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仮初の友誼を結ぶ

感想に飢えてます。感想プリーズ

 翌朝、ガラスの割れた窓から差す日光に瞼を刺激され目を覚ました。窓から外を覗けば、城壁の縁から太陽が昇ってくるのが見える。こんな時間まで眠ったのは久しぶりだ、やはり寝具が整っていると熟睡してしまう。

 ベッドを振り向くとアリスはまだ寝ていた、静かな寝息を立てて安らいだ顔をしている。周囲を見知らぬ人間に囲まれて油断しすぎかと思うのだが、彼らに敵意があったところで俺たちを害することなど不可能だ。特に問題はないだろう。

 衣服を身につけ荷物を持って一階に降りる。昨日、俺とアリスとミナの三人で室内を掃除したので、内部はそれなり綺麗だ。四人掛けのテーブルに荷物を下ろして、朝食の準備をする、かつてのこの家の住人も毎日このテーブルで食事をしていたのだろうか。金属製の皿に干し肉を3枚づつ、それから魔獣の血を屋内にあったコップに注ぐ。いつもと変わり映えのしない内容だが仕方がない。準備を終えたので、俺は荷物袋の底から一冊の本を取り出す。これは世界が滅びる前に書かれた一般人の日記だ。転生の際、この世界の言語を理解できるよう糞女神に調整してもらったので、俺でも読むことができる。すでに滅んだ世界の習俗を伝える貴重な資料だ。日記の人物は理髪師見習いで、親方に怒られたことを理不尽だと怒っていた。なんとなく共感を覚える。

 やがて、アリスが眠たげな顔で降りてくる。俺の正面の椅子に腰を下ろす。

「ベッドで寝るのは麻薬じみた快感だな」

「いいベッドだね。この家の住人はそれなりに裕福だったのかも」

「この家は普段使われていなんだろうか」

「昨日足を踏み入れた感じじゃしばらく無人だったんでしょ。この街の広さを考えれば、住人の数よりずっと家が多そうだし。みんな思い思いの場所に住んでるじゃない」

 会話の最中もアリスは眠たげだったので、俺はコップを差し出した。

「これ飲んで」

 うん、とアリスはコップを受け取りアリスは一息に飲み干した。

「……寝起きにこいつは効く。よし、目が覚めた」

 それから食事を取っていると、入口の方から鈴の音がした。

「あのー、ミナです。入ってよろしいでしょうか」

 アリスは何も言わないので、代わりに玄関向かって、どうぞ、と叫ぶ。

 ミナがおずおずと俺たちのところに姿を現す。

「へ、へへへ……この家はお気に召したでしょうか?」

「うん、気に入った。アリスもよく寝てた」

「そ、それは、よかったです。へ、へへへ……」

 ミナは引きつった顔で笑った。それからしばらく所在なさげにしていたが、急に大声を出す。

「あの、今日はいかがしましょうか!?」

 俺とアリスは顔を見合わせる。

「そうだな、私は市政庁があった場所に行ってみる。周辺の地図でもあるかもしれない。シズルはどうする?」

「俺はこの街を散策するよ。これだけの大きさの集落を見て回れる機会は少ないからね、どんな暮らしぶりか気になる」

「え、えっと」

 ミナは見るからに困っていた。

「お二人一緒に行動しないので?」

「そうだけど……あっ、もしかして監視するよう言われている?」

「い、いや、なんというか、へへへへ」 

 ミナは露骨に目をそらした。こいつ誤魔化すの下手だな、と俺は失笑した。

「俺は人の目があるところに居るから、ミナについていきなよ。市政庁があったところまで案内してやって」

 干し肉を食べ終わると、俺は席を立った。

「後片付けよろしく」

 アリスは、うむと呟いた。

 屋外に出ると、二人の若い男女が正面の建物の壁に背を預けて座っていた。腰には長剣をぶら下げている。俺が出てくると立ち上がった。

「やあ、おはよう」

 俺が片手をあげて挨拶をしても、彼らは無言だった。目に強い警戒心が宿っている。

 俺が街を散策していると、そのうちの一人がずっと後を付けてきた。

 市街を特に目的もなくぶらつき、気になる建物があると中に入ってみる。たまに人にすれ違うと、彼らは俺を避けるように道を開けた。話をしてみたいのだが、こう避けられると話しかけるのがためらわれる。どうしようかと思案している時、どこからか子供の声が聞こえてくる。俺はそちらの方に足を向けた。

 子供たちが数人、騒ぎながらどこかに向かっている。衣服はボロボロだが、血色はよく健康そうだ。大事に育てられているのだと思った。

「こんにちは」

 俺は笑顔を浮かべて声をかけた。

 子供たちが、驚いた顔で俺を見上げる。見知らぬ人間がこの街にいることに戸惑っているだのだろう。

「これから遊びに行くの?」

「……いや、剣の稽古だよ」

 先頭の少年が少し怯えながら答える。よく見れば全員、腰に木剣をぶら下げていた。 

「ついて行っていいかな?」

 俺が聞くと少年は言葉につまった。俺の背後にいる監視の女の顔を見つめるが、女は何も言わなかった。

「いや、ごめん。何も答えなくていいよ。勝手について行くから」

 子供たちは困った様子だったが、また歩き始めた。歩きながら背後の俺の様子をちらちらと窺う。

 俺は振り返って女に話しかけた。

「この街には何人ぐらい子供いるんだ?」

「……これで全部だ」

 返答を期待していなかったので、少し驚く。

「子供たちを訓練して将来に備えてるんだな、感心するよ」

「お前が子供に何かしたら、街の総力を挙げて殺してやる」

「俺が子供に危害与えるような人間に見える?」

 女は少し黙っていたが、やがて言った。

「私の率直な感想だが、お前らは私たちを舐め切っている。だから何をするか分からない」

 女の言葉は少しショックだった。そんなつもりはなかったが、そう受け取られたのなら反省すべきだろう。

「君の名前は?」

「……クレハ」

「クレハ、俺は俺になりに君たちに敬意を払っているよ」

 クレハは何も言わなかった。

 やがて、子供たちの一団は広い空き地についた。見知った顔が数人、空き地の真ん中に立っている。

 ロスタムがこちらを睨みつけた。

「てめえ、何してやがる」

「特に何もしてない。子供たちについてきただけ」

 ロスタムはしばらくこちらに鋭い視線を向けていたが、舌打ちして子供たちに向き直った。

「よおし、お前ら稽古を始めるぞ。まずは体操からだ」

 ロスタムは子供たちに訓練を施し始めた。体操から始まり、素振り、足さばき、技の練習。ロスタム達も子供も最初は俺を気にしていたが、練習に熱が入るにつれ、俺を気にかけなくなった。

 剣の稽古と聞いてどの程度のものかと思っていたが、思ったよりしっかりしている。すでに滅んだ世界であっても連綿と剣術が伝え続けられてきたのが見て取れた。子供たちは額に汗を浮かべて木剣を振るっている。

 しばらく眺めているうちに、これは俺にとっても有用なのではないかと気づく。俺はロスタムに近づいた。

「取り込み中のところ申し訳ない」

「なんだ」

 熱心に指導しているロスタムは先ほどよりは幾分柔らかい口調で答えた。

「俺にも剣の稽古をしてくれないだろうか」

「なに?」

「いやだからさ、俺って剣については素人なんだよね。子供たちと一緒に教えてくれたら嬉しいなって」

 ロスタムは呆れたようにこちらを見つめた。

「ガキ向けの稽古をお前も受けたいって?」

「そう」

 ロスタムはじっとこちらを見つめた。俺の真意を計っているのだろうが、俺は何も隠していない、いま発した言葉が全てだ。

「……いいだろう。誰かこいつに木剣を渡してやれ」

 断られるかもしれないと思ったが、ロスタムは了承してくれた。

 俺は右端の少女の隣に並んだ。

「よろしくね」

 少女はおずおずと頷いた。

 その後、昼過ぎまで稽古した。ロスタムが子供たちを集める。

「今日の稽古はここまでだ。午後はじじいの勉強会だ。サボるんじゃねえぞ」

 子供たちは大きな声で、ありがとうございました、とロスタムに頭を下げ、楽し気に散っていった。

 空き地に残った俺にロスタムが近づいてくる。

「お前マジに素人なんだな、剣の振り方で分かるぜ」

「そう言っただろ」

「それで本当に魔獣を倒せんのか?」

「任せてくれ」

 ロスタムは明後日の方を向き、頭を掻きながら言った。

「俺は午後も暇だが、剣術を教えてやろうか」

「それは是非」

 意外な申し出に驚いたが、二つ返事でお願いする。

 他の男が声を上げた。

「いいのかよ、ロスタム」

「こいつが変な事したら俺が殺してやるよ」

 ロスタムは自信満々に言った。

「じゃあ、昼飯食ったら戻ってこい」

「分かった、またあとで」

 俺はロスタムと別れて仮の住処へと帰った。


 それから一週間、俺は剣の稽古を、アリスは市庁舎で資料を漁って過ごした。

 朝、アリスと食事をしていると屋外から叫び声が聞こえてくる。

「シズル、シズル、シズルー! 稽古行くぞー!」

 子供たちの合唱を聞いて、俺は立ち上がった。

「じゃあ稽古行ってくるね」

 アリスはこちらを睨んだ。

「奴らと友好を深め過ぎではないか?」 

「仲良くする分には問題ないだろ? 俺たちはこの街に滞在させてもらっている立場だし、むこうの機嫌がいい方がいい」

 アリスは鼻で笑った。

「奴らの機嫌が何だ。奴らが敵意に満ちていようが、実力行使に出てこようが、私たちには関係ないだろ?」

「まあそうだけどさ」

 俺は屈んでアリスの頬に口づけした。

「殺さなくて済むなら、その方がいい」

「意見の相違だな」

 アリスはまだ納得していないようだった。

 俺が外に出ると、子供たちと監視の男女が会話をしていた。

「ヨハン、クレハおはよう」

「おう、今日も寝坊か」

 クレハは笑った。

 それから、クレハや子供たちと一緒に稽古場に向かう。道中、子供たちに手を引っ張られる。背中にしがみついてくる子もいる。

「シズル、今日は私が相手をしてあげるよ」

「また、旅の話をしてよ」

 空き地には、ロスタム達が待っていた。

「よお、シズル。今日も大人気だな、大変だ」

 ロスタムは笑顔でこちらを迎えた。

「嫌われるよりはずっといいけどね」

「昼飯も持ってきたんだろうな、また飯食いながら、旅の話を聞かせてくれ」

 ここ数日でロスタム達と大分仲良くなれた。ロスタム達は外の世界の話に飢えていたので、それを話すことで打ち解けられたというのもあるが、それよりもロスタム達の人間性が大きいと思う。彼らは本質的に善良な人間だった、いつまでも他人に敵意を抱いていられないのだ。

「いつまでもシズルに引っ付いているなよ、稽古始めるぞ、並べ」

 子供たちは騒ぎながらも、一列に並ぼうと散りだした。その時だった。

 鈍く重い釣鐘の音が一度、二度、三度鳴った。

 ロスタムが叫ぶ。

「稽古は中止だ、ガキは聖堂に行け! クレハ、お前が先導しろ」

 クレハは頷くと、子供たちを連れ街の中央の聖堂に向かった。

「俺たちは、城壁に移動する。西だ」

 鐘が三度なれば兵士は西に集合すると言う事なんだろう。

 移動する途中、他の一団と合流する。

「ロスタム、あの魔獣だろうか」

「さあな」

 答えるロスタムの顔は厳しかった。

 設置された階段を駆け上ると、城壁にはすでに数名の兵士とアリスとミナがいた。

「アリス」

 俺が声をかけるとアリスは頷いた。

 城壁から向こうを覗けば、西の丘を越えて巨大な人型の魔獣が姿を現すのが見えた。

 魔獣は大きなうなり声をあげた。まだ距離があるというのにその声は俺たちの鼓膜を強く震わせた。隣の兵士の顔は青ざめていた。

 筋骨隆々の一つ目の巨人、頭は城壁にまで届きそうだ。なるほどこの街の兵力では抵抗は難しかもしれない。

 だが、俺の敵ではない!

「俺の出番が来たみたいだ」

 木剣を腰から外し、ロスタムに預けた。ロスタム は真剣な顔持ちで言った。

「俺たちも一緒に行く、復讐戦だ」

 俺は手で制した。

「無用な人死には出したくない、俺に任せてくれ」

「しかしお前ひとりでは……」

 ロスタムの言葉を無視して制服の胸のボタンを外し、深紅に輝く宝石が埋め込まれた首飾りを取り出すと、アリスに手渡した。

「預かっててくれ」

「うん、武運を祈る」

 俺は心配そうな顔つきをした兵士たちを割って、階段を下りて門から出撃した。

 彼我の距離はおよそ五百メートル、向こうの歩幅を考えれば、すぐに接敵するだろう。

 久しぶりの戦に、俺は胸が躍っていた。


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