決断
悪態つきの男の手には、血まみれになった木片が握られている。
「それ…」
それは破られた格子の木片だった。
格子を破る際に拾い上げたものだろう。
血まみれになって倒れている大男の首はボロボロになり、おびただしい量の血が辺りを真っ赤に染めている。
「はぁ…はぁ…」
荒い息のまま、悪態つきの男はふらふらと出口の扉へと向かう。
「…俺たちも…行こう…」
ずっと格子に張り付いていた体格のいい男がボソリと呟いた。
檻の中にいたのは5人。
怪我をしている者はいるものの、皆命に別状はなさそうだった。
「…しかし…あいつ…すごいな…」
そう言うと、体格のいい男は、先の戦いで勝利をあげた悪態つきの男に目をやる。
彼は手に血まみれの木片を握ったまま、壁にもたれかかり、戦闘で乱れた息を整えていた。
「うん、すごかった」
全員が檻から出た。
しかし、部屋から出ようとするものは一人もいなかった。
それもそのはず、部屋から出たところで、船内には他にも船員がいるはずだ。
その数もわからない。
それに、仲間の一人が殺されたことに気付けば彼らも黙ってはいないだろう。
事態はそれほど好転していないのだ。
(ここから…どうすれば…)
すると、扉の外から男達の声が聞こえてきた。
「船を軽くしろー!陸は見えてんだー!」
男達が忙しなく甲板を走り回る音が聞こえる。
波が高いのか、船は大きく揺れていた。
「…なあ、俺に…考えが…あるんだが…」
体格のいい男が、歯切れが悪そうに話し始める。
「…全員で…この部屋を出よう…」
体格のいい男はそう言うと話を続けた。
「…ただ…一つ問題がある…仮にこの部屋から出て…他の奴らを全員…何人いるかはわからないが…ぶっ飛ばしたとしても…俺たちには…この船を…陸地につける術がない…」
話しながら彼は、切長の目で室内にいる皆を見回す。
そして灰黒色の短髪をかきむしりながら、申し訳なさそうに呟いた。
「…すまん…人前で話すのは…苦手なんだ…つまり…俺が言いたいのは…」
「この部屋からは出るべき、だけどその後どうすればいいのかはわからない、ってこと?」
遮るように、赤髪長髪の少女が男勝りな口調で話し始めた。
「…そうだ…」
「どちらにせよ、この船はもう長くは持たないんじゃない?」
彼女の言う通りだった。
揺れは収まり、船内の傾斜も緩やかになってはいるが、それでも少しずつ浸水は進んでいる。
「俺は行くぞ」
身体中についた返り血を拭いながら悪態つきの男は吐き捨てる。
「悠長に話し合ってる暇はねえんだよ」
たしかに、彼の言うことにも一理ある。
船員の男達の話では、自分達は今すぐ海に投げ捨てなければいけない積荷のようだ。
このまま殺した男からの連絡がなければ、不審に思った誰かが様子をみにくるだろう。
異変に気付いた者に応援を呼ばれてしまっては最後、自分達に逃げ切る術はない。
「お前らは勝手にしろよ」
悪態つきの男はそう言うと、先ほど殺した大男の持ち物を物色し始めた。
そんな悪態つきの男を一瞥し、赤髪長髪の少女は話を続ける。
「もう一つ問題があるとすれば、この部屋が船内のどの階に位置するのか把握できていないということだよね。戦うにしても…逃走経路は確保しておきたいし…。この船が沈みかけているならなおさらだけど、できるだけ上の階を…」
突然彼女が口を噤む。
扉の外から誰かが近づく音が聞こえてきたからだ。
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