないはずだ。そもそも、ミノリはあの時大規模戦闘(レイド)指揮官(リーダー)でみんなが注目していたけれど、五十鈴は魔法攻撃班の援護役で注目度が大幅に違った。

 あの状況では、みんなが皆自分の面倒を見るので精一杯で余裕なんかなかった……と思う。だからふたりは五十鈴の思いに気づいていない。

 もしかしたら非常に低い可能性で薄っすらと気づいているかもしれないが、それを確認することはできない。

 わたしの胸からルンデルハウスの欠片が出てくるの見た? なんて質問をしたら今気づかれていないものを自白するようなものだし、そもそもそんな自意識過剰で、大それた事実を認めるような質問できるはずがない。想像するだけでお腹が痛くなってきた。


「わたしとわんこのことはどうでもよくて、それより、セララはにゃん太班長と一緒じゃなくてもいいの? 最近ずっとこっちといっしょにいるけど」

 とにかく矛先をそらそうと五十鈴はそう反撃した。

「いえいえわたしの方はもう最初からどうにもならないっていうか、もう持久戦っていうか……」

「あれ。あれれ?」

 いつもならこの一撃で真っ赤になってわたわたするのはセララ、攻守交代になったはずなのに、なぜだかセララは困ったような、でも本当はさほど困ってないような、頬は染めているけれど優しさを感じさせる小さな笑みで手を振った。

「そう簡単にどうこうならないし、簡単にどうこうなったらふられちゃうのわかったので、粘り勝ちを目指したいと思うといいますか……ミノリちゃんと五十鈴ちゃんを、大事にしたいなーって」

 話つながってませんよね、とにへへへ、と照れて微笑むセララがとても可愛くて、五十鈴は胸を突かれた。

 普及型女子高生である自分がふたりと自分を比べても仕方ないのだけれど、なんだかミノリとセララがとても立派に思える。そこへいくと、そばかす鶏ガラで勇気も優しさも心遣いも不十分な自分のそれ(、、)は、ブリキ細工みたいにいびつで役立たずだ。

 ふたりの恋にある真剣さや献身さや愛情が欠けている。

 不格好な自分に劣等感があって、本当は格好いいルンデルハウスが妬ましくて、でもやっぱり惹かれているらしくて、むやみに動悸がするし、失敗しそうで怖い。

 とても、怖い。

 がっかりさせるのが怖くて、切なくて、泣きたくなる。

 要するに臆病なのだ。

 そもそもの話、向こうはアホわんことはいえ金色でふさふさで王子様なのだから五十鈴なんかとそう(、、)であるなんてない。だからこういうことを考えるだけ無駄なのだ。

 勢い良く諦めようとするのだが、もう諦めようとしている時点で、どれだけ自分中心なんだと自己嫌悪で、凹みそう。

 結論としては転げ回りたいのだ。

 五十鈴はもうじたばたして暴れたくて仕方ないのである。どうしてこうなってしまったのかさっぱりわからず、恨みたい気持ちでいっぱいだ。

 それが居残った理由の半分だ。ミノリをひとりにしたくないのはもちろん一番だけど、ルンデルハウスと一緒にいたら動機が激しくなって死んでしまうからだ。

「五十鈴ちゃん」

「ふふふふ」

 テーブルの両腕の間に顔を埋めた五十鈴の後頭部を、セララと五十鈴がなでてくれているようだ。敗北感まみれの五十鈴は顔を挙げられないままジタバタした。

 そんな五十鈴を、ふたりの仲間はいつまでも優しく慰めてくれた。

 広い厨房の午後の時間は、まだまだ使い切れないほど残っていたのだ。


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[一言] 誤字報告 〜それが居残った理由の半分だ。ミノリをひとりにしたくないのはもちろん一番だけど、ルンデルハウスと一緒にいたら動機が激しくなって死んでしまうからだ。 「動機」→「動悸」 〜テーブル…
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