古城の夢(花まだき外伝)(作:つんた)
つんた
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バーカムステッドの城は今は見る影もなく衰え、崩れる寸前の城壁だけが残る有様になっている。この城はブラックプリンスの住まいとして知られ、彼が新婚時代を過ごした城でもあった。
「どういうつもりよ」
「どういう、か、な、見てみたいと思っただけだ」
「何もないじゃん、面影さえ」
「そうだな」
中世の衣装をまとった亡霊たちは城に立ち尽くす。
「ところでジョアン様は」
「来るわけないだろう、あれはホランドのところだ」
「やっぱり知っていたのね」
「そりゃまあな…時々、虚空を見つめていたし。何か聞いていたんだろう、お前」
「ホランド夫人でいたいって言ってたわ」
彼女は城跡を見つめながらつぶやいた。
「やっぱりな…あいつが私の申し込みに素直に応じるわけないと思ってたよ」
「あんた、バカなの」
「しょうがないだろ、体裁ってものがある」
「そりゃそうだけど」
「私の血筋はみな絶えてるらしいな」
「私の子も子孫は残さなかったみたいね」
「続かなかったということだろう」
「形あるものはいつか消え去るわ、この城みたいに」
崩れた城壁、その城の壁を再利用したことが明確な村の建物群。小さな教会。見覚えがあったのは城の礼拝堂の転用だったせいかもしれない。村人たちのささやかな墓碑が立ち並び、イングランド田舎の情景が広がっている。マナーハウスは遠くにあるらしく、それを囲う森がかすかに見えていた。
「どこへ行っても面影はないな、カンタベリーさえ変わってしまった」
「あんた自分の廟、嫌いよね」
「あんな豪華なものは望まなかったはずだけどな」
「ウインザーには行かないの」
「ああ、行かない。ここでいい」
コーンウォールの城も修道院もすべて廃墟になっている。歴史の時の彼方へみな消え去った。寄付した回廊ももはや人の息遣いさえ感じられない。
「王というものはそんなに偉いものなのか」
「あんたがそれ、いう、王になれるはずのあんたが」
「ならなくてよかったのかもな」
すっと差し出す手。彼女はまだ城壁だったものを見つめていた。手に手を重ねる。
「あんた、やっぱりバカよね」
「そのバカに仕えたくせに何言ってる」
「内緒で騎士に任じたしね」
「ああ」
間もなくこの城の壁は崩れ果てるだろう。石は持ち去られ、鉄道に、村の住まいに、と転用されていった。豪華だった王太子の城は見る影もない。宴会の賑わいに飾られた豪華なタペストリーも消え去っていった。葬儀のために作られた甲冑・サーコート類も朽ちている。かつての鮮やかな色彩はない。
遠い東の国の少女が歌う。ぽつんと、ひそやかに。
古も恋しくもなし、と。
二人静の最後の声が聞こえていた。
「今何か言ったか」
「昔なんて恋しくもないわ」
「どうしてだ」
「精一杯だったから、よ。夢なんか見たくもないわ。あるとしたら…あんたへの未練かしらね」
「未練、か」
城壁だったものに触れることもできないくせに彼は手を伸ばした。
「確かにな。この城は夢見ている。昔の、私たちの夢を。いつまで見続けるつもりなのかな」
「さあ…」
古城の夢。それに誘われてやってきた亡霊たちは古の踊りを緑の丘でひとしきり舞うと消えて行った。