対帝国戦線よりこんにちは
そこは何かと聞かれれば私は真っ先に地獄だと答えるであろう。
実際、銃弾が絶え間なく降り注ぎライフルを持たされて無謀な突撃を試みてそれで無様に散っていく様子を誰もが眺めれば口を揃えて「狂気、地獄」の言葉を漏らすであろう。
さて、この地獄はどこか。
それは共和国首都より西方列車で数時間。
工業都市による黒い煙の充満する首都より、緑あふれる郊外。それらを抜ければここに来ることができる。
共和国の誇る塹壕は今日も死体であふれていた。そして、日に日に更新される死体の数。
例えば、目の前の土で出来たまともな防御性すら見られない壁に背中を預けた男。
彼はもう死んでいる。無様に醜態を晒して。
ちなみに、私の友人の一人だ。多分、餓死であろう。
ボロボロに敗れた軍服からは骨が浮き出ている。最後の最後まで生涯愛していた妻であろう写真を片手に死んだ。
しかし、塹壕を通り過ぎる兵士の殆どはそんなこと、どうでもいいのだ。
人、一人が無くなったところでそれを埋葬したり悲しんだりしない。死んだなら、そうかの一言で終了し翌日には多くの死体と共に燃やされるだけだ。家族にとっては大切でも周りにとっては興味ない、のだ。
そう、これが日常だ。
一緒に生き残ろうと硬く約束した相手も、同じような年代の少年と食糧と水を分け与えた仲良いやつでも戦場では無慈悲に死んでいく。
時には仲間をだまして私は生きていた。
屑と思われるならば味わってほしい。戦場ではそうでもしないと生存は不可能なのだ。
戦場に来て二か月。内心では二十年経っているのような気がする。
お守り代わりにロクに撃たないライフルを構えて今日も私は突撃する。敵を殺して、傷つけて殴って、つぶして、引きちぎって。
「エーベルハルト小隊 整列‼」
ああ、突撃の時間の様だ。蹲っていた私たち小隊は急いで立ちあがり整列する。もちろん、死への恐怖から起きない奴もそもそも心身的状況から廃人になって倒れている奴もいる。死んでいるかもわからない。人間の抜け殻のようなソレラ。
「これより貴様らは、敵塹壕に飛び込み重機関を破壊せよ。祖国に忠誠を誓いその天命を全うせよ」
聞いたか? 敵塹壕に突撃するらしい。はは、死ね。そんなことできるはずがない。それは、戦場で一日を経験すれば誰もが言うことだ。
実際、後者の戦場での友人だった彼は突撃のホイッスルと共に敵の機関銃の弾に頭を撃ち抜かれ死んだ。もちろん、それを悲しむ時間は与えられない。戦場での憎しみも無力に等しい。
なにせ、ここは戦場だからだ。
この腐りきった死体のあふれる戦場で私は死に物狂いで生きていた。
「共和国、万歳‼」
死にたくない。
ただ、この一心で生きた。時には瓦礫につぶされ動けなくなった仲間を切り捨てた。本当は、怖い。今すぐにでも逃げ出したい。
けど、そんなことを喋ったらそのまま首を銃剣で突きかねられないので思うだけにする。
兵士が塹壕を駆け上がるために列を作る。
その七番目くらいで頭を痛める少年――否、少女が私だ。
――ああ、神様。これで、死ぬのかな?
今にも消えそうな思考の中であったのは陸軍に出願した嫌な記憶。できるのであれば、出願した自分を殺したい。いや、殺したら今の自分がいなくなるか。
まるで、その時の記憶が走馬灯のようによみがえった
こちら、対帝国戦線でございます。
ああ、新兵でしたか。私は、数年前よりここに着任しました。よろしくお願いします。
まあまあ、そんな砲弾と死体に驚かれないで。三日もすれば普通のことです。
では、狂気でファンキーな世界を体験していただければ幸いです。