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こじょうアンソロジー(湖上/古城創作企画 作品集)  作者: 里崎/つんた/庭鳥/ぴょん
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湖上創作「猫一家の竹生島遊覧」(作:庭鳥)

庭鳥

Blog:http://niwa-tori.seesaa.net/

Twitter:https://twitter.com/niwatoring

 ヤッシッシヤッシッシ、水面に年若い猫娘たちの声が響きます。近江国の琵琶湖は日本一大きな湖です。風はなく湖面は穏やか、湖の遊覧日和です。

「とと様、竹生島はまだでございますか」

 まだ幼いサバトラ子猫が弾む声で、船を漕ぐ父に尋ねます。

「もう少し、もう少しかかりそうじゃなあ」

 大柄な茶虎猫が汗を拭って空を見上げました。陽光に照らされた茶色の毛皮が金色に輝き、凛々しい異国の獅子のように見えます。茶虎猫の父、母は三毛、三匹の娘たちは養女で長女みいはキジトラ、次女りこは灰色のサビ猫で、末の三女イチカはサバトラの白と、色とりどりの毛皮を身に纏っています。

 猫一家は、武蔵国の蕨宿から芝居見物やら親戚訪問などのため大坂に滞在して各地の観光をしていて、この日は琵琶湖を遊覧していたのでした。次女のりこが、信じられないくらいに柔軟な伸びをして空を見上げて言いました。

「あれ、お空に真っ白な雲が。源氏の白旗のよう」

 そばにいた姉猫が、妹の灰色毛皮を舐めてあげています。嬉しげに揺れる灰色の尻尾。

「ほんに。源平布引滝の舞台そのもの。竹生島も源氏の白旗も」

 うっとりと芝居のことを話し出した母猫ですが、遠くで大きな魚が跳ねたのを見て尻尾をぴんと立てました。

「琵琶湖のお魚はどんな味かしら。面倒がらずに釣り竿を持ってくればよかったのに。此方の人」

 此方の人とは、妻が夫に対して呼びかける言葉でありますが。猫であってもやはり此方の人と呼んでいます。なごやかに家族五匹を乗せた船は湖面を進みます。

「あっ、鳥居が」

 長女みいが、かすかな声をあげました。みいは、とても恥ずかしがり屋で家族以外の猫に出会うとびっくりして隠れてしまう猫見知りの娘です。姉の傍らで伏せをしていた中の娘が、ぴくんと耳を立てて起き上がります。

「おう、見えて来たな。竹生島までもう少しだ」

 ヤッシッシヤッシッシ、再び娘たちが声を揃えます。湖から鳥居の正面を臨む位置に船をとめると、猫一家は恭しく礼をしました。

「申し、申し。龍神様、竹生島の弁財天様お願い申します。わたくしどもの上の娘みいはこの度、三味線のお師匠様に入門致しました。芸道に精進しひとかどの三味線弾きとなるまでは、親元にも帰らないと申しております」

 父猫の口上に続き、母猫が持参の御神酒が船上から湖に注ぎます。みいは三つ指をついて礼をすると、三味線を構えました。弾き始めたのは、菅原伝授手習鑑。〝一字千金二千金、三千世界の宝ぞと、教へる人に習ふ子の中に交はる菅秀才〟から始まる、寺入りでありました。入門したお師匠の元で始まった修行で習った曲を湖上で披露奉納します。

 寺子屋の師匠の留守に真面目に手習いせずに遊ぶ子供たち、引越してきて新しく入門の子供・小太郎。師匠の妻と小太郎の母との和やかなやりとり。キジトラ娘みいは三味線を弾き、か細い声ながらしっかりと語ります。

 灰色毛皮の、中の娘りこは身じろぎもせず、姉の足元に伏せています。この娘、普段はなかなかしっかり者でありますが、姉のことが大好きで、姉が三味線の修行のために大坂に留まって武蔵国には帰らないと言うと衝撃のあまり大泣きし、しばらく大変な騒ぎでございました。両親に言い聞かされてしぶしぶ納得したものの、暇さえあれば姉に寄り添う有様なのでした。

 風のない湖上をみいの弾く三味線が流れていきます。寺入りの少年・小太郎が母の後を追おうとするもとどめられて、みいの演奏が終わりました。

「みい姉ちゃんは、でんでんの修行のために行ってしまうの。嫌じゃ嫌じゃ、姉ちゃんと離れるなんて嫌じゃ!」

 舌足らずな幼い声が、張り詰めた空気を破りました。りこが、ぴんと尻尾を立てて湖面を睨んでいます。でんでんとは、三味線のこと。太棹の三味線を弾くとでんでんと音がしますから。

「これ、りこ」

 母猫に嗜められても、中の娘は態度を改める様子はありません。なお一層、姉猫に擦り寄り絶対に離れないという勢いです。

「小さなりこぴっぴ。嫌じゃ嫌じゃ姫のようなことを言って」

 三味線から手を離し、みいは妹を抱き寄せます。丹念に頭から背中まで妹を舐めてやるみい。姉と妹というよりも母と子のようでした。

「姉ちゃん、くすん。せっかくの竹生島遊覧だったのに」

 灰色娘は、穏やかな様子の姉に恥じて目を伏せます。りこは幼い頃に実の親にはぐれ彷徨っていたときに、少しだけ年長のキジトラ娘と一緒に行動するようになり後に蕨宿に住む猫夫婦に引き取られたのでした。ちらり、と両親と昼寝している末の妹を横目で見る中の娘。

「おやおや、しおらしい。先程までは、綿繰馬に乗った幼い太郎吉、手塚太郎のようだったのに」

 にやりとして中の娘を見やる母猫。御神酒をひっかけご機嫌で、出来あがっている様子です。

「かか様ったら、もう。龍神様への御神酒でいいご機嫌になるなんてひどいっ。大虎退治、覚悟!」

 しおらしかったりこが飛び上がり、御神酒をちびちびいただく母猫に飛びつきます。りこに続いて姉みい、昼寝から目覚めたばかりの末娘のイチカまで母に飛びついて団子状態になったのを見て、櫂を操ろうとした父猫はつぶやいたのでした。

「おうおう、和藤内りこ・・・・・・娘たち皆、勇ましいことじゃの」

 国性爺合戦で、日本から明に渡った和藤内と両親が吠えたける大虎に出会うも伊勢大神宮のお札の威力で虎を従わせる場面があります。

「まあ、仲良きことは美しきこと。そのままにしておこう」

 金色の毛皮を輝かせた父猫は、お札をぺたりと徳利に貼るとゆったりと御神酒を飲むのでした。近江の琵琶湖は、風もなく穏やかな時間が流れています。

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