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半妖笹野屋永徳の嫁候補 –あやかし瓦版編集部へようこそ–  作者: 春日あざみ
あるべき姿への憧憬
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永徳の過去

「佐和子、あんた宛に手紙が来てるわよ」


 お昼ご飯を終えたころ、刹那にそう声をかけられて佐和子は振り返り、目が点になった。


「え、それ……手紙?」


「カラスが口に(くわ)えて持ってきたのよ」


「カラス……」


 手紙と言われて渡されたそれは、和紙で包まれ、両端が折られたもので。「手紙」というよりは、果たし状という表現がしっくりくるようなものだった。表には「佐和子殿」といかつい毛筆で書かれている。


 ––––まさかとは思うけど、これは。


 裏側を見ると、予想通り同じ筆致で「黒羽(くろばね)」の二文字が書かれていた。

 刹那に見守られながら和紙を解いていくと、蛇腹に折られた手紙が現れる。ざっと目を通したが、要約すればこういうことだった。


『また顔が見たい。そのうち遊びに行くので、その時に一緒に食事でもどうか』


 手紙の内容を一緒に覗き込んでいた刹那は、ニヤニヤとしながら佐和子の頭を小突いた。


「あらまあ、佐和子。あんたなかなか隅に置けないじゃない。天狗って言ったら、ちょっと気位が高くて厄介だけど、見た目は悪くないって聞くわ」


「刹那ちゃん、からかわないでよ……」


「そもそもあんたには編集長がいるしねえ」


 刹那の言葉に、佐和子は困った顔をした。永徳が「嫁候補」を吹聴するのは、ある種の魔除けなのだということを理解した今、否定しない方がいいのだろうが。肯定するのもなんだか嫌だ。


「ねえ、刹那ちゃん、人間の女性を狙うあやかしって多いの? 笹野屋さんがそう言ってたのだけど」


「なにを当たり前のことを。人間の伝聞にもそういう昔話はいっぱい残っているでしょ。それに、あんたの目の前にも座ってるでしょうが。人間の女を食い物にするあやかしが」


 佐和子が正面を向くと、デスク越しにマイケルと目があった。


 ––––言われてみれば、確かに。


「ちょっと刹那さん! 自分は確かにヴァンパイアですけど、人間の女性は襲いませんよ! 栄養は大豆タンパクと野菜で摂ってるんですから」


 布教しようとしているのか、マイケルはしょっちゅう自分が「マクロビオティック愛好者」であることを強調している。


 名前だけは知っていたが、どんな食生活かは知らなかったので、マイケルに聞くと、動物性蛋白を控え、穀物や野菜、海藻、豆などを中心に摂る健康志向の食事スタイルのことを指すのだと教えてくれた。


 一度聞いてからは、興味を持ったのだと勘違いされて、頻繁にマクロビの話題を振られている。おかげで彼とは仲良くなることができたが、そんなこともあって、マイケルの「ヴァンパイア」としての危険性が佐和子の頭からは抜けていた。


「今は襲わないかもしれないけど、昔は吸ってたわけでしょ、人間の女の生き血を」


 刹那がそうつっつくと、マイケルは居心地の悪そうな顔をする。


「まあそうですけど……。でも血を控えるようになってからだいぶ経ってますから。目の前で人間が大出血でもしない限り問題ありません。第一今の時代、自由気ままに吸血しまくってたら、すぐに捕まって始末されちゃいますよ」


 ムキになるマイケルを笑いながら、刹那は頷く。


「人間が作る武器は怖いからねえ。ほんと、暮らしにくい世の中になったわ」


 改めて考えてみると、現代の世の中では「あやかし」にまつわる話題はほとんど聞かない。怪談話はそこらじゅうに溢れているが、ろくろ首やヴァンパイアが人間を脅かしたなんていうニュースは、少なくとも佐和子が覚えている限り、見たことはなかった。


「今は人間を襲って、金銭や食糧を奪う時代じゃなくて。うまく共存しながら生きていかなきゃいけない時代なのよねえ」


 刹那の言葉にマイケルも首を縦にふる。


「そうですねえ。その点会社勤めができている自分たちみたいなあやかしは、恵まれていますね。給与の支払いは人間の世界のお金ですから、混ざろうと思えば、豊かな人間生活を享受することもできますし」


「まあね。一番悲惨なのは、都市開発で棲家を追われて、いまだにあちこちを転々としているようなあやかしだわね。時代の変化についていけず、人間の生活にも混じれずに」


 ふと、佐和子の脳裏に、先日の赤いスカートの女の姿が横切る。あれももしかしたら、人の世に混じれず、生き方を変えることのできなかった、あやかしの成れの果てだったのかもしれない。


 二人の言葉を聞きながら、佐和子は目の前の原稿を眺めた。


 ––––人間である、自分ならではの価値、か……。


 人間の世界を知っている佐和子なら、刹那の悩みを解決した時のような助言が記事を通してできるかもしれない。あやかしたちと人間がうまく共存していくための、道標となるような読み物を。


 じわじわと前向きな気持ちが湧き上がり、無意識に両手には力がこもっていた。


 ––––私にしかできないことで、みんなの生活に貢献できるって、なんか、嬉しいかも。


 永徳に強引に引き込まれた世界で、川の流れに飲まれるようにしてやり始めた仕事ではあったが。これは案外、とってもやりがいのある仕事なのかもしれない。


「そういえば、今日、編集長どうしたんでしょう? 朝から姿を見ませんけど。いつもなら机に突っ伏してお昼寝している頃ですが」


 マイケルにそう言われて、佐和子は編集室を見渡した。そういえば姿が見えない。すると自席に戻っていた刹那が、パソコンの画面に視線を落としたまま、口を開いた。


「ああ、毎年三月三十日はね。一日外に出かけるのよ。気になってなんの用事か聞いたことがあるんだけど。詳しくは教えてもらえなかったわ。ただ、編集長が人間として暮らしていたころから続いてる習慣みたいだけど」


「えっ! 人間として暮らしていたこともあるの? 笹野屋さん」


 佐和子が大声でそう言ったせいで、編集室のあやかしたちが一斉にこちらを向いた。


「ちょっと、うるさいわねえ」


「ご、ごめん。あまりにも驚いちゃって」


「あんた嫁候補なのに知らないの? あやかし瓦版の事業を引き継ぐ前は、人間の会社で働いていたのよ。『サラリーマン』って言うんでしょ?」


 眉間に皺を寄せ、刹那が首だけ佐和子の方に伸ばしてきたのを見てギョッとした。

 何度見ていても、この伸びてくる首の異様さに佐和子はいつもドギマギしてしまう。


「へえ、自分もはじめて知りました。編集長、あんなにサボり癖があって、人間の世界でやっていけてたんですかね」


「アタシもそれは疑問に思うわ」


 マイケルと刹那のやりとりを聞きながら、佐和子は近代的なオフィス通勤するスーツ姿の永徳を想像して、眉根を寄せた。どうイメージをしても違和感しかない。


「とりあえず佐和子、話は戻るけど。その手紙を持ってきたカラス、縁側でずっとあんたのこと待ってるから」


「ええっ」


「たぶん、返事を受け取るまで待ってるつもりだと思うわよ」


「えええ……そんな……」


 黒羽にあんまり頻繁に文を送ってこないように頼まなくては。

 机に置いたままだった果し状のような手紙を見ながら、そう思った佐和子だった。



 ◇◇◇



 八重咲きの艶やかな紅色の椿が、ゆらゆらと揺れている。今日の気温は比較的暖かだったが、風は強かった。


 笹野屋永徳は、独り墓地を訪れていた。癖のある伸びかけの黒髪が風に煽られ、視界を塞ぐ。眼前に張り付いた前髪を、片手でかき上げながら、永徳はポツリと呟いた。


「君がこの世を去ってから、もう二十年以上経ったのか。早いものだねえ」


 目の前の墓石に声をかける。すでに家族が墓参りに来たあとのようで、花立には菊の花が供えられていた。永徳は自分の持ってきたキンセンカの茎を折り、菊が映えるようにそれを生ける。


「おや、困ったな。マッチを忘れてしまった」


 わざわざ買いに行くのも面倒だ。

 あたりを確認し、人がいないことを確認すると、永徳は自分の右手を線香の先端に添えた。すると瞬く間に火が上り、白檀(びゃくだん)の香りがあたりに立ち込める。


「これでよし」


 膝をおり、線香を香炉に置く。手を合わせてしばらくして、墓に向かって独り言のように呟いた。


「人間の女の子がうちの職場に来たんだ。君と同じように、生真面目な子でね」


 永徳は視界を地面に落とし、鼻から短く息を漏らす。


「……うまく、社会復帰できるといいのだけどね。彼女のいるべき場所に」


 いつの間にか空は厚い雲に覆われていた。生暖かい風に雨粒が混じり、永徳の頬を濡らす。


「おやおや、降ってきてしまったか。……では、また来るよ」


 手桶と柄杓(ひしゃく)をもとの場所へ戻し、永徳は墓地の出口に向かう。寺の門扉をくぐった先で、彼の姿は忽然と消えた。


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