第十話 「シャドーボクシング」
チュンチュン、チュン。
小鳥たちの囀りが朝であることを告げる。
俺は虚な目で、カーテンの隙間から微かに溢れる朝日を見る。
あ、朝から………。
助かった……。
これ以上、やってたら死んだたな。
てか、もう何回死んだんだ………?
いや、考えるな。
俺は生き残った、それで良いじゃないか。
数十回、数百回と死んだ俺は、現実から目を背けるのだった。
昨日、いや今日の朝か?
昨日の夜から今日の朝にかけて、アリシアと死闘を繰り返していた。
死闘を繰り返すって、何?
もう、そんなの死闘じゃないじゃん。
……いや、アレは死闘だったな。
死闘だったよ、そういう事にしとこ……。
決して、虐殺されていたわけじゃない。
俺は、勇敢に戦って互角の勝負をした。
そういう事にしよ、てかもうそれが真実だ。
『朝から、嘘を吐くなんてようないぞ――』
「オラァ、死ねぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」
突如として、現れたアリシアの顔面に、
フルスイングの拳を、喰らわせる。
ドガァァ、
拳を喰らったアリシアは、家の土壁にめり込んでいる。
「はあ、はぁ、はぁ………」
肺が脳をフル回転させるために、膨大な酸素を必要とする。
鼓動が、早くなる。
バクバク、と心臓が耳についているかのように、鼓動が早くなるのが分かる。
なな、なんでアリシアが…………。
恐怖から遂に、幻覚まで見えちまってるのか………ッ。
で、でも、確かに拳にあの何十回と殴った顔の感触に、そっくりだった。
幻覚は、触覚にさえも影響を及ぼすのか……?
それとも、まだ夢……?
手を握りしめてみるが、現実にしか思えない。
俺は、壁に埋まったアリシアを見る。
壁から、ズバッと抜け出し、土を払うアリシア。
大穴が土壁に開いているが、徐々に修復されていき、完全に塞がる。
俺は、アレを何度も見た事がある。
体から突き出たアリシアと手が抜かれ、腹に風穴を作られたとき、その穴が治っていくのを。
――そう、ココは………夢だ。
(聖歌が頭で流れ始める)
あぁ、神よ。
なぜ私に、このような試練をお与えになるのか……。
『いつから、君は有神論の馬鹿共になったんだい?』
「昨日から……で、まだ夢が覚めないんだけど、早よ戻してもらってよろし?」
『もう、戻ってるよ』
「んなわけねぇだろ。 お前がいるってことは、まだ夢Q.E.D. はい、証明終了、反論は認めません」
『科学進歩を妨げる権力乱用耄碌じじいになるなよ』
「じゃあ、なんで………………」
俺は興奮が冷め、息を整え、冷静に現状を理解しようとする。
カスッ、
『おい、指パッチン、鳴ってないぞ』
俺は、現状の理解を完了すると同時に、指を鳴らす(鳴ってない)。
「視覚野と体性感覚野の操作か」
『せいかぁーーい! 正確に言うと、体性感覚野以外もあるけど、大部分は合ってるよ』
アリシアは、俺の脳を操り、幻覚を見せているのだ。
そして、触覚に作用し、まるで本当に殴ったかのような感触を再現したのだ。
だから、俺以外の人には見えないし、触れもしない。
俺は、瞬時に気づく。
「ってことはさ、お前、俺の体操れるだろ。
脳を操れるって、ことは……………………」
『そうだね、操れるよ』
え、こわぁ。
『今度から、僕には敬語を使うんだねっ』
「いやいや、絶対無理。 お前、親の仇くらいウザいし」
『即答だねぇ、痺れちゃうよ、ビクンビクン、あ〜、濡れる』
「何が?」
『言わせるなよぉ〜、恥ずかしいだろ〜』
「きっしょ、きっしょぉおおおおおおおおおおおお!」
大丈夫なことなので2回言ったアラタ。
『もぉー、酷いなぁ。
何処がキモいって、言うんだい?』
「うん、全部」
この深緑の色をした軍服も、深緑に赤いラインが入った軍帽も、真っ黒なコートも、もちろん、それらに身を包んでいる金髪幼女も、全てキモい。
アリシアは気に入っているようだが、俺は見慣れていないせいか、殺された恨みからか、心底嫌いだ。
『この見た目も?』
「うん、きぃぃぃぃぃしょい!」
『溜めるな、言葉の暴力が人を一番傷つけるだぞ』
「ごめんちゃい( ^ω^ )」
アリシアが真顔で苦言を呈するので、俺はしっかりと謝る。 誠意と悪意を込めて。
『顔文字みたいな顔すんなよ、殴るよ』
「すみまメーン( ^ω^ )」
『オラァ!(拳)』
「ぎゃべじッ』
煽りすぎて殴られるアラタ。
しかし、その後すぐに殴り返していたアラタだった。
そこから、始まる無言の殴り合い。
ドスッ、ゴッ、バキッ、ドスッ、ボスッ、ドンッ、ボコッ、ボゴッ、ガッ、バコッ、ゴッ、ドッ、ゲシッ、ビシッ、ドゴッ、ガンッ、ゴンッ、バシッ、ドシッ、スパンッ、バシッ、ドスッ、ドスドスッ、ゴスッ、ドゴッ!
しばらく殴り合う音だけが、早朝に響く。
◇
殴り合いが、終わった頃。
思い出したように、
俺は、夢で解決しきれなかった質問をする。
「あ、そうだ。
昨日さ、何で俺の脳が焼き切れないって話しただろ?
そん時、聞き忘れたんだけどさ、
アリシア、お前は何でこんなに早く出て来れたわけ?
普通は、お前が出てくるだけで、俺の脳はショートするはずなんだけど?」
『あぁ、それは君の脳の発達が早かったからさ。
本来なら、君の脳の成長度は大体、大人の70%くらいなんだけど……どうやら、君の脳、大人を軽く超えてるだよね』
「860億個以上の神経細胞があるってことか?」
俺は、あまりに信じられないため再び聞き返す。
俺の質問に、アリシアは首を縦に振り、肯定する。
『正直言って、異常の一言に尽きるね。
何をしたんだい?』
「何って、何にも?」
アラタは、自身の一人語りが脳の成長に作用したことに気づかない。
『んー、まあ、早く出て来れたから問題ないけどね』
「そうだ、アリシア、お前さ、何回か出てただろ」
『君が、あまりにキモすぎて、ついね』
「あれ? よく考えたら、あの時って昔のまんまだったよな、喋り方とか………まだ、完全に混ざってなかったのか?」
『そうだね、まだ君に侵食されてなかったからね。
完全に、人格が構成されたのは、つい最近だよ』
「侵食って言うな、どっちかって言うと、俺が侵食された側なんだけど」
『それに関しては悪いと思ってるよ。
平にご容赦ください』
「え? 無理。
俺の周り3回、回ってワンって言ったら考える」
アリシアが頭を下げ、謝罪するが、俺は許さない。
何度、コイツには殺されたことか……。
こんな、謝罪で許すわけがない。
アリシアは、悔しそうな顔をして、俺の周りを3回回ってワンと鳴く。
そして、俺のことを見てくる。
軍服の金髪幼女が、見てくる。
「やっぱ、許せねぇわ」
『クソガキがぁ! 喰らえッ!(拳)』
「あべしっ」
アリシアが怒りのままに、拳を突き出してくる。
その拳は、俺の顔面に直撃する。
「テメェが平にって言ってきたんだろうがァアアアア!」
『許してないだろうが、クソガキィィ!!』
試合のゴングがなった。
ドスッ、ゴッ、バキッ、ドスッ、ボスッ、ドンッ、ボコッ、ボゴッ、ガッ、バコッ、ゴッ、ドッ、ゲシッ、ビシッ、ドゴッ、ガンッ、ゴンッ、バシッ、ドシッ、スパンッ、バシッ、ドスッ、ドスドスッ、ゴスッ、ドゴッ!
俺は、視界の端に、はぁはぁ、言っている母さんと父さんを発見する。
カメラを持って、こちらを見てくる。
「ちょ、スト――」
『ラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
俺が、ストップと言い切る前に、アリシアが顔面を殴る。
「ちょ、待っ――」
『でりゃあああああああああああああああああッ!!」
またもや、殴られる。
俺は、話を聞かないアリシアに、怒りのオラオラを喰らわせる。
「オラァ!オラオラオラオラオラオラオラオラァッ!」
アリシアを怒りのラッシュで圧倒する俺。
アリシアがダウンする。
「ちょっと、タンマ。 変態が盗撮してるわ。
複製コピー&ばら撒かれるコース突入しちゃってるわ」
俺は、過去に俺が和式トイレで糞をしているのを見取一家にばら撒かれたのを思い出した。
俺は、母さんたちの方を見る。
母さんが、きゃー、と言って手を振ってくる。
「……………(真顔)」
俺の死んだ魚のような表情を見てもなお、嬉しそうな悲鳴と手を振り続ける母さんを見て、
もう、母さんには敵わねぇよ(泣)
無敵だ。
父さん、横でビデオカメラを構えないで、母さんを止めてよ。
あ、そうだ。 父さんもアッチ側だった。
俺は、親馬鹿ならぬ変態親を放置し、アリシアに問う。
「どうすんの、コレ?」
『知らないよ、君が始めたことだろ』
俺は、大汗をかきながら、母さんたちに聞く。
冷や汗をかいているのを誤魔化すために、ほんのり口角を上げて。
「いつから、いたの?(大汗)」
「きっしょい、ってとこからよ〜(ニッコリ)」
「あー、そうなんだー(ダラダラ)」
『おい、アラタくん、君に伝えようとしていた事があるんだ』
「あ、あとにしてくれ(大量の汗)」
『いや、このために、僕は今日出てきたんだ』
(どうせ、忘れてたんだろ。
とっとと用事を伝えて、消えやがれ)
『心の中で、会話できるからね』
(………………………もっと早くに言ぇええええええええええええええええええ!! ウォラァァアアアア!!)
『ぶべぇふ』
俺は無言で心の中で叫びながら、アリシアをぶん殴る。
(なんで、もっと早く言わなかったんだ、このヤロ!
嫌がらせか!? 最高の嫌がらせだなッ!)
俺の奇行が、ばら撒かれるぅ………。
シャドーボクシングしながら、叫ぶ俺の姿がぁぁああ………………。
今も撮ってるぅううううううううう(恐怖)
どうせ、見取家と鑑賞会が開かれるんでしょ(呆れ)
第何回目だよ……。
頼むから、デュエルみたいに俺の下半身丸出しの写真と愛美ちゃんの母乳シーンを戦わせないでくれ。
俺の惨敗だから。
デュエルは、毎回俺と愛美ちゃんの手繋ぎ写真で引き分けとなるが、それをアラタは知らない。
はぁー、綾香さんにまたドン引かれるんだろうな。
もう未来が見える。
『別にそんなに大した問題じゃないだろ』
いや、大問題だ――……待てよ……。
………確かに、いつもの事だったわ。
イケるか! そんだよな!
俺の奇行なんて今に始まったことじゃない!
そうだ、そうだ、と後ろでアリシアが肯定してくる。
それで、楽観視が加速した俺は「イケる!」と言い、母さんに大盛りの朝食を注文した。
◇
後日、ビデオを見せられた綾香さんが、ドン引きするのを俺は、目撃する。
やっぱり、イケませんでした……。
俺は、見事「天才であり奇人」という称号を得た。
『ぷっ、天才からレベルアップしたな(笑)』
「…………………」




