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鬼女の末路

「探したよ。ようやく姿を現したね」


 永徳が微笑みかけた相手は、緑の生気に満ちた大門寺の大島桜の下で不気味に笑っていた。


「また、お会いできて嬉しいわ。永徳さん」


 桜の青々とした様子とは対照的に、椿に屋敷に侵入してきた時ほどの勢いはなく、体のあちこちに玉龍によると思われる噛み跡ができている。満身創痍といった様子で、息も絶え絶え。しかし永徳に視線を向けられれば、うっとりとした表情で目を細める。


「追いかけっこは楽しかったけど。眷属じゃなくて永徳さんに追いかけられたかったわ」


「悪いね。俺もそんなに暇ではないんだ」


 引き攣った笑みを浮かべながらそう言う永徳に、ねっとりとした愛情をはらんだ眼差しで椿は答える。


「でも、こんなふうに私に気持ちを向けてくださって、とっても幸せ。これまでは暖簾に腕押しで、全然反応していただけなかったもの」


「……俺は、ずいぶんと鈍かったんだねえ。こんなに熱烈な感情を向けられ続けてたなんて。……まあ気が付かなくて幸せだったみたいだけど。かなり周りにも被害を出していたようだし……」


 うんざりした様子で顔を歪める永徳の顔を、椿は嬉しそうに眺めた。


「あの人間の女を狙ったのは正解だったわ。こんなふうに永徳さんの手で殺してもらうことを夢見ていたの。思いが届かず、愛してもらえないなら、そうしてもらうのが一番いいわ。本当はその前に、あの人間の首を掻き切ってやりたかったけどね」


 結局あの後も椿の計画は、ことごとく永徳に妨害され、一つも佐和子に届くことはなかった。


「あの女を殺せていたらきっと、もっともっと激しい感情を私に向けてくださったでしょうね。ああ、本当に口惜しい! でも完敗だわ。もう逃げる力も残ってないもの……さあ、永徳さん、殺してちょうだい」


 恍惚の表情で笑う椿の顔を、永徳は表情を一ミリも動かさず凝視している。


「残念ながら君の願いは叶わないよ。自分の身内に危害を加える人間に、そんなに優しくなれないんだよ、俺はね」


 永徳の背後から陽炎のようなモヤが立ち上る。すると椿の背後にある大島桜が、バキバキと音を立てて形を変えていく。異様な様子に眉を顰め、椿は永徳の真意を探るように視線を向ける。


「何をするつもり……?」


 桜の樹には、底の知れない大きな穴がぽっかりと開いた。おどろおどろしい大穴の様子に、さすがの椿もごくりと唾を飲む。


「殺しなんて生ぬるいことはしない。君には鬼門の向こう側で、永遠に彷徨ってもらう」


 桜はまるで生き物のように幹を伸ばし、椿の脚を絡めとる。慌てた椿は、赤い両手の爪を刃物のように伸ばし、なんとか地面に止まろうと、石畳の上に爪を立てた。しかし足掻けば足掻くほど、幹は椿の足をキツく締め上げていく。


「いや! 生きたまま永徳さんに会えないなんて、そんなの嫌よ! ひどい、ひどいわ! 絶対にそんなことにはさせない! だったら殺して、殺してよ」


「君は俺の大事な人に傷をつけようとした。残念ながら、許すことはできないね。これは他のあやかしへの見せしめでもある。半妖笹野屋永徳の嫁候補に手を出せば、どんな目に遭うかっていうね」


 永徳がグッと拳を握りしめると、幹はさらに椿の体に絡み、ずりずりと穴の奥へと引きずっていく。

 耳をつんざくような叫び声も、桜の幹に異界へ引き摺られていく鬼女の姿も。永徳が周囲に張った結界により、通行人には届かなかった。あたりには静寂が戻り、椿は誰にも気づかれぬまま、この世とあの世のあわいへと消えた。


「ふう、これで後始末は終わった。……本当ならこういう手荒な真似はしたくないんだけどね。あのまま放っておいたら葵さんが危ないからなあ。モテたいはモテたいけど、ああいうのに好かれるのはもうごめんだな……」


 そう呟いた直後、永徳は地面に膝をついた。思ったより体力を消耗していたらしい。


「いやはや、ひさしぶりに大きな術を使うと、体にくるね」


 頭上では、陽の光を鱗にやどす玉龍が舞っていた。主人の元へ降りてくると、頭を垂れ、笹野屋家の屋敷の額縁を目指して、飛び立っていく。


 ––––これで葵さんは自分の選択した道で自由に生きていける。彼女がどんな道を選んだとしても、応援してあげないと。ああ、でも心配だなあ。あの子、周りが見えなくなって突き進んじゃうところあるから。


 永徳は「よっこらせ」とやっとやっとで立ち上がり、へっぴり腰でもつれる脚を引き摺りつつ、大門寺の三桜閣・山門を経て、自分の屋敷へ戻ったのだった。


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