彼の名前はエーベルハルトというらしい。
矛盾がとても多い気がする………………
どこですかここ?
返される答えは紛れもない戦場だ。正式名称《対共和国前線》である。ちなみに、特産品は帝国が作る死体の山です。我々共和国の戦力の低下を図っています。
今日の天気を簡略に伝えるとすれば曇り、だろうか? そして、雨代わりに砲弾が降り注ぎ、機関銃による前線低下、やや強しだろうか?
そんな天気なここ《対帝国戦線》では今日も増える蛆虫と死体に悩まされながら帝国という強大な国と戦争をしていた。
ライフルを持って無様にゼイゼイと息を切らすのは私――レオンだ。特徴といえば、目立ちやすい長髪の銀髪と兎のような赤目。そこに、成長期を以っても育ちもしない貧乳を付け加える。
さて、特徴を一通り紹介し自虐をしたところで私は目の前の敵兵を打ち殺す。
打ち殺されたであろう帝国兵はグルリと回転して土とキスをする。
この動作に慣れてきた、よりも敵への感情が無くなったに近いだろうか。今年で十七の自分だが当然、殺人など行ったことはない。
最初のころは、それこそ何度も吐いた。もちろん、吐いた物は全て胃液だ。なにせ、人を殺したのだ。つい以前までは私を殺しにかかっていた敵兵を。
が、人のなれというものは恐ろしいものだ。数週間も同じようなことを続ければあるのはグロテスクな感情ではなく、無関心に近い何かだった。
ライフルの残弾数が尽きたので腰から弾薬を取り出しライフルに叩き込む。この動作も慣れたものだ。
「死ねぇぇぇ共和国のガキィ」
襲い掛かってくる敵兵をよけると銃剣を敵兵のわき腹に突き刺す。重々しい感覚を全身を襲い、生血が宙を舞う。人を殺すのに慣れた、いえどやはり銃剣で刺し殺すのは後味が悪い。
もはや作戦と呼べる作戦は失われつつあった。一兵士が知っている情報としてはここの十一キロ先にあるというウォールト要塞を掌握しそこで形勢逆転やっということだった。
が、どうやら軍のお偉いが帝国軍の力を見誤り当初の目的は数日で崩れ落ち……代案として少し北西に行ったところのトムソン合流点の占領を目的としている。そこで、四苦八苦しているわけだ。
くたばっちまえと叫びたいところである。
「おせぇぞ、ゴミカス、さっさとこいこのクズ」
その言葉を三倍濃いめに増した罵声が飛ぶ。
その方向にいるのは金髪の刈り上げと目つきの悪そうな目、八重歯があるエーベルハルト小隊長だ。
エーベルハルトはこの《対帝国戦線》でも筋金入りの兵士でありものすごい戦役を抱えている。同時に、黒い噂も絶えない。
流れるような手さばきで三人の兵士を肉片に変える。私が必死に一人を殺すとエーベルハルトは既に五人を手にかけている。
やはり、共和国お抱えの狂乱者だ。彼の小隊に三日いればそれは奇跡だという。実際、エーベルハルト小隊着任初日の戦闘で私以外の全員の仲間が死んだ。理由は、単純彼の視界に入ってしまったからだ。
人は、ある一定の時間を超えるとゾーンに入るという。エーベルハルトも同じく戦闘のゾーンに入ると味方と敵兵の区別が付かなくなり片っ端から殺していく。今は、同じ小隊に私しかいないため区別はついているみたいだが、人数が増えると………。
味方に殺される気分はどうだっただろうか?
「す……みませ……ん」
ゼイゼイと息を切らしながらせめて吐ける最善の言葉を述べる。実際、上官に対して部下が言えることはせいぜい、はいかワンかすみませんだ。謝っておいて損はない。
まあ、この方法が理不尽を避けられるといえばそうではない。
「この阿保ッ。いつ、謝っていいといったかカス。おまえのせいで俺の、軍の作戦進行が遅れんだよ。考えろゴミッ」
強調される語尾に合わせてメリケンサックを付けたエーベルハルトの拳がガツンと私の頭に複数回当たる。痛い、程度ではすまされない。その場で私は悶絶する。まったくの理不尽だ。
軍の進行? うるさい、お前が進み過ぎているだけだ。そう言いたいのは山々だが殺されるので思うだけにする。
ちなみに兵士基本行動規約に友軍への攻撃は即座に銃殺対象として処分される。しかし、エーベルハルトは規約の抜け道を知っているという。ずる賢いやつだ。
「傷が多すぎて邪魔だ。いったん、岩陰に隠れて小休憩一分を挟め」
そう言い残し自分の水筒と鎮痛剤を置いていくと敵塹壕に消えていく。実はエーベルハルトは優しいのではないかと考える自分がいる。馬鹿らしい。
鎮痛剤の入った簡易注射器と楕円型の水筒を手に取り水分を取りたいという欲望をおさえて全身が隠れる岩陰に身を潜める。
「い、いただきます」
抑えきれなくなった欲望。水筒の蓋を強引にとって投げ捨てると喉元に――否、顔面に掛けるように飲む。
――‼
ああ、本当に最高だ。生きているという実感がわく。
聖水だろうか? 通常時に飲んでみれば太陽光で温く、砂混じりの汚水としか感じないだろうが、物資は乏しく長時間の戦闘を経験した今は形容できないほどにうまい。
喉が、潤される。もっと水筒に角度を付けて流し込む。が、時すでに遅し。いつの間にやら空になっていたようだ。これは、エーベルハルトにあとから半殺しVIPフルコースにされるだろうか?
そんな、恐怖を抱きつつ注射器を腰のポケットにしまうと野砲を気にしてゆっくりと岩陰から顔を出す。………大丈夫の様だ。
行かないと、そう思って走り出した瞬間視界は九十度上に回転しそれに気づく間もなく私の体は地面に仰向きになって横たわる。
死んだ、否――襟を掴まれただけの様だった。
「おい、ガキ。作戦変更だ」
この特徴的なやや滑舌の悪い声。後ろを振り向けば特徴的な八重歯を光らせたエーベルハルトがいた。何人殺したのだろうか? 軍服は原色が見えないほどに血に染まり全身から鼻が曲がりそうな死臭と鉄の匂いがする。
そんな、エーベルハルトに死臭で臭いとは口が裂けても言えないため気を紛らわせるために質問する。
「作戦? 合流地点の占領はどうなったんですか?」
「それの件だが、少し厄介なことになったんだよ」
エーベルハルトは岩陰で辺りを見渡しながら続ける。その時にも愛用のライフルは手放さずいつでも撃てる状態だ。
「帝国軍じぇねぇ野郎がいるんだよ」
「帝国軍ではない?」
その言葉につい復唱してしまう。ソレと同時に、頭ではそんな、馬鹿な事あるわけがないと思っていた。なにせ、共和国は帝国との戦争で財政が厳しい状態なのに戦線を増やすようなことになれば国として保てないからだ。
「鳥みてぇなガスマスクを常時、付けている馬鹿見てぇな軍服。あれを着るのは間違えなく――《聖教国》だ」
聖教国、その言葉を聞いてあいつらかと認識する。彼らは共和国の人種としてはやや帝国寄りになる。共和国でテロに無差別拷問に大統領暗殺をしていた組織だ。その悪行が故にどっかの大地に飛ばされて成長したのが聖教国だ。国としては認められていない。やはり、追放もあってか国としての仲はほぼ絶縁状態。
それ故に、戦争を起こすなんて非現実的だ。
「そんなことありえ……ったぁ」
「馬鹿か」
言い終わる前にエーベルハルトの拳が頭を叩く。痛かったです。
「俺がこの目で見てきたんだ。嘘じゃねぇよ」
痛みに軽く悶絶している私を横目にエーベルハルトは煙草を取り出した。もちろん、戦場を生きる兵士にとっては煙草とはいくらまずくても貴重品である。たばこ一本が明日の食糧と交換される場合もある。
その品質や味やらはわからないがけして美味しそうという感情は抱けなかった。
「クッソ、劣化品の煙草が」
そして、こんな時に煙草を吸う意味が私にはわからなかった。いや……こんな状況だからこそ煙草は吸わなければならないのかもしれない。
「こんまま、突っ込んで死ぬことは俺でもわかってる。だからといって、無謀なゲリラ戦やってもお陀仏は間違えねぇ。作戦を立て直す。一時撤退だ、っつうのが指揮所やらの見解だ」
指揮所、私の情報が一般常識であれば司令部とは少し、いやかなり違う。司令部の下位互換が指揮所というべきか。司令部というのは、前線の後方に存在してここが壊滅すればあとはほぼ壊滅状態に近いだろう。
そして、指揮所。こちらは兵站や予備部隊や弾薬が存在する。といっても、ぎりぎりの戦争を続けている共和国はあくまで司令部からの情報を歩兵等に伝えるだけの組織になっている。ひどいところでは、指揮所すらも野戦病院と化していらしい。
「つぅ、ことで最悪なことだが撤退だ。さすがに、命令反すれば軍人としての心構えっつのが潰れるからな」
そういって、そそくさとライフルを背負ったエーベルハルトその背中をぼおっと眺めていると耳に聞こえてきたのは空気を裂くような音だった。
そう、これは戦場を経験している人間ならば誰もが口を揃える。そう、爆撃だ。
「エーベルハルッ」
ふと我に返りその名前を呼び手を伸ばす。そう、爆心地は予想通りであればここだ。しかも、ここは岩陰。爆撃で岩が崩れて死亡なんてこともありえなくはない。
その名前を呼んで振り返ってすべてをコンマ数秒ほどで悟ったエーベルハルト。そして、その第一声を発することなく、
――私の意識が途切れた。糸が切れたみたいに。
個人的には幼女戦記やら86やらを見てすげぇと思って書いている身なのでそこらへんの設定が知らないうちについている場合があります。なるべく、そうしないように努力を重ねます。