第五譚 《冬》の町の食卓は暖かく
極寒の地域において、暖かな食事というのはどんな贅沢にも勝るご馳走だ。
湯に浸かり、食堂に戻ってくると、食卓にはほかほかと湯気をあげる料理の数々がならべられていた。食卓からあふれそうなほどの皿の数に、セツは歓声をあげる。どれも他の地域では見られない食材ばかりだったが、香草がほんのりと香る料理は食欲をそそられた。
「どうかお腹がいっぱいになるまで、めしあがってくださいね」
「いやあ、ありがとうございます。それじゃ遠慮なくいただきますねぇ」
寒いところを歩き続けてきたことを抜きにしても、豪華な馳走だ。
まずは蒸篭ごと置かれていた饅頭のようなものをつまんだ。
色は黒っぽい。小麦にしてはもちもちと弾力のある生地につつまれたそれは、ひとくちで頬張るにはちょっとばかり厚みがある。思いきって噛みつく。湧きだすように脂が溢れてきた。旨みが凝縮された肉の脂をすすると、香草の薫りが鼻を抜けていく。
具は挽肉と野菜。根菜だろうか。食べごたえがあるのに、しつこくなかった。
蒸篭にならべられたもの全部でも食べられそうなくらいだ。
凍えきっていた身体が暖まる。
「これ、美味しいですよ、凄く。これはなんという料理なんですか?」
「それは挽肉麦といいます。この町の郷土料理で、すぐに蒸せて、簡単に食べられるので、軽食にもよくならぶんですよ」
挽肉麦を食べ終わってから、スープに匙を差し込んだ。
煮崩れていない芋と細かくきざまれた根菜が、赤みを帯びたスープの湖を漂っている。木の匙ですくって飲んでみると、ほどほどの辛味が舌の先に熱をともす。喉を通って、腹から身体を暖めてくれそうだ。具は匙に乗せた時はしっかりとしているのに、頬張ると蕩けて、野菜の旨みが辛味をぬりかえる。辛いが、野菜の旨みを殺さないように、あるいは野菜の甘みを際立たせるように考えて、香辛料が調合されているのが分かる。
ハルビアは嬉しそうに、セツが食べる様子を眺めていた。
「それが辛茄羹で、あ、そちらは魚鶏の香葉焼きです」
葉でつつんで焼いた鶏料理だ。葉を結わえていた紐を切れば、ぷりぷりとはじけそうな身があらわになった。葉の香りはさほど強くない。こがさずにじっくりと焼いた身は柔らかく、匙でも取り分けられるほどだ。
「魚鶏というのはこちらの地域の鶏ですかねぇ?」
「ええ、寒さに強い、鱗に覆われた鶏です。すごく栄養があって、美味しいんですよ。養鶏場から今朝、ちょうど仕入れたばかりだったんです」
脂が乗った身は、他の地域の鶏とは比べ物にならないほどに美味しかった。各地を渡ってきた旅人の身ながら、霜降りの鶏肉というものは、はじめてに食べた。
他にも小魚の揚げものや芋の甘露煮などがあった。
料理には漢方がつかわれているようだ。美味しいことは前提として、食べる者の健康までしっかりと考えられていた。相手にたいする暖かな想いがこめられている。道なき雪の道を歩き続けきた旅人をねぎらう想いだ。よそ者だろうと寒さに凍えることは変わらない。だから、暖まってもらいたいのだと、食卓にならんだ料理は伝えてきた。
彼女の料理は、暖かい。
「ね、クヤも一緒に食べませんか?」
「わたしはいらないわ」
「ほら、凄く美味しいですよ」
隣にすわっていたクワイヤを抱きあげ、セツは膝に乗せた。クワイヤは薄手の外套に着替えていたが、相変わらず頭まで外套をかぶっている。セツは木の匙を持って、唇に差し込んだ。クワイヤは言葉では嫌がっていたが、セツにうながされるとそれはそれで嬉しいのか、案外すんなりと匙を含んだ。
「……おいしい!」
クワイヤが頬を持ちあげ、瞳を輝かせる。
「ほんとだわ、これ、おいしいわね!」
硬い芋がとろとろになるまで蜂蜜で煮続けた甘露煮は、彼女の好みにあったようだ。
「あなた、なかなか、すてきなものをつくるじゃない」
傲慢な言いかただが、無邪気そのものだからか、棘はなかった。それにつんとした言葉のわりには満面に喜びを湛えている。だが悪意はなくとも、礼儀知らずであることに違いはない。
「こらこら、もっと他に言いかたがあるでしょ?」
「いいんですよ。食べてもらえて嬉しいわ」
ハルビアは特に気分を害する様子もなく、クワイヤが食べるのをにこにこと眺めていた。
悪意に取られないことが嬉しかったのか、クワイヤは匙を握ってなにやら考え込み、小首をかしげながら言葉にする。
「ありがと、う」
「こちらこそ」
ハルビアに笑いかえされて、他人とのやり取りに慣れていないクワイヤはまた、かああと頬を染めた。匙をぎゅっと握って、彼女はごまかすように甘露煮をもぐもぐと頬張った。