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5歳で親に捨てられた僕は今日も妹を守る為の「しごと」をする




――嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ




 頭のどこかでそんな叫びが響く中、目の前の男の人を見ると、目が大きく開かれて、真っ青になった顔はたくさんの汗をかいている。

 それを冷静に見つめる僕。


 さっきから頭の中で響く声は、誰のものかわからなかった




「い、いやだぁッ 助けてくれ」



 目の前の大人の声は、まるで遠くで響く小さな声に聞こえた。

 こいつを守る人たちは、もういない。



 あとはこいつだけ



――こんな事もうしたく、ない



 男の声と同じように、どこか遠くから小さく聞こえるような声。

 うるさい、頼むから黙って。




 男が這いつくばりながら、逃げていく。


 「ひょうてき」が逃げたら足の健を狙え。「くんれん」で教わった通りに切りつけたから、あいつが走るのはもう無理だ。



 叫び声はこの雨が消してくれるから大丈夫だって、黒い服の大人達は言ってた。


 水たまりを蹴って走ると、目の前が急に静かに感じた。右手に握ったナイフの冷たい感触。それを一気に前に突き出した。


 これも、「くんれん」で習った通りだ。




 目の前が赤く染まると同時に、ナイフが音を立てて地に落ちた。



 倒れた男の人の体が少しだけ動いてる。それを呆然と眺めた後、僕は急に怖くなった。




「うっ…わああああッ…!!!!」




 体が苦しい。気持ち悪い。


 胃がムカムカして、体中が震えた。



「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ」



 僕はただそこに座り込んで、目の前の男の人をただただ眺めた。



 仕方ないんだ、やらなきゃいけないんだ。


 妹のユメを守らないといけないから。



「嫌だ…うぐっ」



 駆け付けた大人が僕の口を抑えて、そのまま僕は抱えれたまま車に連れていかれた。



 それがその日の「しごと」の終わりの合図だった。







「ユメを助けてください」



 大人の人に、僕が5歳の時に頼んだこと。その代わりに、僕は「くんれん」を受ける事になった。

 そこにいた子は、みんな泣いていた。みんな言っていた。


「お家に帰りたい」


「お父さんとお母さんは?」


 僕も同じことを言ったけど、すぐに言わなくなった。「おしおき」が怖かったんだ。


 痛くて、苦しかったけど、ユメの事を考えると耐えられたんだ。






 目を開けたら、いつもの部屋にいた。灰色の壁と、変な匂いが広がる寂しい部屋。


 どうしてここにいるんだろう?


 そうだ、「しごと」で失敗をして、「おしおき」を受けている途中で眠ってしまったんだ。

 病院に入院しているユメのことを思い出す。僕の大切な妹…病気が悪くなってないかが心配だ。


「お兄ちゃん…」


 ユメの声が聞こえた気がして、ベッドから起き上がった。でも、ユメはいない。そして枕元には紙切れが一枚置かれてた。


”次の仕事は朝7時”


 「しごと」の知らせのメモだ。左腕が痛い。また打たれるから朝7時までに行かなきゃいけない。


 窓はないけど、壁の奥から雨の音が聞こえた。雨の音が、何だか怖い。おかしいな、僕、雨の音好きなのに。雨は全部流してくれるから。だから、好きなんだ。




 黒い服の大人はいつもこう言うんだ。


「君は特別なんだから、強くならなきゃいけないんだ」


 「特別」の意味は、僕にはわからない。でも


「ユメは君を待ってるよ」


 それだけはわかるんだ。妹は遠い病院にいる。そして僕がお見舞いに行くのを待ってる。「しごと」を頑張ってお休みをもらえれば、ユメに会いに行ける。

 でも、その言葉について考えると、胸が苦しくなる。


 僕は本当に強くなれるのか?

 本当にユメを守れるのか?


 …今の僕の行動をユメが知ったらどう思うんだろう?

 僕を怖がるかもしれない。

 嫌いになるかもしれない。


 ユメに嫌われたら、僕はどうしたらいいんだろう?


 


――嫌だ。



 また、この声だ。

 うるさいから、黙って。


 お父さんとお母さんはもういないから、僕がユメを守らないといけないんだ。


 


 今度病院に行ったら、ユメの好きな絵本を一緒に読もう。ユメは絵本が大好きだから。そして、笑って「おかえり」と言ってくれるのが、僕は一番好きだから。


 だから、今日も「しごと」を頑張ろう。



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