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こじょうアンソロジー(湖上/古城創作企画 作品集)  作者: 里崎/つんた/庭鳥/ぴょん
1/4

屍集めと王兵隊の騎竜(作:里崎)

里崎

なろう:https://mypage.syosetu.com/565366/

Twitter:https://twitter.com/lisakilizan

 村の外れ、古びた石造りの城が、鬱蒼と茂った木々に半分埋まるように建っている。崩れかけの屋根から、黒い鳥の群れが一斉に飛び立つ。

 錆びた両開きの正面扉の前に集まった村人たちの、農作業で荒れた無骨な手が、乱暴に扉を叩いた。

 簡素な木綿の服を着て、剣やすきくわや斧をかついだ村人たちが、口々に叫ぶ。

「出てこい『屍集め』!!!」

「我々を狙おうったって、そうはいかないぞ」

「村から出ていけ!」

 古城の正面扉が、軋んだ音を立てて、内側からゆっくりと開いた。

「はいはい……えっ」

 中から顔を出した寝癖頭に無精髭の男が、武器を打ち鳴らす人々の様子にぎょっとなる。

「ほら見ろ!」村人たちが男を乱暴に押しのけて、一斉に中へと押し入った。よく使いこまれたブーツの靴底から、畑の泥がボロボロと落ちる。「死体だらけじゃないか!!」

 長く薄暗い石造りの廊下。等間隔に建つ石柱が、高い天井に向かって伸びる。その間にずらりと並ぶのは、竜や獣や魚類や鳥類の、大小多様な生物の死体たち。

 ひやりとした湿っぽい、埃っぽい空気と、微かな腐臭が、彼らを包む。

「えぇまあ、え?」押しのけられて廊下の先に後退しながら、きょとんとする無精髭。

「ああ、だめだよみんな」一番最後に城内に入ってきた銀髪頭の大柄な青年が、場違いなほどのんびりと言って、「お邪魔します」と丁寧に一礼して扉を閉める。

 途端に廊下が一段と暗くなる。くすんだ青銅の燭台に乗る蝋燭の、ひどく頼りない小さい炎が揺れる。

 ずらりと並んだ、生気のない硝子の球面が、村人たちのおびえきった表情を映す。

 扉が薄く開いた小部屋の中、腐臭の立ち込めるなにかの塊と、それに群がる砂塵虫の大群が見える。別の部屋からは、鎮魂の香の煙と、魔法葬の煙が漏れている。

 先ほどまで威勢よくまなじりを吊り上げていた村人たちが、ゆっくりと顔を引き攣らせていく。

 ごくり、と誰かが生唾を飲み込む音が、やけに大きく響いた。

「せ、先生、手筈通りに!」

 青い顔をした村人たちが、慌てて銀髪の青年の陰に隠れる。長身の青年がまとう黒いローブを、数人の手が不安そうに掴む。

「うーん、」ただひとり丸腰でやってきた青年は、太い両腕を手持ち無沙汰に揺らしながら、困ったような顔をする。「この人はそういうんじゃ」

「異教の気狂いを村から追い出すのに、ためらう必要など」

 村人たちが息巻く中、無精髭の男が、不思議そうに青年を見る。

「……先生、ですか?」

 ああ、と青年が気恥ずかしそうに頬を掻く。

「村の子どもたちに剣を教えているうちに、いつの間にか……」

 数年前、『屍集め』が古城で暮らし始めてからしばらく経ったころ——村にふらりと現れた青年は、村外れの土地を借りて、小屋を建て小さな畑を耕して静かに暮らしていたが、ある日、村の土地を奪おうと乗り込んできた野蛮な山岳民族をたった一人で、それも芋掘り用の棒一本で撃退して以来、狩りや火消しや害獣退治や山賊の討伐など、ことあるごとに村人たちに駆り出されるようになった。素性を語ろうとしない奇妙な青年の正体について、村では、かつて王都で王兵隊だったらしいという噂や、大海を巡り終えた偉大な海賊だったという噂が囁かれていたりする。

「ん?」村人の一人がふと、すぐ横にたたずむ、ひどく痩せこけたまだら色の雌牛を見て、隣の男を呼んだ。「おい、この模様、お前のところの子牛にも」

 振り向いて牛の毛を見た牧場主の男が、途端に血相を変えて無精髭の男に飛びかかる。

「お前のせいで!!」

 胸ぐらを掴まれた無精髭は「えっ」と大きく目を見開いて、興奮気味に答えた。

「どの物質だったんですか?!」

「……は?」

「私のせいと分かったんですよね、すぐに対応します——どの薬剤ですか、食品ですか?」

 真剣な表情で言い募る無精髭。

 返答に窮した村人たちが、助けを求めるように、銀髪の青年を見る。

 銀髪の青年が無精髭に尋ねる。「これって病気?」

「栄養不足の色素異常です。不作の年の豆類をたくさん食べると出るところまでは判明しているんですが」

 ハキハキと答える無精髭を、村人たちは呆然と見る。

「……アンタ、学者かい」

 ずらりと並んだ動物の死体たちの後ろ、大量の分厚い書籍が収められた天井まである本棚に、村人たちはようやく気付く。

「私は剥製作りの職人です」

「剥製?」

 聞き慣れない言葉に首をかしげる村人たち。驚いた顔をした無精髭が、「これですよ」と周囲に並ぶ死体たちを示す。

「工芸品として流通するものもありますが、ここにあるものは学術研究用の標本として使ってもらっています」

「はぁ、研究用……」

 丸々と太った狸の剥製をじいっと見つめる村人。

 肩にかついでいたくわを下ろしながら、別の村人が尋ねる。

「それじゃあ、夜中に、何台もの馬車で死体を運び込んでいたのは」

「ああ、ご存じでしたか。夜分にご迷惑を」無精髭が恐縮しきった顔をする。「死体は直射日光と高温で劣化や腐敗が進むので、運搬は夜のうちが良いんです。特に魔力を有する生物は、太陽光による浄化作用で魔力が失われると、体の構造を保持できなくなることもありまして」

「あ——あんたが竜の大量死を食い止めたのか?!」

 棚の上に置かれていた黄金色の表彰盾を何の気なしに覗き込んだ別の村人が、盾に彫られた王家の紋章と『王立研究所』の小さな文字、そしてその横に並ぶ一文を読み取って、たまらず大声を上げた。

「ああいえ、私は、各地の剥製を集めて症状と見比べただけで」

 なんだそれはと村人たちが怪訝な顔をする。

 銀髪の青年が口を開く。「数年前、王兵隊の騎竜が謎の病で次々と死んでいったとき、腹部の鱗に出る斑点を見つけて、西の鉱山地帯で流行していた寄生虫の仕業だと見抜いた。その盾は、その時の功績を称えて王国から贈られたものだよ」

 ほう、と村人たちの表情が緩む。

「あのときの……」

「この村の周りでも、たくさんの野生の竜が死んだよ。あれは恐ろしい事件だった」

 村人の一人が身震いしながらそう言って、無精髭の男をまじまじと見る。

無精髭は表情を曇らせて首を振る。

「もう少し早く気付いていれば」

 銀髪の青年が目尻をそっと下げて、小さく言う。

「いいや、感謝してるよ」

 それを聞きつけた村人の一人が、頼もしそうに青年の胸を叩く。

「やっぱりあんた、噂通り、王兵隊にいたんだな! そうかぁ、騎竜隊だったのかぁ」

「あ、うん、まぁ」

 青年が言いよどんだところで、柱時計が重低音のチャイムを鳴らす。薄暗い廊下に反響音が響き渡る。

 無精髭を撫でながら、男が時計を見上げる。

「もうお茶の時間か。どうです、みなさま、ご一緒に——」

「ああ、いいや……私たちはこれで」

 気まずそうな顔をした村人たちが、そそくさと逃げるように城の出口に向かう。

軋んだ音を立てて、両開きの重い扉が閉まった。

 一気に静けさを取り戻した長い廊下で、銀髪の青年が無精髭に言う。

「突然悪かったね、押しかけて」

「いや、村の方々の誤解が解けて良かったです」

 無精髭の男は嬉しそうに答えながら、「どうぞ」とすぐ脇の部屋に入った。壁に掛けられた青銅の燭台に、指先から放った炎魔法で小さな火を灯す。影が長く伸びる。

「いつもより少し早いですが——」

 炎が映し出したのは、小さな剝製が並ぶ小さな応接間。その片隅、小動物に囲まれて、ふわふわの絨毯の上にたたずんでいるのは、銀色の艶やかな鱗に包まれた飛竜の剥製。腹部の鱗には淡い斑点。首から下げた鎖の先には、王家の紋章——王兵隊の騎竜であることを示す、最上位の身分証。

 アンティークタイルの床に、黒いローブがぱさりと落ちて広がる。それを拾い上げて埃を払い、長椅子の背にかけた無精髭の男は、

「それじゃ、ごゆっくり」

そっと声をかけて真鍮のドアノブを握る。

 硝子の瞳をじっと見つめる青年の瞳の、丸い瞳孔がゆっくりと縦に伸びていく。

 向かい合って見つめあう二匹のつがいの竜の姿に、病で亡くした恋人をいつまでも見つめる優しい竜人の横顔に、剥製職人は優しく目を細めて、静かに扉を閉めた。

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