プロローグ
よろしくお願いします。
冒険者とは娼婦である。
太陽が沈むと目を覚まし、月の明かりで飯を食い。指を刺されて職場へ向かう。
汚れ仕事の肉体労働。若さを売りに、しかし技職の人気商売。
怪我も病気も致死毒で。孤独を消すため酒を浴びれば記憶を無くして夜が来る。
最後は一人で野垂れ死に。
死に体は野晒し、木阿弥は無に帰し、身元不明の遺体が残る。
「運が悪けりゃケツにまでモノをブッ刺される所なんか、まるでそっくりだ」周囲から下卑た笑い声が上がり、『空暮 俗』は通り過ぎるウェイトレスの尻を揉んだ。
キャアっと一声、ピンク色の髪を跳ねさせると同時に、
―――彼女はベルトから拳銃を抜きトリガーを引いた。
爆発にも似た破裂音が響き、血と硝煙の臭いが空を舞う。
しかし鉛玉がめり込んだのは俗の隣に座っていた行きずりの飲み友達だった。
「っぶねぇ……普通撃つか?」と、椅子から転げ落ちるようにして弾を避けた俗。
対照的にお友達の方はチラと俗を見て舌打ちをつくだけに留まった。脳髄を貫通したかに見えた鉛弾が金属音を鳴らしながら地面に落ちると、彼は俗の前から枝豆を一つ摘み口に放り込む。
「ブチ込んでおけ」酒場にいた誰かの声に従って、どこからか現れた警察たちが、ウェイトレスの女性を取り囲んだ。
それでも周囲で酒を飲む人間は誰も顔色ひとつだって替えはしない。ただ、拳銃を持ったまま怯えているウェイトレスは、あれよあれよと手錠を掛けられてしまう。
「マルマルヨンハチ、冒険者に対して発砲した女性を銃刀法違反、公務執行妨害罪により逮捕しました」
トランシーバーに向かって喋る警官。呆気にとられた俗が声を発する暇もなく、彼女はパトカーに乗せられて夜に消えた。
拳銃なんて今では路地裏に行けば二束三文で売られる品である。
とはいえ何時から日本で拳銃が合法化しのかたという質問に関しては、しかし誰も答えることが出来ない。
いつからか力無き者が護身用に持つようになったというだけ。それも、冒険者には効かないと来たものだから、政府からも黙認されて事実上の合法化は果たしたものの、公式的な記録には載っていないのだ。
とはいえ、多くの冒険者には拳銃が効かないとしても。
ここは世界でも有数の迷宮保有国、日本。同時に、冒険者が多くの特権を持つ国である。
《《当然》》冒険者への発砲は日本国旗に対する唾棄に等しい。
冒頭で冒険者とは娼婦と同義だと言ったが、それは正確ではなかった。倫理を捨てたヤクザな商売だから、極道マフィアと並びアングラな人間ではあるのだが。
それでも彼らと冒険者で決定的に違う点を挙げるとすれば、所属が組ではなく国だという事。
冒険者の権利は国によって保護される。その代わり、冒険者が持ち帰った物品は全て国によって買い取られる決まりになっていた。
その二つが、唯一。日本に迷宮が現れた後に決められた冒険者に対する法律だ。
そういった背景も相まって、風俗に「落とされる」とはよく聞くが、冒険者に「落とされる」という言葉はこれまで殆ど使われた試しがない。
役職的には公務員だとしても例外中の例外。困るくらいに囲い込まれる特権階級なのだから、家族も政府の名の元に保護される。
当然、冒険者になった後は後ろ盾も政府以外のパトロンも必要はないのだ。
例えるなら国家に帰属する自営型の暴力団。これが冒険者だ。当然反感の声は今後も鳴りやまないだろう。
―――冒険者とは、プライドを捨てた国家の飼い猫。自ら「堕ちる」職種である。
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