3話 ある青年の自覚
「僕が・・・玲子の虐めを悪化させただと?」
「面白くないことだから、言いたくはなかったんだがな。・・・簡単に言えば、お前は立場が悪かった。見た目の事で雨宮に嫉妬していた女子たちの前で、お前が『容姿の優れた男子』として雨宮を庇護するのは逆効果だった。小心者の憎悪は、尚更膨らんだ。ついには手が出てしまう程にな。」
男は、冷静だった。僕に殴られて間もないのに、彼は『自分を殴った相手』に対し、冷静だった。僕は荒くなっている自分の息に気づき、しかし首を振った。
「・・・ふ、ふざけるな!そんなはずは───」
「──あるんだ。残念なことにな。・・・ああ本当に、残念だ。」
彼女が傷ついた理由が、僕。彼女の怪我の一つ一つは、僕が招いたものだった。そんなことがあって良いだろうか。彼女の姿を思い浮かべると、胸がズキズキと痛む。彼女をあんなにした原因が、僕だと?いや、あってはならない。僕は彼女を、助けようとしていたはずだ。僕は、彼女のために行動したはずだ。
「僕は・・・僕は彼女のためだけに行動したんだぞ!?玲子が傷ついた原因が僕だなんて、お前いい加減にしろよ!!」
胸の痛みから逃れるように、しゃがれた声を逃がす。喉が熱くなって、僕は目頭を少し触ってから俯いた。それでもなお、男の言葉は止まらない。
「・・・二つ、間違いを正そう。雨宮が傷ついた原因は、お前の前に加害者だ。そもそもその小物どもが妙な気を起こさなければ、雨宮は無事だったんだからな。」
「・・・そ、そうだ!そんな自己中心な奴らは、僕が何かしなくたって暴力まで行ってただろう!!」
僕は必死にそう返す。しかし、奴の目は全くブレないのだ。
「そうかもな。・・・だが、だとしてもだ。お前が罪悪感を煽らなければ、ああも酷くはならなかったんじゃないか?罪悪感とは無縁のまま陰口を続けて、鬱陶しいだけの小物でい続けたんじゃないか?少なくとも、可能性は大きかったはずだ。・・・その上で、もう一つの間違いを主張しよう。」
「なにをっ・・・!?」
熱くて、苦しい。俯いたまま歯を食いしばった僕に、そいつは続けて、確かに言った。
「──お前が雨宮のためだけに行動したというのは、『嘘』だ。」
「───ッ。」
心底苦しそうな、底の見えない悲しみを瞳に覗かせて、彼はそう言った。
「彼女のためってのが、全く無かったとは言わない。・・・だが、お前が自分のために動いていた部分も、否定はできないんじゃないか?その後暴力に発展するかもと、そういう可能性が考えられない程、お前がしょうもない奴だとは思えない。・・・だとしたら、だ。お前の真の目的は、雨宮を護る事じゃなかったことにならないか?」
「・・・・・・。」
「お前が徹底的にやらなかったのは、他の目的があったからだ。・・・例えば、『雨宮に意識してもらう』、とかな。『てきとうに善行を積む』ってのも、もしかしたらあったかもしれない。・・・この際はっきり言うぞ。・・・お前は、自分に酔っぱらいたいんだ。」
心が、破れていく。
僕は今彼の言葉に、確かに納得してしまった。
そうだ。僕は玲子に、意識してもらいたかった。『優しい自分』というものを、存在させておきたかった。そして、それは自分のためだ。彼女のためじゃない。僕は自分のために、彼女を護ってる『フリ』をしたかった。全部、理解してしまった。
本当は、どうでも良かったのかもしれない。あの痣も、ガーゼを染めていた血の色も、本当はずっと見抜けていた、苦しみの表情も。ただ僕は、彼女に近づきたかっただけだ。それで、てきとうな行動を起こした。
その結果、彼女は傷ついた。もう分かった、僕のせいである。僕がいなければ、彼女は無事だった。
(ああ・・・もう、いいや。)
ゆっくりと顔を上げ、空っぽな空を仰ぐ。
「・・・・・・は。」
「道明寺・・・・・・。」
「・・・はは、は。・・・ふふ、ふははははは!!」
そうして、僕は嗤った。